『珈琲の香りに誘われて(2)』
『珈琲の香りに誘われて(1)』からの続き・・・。
https://note.com/nostorynolife/n/nd865baf7fadc
タクシーを降りて、「この道を行けばそのお店があるはずです。」と運転手さんが指を差した方向へ歩き始めた。右は森。森の奥には備前国総社宮。左は民家。初めて目にする景色。「暮らしと珈琲」は本当にここに?
辺りは静か。遠くに車が行き交う音がかすかにするくらい。空気が何だかひと味違う。「空気が美味しい」とはこのことか?不思議と肩の力も抜けていく。国内有数のパワースポットでもあるという備前国総社宮が目の前だからだろうか。
しばらく歩くと視界がグッと広がった。左を向くとYoutubeで見慣れた景色が突然現れた。あった!
「着いた・・・。」と思った途端安堵したのか、お屋敷のような店構えを正面に見てしばらく立ち尽くしてしまった。
気を取り直して左を向くと、これも動画で見慣れたイラストが壁にあった。ここを目指してきたトラベラーたちに「ようやく辿り着けたね」と労ってくれるようなこの絵は大好き。旅人の佇まいが何ともいえない。これは立派な壁画だ。
ロンドンのビッグベン、パリのエッフェル塔、ローマのコロッセオ、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルディング、シカゴのリグレー・フィールド、北京の万里の長城などを初めて訪れたときと同じくらい「ついに来たぞ!」と思った。
お店の入口へのアプローチには備前珈琲玉がいくつか敷き詰めてあった。コーヒーカップに入れてコーヒーを注ぐとコーヒーがひと味まろやかになるその珈琲玉はぼくも愛用している。
「こんにちは。」と言いながら戸を引いて中に入った。目の前でなつみ店長がレジを打っていた。顔を上げたなつみ店長は「いらっしゃいませ」と言いつつ僕が誰だか分からず。
約ひと月前に東京でのイベントでお目にかかったが無理もない。僕がいま岡山にいるなんて露ほども思わないだろう。
改めて「こんにちは、東京の津久井です。」と告げると、思い出したのかなつみ店長の表情がガラリと変わった。
「えーっ!どうしてーっ?」と言って、「ぼくさんを呼んできます!」と奥へ走って行った(なつみ店長は翌日のYouTubeのライブ配信でその時の様子を語っていました)。
カウンター席の一番左端の席に腰を下ろした。右を向くと動画の背景でお馴染みの焙煎機が奥に見えた。左には壁を背にする形で丸テーブルが。かつてはこのテーブル席が動画の撮影スタジオを兼ねていた。
この「壁を背にした丸テーブル」の景色がぼくにとっては「暮らしと珈琲の動画」の景色だ。頭の中であのボサノバ調のBGMがかかり始めた。「本当に訪れることが出来たのだ」と思った。
感慨に浸っていると「そろそろは今日でしたか。」と店主のぼくさんが笑顔で登場。「そろそろいきなり現れるかも・・・。」と何日か前にXで僕はコメントしていたので。
その日は幸運にもぼくさんが秘蔵のコーヒーをネルで淹れる日だった。出発前の羽田でXを見たときに知った。
そのコーヒーからいただくことに。レジへ行ってなつみ店長に代金を支払う。
ネルドリップで淹れているぼくさんに、その日のこれまでを話した。ぼくさんにお目にかかるのはこれが三回目。普段XのコメントやDMでやり取りがあるので、遠方の友人のところに遊びに来ているようだった。
丁寧にネルで淹れてもらったコーヒーをいただきながら旧交を温めた。美味しいコーヒーだった。
剣道場をリノベーションしたというこのカフェは、奥の稽古場が客席とコーヒー器具などの展示場になっている。カウンター席からは見えないが楽しそうに談笑している先客たちの声が聞こえる。
ぼくさんと話している間中コーヒーを飲みに来た人、テイクアウトしに来た人が後を絶たない。千客万来とはこのこと。
「秘蔵コーヒー」を飲み終えると、「これを口直しに」とデミタスカップで別のコーヒーが出てきた。本当に口の中がさっぱりするコーヒーだった。
こういう体験をすると、学生の頃の昭和の終わりから平成にかけて喫茶店で背伸びしながら飲んでいたコーヒーはなんだったのだろうと思う。その頃のコーヒーはブラックではとても飲めたものではかった。
「これもちょっと飲んでみてください。」と次にデミタスカップで出てきたのはインターンの学生たちが考案した白桃フレーバーのコーヒーだった。
ほんのり桃の香りがして美味しいコーヒーだった。フレーバーティーは珍しくないが、フレーバーコーヒーである。
コーヒーもここまで来たのか。喫茶店でカッコつけて飲んでいた昔のコーヒーとは大差。昭和も平成も遠くなりにけりということなのだろうな。
コーヒーをいただきながらぼくさんとはカウンターを挟んでいろいろな話をした。これまでのことやこれからのことなど。コーヒーがウイスキーだったらここはバーだなと思うくらいの雰囲気になった。
話の中で持参したiPadをぼくさんに見せた。ほぼ毎週コーヒー豆を買いに行く麻生珈琲店、月に数度訪れて朝食やコーヒー、晩酌を楽しむ新宿のベルクのステッカーが貼ってある愛用のiPad。
それを見た途端「あっ、早く言ってくれないとぉ〜。」と言ってぼくさんが奥に消えた。程なくして戻って来たぼくさんの手にはステッカーが。「はい、これ。」と差し出してくれた。
数年前に記念で作ったステッカーだった。あの大好きな壁画のイラストが施されていて、Xか動画で見て欲しいと思ったものだった。
トラベラーである僕のいつになるかわからない「いきなり現れるかも」に備えてずっと用意してくださっていた様子。大感激。
早速ぼくさんの目の前でiPadに貼った。iPadがより一層ピカピカになった。ますます愛着が湧いた。
まさに「コーヒー・アフター・コーヒー」の至福の時間だった。しかし、その間本当に来客が途絶えず。なつみ店長が小走りで動き回っている姿が何度も視界に入ってくる。これが本来の「暮らしと珈琲」の日常なのだと思った。
ちょっと席を外してお店の外に出てみた。丘を登るよう目の前の坂を上がると初めて見る景色が広がった。右には備前国総社宮。左には田畑。
普段建物が密集している東京で暮らしているので、空が大きく見えた。空気が美味しいとここでも感じた。
お店に戻って大好きな「甘みのブラジル」を最後に飲んでから岡山駅へ向かうことにした。
レジで支払う際にキャニスターとマグカップも買うことにした。大好きな壁画といただいたステッカーと同じイラスト。ステッカーとともに僕の岡山を「訪れた証」にしようと思った。一緒に「甘みのブラジル」も豆のまま200g買った。
ぼくさんが淹れてくれた「甘みのブラジル」をなつみ店長が運んできてくれた。美味しい。もちろん僕が普段自宅で淹れるのとはひと味違った。「美味しい」と感じる甘みがよりハッキリ出ていた。「全然違—うっ!」と声高に発するとすればこのタイミングかもしれなかった。
「いい時間だったなぁ〜、こんな日帰り旅もいい。」と思っていると、外に出たときに呼んでおいた高島駅へ向かうタクシーの到着が席から見えた。
ぼくさんとなつみ店長がわざわざお店の外まで出てきて見送ってくださり恐縮。近々の再会を約束してタクシーへ。
ふとしたきっかけで興味を持ったところへ実際に行ってみる。会いたいと思った人達に会いに行く。願い続ければチャンスは必ずやってくる。これまで何度も経験してきた。同じくこの旅も数年願い続けて実現した。
さて、僕にはトラベラーとして帰京前に岡山駅周辺でひと仕事あり。
(3)に続く。
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