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22/6/21 ヒラガ最終話
音声医学が認められた日本。歌で治療する奇跡が存在する世界。
一番良かったと感じたのはそんなファンタジーを感じる世界でありつつもずっと等身大の話をし続けてくれたところ。
そのファンタジーの中で3人の見習いヒーラーの成長と友情を丁寧に書いてくれたのがとてもうれしかった。
音声医学に必要なことに歌の技術などはあったが、「心を込めて歌うこと」の大切さはかなのイメージ力からも重要だったように思う。
そして彼女らが気持ちを歌にのせる姿はまさに祈りでした。
そういった面がミュージカル調で展開されるのは、よく言われていたが宗教・嘘に見えてしまうってのも正直なところなかったわけでもない。
が、この嘘こそが「奇跡」であるというのは最初から言い続けていた部分で、「夢」であると答えられてしまったのが最終話。
フィクションであるがゆえに届かない希望へと歌を昇華させていて美しかった。唸ってしまった。
「心を込めて歌うこと」が重要であれば心を養うことでヒーリングの力が強まっていく。
そして子供たちは心が未熟だ。彼女らの日常・体験こそが心を養い、成長するのだと示したのは第11話。
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3人が3人でいたからこそ成長できるということを明瞭にズバっとやってくれてさ、11話が大好き。
3人の口喧嘩のシーンは10話までもがもっと好きになれてさ、ここがとてもアニメの醍醐味だったな……。
「自分が不出来だ、お前ら2人は素晴らしいんだ」と言い合う姿が、3人で過ごした日々こそが彼女らを成長させているんだとたしかな説得力があった。
そして同時に11話では大人が子供へ思いを託すという部分にもしっかり触れていました。
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あまり優しさを表に見せない、魔女と呼ばれるほどの師匠だってごちゃごちゃ紙に書いて悩みながら子供を見守っている。
大人が子供に世話を焼く当たり前の優しさを奇跡に頼ることなく現実の延長で丁寧に描いてくれた。
最終話の歌唱シーンではかな、玲美、響だけでなくこれまでの登場キャラが勢揃いしていた。
思えばここで全員が1人では描かれなかった。
家族、恋人、友人、誰かを思う人。
最後の最後まで「人とのつながり」をずっと映していたし、ヒーラーが行っていたのは誰かを想う心に少しだけ奇跡を与えていたのかもしれない。
擦り傷を負った子供とそれを心配する親からこの物語は始まっていたんだし。
そうやって誰かを想う、というのは3人でもずっとやりつづけていた。
歌唱12 「私たち、C級ヒーラーです!」のタイトル通り、まだ少女たちはC級でしかない。ソニアと並んだところだしまだ一人前とはいえない。
それでも、自分が未熟でも互いに認められるのだから大丈夫というメッセージを伝えてくれた。
だから私ではなく「私たち」なのだ。
誰かの痛みに寄り添う強さが欲しいと願うとき
弱くていい 1人じゃないと気づかせてくれたね
ヒーラーはできないことの方が多い。
— 味無 (@oiadf) June 20, 2022
けど、私たちにはできないことをしてくれる
誰かにできないことをできることのすばらしさは「音声医学と現代医学」の対比でもしっかり描かれてきた。
「自分が未熟でも互いに認められるのだから大丈夫」と甘えのある話にかっちり気持ちがハマるのはきちんと12話を歩んできたからなんだよな。
そして「たとえ自己肯定ができなくても他者が肯定してくれるはずなんだよ」という祈りであって、
それを最後まで書いてくれたのがとても良いアニメーションだった。
心があったまった。よかった!!