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『きっとそこにはない・2』

 外国の国名、都市名、地域名がその名称についていながらその場所にはきっとない日本の食べもの。昔から当たり前に生活の中に存在しているものがたくさんあるのではないだろうか。
 2023年に青森発祥の「イギリストースト」の話を書いた。タイトルは「きっとそこにはない・1」とした(他にもあるだろし、先々書くだろうと思って番号を振った)。
 「英国」でも、「ブリティッシュ」でも、「イングリッシュ」でもなく「イギリス」。現地にあるはずないよなぁ〜というのがテーマに選んだきっかけだった。(後にその話の公開と前後して駐日英国大使が製造会社を訪れたことがニュースになった。)
 シベリア・・・。シベリアと聞いて食べものを想像できる人はどのくらいいるだろうか。極寒の地を思い浮かべる人がほとんどだろう。
 シベリアという名の見た目がストライプの三角形のお菓子。初めて見たのはいつだっただろう。
 子供の頃に家族で出かけて行った際に立ち寄ったベーカリーで父が手に取っていたのを見たのが最初だったかもしれない。
 以来シベリアと聞くと父の顔が浮かぶのはその所為か。酒好きだった父がどうしてシベリアをベーカリーで選んでいたのかはついに聞けず・分からず仕舞いだった。
 「シベリアありますよ」と、町のパン屋さんの(ベーカリーなんて呼び始めたのはここ10年くらいではないだろうか)片隅とまではいかないが、やや端でお店を訪れた人たちに辛うじて伝わる位置にある。決してそのお店の主力商品ではない。それがシベリアのイメージだった。
 7,8年前に隣町にあるパン業界の最大手が経営しているベーカリーでシベリアを偶然見つけた。「そういえば、親父が食べていたなぁ〜」と思って手に取ったのが自ら手に取った最初だった気がする。
 次に食べたのは、ベーカリーというより「昔からある町のパン屋さん」のものだった。六本木の隣町にあるそのパン屋さんのシベリアを食べて、カステラ(パウンドケーキ?)に挟まれているのは羊羹だということを再認識した。手作り感があり、大企業が作ったものとは一味も二味も違った。僕の中で「麻布十番=シベリア」となった。

当時の写真がスマホに残っていました。食べ比べ?

カステラに羊羹を挟んだものがシベリア。甘いものと極寒の地。どうしたら結びつくのだろう。
 パン業界最大手のウェブサイトにはその起源について、「大正7年のシベリア出兵の当時に創生されたのでこの名がつきました。シベリアの凍土を模した物といわれています」とあった。凍土? 景色として捉えてお菓子で表現してみたらこうなったということか。

凍土をイメージしたとか。挟んであるのは羊羹というより、羊羹ペースト?

 もう少し何かないだろうかと、この話を書く上で、インターネットでシベリアを検索。立派な缶に入ったものがパソコンの画面に現れて、マウスを繰る手が止まった。 
 佐賀にある羊羹の老舗が出しているものだった。人目を引くデザインの缶だけでなく、写真で見たシベリアそのものにも惹かれた。再びマウスを動かして注文した。
 数日を経て到着。実物は贈答用の趣。ウェブサイトの問い合わせページから「なぜシベリアを?」と起源を尋ねてみた。何年か前にあるデパートから依頼があり作ったとのことだった。
 カステラといえば長崎。佐賀のお隣。西洋のカステラと東洋の羊羹が九州で・・・というストーリーを期待していた。夢を見過ぎたようだった。

目を引いた缶。
缶の蓋を開けると二個入り…。
一つずつさらに紙で包まれて…。
…だそうです。
しっかりカステラ、しっかり羊羹。

 久し振りに麻布十番のシベリアが無性に食べたくなった。思い立ったら吉日。麻布十番へ。
 訪れたのは土曜日の昼下がり。店内にシベリアの姿はなし。お店の方曰く、現在は日曜日しか用意していないとのことだった。
 急に思い出して食べたくなって、久々にやって来たことや、何故シベリアを?などをそのお店の方と話した(シベリアの凍土もしくはシベリア鉄道の線路をイメージしたのでは?とのことだった)。
 「明日(翌日曜日)お見えになれるのなら…」と、ありがたいことに、こちらの都合がつくのなら特別に取り置きをしてくださることを申し出てくださった。
 翌日。まだ商店街が賑やかになる前の午前の時間帯に再訪。先客が二人。
 一人は近所の方らしく、パンを選んで慣れた手付きでトレイに乗せて、さっと支払いを済ませていた。

 二人目の先客もトレイにパンを乗せていた。加えて何とシベリアを取り置きしていた。聞こえてきたお店の方とのやり取りでは個数は二桁だった。支払い時にこの数量は今回限りでとお店の方がやんわりと。転売ヤーだったりして・・・。
 僕の番になった。昨日はどうもという感じで僕の分のシベリアが奥から運ばれてきた。数は一桁。家族に一人一つずつ行き渡る数だ。
 お店の方によると、手作りなので量産できるものではないとのことだった。一人でも多くの方に食べてもらいたいのだが、店頭に並べると毎回あっという間に売り切れてしまうそうだ。過日テレビで紹介されていたしなぁ・・・。
 商品棚のやや中央に目をやると、ひと目で数え切れてしまう個数がトレイに乗っていた・・・というより残っていた。まだ開店して間もない時間帯だったのに。シベリアはここでは立派な主力商品だった。
 今回はお店の方のお言葉に甘えたが、次からはほぼ間違いなく買えるこの時間に来ようと思った。お土産にどこかへ持っていくなら、数をしっかり考えなければならないだろう。

店頭に並べるとすぐに売り切れるシベリア。手作り感が出ていますね。
ラップを剥がすとこんな感じです。美味しい。毎度完売は改めて納得。

 きっとシベリアにはないシベリア。ちょっとキョロキョロしてみたら出どころが全く違う三種が手元に揃った。
 パン業界最大手のもの、老舗の和菓子屋さんのもの、昔ながらのパン屋さんのもの。言い換えれば、スーパーや直営店で買えるもの、お取り寄せで買えるもの、町歩きの途中で運が良ければ買えるもの。ものの見事に三者三様だ。異なる佇まいにそれぞれの商いの違いが表れているようで興味深い。

三者三様。なかなかの眺め。極寒の凍土には見えないけれど…。

 缶入りのものが作られているのは佐賀。あの「孤独のグルメ」の原作者である久住昌之さんが今年出された著書は佐賀に関するものだった。読了後佐賀が将来の旅先に急浮上。今回のこのシベリアで「行け」と背中を押された気がした。確実に訪問先が一つ決まったわけだし。

旅好きにお薦めの一冊です。

 「麻布十番」、「シベリア」とくればあのパン屋さんに違いないと思った方・・・きっと正解。年齢的にはもう六本木でも西麻布でもない。渋谷は迷子になりに行くところになってしまった。
 浅草、神楽坂が心地よい。町歩きも家族や友人との食事も、出かけて行く先は浅草と神楽坂がほとんど。今回のシベリアが麻布十番もあることを思い出させてくれた。浅草、神楽坂、麻布十番。「僕の町歩きトライアングル」が完成した。 
 名称を面白がっていたお菓子をちょいと追いかけてみたらこのような面白い展開になった。まさか旅や町歩きに繋がるとは・・・。 
 そういえば、こんなことも・・・。旅行作家の下川裕治さんが隔週で西荻窪の「旅の本屋・のまど」から店主とスタッフを相手にYouTubeで旅のトークをライブ発信なさっている。
 トークの冒頭にでも使っていただけたらと思って、イギリストーストもシベリアも差し入れたことがあった。 
 視聴者からのものも含めて「きっとそこにはないもの」への反応はいまひとつだった。旅好きならこういうものをきっと面白がると思ったが、そうではなかった。
 旅好きにもいろいろな層があるということなのだろう。旅好き同士で飲んでいる酒場での話のネタにピッタリだと思うのだが・・・。 
 次に取り上げる「きっとそこにはないもの」ではどんな展開が待っているのだろう。 
 各位、どうぞ良いお年を。2025年もどうぞご贔屓に。


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