第11回忘バワンドロライ「薔薇と小手指」
「おう、陽も出てきたな。ちょうどいいんじゃねェか」
「水たまりも反射してプラス効果ですね」
昨日から降り続いた雨が昼前にやっと止んだ。
とは言え、グラウンドはまだぬかるんでいて中に入ることはできない。そんなグラウンドの隅に、真新しいユニフォームを着た小手指野球部が集まっていた。ユニフォームが新しくできた記念に皆のユニフォーム姿をインスタに載せ、ついでに新入部員の募集もするのだという。
「それにしても言い出しっぺがいねェってどーゆーことだ?」
「いないワケじゃないですよ、ちゃんといますよ。ちょっと違うだけで」
二人の視線の先にいるのは要圭だ。その要圭が近づいてくる。
「今日は写真を撮るんだな」
「おう 覚えてたか」
「じゃあ このバラは何だ?🌹」
足元に置かれている2輪のバラを指差して聞く。
「確か、インスタ映えに必要とか言ってましたね」
その返答を少し吟味した様子で要圭が続ける。
「それを言ったのは…俺か?」
「おう、さすが智将。察しがいいな」
「1本だけだと折れるのが心配だと2本用意するところ、抜かりないですね」
その声が聞こえないのか要圭はあらぬ方向を見て返事をしない。
「僕のでいいかな?」
山田がカバンからスマホをとり出した。
「そうですね、本来は要くんがコメントを付けてアップすると言ってましたが…」
「今の要はンなことに1分1秒もさけれねェからな」
その会話も聞こえないのか、相変わらず要圭は黙ったままあらぬ方向を見ている。
「おう、じゃあヤマ一番に撮ってやるよ」
藤堂が山田のスマホを構える。
2輪のバラを片手に、少し緊張た笑顔で部室の前に立つ山田の姿がスマホに収まった。
「次は清峰くん!撮るからそっちに立ってくれる?」
スマホを受け取った山田が、今にも雨の日メニューの階段ダッシュに行ってしまいそうな清峰に声をかける。バラを持つ清峰葉流火。
自分のスマホが一眼レフカメラになったのかと思った。
入学式当日から女の子たちにキャーキャー騒がれていたし、制服を着ていてもスタイルの良さは際立っている。そんな清峰がバラを持つだけで。
「おいおい、どこのモデルだよ?」
「まったく無自覚なのがどうしようもないですね」
すぐ側でニ遊間がザワついている。
「わ、やっぱり清峰くんカッコいい!」
2年生の土屋さんまで両手を握りしめて顔を紅潮させている。こんなのインスタに載せたら学校中がザワつくぞ。マネージャー希望の女子が殺到するな。
「葉流火、帽子のツバを下げろ。それから少しうつむけ」
要圭が声をかけた。
キャップをかぶってうつ向いたら顔は写らない、全身を入れなければスタイルの良さもわからない。
「それでいい。面倒なことは避けろ」
そりゃそうだけど。
顔出しだけ避けてる自然派ほっこりOLみたいになってるよ。これ何のためのインスタだっけ?
あれ、そういえば他の先輩たちは?
クソ先たちはいつまで野球を続けるかわからないし別にいらないけど佐藤さんと鈴木さんもいない。
「2年生は学年集会で今日はクラブ活動ナシって言ってましたね」
「えっ?!」
土屋さんと、1年生が同時に声をだした。土屋さんの顔色がみるみる青くなる。
「忘れてた…僕、行ってくるね」
「あ~、ついでッスから写真撮って行きます?明日また撮るの面倒くさいッスし」
鬼か。
「え?あ、うんそうだね。どうせ遅れちゃってるし撮っていこうかな」
たった今あたふたしてたのに。意外とテキトーだな、土屋さん。
「行かなきゃいけないからすぐに撮ってもらえる?」
両手に1本ずつ、胸の前でバラを握りしめた。
「撮りますねー」
シャッターを押す瞬間、バラの花が大きなうちわに見えたのは土屋さんがバラを揺らしたからかな。
「次は…」
「要、先に撮っとけよ」
「それがいいですね。今の要くんの方が撮りやすいですから、チェンジする前に撮っておきましょう」
そんなニ遊間の言葉には耳を貸さず、要圭が部室の前に立つ。
「バラを持って写真を撮るのは初めてだな、どんな感じで立てばいいんだ?」
少し困ったように要くんが照れ笑いをした。智将でも困ることがあるんだ。
「そりゃオマエ “ 入部したくなっちゃった?✨ ” だろ」
となりで千早くんが笑い転げている。
何だろそれ。わかんないけど僕なら要くんにそんなこと言われたらドキドキして返事ができないな。
「次は俺ですね」
バラを顔の高さまで上げて微笑む。
…いつも通りの千早くんなのに、なんか変だな。
あ、目線をビミョーにレンズから外してる!
フォトジェニックかよ。腹立つな。
「なんだァ?何かわかんねェけどむかつくな」
本能だね、理由はわかんないけど本能的にムカつくんだね。
わかる。
「最後は俺だな」
スマホの前に立つ藤堂くんに要くんが声をかけた。
「藤堂」
「なんだ?」
「ユニフォームはもうみんなの写真でアピールできてると思う。せっかくだから藤堂はユニフォームを脱いでその広い背中を見せる方がアピールになるんじゃないか?」
何を言ってんの? せっかくだからって、なに?
千早くんを見ると猫みたいな目で、吹き出すのをガマンしている。
「そうか?」
藤堂がさっさとユニフォームを脱ぎ出す。
すぐに脱ぐんだ。見せたい派か。
4月から半袖だったのは暑がりのせいじゃなかったんだな。
「これでいいか?」
ノースリーブのアンダーウェアで背中を見せる。
「そうだな。ぜんぶ脱ぐより、その方がアピールできるな」
だから何のアピール?
「これどうします?テキトーに飾ります?」
千早が笑いをこらえながら、バラをウェアの間に挟んだ。
「藤堂くん、痛さとか感じなさそうですしね」
いや、それ絶対に痛いから!トゲ刺さるから!
「テメェふざけんな!ウェアに穴あけたらシバき倒すぞ!!」
え、そっち? 痛さはないんだ?
「このへんでいいですかね?」
黒のウェアが破れないように、鍛えられた身体に薔薇を飾った。
「…タトゥーだ」
3人の声が揃った。
タトゥーにしか見えない。なんでだろ。本物のバラなのに。
次の日、部活に来た佐藤さんと鈴木さんが残念がっていた。
「昨日はバラも用意してたんだってね、花を持って写真なんか撮ったことないから俺たちも撮りたかったなー」
その会話を聞いていた智将が微笑んだ。
「そんなこと仰らないでください。僕たちはチームです。先輩たちに足りない “ 華 ” は僕たちが補いますから✨」
その瞬間、体育会系の藤堂くんの拳が要くんの後頭部にクリーンヒットした。智将が消えた。そして元智将の要くんが帰ってきた。
おかえり要くん。