「なりふり」を気にする日本人と、気にしない外国人たち

現在、某外資系企業で外国人の上司や国際色豊かな同僚と仕事をしているとつくづく感じることがある。それは、彼らは間違いに対して「なりふりを構わない」ということだ。そんな外国人のスタンスを垣間見る度にむかし歴史の授業で習った元寇(げんこう)を思い出したりする。

鎌倉時代にフビライ・ハン率いるモンゴル帝国の侵略を北条時宗率いる鎌倉幕府が受ける形となったこの有名な戦い。簡単に言えば、島国の日本にモンゴルがコノヤロー‼︎と侵略をしてきたのである。この時、鎌倉幕府勢は苦戦を強いられる。それはなぜか?

それは、鎌倉時代、戦において、自らの名前や身分など、自分に関する情報を開示した上で、戦に挑むことが礼儀となっており、戦における美学とされていた。そのため元寇でも武士達はいつもの様に自らの名前や位を明確にするために大声で叫んだ後に戦に挑もうとしたのだ。一方、モンゴル帝国勢には、そんなルールは無く、先手必勝とばかりに攻撃を仕掛けたため、多くの武士がやられてしまった。鎌倉幕府勢にとっては不意打ちばかりをするずるい戦い方に映ったことだろう。結果的に台風の助けと海上戦にモンゴル帝国税が不慣れだたことから、鎌倉幕府勢はギリギリで日本を守りきったのだが、その被害は非常に大きなもので幕府終焉はこの元寇による影響が大きかったのではないかと言われている。

恐らく当時の鎌倉幕府勢は「なんと無礼な!」と思い、モンゴル帝国勢は「なーに大声で叫んでるんだ?隙だらけだぞやっちまえ!」という感じだったのだろう。そりゃお互いにお国柄が違う訳で、統一されたルールがない戦において、「こうあるべきだ」という勝手な思い込みは通じないということである。

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