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地域の文化財を未来に遺すには? | WHY & HOW by NOSIGNER Vol.06

「WHY & HOW by NOSIGNER」は、デザインファーム・NOSIGNER(ノザイナー)がお届けするソーシャルデザインマガジンです。いまデザインが挑むべき社会課題(=WHY)を毎回一つ取り上げ、その背景を掘り下げるとともに、NOSIGNERが関わっているプロジェクト(=HOW)についてご紹介します。


WHY #06:地域文化の継承

急減する伝統的な建築物

前回のニュースレターでは、日本各地で衰退が進む伝統産業にフォーカスしましたが、同じく地域固有の文化を象徴する存在であり、いま急速に失われつつあるのが伝統的な建築物です。少子高齢化や都市部への人口流出などによって人口減少が進む地域では空き家が増加し、その活用が大きな課題となっています。

しかし、建築基準法が施工される1950年以前に建てられた木造の古民家は、耐震性や防火性を現在の基準に適合させるために莫大なコストがかかってしまうことが多く、「再生」ではなく「解体」を選択する所有者が少なくありません。

建築基準法が施行される1950年以前の木造建築のうち、2018年時点で残っているのは約100万棟。しかし、その前のわずか5年間に、約1/5にあたる25万棟以上の古民家が解体されている。

高まる文化財活用の機運

伝統的な木造建築は地域にとって大切な文化財であり、これらが織りなす景観は、古き良き日本の原風景の魅力を現代に伝える観光資源にもなり得るものです。貴重な地域資源としての伝統的な建築物を未来に遺すためには、飲食店や宿泊施設などへの転用を模索する必要があり、地域における文化財や古民家の再生を促進するための法改正も進められてきました。

こうした中で、さまざまな業種の企業が伝統的な建築物を活用した飲食・宿泊事業に参入するようになり、観光振興や地域活性の効果が期待されています。しかし、効率化・合理化を優先し、地域社会との関係構築の視点を欠いた利潤追求型の文化財活用は、地域の活性化にはつながりにくく、むしろ地域との分断を生むことにもなりかねません。

地域固有の文脈を再編集する

地域の文化財や伝統的な建築物を未来に遺すために大切なことは、これまで非効率なものとして排除されがちだった地域固有の文脈やストーリーを掘り起こし、現代に合わせた価値に再編集していくことです。

現在多くのデザイナーがこうした仕事に取り組んでいるように、地域が持つ本質的な価値を見極めた上で衰退する産業や文化に新たな需要を見出し、産業構造やターゲットをシフトするクリエイティブディレクションや、多くの人たちが共感できる価値を創り出すデザインが地域には求められています。地域住民、企業、観光客など多様なステークホルダーと地域の内外に新たな関係の接点を設計するデザインは、地域にかつてない賑わいをもたらすこともできるのです。


HOW#06:BYAKU

美しい景観を未来に遺すために

長野県塩尻市にある奈良井宿は、江戸時代の雰囲気を現代に伝える宿場町で、伝統ある木造建築が1kmにも及ぶ町並みは世界に誇る遺産となっています。かつて奈良井宿は人々の交流と物流の拠点でしたが、交通手段の変化、人口の減少や観光業の衰退などによって人々の往来は激減し、固有の文化をいまに伝える貴重な建築物を維持し、未来に遺していくことが困難な状況に陥っていました。

こうした現状を受け、奈良井宿に現存する重要文化財の建築物をリノベーションし、レストラン、酒蔵、バーなどの施設が併設されたハイエンド向け宿泊施設をつくるプロジェクトが立ち上がり、NOSIGNERがブランディングを担うことになりました。

地域の「百」の物語を味わえる宿

「宿」という漢字が、屋根の形を表した「宀(うかんむり)」と「百」「人」という文字によって構成されていることに着目した私たちは、「この宿を通して、百人とつながり、百年の家を未来につなげること」をヴィジョンとして掲げました。「BYAKU」という施設名には、この地域とつながりを持つ人たちを何百(BYAKU)人にも広げ、建物を何百(BYAKU)年も残していくような宿のあり方を探求していきたいという思いが込められています。

「百聞一見の体験」「百味百薬のおもてなし」など、ブランドコミュニケーションにおいて「百」を用いた言葉にこだわるとともに、この施設をゲストと地域をつなぐハブとして機能させるために、奈良井宿の人たちとともに抽出した地域の100の体験を1枚ずつカードにした「百札」を制作しました。レストランやバーなど施設内のさまざまな場所で百札を手渡されるゲストたちは、施設の中だけでなく外に出て奈良井宿でしか味わえない多くの物語を味わうことで、地域との関係を結んでいきます。そして、その体験の記憶をカードとして持ち帰ることができます。

ロゴデザインでは「百」の漢字を想起させるシンボルを作成。アラビア数字の「100」を90度回転させたデザインは、海外からのゲストにも施設名の由来を伝えるものとなっています。
奈良井宿の人たちとともに抽出した地域の100の体験をカードにした「百札」。

地域とツーリストの共生関係を描く

奈良井宿では初となる高価格帯を持つ宿泊施設として開業したBYAKUは、世界を旅する人々と土着の文化をつなぎ、地域に賑わいを創出することが期待されています。BYAKUが提供する百の体験が起点となって奈良井宿の関係人口が増え、地域に活気がもたらされることを私たちは願っています。

奈良井宿に限らず、日本各地には人々の賑わいや地域外の人とのつながりが失われてしまった地域が多く存在します。BYAKUのモデルは町や建物に眠る資源をゲストが体験できる物語に置き換え、ディスティネーションとしての魅力を高めるものであり、ここから全国に展開できるはずです。今後も私たちは、地域に眠るさまざまな資源を活用することで地域社会とツーリストの間に共生関係を描き、日本の美しい原風景を未来につないでいくことを目指していきます。

施設全体のサイン計画や、「百」の漢字を模したオリジナル行灯の制作、信濃川の源流から水を引き込んだ「山泉」のロゴデザイン、Webサイトやリーフレットのデザインなどを手がけました。
日本のトップシェフとして知られる「傳」の料理長 長谷川在佑氏がメニューを監修し、土地固有の食材や習慣をエッセンスに最高峰の食体験を提供するレストラン「kura」。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

NOSIGNERでは、いま私たちが挑んでいる社会課題(=WHY)や、デザインの実践(=HOW)を毎回1つずつ紹介する「WHY&HOW」から、NOSIGNERの最新ニュース、代表の太刀川英輔による近況報告、スタッフ持ち回りコンテンツなどさまざまなコンテンツが満載のニュースレター「WHY & HOW by NOSIGNER」を配信中です。

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ABOUT NOSIGNER

NOSIGNERは、社会の各セクターを進化へ導くデザインパートナーです。デザイン戦略のプロフェッショナルとして、ブランディング・商品企画・空間設計・ウェブサイトのデザインなど様々な領域で国際的に評価されています。また、地域活性・まちづくり・脱炭素・気候変動・防災などの分野で豊富な知識と経験を備え、代表の太刀川英輔が提唱する「進化思考」を通して、創造的な組織や人材の育成活動にも力を入れています。


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