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仕事の整理をしながら、インテリアから建物、そして中銀カプセルタワービルに想いを馳せながら最近思ってることをまとめておこうと思った。
まずは軽く実家の状況
今から約25年前に、駅から歩いて40分、勾配もあるので疲れていたら50分かかるベッドタウンに
両親はマンション(持ち家)を購入した。その時私は小学2年生。小学校にも近く、喘息がちな私も安心の静かな、悪く言えば閑散とした街だ。
おそらく、バブルが弾けたばかりでなんとなく景気が悪いという声も聞こえてくるが
バブルを体験した人間的には一時的に景気が悪いだけで、また盛り返すだろうと信じて疑っていないと思う。
これは自分の父母の見通し悪いわけではなく、その父母(私から見たら祖父母)も高度経済成長を経験しているから世間的に誰も右肩上がりを信じて疑ってなかったんだろうと思う(個人の感想です)
両親も子育てはこの土地で、まぁ、子供(私です)が育ったら売って2人だけが住める場所に居を構えればいいだろうと考えていた。
この時両親は34〜35歳程度。
さて、私も家を出て現在はと言うと
・残るローン(金利が高い時期にガッツリ組んだであろう)
・一軒家ではないので、土地があるわけでもない上に誰が住みたがるかと言う立地の悪さのマンションで売っても手数料やら引越し代やらでまともなセダンが買えるか?くらいしか手元に残らないだろう建物の一室
・寂れる町(徒歩圏内のファミレスさえ潰れた)
たったの、たったの25年間で憧れのマイホームはただの縛り付けられる重荷となってしまった。
母は、小さな間取りの賃貸物件に住む私(地下鉄から徒歩5分以内、会社も目と鼻の先、少し繰り出せば都会)を
笑いながらだが、羨ましいという。
母本人も気がついてはいないかもしれないが、この羨ましいというのはかなりシリアスで、本人も笑いながらでなく深刻に考えてしまったらきっと崩壊してしまうと思う。
今、何が正解かわからない。
子供の為(真偽は不明だが)にということを考えてくれた両親には最大限に感謝しているし、甲斐性さえあればせめて、実家のリフォームなどしてあげたいところだ。
子供部屋おじさんというマスコミが面白可笑しく囃し立てる言葉は好きではないが
実家には当人不在の子供部屋おばさんルームがある。いわゆる、デッドスペース。
私の為に買った当時値の張る学習机(普段使わない部屋で物置と化している)
4人がけのダイニングテーブル
2人がけのソファとローテーブル
私はもう実家に居ないのにいつまでも3人家族の準備がされている。広いわけではなく、ギチギチに家具などが配置されている。
書きながら、早い所実家に泊まり込み私が使って居たものや思い出の品など捨てなければ……(両親さえ不要と言えば)と当人すら不在の空白の子供部屋おばさんを思って焦っている。
次引っ越すタイミングで引き取ろうとは考えているが、早めた方がいいかもな……。
両親から学んだこと
・子供のための家具を買わない。もしくは捨てられる二束三文の物にする。
・家選びを子供基準にしない。そこに50年自分が住むつもりで選ぶ。
・とにかく生きるのには金がかかる。
なお、同居されてる方を悪くいうつもりは毛頭ないので子供がかならず家から出るべきとも思ってないことをここに記す。
実家のデッドスペースと立地に想いを巡らせる記事です。
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