母へ

2018年のお盆に帰省した時「お母さん、おっぱいにシコリがあるのよ。だから再検査なの」と言われた。
12月に80歳になる母が、毎年かかさず受けていた人間ドックで、今回初めておっぱいにシコリが見つかったのは、ほんの数ヶ月前のこと。
今までも再検査の項目は時々みつかるものの、特に異常はなかった。
お盆の帰省の際に、母から言われた時、”はたして本当に80になる老婆が乳癌なんてできるんだろうか”と半信半疑だったし、今までも石灰化は見つかっていたから、あまり心配もしなかった。

お盆のやり取りをすっかり忘れて帰京し、やっと猛暑もおさまってきた9月。

携帯に姉からメッセージ。電話が欲しいと・・・

何やら胸騒ぎがした。

姉は「あのシコリは癌だったらしい。後日精密検査で癌のことや他部への転移について調べてから、今後の治療方針を決めることになった」と。


実家から遠くに住んでいる私は、何ができるのだろうか・・・とにかく母の声が聞きたいと思い、夜に電話をした。

母は思いの外落ち着いていた。

「もう80歳だもの、細胞の老化なんだと思うわ。」

その日から約1週間。
私の気持ちは落ち着かず、遠くに住んでいて、近くで寄り添ってあげられない自分、自分にできることは何なのか。。。夜も眠れない日が数日あった。

精密検査の結果を聞く前日、私自身の気持ちを落ち着かせる意味で、母に電話をした。

「どんな結果になっても、楽しく生きていけるようにするわ」と、母。

どこまでもこの人は強い。
なぜだろう・・・
母は、すでに自分の両親(私の祖父母)と弟を亡くしている。弟は癌だった。自分の親族をみんな見送った経験から出てきた強さなのだろうか。


だいぶ前に、母に聞いたことがある。「癌だったら告知して欲しいか」と。母は「どうかなー、ちょっと怖いなー、無理かな」と言っていた。そんな弱気な母はいなかった。

精密検査の結果の当日。
父と姉が付き添ってくれた。
ステージはIの初期。転移なし。
選択すべき治療は部分摘出か全摘出か・・・

姉曰く、母は医者に「先生の親が私と同じ状況だったら、先生は何を勧めますか」と尋ねたらしい。
医者は、全摘出を勧めると答えた。
母本人は、全摘を選択。父も賛成。
姉はその選択を受け入れたとのこと。
その覚悟はいかばかりかと思うが、娘としては本人の選択を受け入れるしかない。母の人生であり、母の体なのだから。

母は食べるものにもたいへんな気を使い、TVでやっている長寿の人の知恵なるものは、ほぼ全て網羅されていた。

そんな母にも癌はできる。
これは私にとって衝撃だった。母が癌の当事者になるのであれば、明らかに生活習慣が乱れている私はその可能性はとても高いのだ。

私の理想の寿命88歳は、そもそも根拠が適当だった。祖父母たちのどちらかが88歳だったというだけで、自分の寿命は88だと思い込んでいた。

今回の母の姿から、学んだこと。

いつ何があっても楽しく暮らせるように。

やり残したことはあるが、やり切ったこともたくさんある!と思えるように。

たくさんのことにチャレンジして生きたいということ。

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