『ペン』
知らず知らずのうちに、一つペンが壊れていた。
あまり使ってないのに、静かに、誰も知らないところで壊れる。
ペンケースを落とした時に変な衝撃でも加わったのだろうか。あとで直してみよう。
私はそのペンを使わずに奥深くへしまった。
まあ別に、いつも使うペンじゃないから。この色は、ほとんど使わない。
日常生活にさほど支障はない。
誰も、私のペンが壊れたなんて知る由もない。
というか、そんなものに興味を持つやつ、物好きだろ。
「フミのペンって、なんか面白いよね」
「どこが?」
絵里は私のいつも使ってるペンをまじまじと眺める。
「普通のペンなのに、ちょっと変」
「変って何さ」
「言い方が悪かったよ。なんていうか、他の人とちょっと違うなって」
「言いたいことはわかるけど、わからない」
「うーん、一つ挙げるなら、色かな。ただの黒いペンには見えないんだよね」
「そうかなあ。黒なんだけど」
「だってさ、この字。光に当ててよく見てみなよ」
絵里はさっきこのペンで書かれた紙をペラペラと光に当てたり避けたり、繰り返す。
たしかに、光に当たるか当たらないかで色が少し違って見える。
目立たないラメがあるような。やっぱりないような。
「ほんとだ」
「気づいた? 面白いペン持ってるんだから、もっと自信持っていいのに」
なんの自信だか知らないけど、あの不思議な色には、なんとなく使い続けている自分でも改めて惹かれるものがあった。
「絵里は、ずっと色とりどりなペン使ってるよね」
「いいでしょ。かわいい?」
「うん。かわいい。でもなんでそんなに色を使い分けるの?」
「そりゃぁ、色々使えたら楽しいから」
ふーん。
私は自分の持つペンをじっと見つめた。
一色しか使えないペン。
でも、面白い色をしているペン。
私はいつのまにか、ペンを止められなくなった。
毎日毎日、よくわからないけど字を書き続けた。
テスト勉強ってほどでもないから、成績は特に上がらない。
それでもちょこちょこと続けることを忘れない。ただ、書き続けているうちにあることに気がついた。
ーーこのペンだけじゃ賄いきれない。
掠れてきて、新しいインクを買って、補給しても間に合わない。
毎日毎日、マイナスを更新していく。
もしかしたらこのペンは、重労働に耐えきれずに折れてしまうかもしれない。
大量のインクを補充しながら、なんとなくその恐怖に怯える。
私は奥深くから、壊れたペンを取り出した。
誰もほとんど見たことがない、なのにいつの間にか壊れたペン。
流石にこっちを使えるようにならないと、私はもう何もできない。
そして、私も、色々使えて楽しいを知りたい。
私はペンを細かく分解していった。
詰まりを取り除いたり、まあそんなことをしてみよう。
直し方は知らないけど、調べてゆっくり直していくしかない。
急かしてもっと壊れるのは嫌だ。
もし、もっと壊れたら、その時は持てないくらいにバキバキに折ってやる。