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【PIT】目指すのはBlack-Out
2013年10月1日はPittsburgh Pirates(PIT)ファンにとって特別な日だ、本拠地のPNC Parkでワイルドカードゲーム(WCG)が行われた日である。
それだけ聞くと「優勝を決めた日とかじゃなくて、ただのワイルドカードかよ」と思う方もいるだろう。何も知らなければ僕もそう思う。
詳しくは“ビッグデータベースボール”という本があるのでそちらを読んで欲しい。下の画像はハードカバー版だが、今は文庫本でも出ている。
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北米プロスポーツでワーストとなる“20年連続シーズン負け越し”が決まった12年オフ、GMのNeal Huntingtonと監督のClint Hurdleは危機感を抱いていた。
自分たちに残されたおそらく猶予はあと1年だが、このオフに使える補強資金は$15M程度しか無い。チーム状況を一変する様なスーパースターどころか、まともなスターターを1人獲ればほぼ消えてしまう額である。
となれば、他チームが評価していない“掘り出し物”を見つけてくるしかない。その為に活用したのがPITCHf/xというトラッキングデータだ。
そしてPITのアナリストが目を付けたのが捕手のキャッチング技術…そう、フレーミングである。今でこそ当たり前の様に使われるが、当時はまだ市民権を得ていなかった。
アナリストがFA市場に出ている捕手のフレーミングを数値化してみたところ、断トツで優れている選手がいた。それが昔ながらの指標では「既に峠を越えた選手」扱いをされつつあったRussell Martinである。
古巣のNYYや優勝争いをしていたTEXなど資金力のあるチームよりも高い2yr/$17.0Mを提示、監督のHurdleが勧誘の電話をかけるなど熱心に勧誘して口説き落とした。
次に狙ったのがMINで06年に素晴らしいデビューを飾ったものの、オフにTJ手術を受けその後は不本意なシーズンを送っていた左腕のFransisco Lirianoである。
前年も成績は振るわなかったものの、TJ手術を受けて以来失われていた球威が戻りつつあった事。そして彼がこれまでフレーミングが平均未満の捕手ばかりと組んでいた事が決め手だった。
追い込めば決め球のスライダーがあるだけに、(それまでボール判定されていた)ゾーンギリギリの球をMartinがストライクにして投手有利のカウントを作ってくれれば復活出来るはずだと判断した。
※Lirianoは(契約合意後の)クリスマスの朝に子供を驚かせようとしてドアに右腕をぶつけて骨折、開幕絶望になった事で当初より安い2yr/$7.0Mでの契約となった。
また、PITはこの数年前から傘下マイナーチームで野手を定位置から大きく動かす所謂“極端なシフト”を試していた。この時期はまだシーズンで100回以上敷いたチームは片手で数えるほどしか無かった。
マイナーで密かに行っていた実験は大成功で、どの階級においてもゴロがアウトになる確率で高くなった。確かな確証を得たPITは、満を持して13年にMLBで導入する事になる。
特定の選手に対して極端なシフトを敷くのはもちろん、基本的な守備位置も定位置から動かした。それにより前年から顔触れがほぼ変わっていないにも関わらず、各選手の守備指標が劇的に改善されたのである。
テコ入れがあったのは野手陣だけでない、シフトを最大限活用する為に投手陣はツーシームの割合を増やした。打球が飛びやすい場所に野手を配置した上でゴロを打たせやすい球種を投げれば少ない球数でアウトが取れる。
前年は8登板で1勝3敗だった左の技巧派スターターJeff Lockeは13年にこのボールのおかげで13年に球宴出場を果たした。前述のLirianoもこの球種の恩恵を得た1人だ。
余談だが他チームもこれに追随してヒットを打つのが難しくなった為、打者が「それならシフトを敷けないところに打てば良い」と考えたのがフライボールレボリューションである。
「フレーミング」「守備シフト」「ツーシーム」の3本の柱に据えたPITは開幕から良いスタートを切ったが、20年連続で負け越しているチームをファンは簡単に信用しなかった。
大型契約でスーパースターを獲得した訳でも無ければ、「HRが増えた」「球速が上がった」という様なファンが見て分かりやすい変化があった訳では無いからだ。
それでも球宴の舞台に5人を送り込み、シーズン中盤になっても優勝争いを繰り広げれば流石に認めざるを得ない。閑古鳥が鳴いていたスタンドが埋まり始めた。
スポーツといえば長らくアメフトとアイスホッケーだった街に野球が戻ってきたのだ。9月3日に81勝目を挙げてシーズン負け越し記録をストップさせると、28日にはCINと対戦するWCGの本拠地開催権を得た。
そして、運命の10月1日。WCGは1試合のみ、負ければ終わりの一発勝負である。それまで開幕戦くらいしか埋まらなかったPNC Parkの様子がこちらだ。
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静止画でも“圧”を感じるのではないだろうか?選手達が事前にSNSで呼び掛け、4万人超のファンが黒い服を身につけてスタンドを埋め尽くした。通称Black-Outである。
試合が始まる前から「Let's Go Bucs!」と叫びながら各々が海賊旗やタオルを振る姿はまるで本物の海賊の様だった。PITの選手には一挙手一投足に歓声を・CINの選手にはブーイングを浴びせた。
2回裏に先頭打者のMarlon ByrdがHRを放ち先制すると、盛り上がるファンはマウンド上のJohnny Cueto(当時CIN)に対し彼の名前をチャントの如く大合唱し始める。
この時点で既にMLBデビュー5年目・通算65勝を挙げていたCuetoだが、経験した事の無い状況に動揺したのかマウンドでボールを落としてしまう。
それを見たファンは更に沸き立ち「Cue~to~」の声は更に大きくなる。その直後のボールをMartinがスタンドに叩き込むのだからもうお祭り騒ぎだ。
This day in #PGHistory: Johnny Cueto drops the ball in PNC Park, as the Pirates defeat the Reds 6-2. (2013)
— Pittsburgh Clothing Company (@PGHClothingCo) October 1, 2018
Russell Martin ended the game with two home runs, leading Pittsburgh to the NLDS, and their first postseason series win since the 1979 World Series. pic.twitter.com/TZlcj6cw1h
その後も中押し点・ダメ押し点を奪い、試合結果は6-2と完勝した。ヒーローはスライダーを多投して強力打線を抑え込んだ先発のLirianoと、その好投を引き出しつつ2HRを放ったMartinというオフに少ない予算を投じて獲得した移籍組2人だった。
PITはその後3年連続ポストシーズンに出場するも、14年・15年はどちらもWCGで敗退。翌16年からは“6年連続シーズン負け越し”と再び冬の時代を迎えている。
13年のWCGでロスター入りしていた25人は20年1月にStarling MarteをARIへトレードした事で全員がチームを去り、HuntingtonとHurdleも19年オフに揃って解任された。
20年からはGMにBen Cherington・監督にDerek Sheltonを据えて新体制でチームの再建を進めており、ここまではまずまず順調と言って良い。
狙うのはもちろん13-15年には成し遂げられなかった地区優勝(92年以来)、そしてリーグ優勝、その先のワールドシリーズ優勝(どちらも79年以来)である。
今季ブレークの期待がかかるOneil Cruzや全体1位指名のHenry Davisらがコアプレーヤーに成長し、再びBlack-Outのスタジアムに立っている姿を想像して、PITファンは今季も負け続けるチームを見守るのだ。
さて、ここまでは前置きなので、ここからようやく主題に入りますが…
…え?長過ぎる?驚いたでしょう、僕だって驚きましたよ。導入部を書き始めたらいつまで経っても書き終わらないんですから。
いや、まぁ本編はそんなに長くないです。ロックアウト前にGMのCheringtonが「実績のあるスターターをもう1人獲りたい」という発言がありました。
現地ライターらが何人か候補を挙げたりしている(それに関しては別の機会に取り上げたい)のですが、その中で僕が最も惹かれているのがJonny Cuetoです。
16年にSFと大型契約を結んでからは初年度こそ219.2回を消化したものの、その後5年間で規定投球回をクリアしたのは短縮シーズンだった20年のみ。
昨季は22登板/114.2回でERA 4.08/FIP 4.05とここ数年の不振からやや持ち直したとはいえ、先日誕生日を迎えて36歳になった大ベテラン。多くを望めないのは分かっています。
それでも、今度は味方として…応援としてファンが彼の名前を叫ぶ光景を見たいんですよね。 ※「そんなにファンは来ないだろ」などと言ってはいけない
そもそも現時点で最高年俸はRoberto Perezの$5.0Mというチームが彼にオファーするのか、仮にオファーしても本人が選んでくれるのかは分かりませんが。
一銭も払わないのに無責任な事を言うのがファンですから。Black & Goldのユニフォームを身に纏い、ドレッドヘアーをふり乱しながら投げるCuetoを妄想しながらロックアウトが明けるのを待とうと思います。