最初の贈り空 #パルプアドベントカレンダー2024
はじめに
本日はdreamerとしてではなく、”夢を見ていない”として、こちらの企画で一次創作をお送りします。本文はすぐ下から始まりますので、どうぞよろしくお願いします。
最初の贈り空 夢を見ていない
光の灯火と銀模様が広がる世界の中で、一人孤独に佇む「人間」の姿があった。
その「人間」の名は、アルカと言う。
彼女は容姿だけ見れば、誰もが美しいと声を揃えて言うだろう。プロポーションも抜群であり、世の女性が羨むであろう体型だ。しかし、残念ながらこの世界ではそうは言われていない。
理由は彼女の生まれ、あるいは先天的に生まれ持った体質から来るものである。具体的に言えば「魔女」と呼ばれている概念が原因である。
この世界では誰もが魔力を有している。魔力に関する能力を、幼少期に病院で測定する義務がある。保有している魔力の大きさや、因子の種類を判定するのが主だ。その中で、特定の因子の組み合わせを持つものが『魔女』という認定を受けてしまう。
『魔女』は古き時代に、一国を滅ぼしかけるほどの魔力を行使し、忌むべき存在であり、今日まで同じ人間でありながら人類の脅威として見做されてきた。
彼女も例から漏れず、『魔女』と認定されてから迫害を受け、肉親からすらも疎まれる存在となった。そして「魔女」とされた人々が隔離されている地へ、幼少ながらも追放されてしまったのだ。
周囲に同じ立場の人間が存在しているといえども、孤独によって生み出されてしまった空白を埋めることは、自分に貼られたレッテルを剥がすことよりも難しい。しかし彼女は、自分以外の誰かのために何かを成し遂げることのできる心の持ち主であった。それが『魔女』と呼ばれている者たちへの迫害を消し去ることになると信じてやまなかった。
アルカはこのクリスマス特有の光景を生まれて初めて綺麗で、美しく、愛おしいとすら感じた。今日だけは魔法というものの存在を恨めしく思うことはなかった。
降り注ぐ銀の粉は、まるで空からの——サンタクロースからの贈り物のようだった。
この美しいこの日は、どれだけ誹られたとしても歩みを止めなかったアルカへの労いであるのかもしれない。
開けた窓を再び閉め直して、ゆっくりと眠りに着いた。
O come, thou Dayspring, come and cheer
Our spirits by thine advent here
Disperse the gloomy clouds of night
And death's dark shadows put to flight……
クリスマスであったとしても、彼女のやることは変わらない。むしろ普段よりも忙しい。ここ数年孤児院で子どもたちの面倒を見ている関係から、この日はパーティーの準備を終わらせなければならなかった。
アルカが働いてる孤児院は、毎年大体20人くらいの子どもたちがいる。子どもの年齢は4歳から12歳程度と幅広いが、なんとか上手いこと運営はできているらしい。
この孤児院にあまり年長者が存在しない理由としては、定期的に里親として子どもたちを養子に迎え入れる支援者団体の存在が大きい。それ故に、一度に面倒を見る人数が大きく増えることもなく、子どもたちが経験できなかった家族の温かさを取り戻す機会の提供も可能という、計画性のある環境の構築が行われている。それを取り仕切っている人物が、孤児院の院長を務めている、シアラという女性だ。
シアラは、元々はシスターとして孤児院の近くにある教会で働いていた。その教会にも身寄りのない子どもたちが祈りを捧げに来ていた。その事実を知った彼女が、どうにかして子どもたちを救ってあげたいという、シスターとしてのある種の性が働いた結果、今の孤児院ができたのだ。子どもが好きだという個人的なものがあったにせよ、救いの手を差し伸べるという行為の中に、私利私欲の類の感情は一切存在せず、淡々と目的に向かっていた。運営に関する資金調達は、教会に寄付されていた金銭から最初は行われていた。教会の空きスペースを利用しながら、シアラが一人でシスターとしての役割を果たすのと同時に、子どもたちの面倒を見るのが始まりであった。それから瞬く間に支援者が現れたり、寄付金が集まったりして、孤児院の正式な施設の建設が始まった。
孤児院の建設中にシアラは、運営をサポートしてくれる人間を探していたのだが、その時知り合ったのがアルカだ。
お互いに素性を隠しながら参加した、とあるボランティア活動にて彼女たちは偶然意気投合した。そして、アルカを家に招いて話をしていた時のことだった。
「アルカさんって普段は何をなされている方なんですか?」
「実は私は……」
アルカがシアラに紙きれを渡した。その紙切れには『魔女』と書かれていた。
「なるほどねぇ……実は私もこういう人間なんですけど——」
「魔女」の存在を特段悪く思ってはおらず、むしろどうにかして社会に認めさせることができないかと心の中でずっと考えていた。だから、彼女に孤児院の子どもたちの面倒を見てもらって、同時に教育の部分から差別や偏見を取り払ってしまえばいいのではないかと考えた。
「子どもは好き?」
「好きですけど……」
「これから孤児院の施設ができるんだけど、そこで子どもの面倒を見てみない?対価もちゃんと払うからさ」
「お金を貰ってなんて、そんな……。それに、魔女の私が子どもの面倒を見るなんて迷惑じゃないですか」
「『生きとし生けるものはみんな平等に救われなければならない』って教えを私は大切にしてるの。あなたも例外じゃないわ。嫌かもしれないけど自分のためにもなるって言い聞かせてみてもいいんじゃない?」
「分かりました。……1回教会の方にお邪魔してもいいですか?」
「もちろん。なんかあったら私がどうにかするから安心して」
誰かを救うということに対して、私利私欲の類の感情はないと思っていたシアラだったが、このやり取りで自分も私情を挟んでしまう偽善者の例に漏れないのだと感じてしまったようだ。
アルカはそのまま孤児院の職員として雇われることになった。それと同時期に孤児院が無事に竣工され、子どもたちはその施設で生活をするようになった。まるで小さな学校のような様相を呈し、教会のすぐ近くにあった何もない土地に建っていた。
最初に教会で預かっていた子どもは4人だけであったのだが、それに反した施設の大きさだった。しかし竣工してすぐに子どもたちの人数は増え、3ヶ月で今くらいの人数に増えたらしい。
シアラも、後から面倒を見るようになったアルカも、特段苦労するようなことはなく、楽しく子どもたちと日々を過ごしていた。本の読み聞かせを行ったり、文字の読み書きから一般的な勉学を教えたり、といったことも孤児院でやっていた。子どもによっては教会に連れて行ってもらって、大人たちと一緒に礼拝や祈りを捧げるといった行為もあった。自主性が重んじられていたため、教会においてある本を借りて読む子もいれば、孤児院の外で体を動かして遊ぶ子もいたようだ。
好奇の目に晒されることもなく、決して無菌状態という訳でもない、子どもたちにとっても理想的な環境であった。アルカは孤児院での活動を通して、人間の温かい部分の感触を取り戻しつつあった。同時に彼女自身の心も少しづつ加熱されて、本来の動きを取り戻したかのような感覚を持ったようだ。
それ故に、預けられている子どもたちに愛着が湧くようになってしまう。引き取り手となる里親たちが現れることは本来喜ばしいことであるが、一抹の寂しさも覚える瞬間でもある。もちろん、引き取られた後も遊びに来てくれる子や、定期的にお手紙を送ってくれる子もいる。その上、子どもを引き取った里親側からも近況報告として書面を送る義務があるため、その中から様子を窺い知ることもできる。
子ども達の成長をサポートして、本来いるべき場所へ戻って行く手助けをするのが孤児院の大目的だ。しかしアルカは、多くの子どもたちを見送っている内に、自分自身も子どもを持って育ててみたいと思うようになった。思うだけであれば自由だが、孤児院から引き取る訳にもいかないし、結婚して子どもを持つなんてもっと無理だという結論に至った。色んな障壁があることは承知の上で、いつかは——という気持ちを心に秘めて生活をしていた。
時は過ぎ去り、大体一年前くらいのある日のことだった。例のごとく引き取られて行く子どもたちもいれば、保護されて新たに孤児院で生活することとなる子どもたちもいた。その新しく来た子どもたちの中に、少し引っ込み思案な男の子がいた。アルカが名前を尋ねてみたところ、「……ザン」と呟いた。
ザンは他の子どもたちよりも更に他人と距離を置いて接していた。殆ど他人と交流を持っていなかった、と表現するのが適切なのかもしれない。アルカはそんなザンのことを気にかけるようになり、積極的に話しかけるようになった。
彼は孤児院に来た当時10歳だったということが、シアラが調査した戸籍の中から判明した。孤児院の中では比較的年齢が高い方であり、文字の読み書きも完璧であった。彼は特に読書への関心が大きく、幅広いジャンルの書籍を教会から持ち出して読み漁っていたという。最初の方は無断で本を持ち出していたようで、暫くはそれがバレなかったようだ。しかし、話しかける度に彼が読んでいる本が目まぐるしく変わるのを不審に思い、アルカが聞いてみたところ、無断で持ち出していたことが分かった。
「今度から教会の本は私と一緒に持っていこうね」
「——……すいませんでした」
想定よりも素直な子であったと分かり、ますます親近感を抱くことになった。他の子どもたちとも平等に接しているつもりだったが、側から見ればそうではなかったのかもしれない。
もし————私が『魔女』だったら?
『魔女』だったとしても、アルカさんはアルカさんのままだから……。
Silent night, holy night
All is calm, all is bright
Round yon Virgin, Mother and Child
Holy Infant so tender and mild……
陽が昇る。なんとか子どもたちが起きる前に飾り付けを終えることができた。それと同時にシアラが孤児院にやって来た。
「今日は早いんですね」
「あなたこそね」
「大体準備は終わりましたけど、シアラさんの方はどうですか?」
「昨日までに全部済ませておいたから、大丈夫よ」
「ありがとうございます……!」
「それで……あの件はどうするの?」
「あ、えっと……」
「前も言ったけど、私としてはね、特に問題にないと思ってるし……書類も、もう揃えてあるのよ?」
「……そうですか」
「すべてがあなた次第……って訳でもないけれど、決断するなら早い方がいいんじゃない?」
「……」
少し経つと子どもたちが身支度を終えて、1階に集まって来た。みんなで朝食の時間を終えると、アルカとシアラは子どもたちを外に誘導する。真っ白な地面に子どもたちは目を奪われ、思い思いに雪だるまを作ったり、雪合戦を始めたりと、全力で遊んでいた。この後にパーティーが控えていることをすっかり忘れてしまっているようだった。
終わりの合図を出すと、子どもたちは素直に従って孤児院の建物内へと戻る。そのタイミングで、やっとパーティーの存在を思い出したようだ。今日に至るまで、パーティーのために各自でみんな劇や朗読の練習をしていた。この今日のパーティーは毎年恒例のもので、里親に引きと取られた子どもたちや院を支援している人々、近くの教会の人々も観に来る大きめのイベントだ。
アルカとシアラは、この時期になると毎年子どもたちの成長をしみじみと感じさせられる。運営や準備は彼女たちが行っているのだが、劇や朗読は子どもたちが主導してテーマや内容を決めている。様々な方法で自己表現をする姿に心を打たれてばかりだ。
「……ザンくんも誰かと何かができるようになったのね」
「そうみたいですね」
「しかもこれ……彼が読んでた小説の話かしらね」
「最近は、珍しく同じ本ばかり読んでました」
孤児院に引き取られてから時間が経過し、ザンもある程度他人と関わることができるようになっていた。アルカは彼に話し掛け続けた甲斐があったと、珍しく自分を褒めたくなった。
劇や朗読が一通り終わると、昼食の時間になっていた。この日は昼から、普段よりも豪華な食事が振る舞われた。
その後は、みんなでプレゼント交換会を行った。それぞれが準備したプレゼントの入った袋を目を瞑って回し、合図が出たら回すのをやめる、という方式だ。そして、アルカとシアラの2人からという形で、サプライズでそれぞれの子どもたちに合ったプレゼントを渡した。当然みんな喜ばない訳がない。別にサンタクロースの格好ではなかったけれども、子どもたちにとっては聖なる日に与えられる特別な贈り物だ。
そして最後に、「We wish you a Merry Christmas And a Happy New Year〜」とみんなで歌ってこのパーティーは幕を閉じる。
……Good tidings we bring〜
To you and your kin〜
We wish you a Merry Christmas〜
And a Happy New Year〜
We wish you a Merry Christmas〜
We wish you a Merry Christmas〜
We wish you a Merry Christmas〜
And a Happy New Year————
パーティーが終わってアルカは片付けをしていた。何人かの子どもたちもそれを手伝ってくれた。装飾を剥がして、来年も使えそうなものはしまったり、並べた机や椅子をいつもの配列に戻したりと、日常に戻る準備を進めていた。
片付けが一段落して、誰もいない1階で少し休憩していると、ザンが現れた。
「……アルカさん」
「どうしたの?」
「今日の夜は……教会行くの?」
「行こうかなって思ってるけど、一緒に行きたいの?」
「うん」
「じゃあ時間になったら1階で待っててね」
話をするタイミングを作りたいと思っていたアルカであったが、彼の方からタイミングをくれるなんて全く思っておらず、少し驚き気味であった。何か伝えておきたいことでもあるのだろうか。もしそうであるならば、自分自身も言う決心をするべきだと感じた。この決断が正しいことでなかったとしても。
夜になった。夜になっていた。窓からは、朝に降り止んだはずの雪が再び舞っているのが見える。
世界は想像以上に美しい。生きていればいつか何処かで美しい世界が誰かを祝福する。アルカにとってはこの夜は朝焼けの景色に等しかった。
子どもたちは豪華な夜ご飯——大きなチキンをみんなで分け合った。そしてケーキを1切れずつ配って、みんな思い思いに食べた。
ご飯も終わり、約束の時間になるとザンがやって来た。一緒に扉を開けて銀世界へ足を踏み入れる。朝子どもたちが遊んで付けたはずの足跡は埋もれてしまっていたけれども、作られた雪だるまはすっかり大きく育っていた。雪だるまも聖夜の特別なディナーを楽しんでいたのだろう。
教会はすぐ側にあるのだが、いつもよりも時間を掛けて、雪を噛み締めるように足裏を運んだ。最初はお互いに無言だったが、その沈黙もすぐに終わりを迎えた。
「……ねぇ、今日は楽しかった?」
「まだ終わってないけど……楽しかったです」
「何その捻くれた言い方〜?」
「いつものことなんだし、仕方ないでしょ」
孤児院に来た時の彼と、今の彼は別人のように思える。もしかすると、今のザンが本来の姿なのかもしれない。
他愛のない会話をしている間に、目的地はもう目の前に近付いている。
教会の目の前に着いたこのタイミングで、アルカはあの話を持ちかけることに決めた。
「……話しておかないといけないことがあるの」
「はい」
「あなたを——ザンを、養子に迎えたいと思っているの」
「それで?」
「書類の準備とかシアラさんの許可は取ってあるから……後はあなた自身が決めていいのよ」
「僕も本当は……この人が母親だったらよかったなって、前から思ってました。でも、アルカさんの立場も考えるとそんな我儘言える訳もなくて、言えなくて……」
アルカもシアラがいなければ、多分言えずのままだったのだろう。それはザンも同じだ。
「誰かに優しくされるのが初めてで、こんなに自分の話を聞いてくれる人がいるなんて思いもしなくて、ずっと嬉しかったんです。魔女だとかそんなのは自分にはどうでもよくて……」
アルカはこのことをまだ知らないが、実はシアラがザンに色々と話をしていたらしい。彼女の仕事としては真っ当なことである。
「……だから、だから——今日は素直に引き取られたいです」
「ありがとう……。今から家族だね」
アルカはザンを抱きしめた。彼女の目には、どういう類のものかは分からないが、涙が溢れていた。
アドベントの夜が、彼女に、彼に、そして新たな家族へと、初めて祝福を与えたのであった。
Silent night, holy night
Shepherds quake at the sight
Glories stream from heaven afar
Heavenly hosts sing Alleluia……
~fin~
あとがきなど
最後まで読んでいただき、誠にありがとうございました。
初めて一次創作を世に出したのですが、びっくりするくらい何も考えずに書いていたので、設定が適当な部分もあるかと思いますが、ご容赦下さい。とても素晴らしい機会を与えて下さったことに感謝しております。
尚途中に差し込んである英文は、順にVeni, Veni, Emmanuel(邦:久しく待ちにし主よとく来たりて)、Silent night, Holy Nigh(邦:きよしこの夜)、We Wish You a Merry Christams、そして最後にもう一度Silent night, Holy Nighとなっております。これらは全てクリスマス・キャロルとして数えられる曲となっており、アドベントの季節に古くから歌われている讃美歌です。読感を損ねないように敢えてあとがきにてお示ししておきます。
まだまだ続くよ #パルプアドベントカレンダー2024
明日(12/5)の担当は電楽サロンさんです!