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「ありふれた演劇について」6

先日近所を散歩していて、ふと「劇場に行きたい」と思った。「演劇を観たい」とかではなく、はっきりと、劇場に行きたい、埃っぽい見知らぬ空間に行きたいと思った。最後に劇場に行ったのはいつだったか。2月の終わりから3月あたまにかけて、シアター・コモンズのいくつかの作品を観た。港区のリーブラホールというきれいなホールだ。同じくらいの時期にYu-Kohというイベントにも行った。受付で手を消毒して、マスクを着用したまま踊った。ドリンクを飲むときマスクを外すので少しうしろめたかった。渋谷には人がたくさんいた。まだライブハウスのクラスターが報道される前の話だ。情報が少ない中、興行側が、観客が、それぞれの判断で行動していた。東京事変がライブを「強行」したと言われたのが2月29日だ。今となってはずいぶん昔にも思える。

「劇場」というものの機能は信じているけれど、建物としての「劇場」に強いこだわりがあるかというと、必ずしもそうではないと思っていた。もちろん、劇場は好きだ。しかしそれは、ある居酒屋が好きとか、喫茶店が好きとか、線路の立体交差が好きとか、海が好きとか、山が好きとか、そういうことと変わりないと思っていた。特別で大事だけど、自分にとってそれだけがものすごく特殊な何かかというと、別にそうでもないと感じていた。

しかし、あの散歩の途中、強烈に「劇場に行きたい」と感じた、あの感覚は一体何だったのだろう? 前回にも書いたように、自分はオンライン演劇にも可能性はあるとは思っている。自分の家を劇場のようにする方法も、いくつか試せはするだろう。しかし、そういうことではない。自分の家ではとうていできないようなこと、感じ得ないような体験をしたい、という風に思った。自分の家ではできないこととは、一体何だろう?

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