吾唯足知
真面目な内容なので一人称を私とする、中の人が入れ替わったわけではない(※「はじめに」より)
この記事は研究進度から見る愛玩動物と経済動物の差についてである
まず初めに、私は現在修士課程の2年目である。
乳牛を健康に飼育することを目的とした飼料添加物についての研究をしており、健康かどうかの判断基準の一つとして肝機能を測定している。
採用している肝機能指標はASTとγ-GTPの2つだ。
これらはどちらも肝細胞に特異的に存在する酵素で、肝臓が炎症を起こすと肝細胞が壊れ、この酵素が血中に流出する。そのため、血中のこれらの濃度が高いという事は肝機能に異常があるという事を示している。
ちなみに、これら2つはヒトやほかの動物にも存在している。
この2つの指標の差は「半減期」にある。つまり、肝細胞から血中に流出したあと、どれくらいの時間で消失するかということだ。
ASTはγ-GTPに比べ半減期が早く、肝機能の改善(臨床症状の緩和)が速やかにデータとして反映される。
ASTとγ-GTPの考察を書くために、乳牛においてそれぞれの半減期がどの程度であるかを先行研究から検索した。かなりの時間を要してこれを検索したのだが、定量的なデータは無く、ただ「経験的なものだが、乳牛ではASTの方がγ-GTPに比べ半減期が早い」¹と定性的な記述がされているのみであった。
しかし、犬の場合はASTの半減期が約12時間²、猫の場合は約77分と定量的な数値で明記されていた。
私は経済動物と愛玩動物とで研究の進度にかなりの差があることに非常に驚いた。
乳牛は乳や肉、骨や皮に至る身体のすべてをもって人類に多大な貢献をしているという認識を持っている。しかし、経済動物であるがゆえに天寿を全うすることが限りなく0であるため、ASTの半減期の研究するほどの緻密さが乳牛を管理するうえで必要とはならない。その結果、現在に至るまでASTの半減期に関する定量的なデータが無いという事にこの件を通じて気づいた。
なぜなら、健康上のリスクを抱えている個体は淘汰すれば済んでしまうのだから。
ちなみに、自然界のホルスタイン種乳牛の寿命は約20年と言われているが、2019年度の平均寿命は5.3年である。
一方で犬猫は、伴侶動物などと形容されるように天寿を全うするまで飼育されることが通常である。天寿を全うさせるためにはわずかな健康上のリスクも見逃すことができないため、このように研究が進んだのではないかと考えられる。
必要で無いと判断されてしまうとヒトや犬猫では当たり前にわかっていることでも未だ解明されていないことに、乳牛を研究対象にするものとして寂しさを覚えた。
吾唯足知などという言葉もあるがどうか誰かがこれについて研究してくれる日が来ることを望んでやまない。
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1:渡辺大作、(1993). 「黒毛和種肥育牛に発生する急性肝炎の臨床病理学に関する研究」, 『東北家畜臨床研誌』, 16:71-82.
2:Lassen ED : Laboratory evaluation of the liver, Veterinary hematology and clinical chemistry, (Troy DB ed.), 355-375, Lippincott Williams & Wilkins. Maryland (2004).
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