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#1 スイスの山はいつもそこにある話
昔、スイスに1年留学していた。
スイスの山はあまりに大きい。
遠くにあるから透明度が40%くらいのレイヤーに見えるけれど、
大きいからはっきり見える。山の凹凸に沿って走っている雪の筋もよく見える。
それがなんだか、はりぼてみたいに見えたのだった。
というか、平面的なUSJの背景のように見えた。
本物を模した絵のように本物を見てしまう。
自分の目を信じ切れない距離感覚。
駅で電車を待つ間、家の窓を開ける時、自転車で学校から帰る時、
いつもそこに山の絵がそびえていた。
いつもそこにある、というのは
盆地である京都の市街地で大体の方角が分かるのに似ていて、
ある程度の安心感があった。
その頃の私はというと、暮らし始めて数か月経っても、
いつもどこかよそものだと感じていた。
見た目とか、友達の多さとかそういうことではなく、
いやそういうことの総合だったのかもしれないが、
なんとなく現実味がなくて
地に足つかない心持に陥った時、
山を見ると心奪われ、よそものの自己が薄まった。
あの山の絵は心の拠り所だったかもしれない。
私は腰が重く、あまり山には登らなかったが、
その景色に今でも愛着がある。
突然ながら
その時よく聴いていた音楽を紹介する。
Phoebe Bridgers "Scott Street"
"Scott Street"の冒頭には
Walking Scott Street, feeling like a stranger
という歌詞があって、
それがよそもの気分でふわふわ街を歩く自分に通ずるものがあると思っていた。
あとアルバムのジャケットが可愛い。
景色が平面の絵に見えること。
その絵がいつもそこにあること。
それが心の拠り所になること。
ふわふわと覚えている、スイスの思い出。