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『訪れてみて、食べてみて』

 2023年3月投稿・4月掲載を以って某文具メーカーのウェブサイトへの旅のストーリーの投稿・掲載が15年5ヶ月で終わった。理由は先方がサイト内の投稿コーナーを閉鎖したため。今夏にアーカイブが出来て、これまで掲載されたものはそこに収められるらしい。
 その旨をずっとご笑覧いただいた方々にお知らせした。旅行作家の下川裕治さんから真っ先に返信をいただいた。「せっかく続けてきたものだし、何か僕と一緒に・・・」と大変嬉しい内容だった。
 投稿先・掲載先が無くなってもずっと旅の話を書き続けるつもりでいた。下川さんからのメッセージで公開の場をしばらくnoteにして間を空けずに継続することにした。
 状況は全く異なるが、2001年に9.11の影響で航空会社をリストラされた際に、退職の挨拶状の葉書を二百数十枚書いて関係各位に送った。真っ先にお電話をくださったのは、作家の故百瀬博教さんだった。
 数ヶ月先まで決めていたストーリーのテーマを今一度見直してみた。予定にはなかったがアメリカン・ブレックファストの話を再び書こうと思った。
 Instagramで知り合った方から都内にある朝ごはんのお店を教わっていたのもこの話を書こうと思ったきっかけ。皆さんよくご存知で僕が好きなお店でもある「世界の・・・」とは別のお店。行ってみようと思った。 
 勝手知ったる中目黒からも行かれるところにお店はあった。しかし、最寄りの駅は別の路線の駅だった。そちらのルートで行ってみることにした。
 6月のある週末に出かけて行った。地図アプリに指示されるまま歩を進めると全く迷うことなくお店に到着。お店の前には既に数組並んでいた。 
 列に付くとすぐに三組が僕の後ろに続いた。お店はアメリカの街角にあるダイナーのような佇まいだった。朝ごはんに食べようと思っていたアメリカン・ブレックファストに期待が膨らんだ。
 周りの景色に馴染んできて辺りが見渡せるようになると、左は山手通りで前方に安売りのお店の建物が見えた。中目黒からも迷わずに辿り着けたと思った。何度も訪れた旅先で初めてのところに辿り着いて周りを見渡すと、訪れたことがあった景色だったなんてことがあったりする。そんな感覚だった。
 列の位置が店内を見渡せるところまで来た。列も店内も女性が多かった。女性たちの前にあるのはパンケーキがほとんどなのが見えた。土日のみパンケーキが朝ごはんのメニューに加わるということを後でお店のスタッフから聞いた。
 パンケーキは人気なのだという。列にも店内にも外国人がいた。一見なのか再訪かなのかまではわからなかったが。アメリカン・ブレックファストが美味しかったらパンケーキの朝ごはんで再訪しようかと思った・・・そのときは。
 一時間弱並んでようやく店内へ。その日は結構暑かったのでかなり長い時間待たされた気がした。一人だったのでカウンター席に案内された。メニューを一応チェックしてアメリカン・ブレックファストを注文した。二個使うという卵はスクランブルにした。
 メニューを見たときにイングリッシュ・ブレックファストもあるのに気が付いた。アメリカン・ブレックファストが美味しかったらイングリッシュ・ブレックファストでも再訪しようかと思った・・・そのときは。
 航空会社に勤めている頃に、契約しているアジアの機内食会社各社を訪れて監査する業務があった。倉庫から調理場、機内食の機内へ搭載までチェックする仕事だった。 
食事処でもバーでも調理場が見える席に通されるとつい見てしまう。習慣とは恐ろしいものだ。
 どんなに美味しくても再訪するのを止めたお店がこれまでいくつあっただろうか。いくつかあるチェックポイントが甦ってきて再訪のダメ出しをするのである。食欲が失せてしまうこともある。

 カウンター席から調理場の様子が見えた。監査だったら締めの総評の席でコメントをしなければならない様子だった。
 席から調理場が見えることに気がつく前に、席に着いて間もなく店内の換気が気になり始めていた。調理場の様子が見えたときに「あ〜、そういうことか」と合点がいった。これから出てくるアメリカン・ブレックファストがいい意味で期待を裏切ってくれたらと願った。食べないで帰るわけにはいかない状況だったので。
 ようやくアメリカン・ブレックファストが目の前に出てきた。店構えと同じくアメリカのダイナーを思わせるディッシュアップだった。しかし、ずっと気になっている換気と同じ臭い(「匂い」ではなく)がプレートから漂ってきた。「あ〜」となった。
 スパイスも隠し味も調理油なのではないかと思ったくらいベタベタだった。しかし、そこは平静を装って全部食べた。

これがそのアメリカン・ブレックファストです。興味のある方は是非。

 支払いを済ませて店外へ。空気は車がビュンビュン行き交う山手通りのほうが新鮮に感じられた。換気のせいで服には調理油の臭いがたっぷりと染み込んでいた。このまま銀座へも西麻布へも・・・というより、どこへも立ち寄れる状態ではなかった。
 本探しを頼んでおいた中目黒のCOW BOOKSへ本を取りに寄ることにした。臭くなった服を気にしつつCOW BOOKSを目指した。パンケーキやイングリッシュ・ブレックファストでの再訪はないと思いながら歩いた。
 海外の旅先でガイドブックを信じて訪れた食事処がハズレだったときはだいたいこうなる。服の臭いと口の中からなかなか消えないアメリカン・ブレックファスト後味がいつまでも辛かった。

 途中にあの世界的コーヒーチェーンの世界に数店舗しかない形態のカフェがあった。週末や祝日には整理券が出て入場制限が行われるらしい。
 旅行鞄を引っ張っている人が多かった。アジアでこの形態のカフェは中目黒のそこだけとか。何だかカフェには見えなかった。
 カフェの別棟で整理券を出していた。指定された時間にカフェに入るためにどこかでお茶をしながら時間調整というのが洒落にならなくなっている様子。中目黒の街もすっかり「整理券や入場規制の街」になってしまったのかも。
 ハズレだった朝ごはんから道中横目で見ながら通り過ぎた観光地化されたカフェ。よく思い出せば海外で何度か味わったことかもしれない。ある意味旅気分だった。しかし、普通の朝ごはんもキチンと出せないお店、カフェなのに入場規制、世の中何だかおかしい気がした。
 COW BOOKSで旧知のスタッフ女史の顔を見た途端にその日のそれまでの話を話した。服の臭いを忘れるほど口疾に話していた。
 探してもらったのは故百瀬博教さんの「空翔ぶ不良」。約30年前の本なので古書店に探してもらうしかなかった。本は朝ごはんのお店を教えてくださった方に贈るつもりで用意した。

大好きな旅のエッセイ。装丁・装画はあの故安西水丸さんです。


 Instagramでしか存じ上げないその方には鳥越にあるよくいらっしゃるというカフェも教えていただいていた。まだ訪れていないそのカフェの様子は分からないが、そのカフェを訪れて事情を話して本を託そうと思っていた。本を持ってそのまま鳥越のカフェへとも思ったが服の臭いが日を改めさせた。

後日その鳥越のカフェを訪れていただいた朝ごはん。チーズエッグトーストとアイスラテです 。 美味しかったので近々再訪予定です。本は気持ちよく預かってくださいました。


 百瀬博教さんといえば鳥越神社の鳥越祭り。カフェは鳥越神社の目の前。朝ごはんの場所とカフェを教えてくださった方に用意した旅の本の著者はカフェのある場所に関わりが深かった方。本はまだお目にかかっていない方へ。結果として大ハズレだった朝ごはんの話より、こっちのほうがストーリーになりそうだと思った。
 そういえば、百瀬さんはニューヨークでも香港でも、超高級ホテルで蜂蜜をたっぷりかけてパンケーキの朝ごはんを召し上がっていたなと思った。

この話を仕上げているときにWORLD BREAKFAST ALLDAYでアメリカン・ブレックファストを。 久しぶりのパンケーキ。たっぷりと蜂蜜をかけていただきました。 



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