第81回忘バワンドロライ「益村重光」

 帝徳高校野球部寮の食堂には常に花が飾られている。

 常勝軍団帝徳野球部の監督は高野連との会議などで外に出ると、必ず帰りに花束を買う。買ってきた花は、動物や子どもと同じぐらい花が大好きな久我にお土産として渡され、カップやボウルを選び鮮やかに生けられる。
 今も久我が玄関で嬉しそうに監督から花束を受け取っているところだ。
「もうこの花の季節なんですね」
「そうなんだよ、いいよねこの色」
 久我が頬を緩めて大好きな花束を両手で握りしめたまま、監督と笑い合っている。いつもの光景だ。
「新婚夫婦みたいだな」
 益村は心の中でつぶやいた。何にせよ久我が楽しんでいるなら言うことはない。

 食堂では2枚看板のエースが並んで食事をしている。
「固いんだけど。ゴマが固いんだけど。ねぇ益村ゴマがいつもより固いんだけど。固いのは俺のゴマだけかな。益村のゴマは固くなかったよな。やっぱり俺がゴミだからゴマもゴミ固なんだ。俺はゴミクズだ」
 悪いな飛高、俺はゴマを食べてないからわからないし、たとえ食べていたとしてもわからない。
「すごいよね久我って、花で季節がわかるんだね。俺が見てわかるのってフルーチェぐらいだよ。フルーチェで俺が一番好きなのはイチゴなんだけど、益村はどのフルーチェが好き?」
 フルーチェ?
「益村にはブルーベリー味が似合いそうだよね、翔太もそう思うよね」
 そう言ってゴマまみれの飛高の頬っぺたを引っ張って「翔太フルーチェみたい」と笑っている。
 捕手の益村はしばしば「どうやって正反対の性格の二人を相手しているのか」と聞かれる。どうもこうもない、と益村は思う。二人とも他人の話など聞いてない。二人ともただマイペースに思いつくままを口にしている。自分はただそこに居るだけだ。俺はどうもしていない。

 談話室に行くと、人相の悪い小里がトリカブトの調合にでも成功したかのような禍々しい笑顔を見せていた。
 小里が笑顔を見せているなら国都と一緒にいるのだろう。2人で紙に何やら計算を書き込みながら楽しそうしている。
聞き耳をたてると「ヤクルトの乳酸菌の胃腸への到達速度」の話のようだ。「胃での滞在時間」や「小腸の長さ」といった単語が聞こえてくる。益村は何が楽しいのかさっぱりわからないが、2人が楽しんでいるならば言うことなしだ。

 談話室にまた一人、入ってきた。
「千石」
 なぜかわからないが、千石の姿を見ると名前を呼びたくなる。
「今回はカップサイズのミニブーケが10個できるようだ」
 さっき花束を受け取っていた久我の話だ。
「久我は、ディズニープリンセスみたいな表情をしていたぞ」
 そうか。楽しんでいるなら言うことなしだ。
 小里と国都の会話はまだ続いていた。
「ヤクルト1000はどうでしょう」
「乳酸菌にフェルミ粒子を求めるのか国都」
 小里が爆発物の自作に成功したかのように笑っている。
 俺には理解できないが盛り上がっているようだ。
 ふと視線を感じ、顔を向けると千石がまだこちらを見ていた。「安心しろ、俺にも2人の会話はわからん」
 そうか。
「小里は実は超理系なのだ」
 そのようだな。
「国都は、帝徳に入学を決めるまでは全国模試成績優秀者の常連だった」
 そうなのか。それは知らなかった、さすが国都だな。
「お前、今の話を信じたのだな?」
「え?」
 思わず声が出た。嘘なのか?
「本当かどうか知りたければ本人に聞くが良い」
 好きに喋って千石はどこかへと行ってしまった。
 こうやってアイツはいつもあらぬ噂を広めているのか。ひとこと言いたい気もするが、楽しんでいるのなら言うことはない。
いや、言いたいことならある。大いにある。

 おい千石、オマエ俺の変な噂を流しているだろう。
 俺のことをなんだと思っているんだ。一体どんな想像をしているのだ。
 オマエが何を考えているのかはわからないが、これだけは言っておきたい。

「お前ごときの想像などたかが知れている。俺はそんなもんじゃないからな」

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