第72回忘バワンドロライ「楠田竜樹」「御手洗優作」

 今までもちょくちょく顔を出してくれていた、今日に合わせてきたわけじゃない。みんな分かっていた。引退してから「先輩」になろうとしていたこと、優しくて気のいい「先輩」になろうとしていたことを。

「調子どうよ?」
 相変わらずの言葉にしか聞こえないが仕方ない、野球に詳しくないのだ。
 何をどう聞けばいいのかわからない、だからいつも同じセリフになる。
「バッティングの調子どうよ」
「ピッチングの調子どうよ」
 聞かれた方もわかっている、具体的に答えたところでわからないことを。だから答える方もいつも同じになる。
「ぼちぼちッスね」
「いい感じですよ」
「ウッス」
 そして「いいじゃーん」とよくわからない激励をして「つまんねーもんだけど」と差し入れを渡してくれる。たまに帰る前にグランドの隅でキャッチボールをする。「つまんねーもん」の中身はハイチュウやキャラメルコーン、たまに万能のビスコだ。本当に「つまんねーもん」だが現役高校生の精一杯であり、お菓子が大好きな要圭は大喜びしている。皆だってその気持ちを嬉しく思っていた。

 だがその日の野球部はいつもと違っていた。
 女子がいた。
 男しかいないはずの野球部に女子がいるのだ、しかも2人も。
「何なにナニナニー?」
 女子の姿を目にした途端、浮ついた。
 浮つきながらパサパサに傷んだ金髪頭を揺らして普段より3倍ガニ股になって近づいていった。
「ジャーマネ? ジャーマネ志望って、感じぃいいい?」
 いつもより声も高く大きくなっている。

「懐かしいな」
 藤堂が呟いた。
「最近は忘れてましたけど、こんな感じでしたね」
 入学当初に見ていた姿だ、クソみたいな先輩だったころの姿だ。
 まさかの女子の姿に浮ついてカッコつけようとして失敗している姿だ。二人が
「要圭に土下座させるタイプですよ、迂闊に近寄らないほうが……」
 と伝えようとしたとき、楠田のうしろでたたずんでいた御手洗が口を開いた。
「コイツ、カタカナの単語は逆に言う方がイケてると思ってるタイプだから」
「ジャーマネ志望ってことはルールぐらいは把握してるわけ?」「自分の無能さをイヤミな言い方でごまかすタイプだから」「たかが都立って思ってると痛い目見るぜ?」
「それっぽいセリフを言いたがるタイプだから」
「夏はあと2回も来るだろ」
「気に入ったセリフは状況を考えずに使いたがるタイプだから」
「グラウンド整備もジャーマネの仕事だろ?」
「とどのつまりホースで水撒きしたいだけのタイプだから」「ブボボボボボボボ!!!」
「鼻うがいがモテると思ってるタイプだから」

 気がつくと女子たちの姿は消えていた。
「そろそろ自民党総裁選の結果が出るころですね」
 後輩たちはびしょ濡れの楠田を一顧だにせず、スマホニュースに見入っている。
ただ、ボロボロの服を着た見たことのないメガネだけが2人の姿に目を見開いて呟いていた。
「レアキャラ出現だ……」


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