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『その角を曲がってみると・・・』
横目で見て通り過ぎるだけでずっと気になっている小路がある。家から最寄りの駅まで、駅から職場まで、行きつけの店までの道中など、人によっては思いつく小路がいくつもあるかもしれない。
JR新宿駅東口の改札を抜けて左に数十秒歩いた左側に、他の駅ナカでは見かけない雰囲気のお店がある。そのお店に入るには左にある小路を曲がらなければならない。
独特の空気を発しているそのカフェのようなバーのようなお店に興味を持ちながら、何年も横目で見つつ地上へ歩を進めた。ちょっと角を左に曲がって数歩進めばお店の入り口にたどり着く。そうすれば店内の様子をうかがうことできるのに、それすらもしないままだった。
気になっていたそのお店について書かれた本に出逢った。しかし、読まなくてはと思いつつも手に取らないままでいた。しばらくして読んだ木村衣有子さんの食に関する本の書評集の中でその本が取り上げられていた。そろそろ手に取らなくてはという合図だと思った。
ほぼ時を同じくして神楽坂の「パブだち」(飲み仲間)がその新宿のお店の常連でもあることをInstagramで知った。早くその本を読み終えてお店を訪れよという合図だと理解した。
店長ことオーナー氏が書いたその本を読了してお店に向かった。目指す旅先のガイドブックで予め情報を仕入れてから出かけて行くのと似たものを感じた。
お店に一歩足を踏み入れた途端にトラベラーの勘と酒呑みの嗅覚が働いた。瞬時にここは間違いないかもしれないと思った。旅先で自分の勘と嗅覚で入って当たりだったお店に出逢ったときと同じ感じがしたからだ。
バー兼カフェという感じのそのお店はセルフ式、相席は当たり前、スタンディングのスペースもあり分煙というスタイル。旅先で様々な流儀のお店にいくつも出逢ってきたせいか初めてという感じはしなかった。いつの間にか先客たちの中に溶け込んでいた。
注文する列に並んで店内に貼ってあるメニューを見ながら何にしようかと思案した。メニューには好きなものがいくつも並んでいた。お店の技量を計るといっては上から目線的な言い方になるが、飲みものはギネスにした。これは旅先に限らず初めて入った酒場でよくやる。ギネスがない場合にはグレンリベットのハーフロックを注文する。
食べものはお店の名物だというお店の名前が付いたホットドックにした。注文の際に“ケチャップとマスタードはどうなさいますか?何もつけないで召し上がっていただくのがお薦めですが・・・”といわれたので従ってみた。
ギネスは普段神楽坂で楽しんでいるのと遜色なく安堵。不味いとツラくてそれ以上進まないのがギネスだからだ。ホットドッグは何もつけずに食べて正解だった。パンもソーセージも何でこんなに美味しいのだろうと思った。再訪を重ねてから読んだ副店長が書いた本でその理由が分かった。
初めて食べたホットドッグだったが覚えのある味がした。しかしすぐには思い出せなかった。ギネスをもうワンパイント飲みながら思いを巡らせてみたがダメであった。
再訪時にギネスとホットドッグの組み合わせを再び楽しんでみた。もう他でホットドッグは食べられないかもしれないと思っただけで、「覚えのある味」がどこの味だったかはまた思い出せなかった。
帰りの電車の中でふとどこで食べたホットドッグの味だったかを思い出した。結構乗客が乗っていた新宿からのJR線の中で、思い出した途端に“あっ!”と声が出そうになった。
大学生だった1987年に西ドイツ(当時)のハイデルベルクで食べたホットドッグの味だった。わずか数日の西ドイツ滞在で、学生の身で食べたものの中で美味しかったといまでも覚えているのはホットドッグだった。
ハイデルベルクを訪れるまでの約4週間はイギリスのコルチェスターで英語の研修を受けていた。その4週間でよく飲んでいたのはイギリスのエールやビターだった。
ホットドッグとともに口にした西ドイツのビールは慣れ親しんだ日本のビールの味に近いものを感じた。そのビールの味と子供の頃から食べていたホットドッグに研修旅行の終わりと日本が近づいてきていることを知らされた。
美味しいドイツビールとホットドッグに出逢えたお店も、ハイデルベルクを歩いているときに、当時の自分のトラベラーの勘と酒呑みの嗅覚で見つけたお店だった。
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ようやく角を曲がって入ったお店で出逢えたホットドッグ。シンプルながら絶品です。
![画像2](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/21831222/picture_pc_c2090cf4696211937cd696a4e69ad83e.jpg?width=1200)
スタンディングのスペースにて。是非お試しあれといいたいこの組み合わせは最高です。
再訪を重ねるにつれ店内で周りを見渡す余裕が出てきた。ひとり客が多い。多くても二人連れだ。ひとり客はスマホや本に目を落としたりして思い思いに過ごしている。共通しているのは長っ尻の人が少ないことだ。そのせいか店の外まで注文の列ができていても、注文したものを手にしたときには不思議と自分のスペースが見つかるのだ。
新宿駅はターミナル駅である。通勤・通学の人はもちろん多くのトラベラーが行き交っている。以前は日本の大きな駅ならどこでもトラベラーがトランジットの際などに立ち寄って一休みしてサッと立ち去って行くこのようなお店が普通にあったのかもしれない。
いまはチェーン店が多く、空間も含めてどこでも代わり映えしないものが供されている。駅でも空港でもひとりで適度にいい時間を過ごせるところを見つけるのは難しい。
このお店はオープンして約30年、広さは約10数坪、訪れる客は一日約1,500人とのことだ。様々な事情で新宿へやって来るトラベラーに贔屓にされ続けている。気分転換のためのトランジットも出来る。数ヶ月前に初めて訪れて以来結構な頻度で再訪を繰り返しているのはそのせいだろう。
通り過ぎるだけだった角を曲がって思い切って入ってみた気になっていたお店は当たりだった。そこには自分の好きなものばかりが揃っていた。お店の名物に懐かしい味を思い出させてもらった。気がつくと常連になっていた。ひとつ角を曲がっただけで世界が広がった。こういう経験ができるからひとりでの街歩きは都内でも旅先でも止められない。
「横道に逸れる勇気があれば旅はもっと面白くなると常に思っているので、さんぽでも小路や路地に入ってみたら思いも寄らぬ発見がありそうでワクワクする。もしかしたら人生も横道に逸れる勇気があれば面白い展開が待っているかもしれないとふと思った・・・」と神楽坂の話に書いた。最後の一文は余計だったかもしれないが、我々トラベラーは普段の生活でも旅先でも無意識にこう思って外を歩いていると思う。
メインストリートからは外れるが、その角を曲がってみたら思いもよらない発見があったということをトラベラーは旅先で何度も経験しただろう。日常で何回も通り過ぎるだけの興味がある曲がり角があるなら次回は旅先と同じ感覚で曲がってみてはどうだろう。期待通りや期待以上の展開が待っていたら自分の勘や嗅覚を信頼して、曲がってみたいがまだ曲がっていない別の角を次々と曲がってみるとよい。
期待ハズレだったら・・・自分の勘や嗅覚に失望することはない。そのときはワクワクしていたときの自分の気持ちとガッカリしたときの自分の気持ちのギャップを楽しめばいい。旅先でのひとりでの街歩きはその繰り返しなのだから。
気になっていたお店のビールとホットドッグがたった一度だけ訪れた西ドイツに繋がるとは思わなかった。旅先での思いも寄らぬハプニングに似ている。
ここまで読んで新宿のあそこのことじゃないかと思った方、間違いなくそこでしょう。未訪だったら明日にでもその角を曲がってみてください。破格で美味しい朝ごはんもコーヒーも待っていますよ。Have a nice trip!