第54回忘バワンドロライ「目標」
「桐島さんの目標って何っスか?」
今日もくじけず巻田が桐島さんに話しかけていた。
「巻田クンのIQをカピバラ程度に上げることやな」
「難しい言葉使って頭良さそうにするのヤメろよなっ!」
桐島が近くにいる1年生を見た。
「なにが難しいねん、このゴリラほんまカピバラ以下やな」
その1年生は知っていた。
巻田が“目標”などと口にしたのは、始業式の日に担任が
「今年の目標を決めてくること」
と言ったからだ。しかも
「部活をしている者は部活以外の目標を」
という注釈までついてきた。確かに面倒くさい宿題だ。
だからって桐島さんに聞くことはないだろう?
桐島さんは頭のいい人だ。難しい言葉も知っていそうだ。なのに会話が成り立たない。ピッチャーとしては尊敬している。でも正直関わりたくない、遠くから眺めていたい。眺めるだけでいい。眺めるには最高だ。
巻田だっていいヤツだ、今の時点でも豪腕投手としては都内では屈指だ。それでも慢心せず努力を続けている。でもバカなのだ。バーカなーのだー。桐島さんが言う「ゴリラ以下」というのはあながち間違っていない。いつもバナナ食ってるし。巻田に部活以外で目標ってあんのか? 「残さず食べる」か?
その近くにいた2年生も知っていた。
始業式で出される「今年の目標」に「部活以外」と注釈がつくようになったきっかけを。
昨年まではこの日の1年生の宿題は「今年の目標」だけだった。
1年前、クラスで担任がそう言ったとき桐島が耳につく関西弁でつぶやいた。
「推薦で野球の強豪校にきてる俺らにそんなこと言わせるんや……」
そのとき桐島がなにを思っていたのかはわからない。何も考えていなかったのかも知れない。
それでもその言葉は職員会議へと進み「子どもたちへ無用なプレッシャーを与えないよう、部活はあくまでも教育の一貫で何とかかんとか」という理由で「今年の目標」は部活抜きとなったのだ。
その話を聞いた桐島は「アホちゃうか」と言った。
「そこは先生“お前の目標は甲子園一択やろー!”て言うとこやん、アホやなぁ」
桐島の本心はやはりわからない。
おもしろいのかどうかも正直微妙だと思う。でもこれが桐島秋斗でありうちのエースであり後輩たちの目標なのだ。
桐島の目標は何だろう、今度聞いてみよう。
だが、わかってる。
桐島にそんなことを聞いたって何にも教えてはくれない。
それが桐島秋斗なのだから。