英語ができると出世できない理由は「職務記述書」がないからだ。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:生産性が低いから賃金が上がらないという事実。なぜ、英語やコンピューターができる人が、会社で出世できないのかの理由。生産性が上がらない元凶はジョブ・ディスクリプション(職務記述書)がないこと。
なぜ、日本の生産性が上がらないのか
今日、テレビの羽鳥慎一モーニングショーで、「深刻、上がらぬ賃金」という特集を組んでいました。
ポイントは、この30年賃金が上がらないのはひとえに、日本の生産性が上がらないからです。このことには出演者全員が、異論がありませんでした。
日本の生産性を上げるには、では、どうしたらいいのでしょう。
M&Aで大企業に巻き込まれろ、とか、年功序列や終身雇用をやめろとか、様々な意見が出ました。
ジョブ・ディスクリプションとは、あなたがしなくてはならない具体的な業務と仕事の範囲を記したものです。
例えば、ホワイトカラーであれば、事務、渉外、会議の出席などです。
ジョブ・ディスクリプションは同時に、やらなくてもいい仕事もはっきりさせます。
例えば他部門の手伝い、会社にかかってくる電話の応対、他部門の応援などなど、です。
ジョブ・ディスクリプションの存在は、自然にある共通のオフィス環境に行きつきます。
それは個室、それが用意できなくても、最低限プライバシーが守られるパーテーションで区切られた空間です。
日本の会社は、ジョブ・ディスクリプションがないから、あるいははっきりしないから、タコ部屋みたいな大部屋で、誰から構わず電話が鳴ったらとったり、他部門の仕事を手伝ったり、本来の仕事に集中できないことが、客観的に見て取れます。
このことが、労働生産性を阻害しているのです。
なぜ、ジョブ・ディスクリプションができないのか
そもそも、僕が思うに、日本人はジョブ・ディスクリプションを作る能力がないのです。
こう言うと語弊があるなら、ジョブ・ディスクリプションを書くような、習慣がないのです。
ジョブ・ディスクリプションとは、申し上げたように、個々人が担当する具体的な仕事の内容が書かれたものです。
この書類は単に、仕事の内容を記載したものではなく、企業戦略の一部なのです。
どういうポジションの人間に何を任せるか、そのこと自体が企業の戦略にほかなりません。
個人の職務をはっきりさせるには、各事業部門の役割、使命、目標などがしっかり定義されてないとなりません。
しかし、その前に、企業全体としての方向性、つまり戦略が構築されてなければならないのです。
戦略がわかってなければ、事業の意味もわからず、ジョブ・ディスクリプションは創れないのです。
なぜ、日本企業にジョブ・ディスクリプションが存在しないか。
その理由は、今申し上げた戦略マインドというものがそもそもないからなのです。
論理的思考を鍛えられていない日本人
ジョブ・ディスクリプションがないのは、能力がないからだと、いや、そういう習慣がないからだと言いました。
はっきり言うと、日本人には書く能力が、いや、上にならうと、書く習慣がないのです。
ジョブ・ディスクリプションとは、論理的に書かれた書類です。
そのドキュメントを書くためには、会社全体の業務を理解したうえで、個別の部門の一機能を定義するという頭脳が必要です。
このマインドがあって、初めてジョブ・ディスクリプションが書けるのです。
でも、日本の教育では大学卒業までに、そうした能力はまったく鍛えられません。
ジョブ・ディスクリプションに必要なのは、「論理的に書く能力」にほかなりません。
日本の会社にジョブ・ディスクリプションが存在しないのは、それを書く能力がないためで、なぜ書けないかというと、論理的に書く訓練が全くできてないからです。
かつて、「ロジカルシンキング」などというセミナーのテーマがもてはやされてことがあります。
下火になったようですが、今でもネットを引くと出てきますね。
僕も講師をやってくれと頼まれたことがあります。
しかし、断ったのです。
なぜか、それは、日本語自体が、情緒に流れ論理的な思考を邪魔する元凶だから、どうしようもないと考えていたからです。
具体的に言うと、日本では天声人語みたいな文章をよしとする傾向があります。
それは、ファクト(fact事実)とコメント(comment意見)をごっちゃにする、書き方です。
きのう殺人があった、おぞましい限りだ、犯人は憎んでも憎み切れない、などの文章です。
殺人があったは事実ですが、そのあとの描写は意見です。
論説ならばともかく、一般の事実だけを伝えるべき新聞記事に、事実と意見が雑居状態、これが日本の一般人が書く普通の文章であり、僕らはこのことにさえ気がついていません。
これを矯正しないと、論理的な文章の粋ともいえるジョブ・ディスクリプションは書けません。
これを矯正するのは、英語と日本語の性質や構造の違いを理解するのが、一番良いと考えています。
いま、それを構築している最中です。
デジタルに対応しない現状の働き方
なぜ、ジョブ・ディスクリプションが生産性向上に必要か。
それは、ジョブ・ディスクリプションがデジタルの利点を生かせるからです。
デジタル化が、生産性を上げるのはどうしようもない事実ですよね。
仕事の内容と範囲があいまいだと、どういうことになるか。
職務評価ができなくなります。
あっ、僕の中のガラの悪い別人格が、何かがなりはじめました。
実況中継します。
なぜ英語ができると出世できないのか
英語とコンピューターどちらかが得意な、あなた、もしくは両方得意なあなた。
あなたの悲劇は僕だけが知ってるよ。
英語が得意なばかりに、自部門他部門を含め、ひどいときに得意先からも、「これってどういう意味」とか「悪いけど、これ英語に訳してくんないかな」とか、「ちょっと今ガイジンが来ちゃってさ、部長の許可もらっといたから、今から来てくれる?」とか、しょっちゅうだよね。
でも人のいいあなたは、断れない。
もしくは「ちょっと英語ができるからって、偉そうにしやがって」などと言われるのがいやさに、しぶしぶ応じる。
なぜ、コンピューターができるあなたは出世できないのか
コンピューターができるあなたは、もっとひんぱんに邪魔が入る。
「エクセルの関数がわからない」、「データが消えた」、「ハッカーにやられた」。
緊急度は英語のトラブルよりも大きいので、むげに断るわけにもいかず、助けてあげる。
英語もコンピューターも、ヘルプしてあげるのはあなたの仕事ではない。
あなたは手伝ってあげた分、労働時間が長くなり、本来の仕事の生産性が落ち、結局出世できない。
とまあ、こういう具合になるのだ。
しかしね、こういう一芸に秀でた、お人よしの社員を、案外組織は評価はしないが、好もしく思っている。
いや、あなたは組織から舐められている、ともいえる。
言ってみれば、あなたはユティリティプレイヤー、サッカーなら右ウィングも左もでき、ディフェンダーもできれば、ゴールにも絡める長友佑都みたいな感じだろうか。
しかし、長友は動いただけ、仕事をしただけ評価されるが、あなたは違う。
だからあなたはダメなのだ、ただでサービスして、自分のスキルを安売りするから、企業にナメられるんだ。
二刀流なら年俸60億円くらい請求していいのだ。
しかし、ジョブ・ディスクリプションがない日本では、あなたは無力だ。
いい加減「ありがたがられるからいいか」、などという小さな承認欲求は捨てた方がいい。
なぜ、ワークライフバランスが進まないのか
それも、ジョブ・ディスクリプションがないせいだ。
ジョブ・ディスクリプションがないから、ワークライフバランスがすすまない。
世を上げて、ワークライフバランスがここ20年叫ばれている。
しかし、サービス残業や過労死はなくならない。ジョブ・ディスクリプションがないからだ。
仕事が早く終わっても帰れない、やらないでいい仕事を手伝わされる、上司より早く帰れない、すべて、あなたの仕事の定義がないからなのだ。
「きっちりはっきり決めないのが、日本人のファジーな美徳さ。」
そううそぶくものもいる。
しかし、こうして今日もあなたの生産性も給料もそして日本のGDPもあがらず、残業は減らず、有給さえ消化できない。
生産性が上がらず、経済小国になれば最低備えるべき軍備さえ不足し、アメリカにも見放され、どこかの国に侵略される未来が待っているかもしれない。
この負のループを断ち切るには、仕事の内容をはっきりさせること、それだけでいいと思うんだが。
最後、別人格が独演会をしたようで、止められませんでした。
なにとぞ、意を汲んでやってください。
また明日ね。
野呂 一郎
清和大学教授/新潟プロレスアドバイザー