商品レビューその1: 生活状態(ライフスタイル)誌「STONE/ストーン」
この連載では、ウォッチャー・渋木すずが円盤に乗る派の商品をレビューします。1回目は、生活状態(ライフスタイル)誌「STONE/ストーン」についてです。
・STONEとは?
「STONE/ストーン」とは円盤に乗る派の公演に合わせて刊行される雑誌で、生活状態誌と書いて「ライフスタイル誌」と読む。公演の内容とはほとんど関係がなく、上演戯曲が載っているわけでもない。
編集は、出版プロジェクト「Curtain」の編集・発行人でもあり、TOKYO ART BOOK FAIRの運営にも携わる黒木晃さんが担当されている。
掲載されているものは、アートワーク、インタビュー、短歌、詩、フォトグラフィー、日記、短編小説やコラムやエッセイ等々と多岐に渡り、そしてそれらは全て、「生活をする人間」としての作者がいて成り立っている。STONEからはそんな日常の断片が垣間見える。
「演劇をする団体が発行する生活状態誌」と書くと煩雑だが、円盤に乗る派にとっての「生活」と「演劇」とのつながりについては、巻末のあとがきでも読み取れるかもしれない。
下記はそれぞれ、2018年7月に刊行された第一号と、2019年8月刊行された第二号のカゲヤマさんによるあとがきの一部抜粋だ。
人が生きて動いていてほしい、という願望が、演劇をはじめて日が経つほど大きくなっていくような気がする。
最初の公演と、この雑誌の創刊から一年経って、円盤に乗る派というものがだいぶ自分の中で定着してきた感じがする。生活の一部になれているというか、続けているもの、継続しているものとして存在している。
あるいは円盤に乗る派のホームページに書かれているこの部分では、より一層「生活」と「演劇」の要素について確信的に言及していると思う。
大きな民衆の声が響き渡る世界の中で、小さな声が守られる場所はとても貴重です。さまざまな声が飛び交ううるさい場所を逃れて、そこであればしっかりものを見、考え、落ち着くことのできるという場所を確保します。それは演劇にまつわるあらゆる要素を、生活とダイレクトに接続するということでもあります。このプロジェクトを通じて、種々の、色んな意味で「実際に活用できる」アイディアを提唱します。ここを訪れた観客たちが各々の生活の中で、それらを実践し、少しでもより生きやすくなることができればと思います。
・演劇を持ち帰ること
2018年、STONEの第一号を読んだ時に、これは円盤に乗る派の公演をお持ち帰りするためのものだなと思った。公演内容とはほとんど関係ない記事ばかりの雑誌で何故そのように思えたのだろう。
ライブや舞台に赴いた時、それをそのまま持ち帰ることは難しいな、と感じる。
もちろん楽しかったことは覚えているし、演奏された曲や舞台の筋を思い出すことはできる。
けれど、舞台の上にいる人や起こったことの全て、肌で感じた光や振動、温度と湿度、スモークの匂いや自分の心の動きを、詳細に漏れなく記憶することはできない。それらは一瞬一瞬の体験であり、それこそがライブハウスや劇場という「場」に行く醍醐味だとすら思っている。
公演後にDVDやYoutubeで映像が出ることもある。もし運良く自分が行った回と同じ公演の記録映像だったとして、その時の記憶が甦ることはあるかもしれない。映像をおさめているカメラとは違う角度で観ていたはずの身体が、匂いや温度を思い出してくれるかもしれない。だけどそれはやっぱり観劇の体験そのものではない。
カゲヤマさんはSTONE第一号刊行の際、Twitterでこの雑誌を「上演と同じ価値のものと位置づけていた」と語っている。
人間がいて、「生活状態誌」というテーマの場で、各々のやり方で集まり、「STONE」という雑誌がまとまる。この一つのまとまり、完成した雑誌そのものが「演劇」であり、それを誰かが手に取って読んだ瞬間「上演」になる、のだと解釈した。
演劇そのものはお持ち帰りできない。けど、STONEは「観劇」を持ち帰るものなのではないだろうか。もしくは、開けばいつでも上演されうる「場」を持ち帰る、と言った方が分かりやすいだろうか。
何より、円盤に乗る派の公演を観る前後にSTONEを開くと、「円盤に乗る派」の雰囲気が伝わって来る。カゲヤマさんの演劇は決して分かりやすいものではない。ファンとして見始めた私も、乗る派の公演を見てちょっと分からなかったな、どんな態度で見れば良いか分からないな、と思うことがある。そんな時この雑誌を開くと、なんとなく「ああ、こういう態度で観ると良いのか」と腑に落ちてしまうのだから不思議で面白い。
このなんとなく、が曲者で、「なんとなく」の「雰囲気」を掴む、というのは、伝える方も伝えられる方もかなり骨の折れる作業だ。
最近メンバーが増えたこともあり、円盤に乗る派はSlackで「乗る派らしさ」というチャンネルをつくって、円盤に乗る派に近いものを挙げ始めた。
いくつかのSFの作品をはじめ、漫画や音楽や映像作品、面白かったのは畠山さんが注釈もなく出した「ドトール」とか、下駄くんが出した「ガロ」とか、それぞれ違う側面で「乗る派らしさ」を見出していて興味深い。
かつての同人漫画や少女漫画では、後書きや欄外にその漫画を描いていた時のイメージBGMを書く、という文化があって、私はそれが好きだった。知らない文化を知るきっかけでもあったし、周辺の物事に言及してもらえたことで、テーマにアクセスしやすかったな、と思い出す。
ともかくも、「STONE」が一つの観劇体験として成立し、結果として円盤に乗る派の生活や演劇に流れる「らしさ」や「雰囲気」が伝わるのであれば嬉しい。
個人的には、雑誌の中に本物の広告に挟まれてかなりの数の架空の広告が載っており、どれも力作なのでゆっくりと眺めるのがオススメだ。
・おわりに
なぜSTONEという名前にしたのかカゲヤマさんに聞いたところ、編集の黒木さんとの間で、「その辺に転がっている」「手にとりやすい」みたいなことを話した気がする、とのことだった。どうやらきっかけはおぼろげらしい。
第一号のカゲヤマさんのあとがきの続きにはこうある。
「生きているのがうれしい、と思ったら、それは雑誌という形でもよいと思った。雑誌はよい。わりといろんな人が頑張って作ったが、別に丸めたっていい。あなたはいずれこの本を捨てる、資源ごみに出す、電車に忘れる、歯医者に忘れる、友達に貸してそのままになる。でもそれでいいと思う。」
演劇にも雑誌にも、それ自体には形がない。その辺に転がっている石の、いくつかのページの断片があなたの中でなにかの形を成すのなら、それでいいのだと思う。
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