曖昧旅記録2
二日目。ホテルの無料サービスドリンクを過剰に蒐集してしまった我々は、逃げるように食事処へと向かう。
今度は食事に困ることはない。向かう先は旅行前から決定していた。
むしろ、そちらのほうが旅行として正しいのではないか、という意見はこの際受け付けない。
行った先では、自分の好きな具を選び、オリジナル海鮮丼を作るというシステムが導入されている。
「どこでどんぶりもらえばいいんだ」
「ガリって有料なんだな」
慣れないながらも徐々に潤うご飯の上の彩り。不安になる財布の中身。
どの具がいくらで合計いくらなのか、自分で選んでいるものはかろうじて把握できるが、何人も並び、かつそこそこのペースで回転する客を捌く店側の苦労は想像に絶する。
「ここのマグロ一番安くね? お前もここで買えばよかったんじゃない?」
「知らね知らね」
丼が完成したら、任意の場所でわさびと醤油が貰える。
これ、素知らぬ顔で周回すればいくらでも貰えそうだな、と心密かに思った。
腹ごしらえと土産は確保したので、次の目的地へと向かう。
その車内の後部座席にて、私は禁断のレッツノート持ち込みによる内職を行っていた。
「それ何してんの?」
「先生の真似事のおままごと」
第二の目的地、岬へと着いた。
ただの海岸であり、なんなら切り立った比較的劣悪な環境であるにもかかわらず、点在する観光向けの施設だけが、ここが「岬」という特別な地であることの証左だった。
「望遠鏡ある」
「それ覗いたら見れるよ」
「なにが?」
どうやらこの岬には名物となる動物がいるらしい。
施設の展望台内には、観光地向けの無骨なものではなく、一般的に使用される単眼の天体望遠鏡があった。
それも型が様々であり、おそらく一括で導入したのではなく、職員がせっせと数を揃えたことが伺える。
そしてまたも集団の観光客と出くわした。今回は小学校の行事らしく、あざらしが見える望遠鏡を教えてくれた少年は、先生の合図で去っていった。
だがその望遠鏡を覗いてもアザラシは見えない。
「いないじゃん」
騙されたのだろうか。
角度を変え、望遠鏡を変えること十数分。
「あ、いたいたいた」
意地で見つけたが、それは少年の教えてくれたものとは異なる場所だった。
彼が見ていたものは、本当にアザラシだったのだろうか。
その真相は、いくら望遠鏡を覗いても見えなかった。
我々には時間がない。早速次の目的地、高原へと向かう。
「ここがきれいなんだよ」
「期待」
どうやら本旅行の発案者Tきってのおすすめがこの高原らしい。
「牛だ」
確かにきれいだ。これは実際の目で見ねばわからない。写真ではわからない。
そしてソフトクリームが高い。アホみてえに。
あと寒い。ソフトクリームじゃなかったかもしれない。この気温。
だが確かにきれいだった。
高原を抜け、急遽決まった宿へと向かう。
山奥で虫も多い。気密性の高い宿だといいのだが、その希望はあっさりと打ち砕かれた。
歴史の長そうな、ホテルではなく旅館という言葉がふさわしい宿だ。
「虫には部屋の殺虫スプレーをお使いください。蚊取り線香もございます」
ありがたいサービスだ。願わくばそれらが必要のない部屋であってほしかったが。
導かれるまま部屋に入る。なるほど広い和室だ。
「なんか羽音するな」
「アブだ!!」
騒然。
「キンチョール! キンチョール!」
「おい手伝えよ!」
「いやおれ虫は無理なんだって」
「おれもそうだわ!」
虫退治で流した汗を流すべく、この旅館の目玉らしい温泉へ向かう。
「露天風呂がすごいらしい」
「そうなんだ」
「しかも混浴らしいよ」
「そうなんだ」
露天風呂は貸し切りだった。
「おれシャワー浴びてから戻るわ」
シャワーは露天風呂ではなく通常の浴場にしか存在しない。
「じゃあ先帰ってる」
「おうよ」
二人を露天に残し、私はひとりシャワーを浴びた。
「なんかドアに紐? 縄? なんだこれ」
浴場から出るドアの取っ手になにやら不自然なものが垂れている。
「ん? ……ヘビだ!」
ヘビだった。
こちらは裸。使える道具はタオルだけ。
シャワーをかけるか、桶で覆うか。しかし自らの肉体の防御はない。
万が一毒蛇だったらどうするか。
向こうからドアが開くのを待つか。
しばらく考えたのち、腕にタオルを巻いてドアを開けることにした。
幸いヘビは大きくない。まだ子供なのだろう。
「おらっ!」
ドアを開く。
ヘビが動く。
ドアが閉まる。
ヘビが見えなくなる。壁の隙間に入り込んだのだろう。
もう一度ドアを開ける。
ヘビは現れない。
「よし」
素早く身を脱衣所へと逃がす。
ヘビは追ってこない。
ドアが閉まる。
「……こえ~」
怖かった。
望まぬ邂逅をやり過ごせば夕食の時間。
「ヘビいてさ」
「マジ?」
「めちゃくちゃ怖かった」
これまでに見たことのないメニュー表なんてものが配られ、各料理の説明が始まる。
高級旅館か、もしかして、ここ。
「うまい」
料理はうまかった。
翌朝。
朝食を済ませ、自然の恐怖を味合わせてくれた旅館と別れを告げる。
早速次の目的に向かう……前に再び高原へ。午前中の高原は見ていないのだ。
「きれいだな」
売店以外の前日見ていなかった謎のモニュメントや高台を巡り、この高原はほぼ攻略したといって過言ではないだろう。
「毛虫が歩いてる」
「これなんかのフンじゃね?」
「気をつけろ」
高原を満喫し、次の目的地である湖を目指す。
湖の行き方は旅館のフロントで聞いておいたので、準備は万端。
のはずだったが、やはり初めての場所ということもあり不安な道のりが続く。
プップー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「うおっ」
12秒程度のクラクション。速度が遅い我々に向けられたものだ。
「びっくりした」
「俺たち遅かったけど止まってはなかったよな」
「まぁあんだけ長いクラクション鳴らすやつなんて普通じゃないんだから忘れるべ」
湖行きはなしになった。
調子を崩した我々は峡へと向かうことにした。
「滝がすごい」
「そこの道登ったら景色いいよ」
「そうなんですか?」
駐車場の整理員が教えてくれた。
「何分くらいかかりますかね」
「君たち若いし、まあ15分くらいかな」
「熊出没注意だって」
「でも熊除けの鈴は売りもんなんだな」
「地獄の沙汰も金次第ということだろう」
「この階段か」
階段が険しい。ここを登ると絶景らしいが、かなりの傾斜だ。
だがまぁ、15分程度なら……。
「きっつ」
15分って嘘だろ。絶対30分は歩いた。仮に15分だったとしたら運動量の密度がとんでもなさすぎる。
「確かに景色はいいけどさ」
降りられるのか、これ。
「ちょっとあの整理員許せないかも」
車の中で愚痴る。
悪気はなかったのだろうが、私にだって体力がない。おあいこか。
だがともあれ、目標はすべて達成した(一部を除いて)。この旅もあとは帰路を残すのみだ。
帰りはラーメン食って、カラオケして駅で解散しました。
終
ここはどこだ