『きっとそこにはない・1』
仕事の帰りに自宅の最寄り駅の駅前にあるスーパーに寄るのが平日の日課だ。目的は飲みものの補充や晩酌の肴の調達、翌日のランチの購入だ。
ほぼ職場でのランチはおむすびかサンドイッチ、もしくは調理パン。割引のシールが貼られているものでもお構いなし。食べたいと思うものより、先ずはシールが貼られているものから選んでいるかもしれない。職場にいるときは、「ランチに何か美味しいものを」なんて気には全くならないからだ。
美味しいものを食べるチャンスは終業後でも週末でもいくらでもある。それに満腹だと午後からの仕事の効率ガクンと落ちてしまう。そう考えているので仕事のときのランチに執着しないのだろう。
さっさと食べて昼休みの残りの時間は目を休めるための睡眠や旅のストーリーの準備に充てている。
一日いつものように仕事帰りに駅前のスーパーに立寄った。その日のお買い得のパンのコーナーに英国旗のユニオンジャックがたくさん並んでいるのが遠目に見えた。
イギリス好きなので「ユニオンジャック」には学生の頃から無意識に反応してしまう。気がつくと早足に遠目に見えたユニオンジャックに向かっていた。
「えっ?」ユニオンジャックが付いたパッケージにカタカナで「イギリストースト」とあった。「ブリティッシュ」でも、「イングリッシュ」でもなく「イギリス」。無意識に数個掴んでカゴに入れていた。
自宅に帰り夕食を終えてコーヒーを淹れたときに、「あっ、そうだ」と、買ってきたイギリストーストのことを思い出した。
焼いていないトーストにバター(マーガリン?)が塗られているだけのシンプルなものだった。
夕食後だったので味見程度に食べてみた。シャリっとした食感がしたあとで甘味がやってきてびっくりした。予想していない食感や味が何の前触れもなくやってくると人間はかなり驚く。
食パンにバターに砂糖。食べ続けながらイギリスとの繋がりを必死に探った。困惑が深まるばかりだった。
名称が「イギリス」。英語表記はさすがに「ENGLISH」。そもそも本国にあるのか?調べれば将来旅のストーリーのひとつとして書けるかもしれないと思った。
イギリストーストのことなんてすっかり忘れていた2023年8月に突然再会。場所はいつもの駅前のスーパーだった。
そろそろ191作目(この話)の旅のストーリーの準備を始めなくてはと思っていた矢先だった。本文に載せる写真のことも考慮して三つ手に取ってカゴに入れた。
食パンにバターに砂糖とイギリス。その繋がりにまた悩み始める前に製造元のウェブサイトにアクセスした。
ウェブサイトが開くと無意識に「オーッ」と声が出た。イギリストーストがドーンと画面に現れたのだ。きっと主力商品なのだろう。
青森県にある企業だった。食パンにバターに砂糖に青森とイギリス・・・またまたその繋がりに悩みそうになった。立ち止まらずにどんどん先を読み進めることにした。
製品説明を読み進めるうちに、悩みが少しずつ解消されていった。イギリストーストにはイギリスパンが使われていること。ん?イギリスパン?ああ、ちょっとしたベーカリーの食パンのコーナーにあるあの山型の食パンのことか。「イギリス」は国ではなく「イギリスパン」からだったのか・・・。
製造元の所在地は青森県むつ市。そこでは山型の食パン(イギリスパン)にバターを塗って砂糖をかけて食べる習慣が昔からあったとか。
小学生のときにバタートーストに砂糖をかけて食べると言っていたクラスメートがいた。自分の家では考えられないことだったので驚愕。しかし、そういう食べ方が昔から地方にはあった。変ではなかったのだ。
イギリスパンにバターを塗って砂糖をかけたものを創業者が商品化した。以来改良が重ねられて今日に至っている様子。
バターはマーガリンで砂糖だと思ったものはグラニュー糖だった。絶妙な配合がありそうだ。
本品は50年以上の歴史がある。あのエリザベス女王の在位は70年だったので、在位期間に重なっている。
パッケージにユニオンジャックが付いているが、名称は「ブリティッシュ」でも、「イングリッシュ」でもなく「イギリス」。英国王室や政府観光局あたりにアプローチを試みたことは?
女王陛下が少しでもご存知だったなら浪漫があったなと思った。そんなことを考えながら気がつくと製品説明に夢中になっていた。
次回イギリスのコルチェスターの学生の頃にホームステイさせて貰ったご家族を再訪する際の手土産は、このイギリストーストにしようと思っている。都内で常に手に入るものではないので、再訪とタイミングが合えばということになるけれど。
話の始まりはユニオンジャックが付いているパッケージを見ながら、「イギリスって何?」と尋ねられることからだろう。イギリスパンの説明も必要だろうな。近所の人たちも集まってきたりして。
イギリストーストはきっとイギリスにはない。何度も訪れたロンドンでもコルチェスターでも見かけたことはなかった。もしあったとしたら、不味いと言われて続けて久しいイギリスの食べもの中で、食べられるものの一つとして貴重な存在になったのではないだろうか。
大きさを工夫すればアフタヌーンティーの軽食の中にあってもおかしくはない。紅茶との相性も悪くはないだろう。フィンガーサイズのイギリスパン・山型の食パンを作るのはパン職人の技術だったら十分可能だと思う。
イギリスパンを使うことをずっと守り抜き、様々なフレーバーを今日まで出してきたこともウェブサイトを見て知った。とても興味深かった。
山型の食パンであるイギリスパンを使うことを条件に自分なりのイギリストーストを作るとしたらどうなるかをイメージしてみた。
サッと2パターン浮かんできた。一つはアフタヌーンティーの軽食の中にもある胡瓜のサンドイッチをイギリストーストにすることだった。
胡瓜はどこでもいつでも手に入る。バター、もしくはマーガリンとマヨネーズ、お好みでマスタード。それぞれこだわりがあるのなら、そのお気に入りを用いてオリジナルの一品ができるだろう。
もうひとつはコロネーションチキンを使ったイギリストースト。コロネーションチキンのサンドイッチは現地イギリスのアフタヌーンティーの軽食の中にあるらしい。
コロネーションチキンを作る手間がかかるが、このイギリストーストは上手く作ればきっと美味しいはずだ。僕が作るとしたらコロネーションチキンは神楽坂のパブでテイクアウトしてきたものを使うだろう。
胡瓜のサンドイッチとコロネーションチキンを用いたものは、アフタヌーンティーよりもハイティー向きかもしれない。興味があればアフタヌーンティーとハイティーの違いを各自チェックなさってはいかがだろうか。
この二種類を「イギリストースト」というメニューにしてパブフードにしてはと思う。ビールとの相性は抜群だろう。
一皿にこの二種類のイギリストーストが乗っている。その横にビールの入ったパイントグラスというパブでの景色が目に浮ぶ。いい眺めだ。合うのはギネスだな。長っ尻間違いなしだろう。
外国の国名や都市の名前がその食べものに付いていながらきっとそこにはないもの・・・既にいくつか出逢っている。出逢いは今後もありそうだ。
出逢ったものそれぞれをストーリーにする準備は既に始めている。書き始めるのは忘れた頃にその食べものにどこかで再会したタイミングになりそうだが・・・。
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