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【街角で円盤を、】つくる。ーミクロコスモスの小さな声

「街角で円盤を、」は、ウォッチャー・渋木すずが日常生活で思い、見つけ、考えた「円盤に乗る派」について綴る連載エッセイです。

前回:「街角で円盤を、思う。ー円盤に攫われかけた母

◇◇◇ 

気が狂ったように味噌のことを調べていた。

味噌。
一晩吸水させた豆を茹でて潰したのち、塩と麹とを加えて捏ね、空気を抜きながら容器に入れて保存し、時間を経て、麹菌と酵母と乳酸菌の働きにより発酵と熟成が行われると出来るもの。

豆は黄大豆でなくても、青大豆や小豆やひよこ豆、おからからでも作れるらしい。
冬に仕込むのが一般的だが、空調の良い現代の家ならば夏でも問題ないとのこと。

問題ない。そうか。問題ないのか。

6月のある日、大量のサイト巡回の果て、「問題ない」という言葉にたどり着いた時に、体はもう青大豆を水に浸していた。

昨年買ったひたし豆用の余り80gが、その3倍ほどの水とともにボウルに沈む間、近所のスーパーで都こうじを買って、次の日にはリモートワーク中に茹でていた。

4時間かかって茹で上がった青大豆は190gまで膨らんでいて、潰すと硬い。
本当はもっと柔らかく煮なければいけないらしいが、古い青大豆ということもあってほどほどで諦めた。

茹だった豆をビニールに入れて手で押しつぶすと、豆の香りがふわん、と香る。
梱包材のプチプチを丁寧に潰しているような心持ちで、好きな動画を見ながら潰していく。

乾燥の都こうじ200gと塩をあらかじめ合わせておき、潰した豆に加え、ビニールの上からよくよく混ぜる。
タッパーに詰めてラップで覆い、カビ防止にわさびを乗せて蓋をして完了。

あとは夏が終わって10月になったら出来上がり。

あれから3ヶ月、そろそろ味噌について調べるのをやめなよ、と同居人に止められてもずっと味噌についてググっている。

味噌の成り立ち、麹と糀の違い、様々な地域の味噌、こうじ菌の種類。
私の知的好奇心を満たすこれらの有益な情報は、大抵が個人サイトやお味噌屋さんの公式サイトに載っていた。

SNSを見る時間が、減った。

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個人サイトの中で特にお気に入りのものがある。
私は梅干し作りをするのが趣味で、4年目の今年も作ろうと調べていたところ、辿り着いたホームページだった。

大抵、このような個人のホームページは、長くても2010年代初頭で更新が止まってしまっていることが多いのだが、こちらは2000年から今に至る20年間、まだ更新され続けている。

そこでは、梅干しづくりの工夫と実験が詳細にレポートされており、保存容器の下に溜まる塩の循環のさせ方、紫蘇の良し悪しの見極め、紫蘇と梅の色付きの関係、梅干しの年数経過による味の変化等々、知りたいけれど決して他のサイトでは見ることのできない、生きた情報の数々があった。

トライアンドエラーのビリビリした感覚。20年の積み重ね。
これこそまさに「生活」である。

人ひとりが一生のうちに得ることができる知恵と知識の総量はどれくらいだろう。

その個人サイトの中には、梅干しの他にも近所のお気に入りの銭湯や図書館の一覧、魚の焼き方の工夫、オススメの文旦の剥き方が書かれていた。
その人の生活の、全ての実験と実践の知が表現されているようだった。

大袈裟かもしれない。けれど、TwitterやFacebookやInstagramより、ずっとずっと「人間」らしい何かがそこにいた。
私とは意見の違う一人の人間の人格が、インターネットという世界の、この個人サイトという住所に生きている。

SNSに集合知を見たことがあった。
集合知はやがて群衆となって、私は今、大きな群衆の大きな声達の、大きな数による広い知に圧倒されている。バズったつぶやきのリプライ欄や、トレンドやタイムラインに流れる人々を、一人の人間として見ることが、できない。

けれどこの個人サイトにあるのはそれとは別個の、いわば一人の人間の「総合知」のようなもので、それがこの世界にまだ存在することの力強さに心を動かされている。

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味噌はそろそろ食べごろで、味見をしたらほんの少し塩馴れしていないけれど、もう立派に味噌の味がした。
5月に漬けた梅は、8月に干して今年もふかふかのお気に入りに仕上がったし、4月から始めたぬか床も、乳酸菌の味に加えて山椒の風味が豊かで、安定して美味しい。

気温と湿度、空気と太陽とに影響され、小さな生き物たちは小さな声で今も静かにうごめいている。
人間が失った2020年の時間など何も関係ないように。

「大きな民衆の声が響き渡る世界の中で、小さな声が守られる場所」が円盤に乗る派ならば、私も小さな声で話したい。一人、誰にも聞かれないような小さな声で。




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