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手から玉ねぎの臭いがする冬の始まり

 急降下した気温が身体をこわばらせ、鋭く冷たい風が顔を突き刺す。一体地球はどうなってしまったんだ。寒すぎて外に出るのも一苦労、これを何度も乗り越えてきたとは到底思えない。
 私は凍えた両手を顔の前にやり、はああと息をはいた。もはや寒さは、自分の息で暖を取らねばならない域まで達している。ただ同時に、この動作はなんとも冬らしく、粋なものだなとも思う。
 なんだ、冬も悪くないじゃないか。私は冬の苦痛だけを先取りしていたが、冬だからこそ楽しめることだって沢山あるじゃないか。手からふわりと玉ねぎの匂いがする。

 確実に、手から玉ねぎの匂いがしている。この生臭く刺激のある匂いは絶対に玉ねぎだ。冬の良さについて、今からとんでもなく美辞麗句を連ねてすべての人に届けようと思ったのに、こんな臭い手で書いてしまっては届くものも届かまい。淡路島に来たのかなと誤解させてしまうだけだ。

 いや、そもそもなぜ玉ねぎの匂いがしているのか。今日は全く触っていない。たしか一番直近で触ったのは、昨夜の晩御飯を作ったときだ。スライスして、水にさらさずにドレッシングをかけたら辛すぎて、悶絶しながら食べた記憶が新しい。
 まあ、確かにあれからまだ12時間程度しか経っていない。だから、玉ねぎの細胞が手に残っていることは十分考えられる。とはいえ、あの後風呂に入っているし、今朝洗顔もした。つまり、手は何度も清潔な泡にまみれているのだ。にも関わらず、玉ねぎ臭を放つその粘り強さに驚きを隠せない。
 それに、玉ねぎ臭い手で体中も顔も洗ったということは、全身から玉ねぎ臭を醸し出す、いわゆる玉ねぎマンである可能性がある(いわゆるかはしらない)。早く帰ろう。被害者が出る前に。

 私は駆け足で家に戻り、すぐさま石鹸で手を洗った。手首、手のひら、爪の間、それはもう丁寧に、まるで人を殺した後のように。
 満足するまでこすった後、水で濯ぎ、スマホをどかしてタオルで手を拭く。私は恐る恐る手を嗅いでみた。
 ……臭い。まだ遠い先で玉ねぎが手を降っている。何なんだよこの強さは。絶望が押し寄せる。
 私は臭い手で「手の臭い 消す」と調べた。すると、柑橘系の汁をかけると良いと表示された。
 そんなもったいないことできるわけ無い。全く、グーグルは私の手を唐揚げか何かと勘違いしているのだろうか。
 それに私の指にはうまくいけば二の腕まで届くんじゃないかと思うくらい馬鹿でかいささくれがある。柑橘系の汁をかけたらきっと、染みて臭みどころじゃなくなる気がする。やっぱり、この方法は論外だ。

 次に表示されたのは「ステンレスにこすりつける」だ。あいにく私の家にある、明確にステンレスであるとわかる物体はステンレスたわししかない。とうとう私の手が焦げた鍋と同じ扱いを受けるのかと思うと涙が出てくる。なぜこうも簡単に無数の傷をつけたがるのか。いや、そうやって傷つけて、やっぱり匂いが取れなくて、それで渋々柑橘系の汁をかけて染みさせようって魂胆か。グーグル、あな恐ろしや。

 もうやめよう。私はここ最近毎日玉ねぎを触ってきた。そんな玉ねぎ臭の波状攻撃は、大木の年輪のように何層にも刻まれ、きっと一朝一夕で小手先な手段では到底落ちないのだ。私のオニオンハンドも、見ようによっては地獄先生ぬ〜べ〜のようでかっこいいじゃないか。吸血鬼はにんにくの臭いが弱点だって言うし、妖怪やそれに似た類をこの手で退治できるかもしれない。まあ、人間も退治してしまうかもしれないが。

 最後に、一匙の重曹と、一縷の望みをかけて手を洗ってみた。まあどうせ、オニオンハンドなんでしょう。
 そう思ったが、見事に臭いが落ちていた。重曹すごすぎる!
 汚れや臭いにはすぐに重曹を使う界隈がいるのは知っていたが、まさかこんなにも有能だったとは。重曹万歳。私はこれから重曹界隈に入界しようと思う。

 何にせよ良かった。これで冬をちゃんと楽しめそうだ。そう思ってスマホの電源を落とし、ポケットに入れた。手からふわりと玉ねぎの臭がする。
 ……なるほど、犯人はお前だったのか、ゴン。

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のろのろな野呂
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