夢があるんだ
「もし宝くじが当たったら」
その問いに対して、いつからか本当の夢を答えられなくなっている自分がいることに気付いてしまいました。
どうせ引かれるのはわかっているから。
暖衣飽食を貪る?
ノン
海外を遊び回る?
ノン
投資やビジネスで更に多くの富を蓄える?
さらさらノン
私の夢はただ一つ。
穴を掘りたいんです。
そういんじゃないんだ
穴を掘る。
日本語の比喩的表現でもなければ、ギネス目指し、ましてYouTubeの数字が欲しいわけでもない。
ただ穴を掘りたいんです。
ただただ穴を掘りたいんです。
上に貼ったのはPS1の傑作RPG「moon」に登場する、無性に穴を掘りたい変態 ニッカさんです。
プレイした小学生の頃は、意味がわからなすぎて逆に印象に残らなかったのですが、20代も後半の頃にこの衝動に覚めてからは、彼の言葉には説得力しか感じません。
いつだったか、当時のバイト先でふとこの思いを吐露したとき、案の定周りからは「意味がわからない」との感想だけを浴びせられました。
「掘った穴を何かに利用するの?」
「なんか真夏の砂浜で深さを競う集団穴掘り大会があるみたいよ?」
違うんだ。
そういうんじゃないんだ。
利益など、達成感など、己の成長など、記録を残す自他評価など、まして人との繋がりなど、何一つ求めちゃいないんだ。
この行為においては何一つがいらないんだ。
なんつーかさ、例えば衝動的に海が見たくなって海に行こうとするとき、そこに利益や達成感、成長や人繋がりなんて求めはしないでしょう?
ただ見たいだけなんだ。
ただただ掘りたいだけなんだ。
きっと野生動物は意味もなく、衝動的に、趣味性を持って穴を掘ることもあるはずなんだ。
「野生には無駄がない」とか、動物舐めすぎなんだ。
あいつらも絶対に、楽しむためだけに掘る穴があるはずなんだ。
現代、文明社会にぶら下がり、かくも惰弱に衰え果てたホモサピエンスに、一縷残された野生なんだこれは。
たまに思い出したように発作が起きて、スコップで土を穿つ感覚をシミュレートしても、
そこはやっぱり金がない。時間がない。
なにより自由に掘っていい土地がない。
夢は今も夢のままで、
掘る気力も体力もなくなるまで老いさらばえるだけかと思っていた私に、
遂に天啓が舞い降りる時が来ました。
去年秋頃、酔った時しか連絡してこない父からの電話にて「山の方の余った土地で、趣味で野良仕事を始めた」と報告を受けました。
なんか二束三文にもならない、一応我が家の持ち物の小さな土地があることは記憶の隅にありましたが、まさか畑こさえられる程度には広さがあるとは。
これは、できるんじゃないか?
掘れるんじゃないか?
にわかに色めき、声色が弾むのを抑えながら「ふーん、じゃあ今度帰ったらちょっと行ってみようかな」くらいの返答になんとか落ち着かせながらも、電話を握る手には自然力がこもります。
流石に実父には引かれたくない。
一縷残された人間性故にか、なにをしようとしてるかまでは言えませんでした。
利益なんて浅ましい。
成長だなんて尤もらしい。
絆を深めたいなんて卑しい。
凡そ人間らしいもの全て削ぎ落とし、
無我に衝かれるまま掘り進んだ先にこそ、
自身の生の価値のなんたるかが見えてくる。
そんな確信にも似た希望を感じています。
このコロナ禍が収まって、もしまた帰省することができたなら。
家族に会いたい。古い友人に会いたい。
懐かしいあの場所へ、もう一度行ってみたい。
そしてそれらの時間を幾許削ってでも、
わたしは穴を掘りたい。
おわり
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