『フィラデルフィア』
桜が見頃となった4月初旬の週末、隣町にある真間山弘法寺へ桜を見に行った。これは母のリクエスト。自宅から3, 40分かけてウォーキングを兼ねて歩いて行った。
お寺特有の急勾配の石段を登りきると、桜目当ての人で一杯だった。当日の晴天の青空も手伝って桜は見事だった。
「お花見」を終えて、今度は手すりにしがみつくようにして急勾配の石段を下った。下り切ったところでホッとした。どこかでひと息つきたくなった。
参道にある自販機や茶店を振り切って麻生珈琲店を目指すことにした。美味しくて飲み慣れた間違いないアイスコーヒーが確実にあるからだ。
約20分歩いて到着。ティータイムの時間帯でもあり店内はほぼ満席。その日は晴天に加え夏日だったせいか冷たいものを飲んでいる人が多かった。
注文直前に気が変わりコーヒーフロートにした。母も「えっ?」という顔をしながら僕に倣った。
コーヒーフロートで汗がゆっくりと引いてきた。汗で背中に貼り付いていたTシャツが少しずつ背中から剥がれていった。
子供の頃は味も素っ気もなく感じたバニラのアイスクリーム。歳のせいか子供の頃の抵抗はなく、美味しく感じられるようになっていた。
ほぼ満席の店内を忙しく駆けずり回っていた「二代目」こと麻生くんが我々のテーブルにやってきた。
「津久井さん、隣町にフィラデルフィアチーズステーキサンドイッチの美味しいお店があるのをご存知でしたか?」と、口数が少ない麻生くんが珍しく自分から話しかけてきた。
実は麻生くんとはお店に寄った際にタイミングが合うと、お互いに美味しいお店の情報交換をしている。
忙しいのにそんなに話していて大丈夫?とこちらが心配になるくらい麻生くんはそのサンドイッチがいかに美味しいかを熱く語っていた。
具はもちろんパンもとにかく美味しいことを力説していた。麻生くんは自身の仕事をお店の人に正直に告げてパンの仕入先を教えてもらったくらい美味しかったと言っていた。
麻生くんが教えてくれたそのお店の詳細をその場でスマホに収めた。必ず行ってみることにした。数年前にフードのメニューをリニューアルし、絶品のクラシックバーガーとカレーを作った麻生くんがそこまで熱く語るのだから間違いないと思ったからだ。
ついでにスマホで自分のスケジュールをチェックした。2週間後の平日に有給休暇を取っていた。行くならここだと思った。すぐにその日の欄に教わったばかりのお店の名前を入力した。
有給休暇当日。ランチタイムに着くようにお店を目指した。迷うことなく到着。そのお店は麻生珈琲店からは隣町だが、我家からは隣りの隣りの町にある。歩いて行かれないことはない。せっかくの有給休暇をランチのためのちょっとした「遠足」に費やしてしまうのは惜しかった。お店の最寄り駅まで電車で行くことにした。
お店の入口横にはテイクアウト対応用の窓口。店内はカウンターのみで約10人で満席。店内に入ると先客のテイクアウトを作っている最中で肉とタマネギを炒めているいい匂いがした。
席に着いてメニューを見た。初めてなのでレギュラーのフィラデルフィアチーズステーキサンドイッチにした。休日なのでビールも1本。
お店に馴染みつつあるころに店内を見回した。バックバーのような棚にはアメリカの炭酸飲料が数種類ずらりと並んでいた。ソーダポップスといったほうがしっくりきそうなディスプレイだった。店内に流れているインターネットラジオと相まってアメリカンな雰囲気が出ていた。航空会社で機内食の仕事をしなければ「ソーダポップス」なんて表現は知らないままだったなと思った。
先に来たよく冷えたビールをひと口グビリ。席から遠目に店主が調理しているのが見えた。牛肉とタマネギがいい音を立てて炒められている。酒の肴になるくらいいい匂いが店内を満たしていた。
つい2週間前に教えてもらって興味を持ったチーズステーキサンドイッチが目の前に。ビールをひと口グビリと飲み、火傷しないように折りたたんで「サンドイッチ」にしてガブリ。美味いったらない。麻生くんが唸ったパンもやはり美味しかった。
牛肉を焼いてタマネギとともに炒めてチーズを余熱で溶かした具のシンプルなサンドイッチ。アメリカらしいアメリカのサンドイッチだと思った。
麻生くんに教えてもらってやってきたことを告げた店主は麻生くんのことをよく覚えていた。店主は前職でフィラデルフィアを何度も訪れているうちにチーズステーキサンドイッチに魅せられてしまいこのお店を開業したそうだ。それだけの思いが込められているサンドイッチ。美味しいわけだ。
フィラデルフィアでは「チーズステーキ」イコール「チーズステーキサンドイッチ」、単に「チーズステーキ」と呼んでいるようだ。牛肉の部位、チーズ、パンに現地ではそれぞれ「これ」というものがある様子。それはあくまでも基本線ということだろう。
フィラデルフィアは僕にとっては未踏の地。航空会社を辞めるまでの最後の数年間、仕事内容は変わらなかったが、上司が本社のアメリカ人だった。会議のためにひと月おきにミネアポリスの本社へ行った。
アメリカ全土、カナダ、ヨーロッパの機内食業務を管轄していたその上司の部下達とアジアを管轄していた部下達(僕と後輩)が一同に会した。特にアメリカは国内線しかない都市もあり5, 6人で管轄していた。
アメリカ東部を管轄していた人の拠点はフィラデルフィアだった。その人が「一度遊びに来い」と言ってくれた。
それから、フィラデルフィアクリームチーズ。子供の頃に母がよくチーズケーキを作っていた。とても大人の味だった。現在も変わってない様子のシルバーのパッケージにブルーのロゴを覚えている。僕とフィラデルフィアの繋がりはそのくらいだった。
フィラデルフィアについて少し紐解いてみた。東海岸のペンシルベニア州にあるアメリカ有数の都市。位置的にはニューヨークとワシントンの間。
フィラデルフィアを本拠地としている4大スポーツ(プロの野球、バスケットボール、アメリカンフットボール、アイスホッケー。サッカーを加えて「5大」と数えることもある様子)のチームは全てある。いつのまにか大好きなシカゴと無意識に比較していた。ちょっと行ってみたくなった。
チーズステーキが自分の食生活に馴染み始めた。ここで来るか?というタイミングでチーズステーキのピンが付いたメジャーリーグのフィラデルフィア・フィリーズのキャップとインターネットで出逢ってしまった。考える間もなくオンラインストアで即買い。オンラインで即「ポチった」のはいつ以来だろうか。
アメリカのいくつかの都市のローカルフードをテーマにしたシリーズの一つだった。大好きなシカゴはシカゴピザのピンがホワイトソックスのキャップに付いていた。
週末の一日そのキャップを被ってチーズステーキを食べに再訪した。ほんの少し「フィリー」に近づいた気になった。
この話を書くことに決めてさらにもう一度再訪。ストーリーを書く・書かないは別にして本当に美味しいのだ。
世界史で習った「自由の鐘」はフィラデルフィアにある。このストーリーの公開は7月1日。アメリカの独立記念日の7月4日はストーリー公開後間もなく。すごい偶然。「行ってみよ」という旅の神様のお告げなのだろうか?
未踏の地フィラデルフィアがさらに身近に感じた。かなり行ってみたくなった・・・いや、行かなくては。
追記:
1. トラベラー各位、お店の場所を知りたい場合は
「市川市」をヒントに。あとはトラベラーの
嗅覚でお願いします。
2. 昨年書いたニューヨークスタイルピザの常連
客たちとこのお店の常連客 が 結構重なってい
る様子。そのニューヨークスタイルのピザの
話を未読 の方はどうぞご笑覧ください。