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宅配業者から「お疲れ様です」と言われた話。
玄関のインターホンが鳴った。カメラで確認すると、宅配業者だ。
土曜日は、我が家に隔週で野菜が届く。自然農で野菜を育てている京都の農家さんから送ってもらっているのだ。
「はーい」
ドアを開けると、若いお兄さんだった。いつもは宅配業者のユニフォームを着たおじさまだが、今日は違うようだ。
「冷蔵です。お名前確認お願いします。あの・・・hana先生?」
「(私を知っている人なの?)えっ、誰?あ、ごめんなさい、どなたですか?」
この若さ。教え子に違いない。でも、全くわからない。
「◯◯です、△△中で教わりました」
「えっ、●●くん?うわー、久しぶりだね!」
姓と中学校名を言ってもらったおかげで、すぐにわかった。彼が中学生だった頃と同じように、●●くん、とつい下の名前で呼んでいた。
「でも宅配業者のユニフォームじゃないね。バイトか何か?」
「いや、バイトとはちょっとしくみが違うんです。本業は大学生なんですけど、暇な時間に稼ごうかと思って」
「そうなんだ、偉いね」
偉いね、と咄嗟に出たのは、思い出したことがあったからだろう。
複雑な家庭環境の中で生活し、学校を休んだり、友達や先生とのトラブルも多かった●●くん。いわゆる「区域外通学」で私の勤務先に入学してきた。
私はその頃、特別支援学級の担任だった。普通学級の担任でなかった分、ちょっと引いて学校全体を見ながら、こぼれ落ちそうな生徒をサポートするような役目も担っていた。
入学当初、廊下で一人で座っていた彼に、私は迷わず声をかけていた。
「中学校はどう?慣れてきた?」
「いや、まだ慣れないです」
「そうだよね、私もこの春に転勤してきたから、まだ慣れてないよ。同じだね(笑)」
「先生、どこの学校から来たんですか?」
「□□中学校」
「えっ、◯◯◎◎って女の子、知ってますか?」
「知ってる!何なら、私、担任だったよ」
「まじっすか!?俺、従弟です」
「えー!」
「◎◎が、担任の先生が異動しちゃったって、がっかりしてたんですよ。hana先生のことだったんだ」
すごい偶然もあるものだ。
このことがあってから、親近感も湧き、私は●●くんを気にかけるようにしていた。一人でいたり元気がなかったりしたら、話しかけるようにした。
時が経って環境に慣れてくると、反抗期も重なってか、授業や掃除をサボったり、先生方をきつい言葉で罵ったり、友達と喧嘩をしたり、穏やかではない生活になった。ときどき一人で静かに佇んでいるときがあり、そんなときに声をかけると、穏やかに世間話をしてくれた。親の帰りが遅くてよく料理をしていることや、従姉の◎◎さんのことが主だった。おとなしくて、いいところをほめても、「そんなことないっすよ」「たいしたことないです」と言っていた。もっと自分のよさに自信をもってもいいのになあ、なんて当時の私は思っていた。ひとしきり世間話をして「ま、切り替えて教室行こうよ」と声をかけると、「そうっすね」と教室に向かうことも多かった。私は彼が教室に入るまで廊下で見届けた。背中を押すような気持ちで、念を送っていたのかもしれない。
そんな●●くんだったが、時間が経過し、今は立派な青年になっていた。背が伸び、髪も伸び、見た目はあの頃の面影がない。すぐにわからなかったのも無理はないな、と苦笑いした。
「そうなんだ、偉いね」
「ありがとうございます。僕、初めて教えてもらった先生の家に配達に来ました。こういうこともあるんですねー」
「ね、私もびっくりしたよ。私、月に2回、野菜を頼んでいるから、またお世話になるかもしれない」
「わかりました。ありがとうございます。・・・はい、野菜。ちょっと重いですよ」
「ありがとう。●●くんも、安全運転で頑張ってね」
「はい!お疲れ様です」
いつもは見届けずにすぐドアを閉めてしまうが、今日は車が動くまで見送った。
お疲れ様です?
荷物を届けてもらった宅配業者に「お疲れ様です」と言われたことがあっただろうか?むしろ、私が言わなければならなかったのでは?と可笑しくなった。
●●くんからすれば、私は自宅にいようが「先生」であることに変わりなく、何気なく口から出てきた「労働者への挨拶」だったのだろう。
教え子たちにとって、私はいつまでも「先生」なんだな。いつまでも先生だからこそ、声をかけてもらえるんだろうな。私は嬉しい気持ちに満たされた。
人とつながる温かさ。
介護のために引きこもりがちな私がすっかり忘れていたもの。それを思い出させてくれたのが、偶然やって来た宅配業者の●●くんだった。
教師というのは、いつまでも尊い仕事なのかもしれない。
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