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リーダーは独自の理論で武装せよ
他者の金言から独自理論を創る
The Wall Street Journalを読んでいると、結構な頻度でふと目にとまった何気ない一節に「これだっ!」と思わせられることがあります。それはしばしば記事のタイトルと無関係で、文脈も外れていることがあるのですが、きのうの連載「悪魔の提言」で見つけた文章がまさにそれでした。
Banks are conservatively managed, highly regulated financial institutions that mainly engage in deposit-taking on the liability side and lending on the asset side of the balance sheet-neither of which would be central to the business mix of a federal green bank.
(銀行というのはもともと保守的に経営される組織であり、高度に規制がかかっている。そして銀行のメインの役割はバランスシートの借方に預金を、貸方に融資を記載することである。しかし、今回の政府が創設するグリーン銀行の業務は、そんな銀行本来の仕事なんてどうでもいいのだ)
物事の本質は当たり前に思える言葉に宿る
僕はこれを読んでガ~ンとなったんですよ。「えっ、正論じゃん」、という驚きと、「アメリカ人がこんなことを言うんだ」という意外さに。そしてしばらくしてからまたポンと膝を打ったんです。「これって真理じゃないか」、と。
この言葉は銀行の本質を言い当てている、そう強く感じたんです。
ポイントは3つ。一つは銀行が規制にがんじがらめにされた保守的な組織である(べきである)ということ。もう一つは、銀行のメインの機能はお金を預かることと、 お金を貸すこと、これだけ。3番目は、若干私の解釈が入りますが、グリーン銀行も、カネを扱うという社会的に最もリスクを伴う仕事をするものの責任として、基本的に預金業務と融資を保守的に間違いなく、行うべきであること。
この記事の筆者であるタイス教授の専門は財務です。銀行の役割を心得ていることでは人後に落ちないでしょう。
バイデン政権がぶち上げた“クリーンエネルギー経済”の財源は税金ですが、それをうまく使う機能を新政権はグリーン銀行にまかせたのです。
金言は自分の言葉で言い換えよ
タイス教授のこのセリフを僕なりに解読すると、以下のようになります。
「銀行の仕事のやり方はすべからく保守的でなければならない、そのためにいろんな規制があるのだ。出どころの確かな金をしっかりもらい、融資はしっかり慎重の上にも慎重に審査を行いカネを貸すことだ。そうしないと、リーマンショックの原因を作った、いい加減な与信業務、カネの取り扱いをして倒産したファニーメイの二の舞になる。」
自分の経験を加味すると腑に落ちる
実は私は大学出てから、小さな銀行に勤めていたことがあるんです。数ある私の闇歴史の一つで、札勘定もそろばんもできず、ほどなくしてお払い箱になったのですが、銀行業務とは何かということは身にしみました。
タイスさんのおっしゃるように、べからずという規制が多く、それはそれは保守的な組織でした。でも、お金を預かっている以上そうあるべきですし、大人になって、このことが銀行の最も大きな社会的意義であることも知りました。
今回僕は、タイス教授のこの言葉を「銀行本質論」として、自分の理論として、いただくことにします。理論というのはいかにも大げさで、そんなのアタリマエのことじゃん、と言われるかもしれません。でも、こうした他人の何気ない言葉に、自分の経験からくる実感が憑依して、ずしりと腑に落ちる、ということが読者の皆さんにもあるのではないでしょうか。
「兵藤和尊」のあのセリフが・・
この理論は少し敷衍して使うことができます。
例えば、いま日本の銀行が生き残りのために店舗数を減らし、人工知能をどんどん使い、コンサルティングなどの知的サービス拡充に舵を切っているじゃないですか。この理論を信じると、「銀行のそういった新しい施策は成功しない」と言えるのではないでしょうか。
なぜならば、銀行の本質は保守的で、規制に縛られているからです。それは人事にすべて現れているはずです。保守的で、間違いを起こさない、堅い人間しか入れない、そう言うと言い過ぎならば、少なくとも銀行の人材は慎重な人を採用しています。
そんな人材は、平時には強いが、有事には弱いはずだ。ややっ、今またあのシーンが急に頭に飛び込んできました。「カイジ」の利根川を「帝愛グループ」の総帥である老人・兵藤和尊 (ひょうどう かずたか)が怒鳴り散らした、あのシーンが。
「大詰めで弱い人間は信用できぬ…!つまりそれは管理はできても勝負のできぬ男…平常時の仕事は無難にこなしても緊急時にはクソの役にも立たぬということだ!」
賭博黙示録カイジ 11巻
銀行のあるべき姿は保守でしかない
いやいや、これは銀行員の方をくさしているわけではありませんよ。平時できちんとカネの管理をやること、これが基本的に銀行のいちばん大事なこと、これを強調したいのです。それだけでいいんです。銀行員は有事に、兵藤の言うように、ちゃっちゃ、とできなくていいんですよ。
銀行受難の時代にコロナが追い打ちをかけて青息吐息の銀行業界、でも、改革なんかできないんじゃないか。もちろん優等生の集団だから、何とかやるでしょう。東大出がたくさんいるから、なんとかやりますよ。でもイノベーションはできない。これが「銀行本質論」の教えるところです。(笑)
さて、実はThe Wall Street Journalだけじゃないですね、「理論化」できる金言が拾えるのは。そして、これもぼくの実体験に照らして腑に落ちた言葉で、これは一昨日5月27日の日経新聞の記事です。コロナ前は飛ぶ鳥を落とす勢いだった、立ち食いそばチェーンのゆで太郎社長の言葉です。
ゆで太郎システム社長の金言
「今回の(そば粉の原料となるそばの実のこと)中国産急騰で、リスクを分散する必要は一段と感じた」。(記事参照)
取引先、原料供給先を複数持つこと、事業を多角化すること。これはリスクを分散するためであり、商売の基本に違いありません。しかし、今回のゆで太郎社長の言葉はまさに実感がこもっています。私もコロナ危機を共有しているから、そしてゆで太郎の良さを知っているから、この言葉は腸(はらわた)にしみました。これも理論としていただきます。
僕のこれまで、最もお気に入りのセリフで、それをパクってあたかも自分が作ったように学生たちに言っている理論があります。ソニーCEOのこのセリフです。これは授業使えるように、パワーポイントの絵にしてあります。
ソニーCEO の金言
アントニオ猪木の金言
最後にアントニオ猪木はいかがですか。
さっきネットで拾った記事です。
アントニオ猪木が昭和のプロレスブーム真っ只中、異種格闘技戦を戦っていた頃の発言です。
「そりゃもう、ボクサーと闘うことの方が、かみ合うという点ではるかに大変ですからね。でも、(前田は)いい経験になったことは確かだろうね。最初のラウンドにいいパンチを顔面に食らって、終わってからもしばらく記憶が戻らなかったって話を聞いたけど、オレもそういう経験を格闘技戦で何回も繰り返して、闘いにおけるガードの重要性とかを思い知ったわけだしね。」
もし私のもう一つの連載、「グローバルリーダーをめざす高校生のための最強経営学」をご覧になっている方がいれば、第6話「議論する力をつけるK-1石井館長に学ぶリーダーシップ」を参照下さい。この記事の要旨は「実戦こそが最高の練習」ということで、猪木氏のこの言葉を裏書きしています。
そんなことで、ぜひ皆様もThe Wall Street Journal、日経等で、気になった他者の金言を、ご自分の経験と重ね合わせ、強力な自分だけの”理論”を作って下さい。へたなマクロ経済理論の受け売りより、ずっと説得力を持ちますよ。
すみません、今日は長くなりました。
また明日お目にかかりましょう。
野呂一郎