『お使い』
この話は2008年5月に書いてトラベラーズノートのウェブサイト「みんなのストーリー」に掲載された旅のストーリーです。現在も掲載されています。そのままここに掲載いたします。現在も「みんなのストーリー」に毎月一作旅の話を書いています。これは掲載第8作目です。
ここ最近久し振りに連絡が取れた古い友人達が何人かいた。中でもAちゃんとは約20年振りだった。同い年のAちゃんと出会ったのは学生の頃生徒として週2回、スタッフとして週2回通っていた英会話学校だった。新宿にあったその大手英会話学校は当時と場所は違うが今でもある。
当時その学校のCMには松本伊代が出ていたが、現在は北野武さんだ。生徒として通っていた僕にスタッフとしてアルバイトのチャンスをくれたのは松岡昇氏である。現在ではいくつもの大学で講師を勤め、英会話やTOEICに関する何冊ものベストセラーを出している氏は当時新宿校のディレクターであった。
約20年前に氏のもとでAちゃんとともに働いた。久し振りに連絡が取れたのは松岡氏のブログにAちゃんが寄稿したものを読んだからだ。氏にお願いして連絡を取っていただいた。簡単ではあったがお互いの近況を報告した。今では2人の男の子のお母さんで仕事も持っているとのこと。未だに自分のことで精一杯の自分はただ感心するばかりであった。
Aちゃんとともにそのバイト先で出会ったSさんのことを思い出した。ハードロックが大好きで、髪型を真似るくらい当時復活して第一線に戻ってきたアリス・クーパーのファンだった。ご主人とロサンゼルスへ旅行しても、ご主人はゴルフ、Sさんは夜クラブ周りをしていたらしい。
アリス・クーパーとともに大ファンだったモーターヘッドのヴォーカリストであるレミーが「レインボー」いう今でもあるクラブにほぼ毎晩現れることを知ったSさんは一人でレインボーに行き本当にレミーに会えた話をしてくれた。とても紳士でSさんがいかにファンであるかを一生懸命話すのをちゃんと聞いてくれたとのことだ。Sさんとはシフトの時間帯が違っていたので一緒に働いたことは少なかったが、会うと音楽の話をよくした。
1991年の6月、社会人になった初めて有給休暇を取って同僚二人とロサンゼルスへ遊びに行くことになった。Sさんには電話でロスアンゼルスへ行く旨を告げた。出発の数週間前にその英会話学校へ生徒も訪問者も少ない時間帯にSさんを訪ねた。
僕の姿を確認するとSさんは一本のビデオを手にロビーへやってきた。ロビーには訪問者のための学校紹介や授業で使うためのビデオデッキとモニターがあった。Sさんは挨拶もそこそこにビデオをセットして早送りを始めた。
あるミュージシャンが刺青を彫られながらインタビューを受けているところで早送りは止まった。Sさんは真剣な表情で僕に「Hideちゃん、この刺青屋のTシャツを買ってきて」と頼んできた。場所はサンセット通りにあるハイアットホテルの前なのですぐに分かるとのこと。この前ご主人とロスに行ったときに行かなかったのですかと訪ねると「怖くて行かれなかった」とのことだった。
同僚二人と予定通りロサンゼルスを訪れた。一人は所謂「絶叫マシーン」と呼ばれるものがある遊園地好き、もう一人は初めての海外旅行であり初めてのアメリカ、僕は当時三年振りのアメリカだったので野球を観たり日本では入手困難なロックTシャツ等を入手したかった。
好天に恵まれカリフォルニアの太陽を存分に浴びることが出来たこの旅行は三人それぞれの欲求を満たしてくれる旅になった。旅に出て写真を撮りアルバムにまとめることはほとんど無いがこの旅に関してはまとめた。一緒に行った二人とは近々久し振りに食事をする予定なのでそのアルバムを持参するつもりだ。珍道中を思い出して笑いの絶えない会食になるだろう。
マジック・マウンテンに行き、ロデオ・ドライブに寄った帰りだったと思うが、Sさんに頼まれたことを思い出してレンタカーを運転する同僚にサンセット通りへ回ってもらった。目指す刺青屋はすぐにわかった。ひっそりとはしていたが辺りは怖いという印象はなかった。同僚二人には車の中で待っていてもらい一人で中に入って行った。
「Sunset Strip Tattoo」と書かれたドアを開けるとSさんに見せられたビデオと同じ光景が広がっていた。歯医者の診察台のようなものに乗って彫ってもらっている人はいなかったが刺青だらけの常連と思しき人が結構鋭い一瞥を僕にくれた。店の人はメガネを掛けていてニコニコして愛想のいい人だった。もちろん着ていたオーバーオールから見える肌にはビッチリと刺青が彫られていた。
「このお店のTシャツが欲しいんですけどありますか?」と尋ねると気持ち良く対応してくれた。自分は日本から来て、ここのTシャツを買ってくるように友人にビデオを見せられながら頼まれたという話をした。その店員は「うちはいろいろなビデオに出ているんだよね」と言いながらTシャツを包んでくれた。ビデオで見たものとは違ったがその当時最新のものだったので頼まれた分と記念に自分の分を買った。
おまけにお店のロゴが入ったステッカーと「Kiss My Tattoo」と “いかにも”なフレーズが書かれたバンパーステッカー(車などに貼る横長のもの)をくれた。鋭い一瞥をくれた常連と思しき人も店員とのやり取りを聞いていたためか再び目が合ったときには笑顔をくれた。このスリル満点のお使いで刺青屋は英語で「Tattoo Studio」ということを知った。
同僚2人を待たせていた車に戻ると一人が「なかなか戻ってこないから刺青彫られちゃっているんじゃないかと思って心配したよ!」と言われて笑ってしまった。
帰国後SさんにTシャツとおまけに貰ったステッカーを届けた。Sさんは本当に僕が行ってTシャツを手に入れてきたことに驚き感心していた。マジック・マウンテンの駐車場にジューダス・プリーストのヴォーカリストである ロブ・ハルフォードが偶然いてサインをして貰った話には再び驚いていた。
サインに名前を添えてもらう時に、”To” でも “Dear” でもなく“Hey Hide” とハードロッカー然として書いてくれたサインは今でも大事に持っている。見掛けに寄らず物静かで愛想が良かったのが印象的だった。
Sさんとはそれからしばらくして音信不通になってしまった。当時一緒に働いていた方々も連絡先はわからないという。元気でいらっしゃるならまたどこかでお会い出来るだろう。それは都内か、いつか久し振りに訪れたロサンゼルスか? 全く想像も付かない旅先だろうか? ストーリーになりそうな再会が待っている気がしてならない。