『旅先でも』
この話は2017年1月にトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第111作目です。
この話は2016年の暮れも押し迫った時期に書いている。1月に掲載していただく場合には12月中に投稿する必要がある。年明け最初の掲載ということを考えるので、素人ながらこれでも毎年結構テーマに気を遣うのだ。とは言ってもせいぜい縁起の悪い話を避けるくらいしかできないのだが・・・。
海外の旅先では現地の人達と同じように現地の流儀で過ごしたいと常に思っている。普段の日本での生活とは異なった非日常を感じたいからだ。
学生の頃に英語の勉強のために四週間滞在したイギリスでは箸を使って食べるものは極力食べないようにした。箸を使うのとナイフ・フォークを使う手の筋肉は微妙に異なり脳への刺激も異なると勝手に思い込んでいた。英語に対応出来る脳になるためには食事からと決めていた。振返ると大笑いだが当時は真剣だったのだ。
学生時代にはロンドンとニューヨークで床屋へも行った。ロンドンで学生の頃に切ってもらったところでは社会人になって2年目に再訪し再び切ってもらった。ニューヨークではマンハッタンで見つけた床屋で切ってもらった。そのときの様子はそれぞれ「日常生活・1」、「日常生活・2」に以前書いている。
旅先での食事はガイドブックに載っている観光客寄りのお店よりも、ガイドブックには載っていない現地の人で賑わっているお店のほうが美味しく感じる。インターネットやSNSなどの現代の口コミにより、昨今はこの“ガイドブックには載っていない”“あまり知られていない”というところを見つけるのは難しくなっている気がするが、現地の人たちが多く集っている中に身を置くことにより一層自分が旅先にいることを実感出来る。海外に出張して仕事の後に現地の方々と食事でも・・・となったときは、基本的に断ってきたが、どうしてもとなった場合は誘って下さった方々が普段食べに行っているところをお願いした。
ICカード乗車券が我々の日常生活で欠かせないものの一つになって久しい。初めて目にしたのは1990年代終盤の返還の前後の香港だったと思う。その導入と普及は日本より早かったのではと記憶している。
地下鉄の改札付近でピッ!という電子音が不規則に鳴っていた。空港にある金属探知機が反応したときになる音よりは長さは短いが、似た音がする方を何だろうとよく見ると改札機を触れては通り抜けて行く人が続いていた。カードらしきもので触れているのが見えたが、そのときこちらの手の中にあるのは旧態依然とした紙の切符だった。切符を挿入し、身体を当てて回転式のバーを回しながら速やかに通り抜けつつ改札機を通ってきた切符を取るのはなかなか難しく、何度香港を訪れてもコツを思い出しスマートに出来るようになるのはいつも帰国直前になってからだ。
旅先で初めてICカード乗車券を購入し使ったのは2012年にロンドンへ行ったときだった。”Oyster”という名のICカード乗車券だった。地下鉄はもちろん郊外のコルチェスターへ行く際にも使った。20数年振りの再訪だったが、ICカード乗車券の普及ひとつを取っても時代の変わり様を感じた。その旅に関しては「再会・4」、「レコードジャケットに想いを馳せて」などに書いている。現地の人たちと同じように澄ました顔をして改札機にOysterで触れて改札を抜けたときに、ほんの少しだけロンドンに溶け込んだ気がした。
ロンドンで入手し使ったOyster。大きさは日本のSuicaと同じです。旅の記念であり訪れた証となるので帰国時に返納しないで持ち帰りました。すぐに再訪したいという気持ちが強く働いたのが持ち帰った最大の理由かもしれません。
ロンドンから帰って間もなく、降って湧いたように香港再訪のチャンスがやってきた。「私の発作的週末旅行」(リンクをお願いします)に書いたときの旅だ。ロンドンでこれからは旅先でもICカード乗車券だと思ったことを忘れてしまう前だったので、香港でも”OCTOPUS”というICカード乗車券を入手した。
OCTOPUSを使って地下鉄の改札を通ったときに、20年近く前に目にしてハッとした光景の中に自分がいる気分だった。ロンドンのものはOYSTERで香港のものはOCTOPUS。歴史的にも関わりが深い両都市のICカード乗車券の名前が両方とも海に関したものというのは何とも興味深い。OCTOPUSは帰国時に九龍駅から空港に向かうエアポートエクスプレスに乗るところまで使った。
これが香港で入手して使ったOCTOPUS。これも大きさは日本のSuicaと同じです。返還の前後に使われていた当時のデザインがちょっと気になりますね。そういえば、トラベラーズもトラムとのコラボで限定のOCTOPUSを発行していましたね。
2014年末に台北を再訪した際もICカード乗車券を入手した。到着後すぐの街歩きの最初に先ず向かったのが、ホテルから最も近い地下鉄の駅の悠遊カードを発行してくれるところだった。その土地のICカード乗車券にチャージをして初めて街歩きの準備は万端という旅のスタイルが一つ確立されたように思った。台北ではこの悠遊カードを使ってコンビニで缶コーヒーを買った。海外の旅先でICカード乗車券を乗り物以外で普段東京での生活と同じように使ったのはこの台北が初めてであった。
これが台北で入手して使った悠遊カード。これも大きさはSuicaと同じでした。英語表記のEasyCardから便利で多目的に使えることが垣間見えますね。
各地で入手して使用したICカード乗車券は帰国時に返納しないで全て持ち帰った。旅の記念や訪れた証になるという考えよりも、またすぐに再訪したいという気持ちが強く働いたからだった。これら全てのICカード乗車券がSuicaとともに常に財布に入っていることからも、各地への再訪を強く望んでいる自分がいることが分かる。
この年末年始も海外からたくさんの観光客が日本を訪れたことだろう。果たしてどのくらいの人たちが日本人の流儀に倣って過ごしてみようと思ってやってきたのだろうか。日本への再訪に想いを馳せながらSuicaやPASMOを持ち帰った人はどのくらいいるのだろうと、手元にある外国のICカード乗車券を眺めながら思った。