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野菜がペット? 狂った日常を切り取る時代の開拓者に会おうとした結果……
みなさんおやすみなさい。freedmanです。
人生に彩りを、冴えない日常に変化を。ペットを飼う方は、そういった思念によりペットを各々の家屋にしまっておられるのではないでしょうか。
僕はペットを買ったことがないのでよく分かりませんが、自立行動する動物を近辺に置くことで、きっと満たされる心の一部分があるのだと思います。
ひとが傍らに置く存在としては、犬、猫、ハムスターといった哺乳類から、文鳥やインコといった鳥類があてはまります。魚、もペットの範疇に入るのかは定かではないですが、どうやら進化を遡って爬虫類までは確固としてペットと呼称しても差し支えなさそうです。
しかしどうでしょうか。ペットという括りは、本当に「動物」というカテゴリの中に押し留めて良いものなのでしょうか。
全く誰も気にしていなかったその問を世界に投げかけ、自分勝手に答えを出した奇特な人間がいます。
そんな彼の名は「SNKPSQる」。一見意味不明な文字列ですが、実は本当に意味不明です。
Twitterやインスタグラムといった画像投稿プラットフォームにて、リードが嵌め込まれた部分から変色が始まり、明らかに賞味期限を過ぎて萎えてしまった野菜の写真を、1日最低3枚は投稿する「SNKPSQる」。
本人が散歩と称する行為により「ペット」が引きずられてきたと思われる、湿って変色したアスファルトの上に、おろされたような野菜の欠片がポツポツと点在する様子は、あまりの痛ましさと下卑た愉悦から数万のリツイートといいねを集めました。
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当該ツイートのキャプチャ
しかし画像に付記されたキャプションはその他のペット画像投稿者と変わらない、いたって朗らかな内容であることが、彼の異常性を殊更際立たせます。
他にも、高級長ねぎ「ちきゅう」の写真の背景に、爬虫類と思しき何かの死骸が写り込んでいたり、彼が使用している首輪はこの活動よりずっと前に発売されていたものであるという検証から、「愛していたペットが死んでから狂ってしまったのでは」と邪推されるなど、考察厨のおやつとしての側面も持ち合わせています。
今回は、この変人と直接会う機会を得てしまったので、彼が働いているというビルまでお邪魔させてもらい、どうしてこんなことを始めてしまったのかを聞いてみることにしました。
到着
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これが件の人物の勤務先だというビル。ネットで伺えるイマジネーションの悍ましさからは想像もつかないような、なんというか、とっても「意識高そうな」ビルですね。
正直私より生活の水準が高そうで、既に劣等感を覚え卑屈モードに入りかけた自分に気づかないフリをして、ガラス張りのエントランスに入ります。
受付に自分の名前を告げると、手元の端末を確認するまでもなく「SNKPSQるは4階です」と自らの要件を看破されました。何という行き届いた教育。もうたじたじです。
しかし受付にすらハンドルネームで呼ばせるとは、やはり難儀なパーソナリティの予感。少し元気が出てきました。これが希望的観測にならないことを祈るばかりです。
もしこれで精悍な好青年が出てきたら、僕はもう小さくなって目と耳を塞いでしまうかもしれません。
エレベーターに乗って、扉上部の階表示の点灯が高層に移っていくのをただぼんやりと眺めます。
体にかかるGが緩やかに減少し、若干の浮遊感とともに箱が停止し、4階へ到着しました。
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陽光を最大限に利用した、日の当たるオフィスです。
いや、もはやオフィスというか、何だったら半分フリースペースというか、円熟したコミュニケーション能力の上に成り立つ自由席による自然形成的コミュニティの極みがそこにありました。
と思ったら隅の方には、人一人すっぽりと覆える大きさの1人用ソファが数台おいてあり、もうどうしようもありません。完全なる調和が構築されています。
さて、どうしたものか。どこの誰に聞けば彼に会えるのでしょう。受付では「4階にいる」という情報しか得られていないのです。
血迷った僕は、今まさに歯科医のベッドを改造したようなソファに身を委ねようとしている中年男性に声をかけてしまいました。
僕「あ……すみません」
男「……」
だめです。頭上に伸びていたタブレット付きのアームの位置を調整されて、彼我の境界を築かれてしまいました。
はて、どうしたものか。初動を損ない、感情の行き場をなくした僕は一体どこへ向かえばいいのでしょう。
?「あのー、もしかしてSNKPSQるに会いに来た人ですか?」
困りきった僕に声をかけたのは、えーと、なんか女性でした。
女性であったという事実以外を思い出せないので、便宜上「女1」と呼ばせてもらいます。
僕「あ、そうです」
女1「でしたら今ご案内……」
僕「あ、あの」
女1「はい?」
ああ、やってしまいました。会って言葉を交わした人とは一定時間の会話をしなくてはならないという、自分の外面を繕うための誤った強迫観念に駆られ、これ以上会話をする必要のない人と会話を続けてしまいました。
僕「あー、えーと……このベッドって、何なんでしょうか」
女1「あぁ、これですか? これはですね……」
SNKPSQるのオフィスに向き始めていた彼女の足を止めて、極めてどうでもいいこのベッドの説明に時間を取らせてしまいました。失敗です。せめてもの贖罪としてめちゃくちゃ興味ある風に聞き入るしかありません。
女1「ここのアロマディフューザーで好きなのを選んで、タブレットで好きな映像を見るとリラックスできるんですよ」
僕「へぇ〜……」
女1「今は宇宙の映像を見ているみたいですね」
僕「なるほど……」
数秒の沈黙のあと、見限られたように「じゃあこちらです」と案内を再開してくれました。ごめんなさい。
ついていった先にあったのは、大きな両開きの扉でした。
これほど大きな部屋を割り当てられているとは、中々の実力者のようです。
女1「では今呼んできますので、少しお待ちください」
そう言って部屋の中に入っていく女1。僕はぼーっと立ち尽くしています。
しばらくした頃、完全に意識の外にありましたが、扉の右側に小ぶりな流しがあることに気が付きました。
狭い飲食店のトイレに間に合わせで設置されたような、手を洗わせる気のない小さい流しです。
どうしてこんなところに流しが……? という疑問はもっとものはずで、僕もそれに則って流しに近づいていきました。
と、同時に扉から、
女2「おまたせしました〜」
先程案内してもらった女性とはまた別の女性が出てきました。僕は開いた扉と壁に挟まれています。
女2「あれ……? どこに……あっ! すみませ〜ん!」
僕「だ、大丈夫です」
ところが壁は柔らかい素材でできており、それほどダメージも受けずに済みました。安全対策がしっかりしているのか、していないのか。
とにかくやっと例の人物に会えるのです。ここまでの旅路はとても長いように思えました。
招かれるまま扉の中へ入ると、これまでの明るく清潔感あるオフィスとは打って変わって、じめついた薄暗い部屋でした。
ビル内では常に聞こえていた空調音が止んだので、おそらく室内にはエアコンが設置されていないのでしょう。風がなく、暑いのか寒いのかさえよく分からない部屋の中で、ただ湿度が高いことだけが確かでした。
はめ殺しの窓を覆うには小さすぎるカーテンの隙間から曇天の自然光のみが差し込み、その足りない光量で壁際に敷き詰められたメタルラックを照らしています。各段には樹脂製のプランターに収められた植物が雑然と置かれていました。
床にはくたびれたカーペットが敷かれ、かつて土か肥料かを溢したためでしょうか、少なくない面積がシミで変色しています。
鼻をつく悪臭、というわけではないのですが、多様な品種が狭所に押し込められたとき特有の、互いの主張がいがみ合う生命の混雑の中、日々の生活で活力を失ってしまった僕は確かに異物でした。
振り返ってもそこに大きな両開きの扉はなく、安っぽいドアがひとつ。褪せ、所々剥がれかけている木目のペイント、ノブと蝶番に至っては錆びて外れかかっています。
SNKPSQるはどこにいるのでしょうか。
視線を元に戻すと、部屋の右奥、別の部屋へ通じていそうな通路があることに気が付きました。
この先に、彼が?
しかし僕の足は進まず、部屋の空気が次第に、重く詰まっていくのを感じていました。
おはようございます。
2022/07/10 細部の修正
2023/01/18 細部の追加、修正