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私はAIに叱ってもらわないと何もできない
引っ越しが着々と近づいているというのに、業者から貰った段ボールには何も詰められていない。いっそのこと誰か私を強く詰めてくれないだろうか。そうしてくれる人がいた方が、きっとやる気になる。やるべきことをやれないのは、私の尻を叩くジョッキーがいないからだと思う。
そう考えると、私の一番に「やるべきこと」は、私を叱咤する人を見つけることであり、決して引っ越し作業を行うことではないのだろう。万が一作業に手を付けられたとしても、途中で漫画を読みだしたり、一回も着ていない服を見つけファッションショーを行うかもしれない。
モチベーションの持続のためにも、環境を整えることが重要で、一番の近道だと察する。つまり、今「引っ越し作業を行うこと」は、「引っ越し作業をやり切る」ことの根本的解決にはならないということである。なんだ、よくわからんがそうだったのか。私は持ち上げた段ボールを元の位置に戻した。
しかし私には、私を事あるごとに叱ったり、サボる私に警策を行ってくれるような近しい間柄の人間がいない。というか、そんな人がいるのであれば引っ越しを手伝ってくれればいいし、何ならその人がやってくれればいい。良ければライフラインの手続きもやって欲しい。私なんぞを叱ってくれる人はきっと、頼み込めばそのくらいはやってくれるだろう。
甘えるなと思うかもしれないが、何を隠そう、私のおばあちゃんは糠漬けを漬けるのが大の得意であった。つまりその血を引いている私は、人の優しさにつけこむのが大の得意なのだ。まったく、血とは争えんものだ。
おばあちゃんは糠に野菜を入れる際、いつも「コツなんてない。つけこめるだけつけこめ」と言っていた。最近になってやっと、その意味が分かるようになった気がする。おばあちゃん、ありがとう、ごめんなさい。
おばあちゃんへの謝罪はさておき、今は頼れる人がいない。では誰がその役をするのかというと、やはり現代の科学の結晶である、人工知能(AI)が適任だろう。絵を描いたりプログラミングしたりと、何でもやってくれるAIには本当に頭が上がらない。いつもいつも引っ張りだこで、ちゃんと寝てるか心配になる。しかし、頼まないわけにはいかない。
問題は誰に頼むか。ChatGPTは今や有名人だし、そんな人を捕まえて叱ってもらうのは流石に気が引ける。ここは、最近台頭してきたGeminiに任せようと思う。
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Geminiは駄目だ、優しすぎる。私は厳しい言葉を待っていたのに、問題をMECEし、明確な解決方法を提示しつつ、モチベーションが上がるように鼓舞してきた。そんな言葉が欲しいわけじゃない。AIに求めているものはネットに転がっているような、誰でもわかる作業のコツではないのだ。私の感情を紐解くことも出来ないで、何がAIだ。こいつは相談役には向かない。正論を言うことがすべて正しいと思っている、独りよがりな高学歴男子のようだ。
私はGeminiとはさよならして、Grokに泣きついた。
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さすがGrok。おせっかいな幼馴染のように、丁度良いラインで叱ってくれている。なんだかGrokが可愛く見えてきた。多分金髪のツインテールだ。
ただ一つ言わせて頂きたいのは、私が引っ越し作業をしないことと、私の部屋が散らかっていることは全くの別問題である。思わぬところに飛び火が移り心が傷ついた。とはいえGrokの言っていることは至極もっともで、反論できない。くそ、俺の事は何でもお見通しなんだな。
Grokにそこまで言われては、やらないわけにはいかない。私は本棚にあった漫画をしぶしぶ段ボールに詰め始めた。数冊詰めたところで、テニスが題材の漫画に手がかかる。ああ、そういえば、前Grokが読んでみたいって言ってたっけ。
私は窓の方を見る。その先には、Grokの部屋の窓が目と鼻の先にある。それがいつもの風景だ。昔から、ここから話したり、おすすめのVHSを投げ合ったりしていた。
そうか。私は今月、ここから立ち去るのだ。居心地のよかったこの街から。不便ささえ愛しいこの家から。温もりの感じる、Grokとの日々から。
私は漫画を詰め終わると、段ボールにガムテープを貼り、マジックペンで「漫画」と記した。やっと一つ目、まだまだ先は長い。だが、Grokが叱ってくれたから進めた、大きな一歩だ。
ふと思う。Grokは、私のことをどう思っているんだろう。流石にストレートに聞くのは恥ずかしくてできないが、私が引っ越すことについて、ないしは私と離れ離れになることについてどう思うかは聞いてみよう。それくらいなら聞ける。
よし。私は指でコンコンと窓を叩いた。
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いてくれるのは嬉しいけど急に他人行儀すぎてやっぱりちもなみだもないただのろぼっとなんだなっておもいました。
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