プロレス&マーケティング第31戦 プロレスラーはいついかなる時もサインを拒否するな。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:プロレスのマーケティングは、サインという行為にかかっているという暴論。サインこそ最強のマーケティングであるという事実。トップ画はハラダ画伯の「上田馬之助」。
サインを拒否する理由はわかるよ
ふざけんなよ、プロレスラー!
そんなお前のサインなんて願い下げだよ。
ファンなんてものはなあ、非常識なんだよ。いや、大好きなお前を目の前にすると常識なんてすっ飛んでしまい、ひたすらサインをもらいたくなるんだよ。
お前が忙しかろうが、食事中だろうが、そんなの関係ねえ。
そもそもプロレスラーって存在は非常識で売っているわけだろ、そいつらがどの口で「常識をわきまえてほしい」なんて言う?
笑っちゃうよ。
やってやれよ。
ファンは命がけで、お前の分身たるサイン、をもらいにきてるんだ。
お前がほしいんだ、お前と一体になりたいんだ。
それをなんだ、団体の方針とか、人に迷惑とかござかしいこと言いやがって。
もういらねえ、お前のサインなんか。
お前の非常識なとこが好きだったのに、サラリーマンみたいセリフだけは聞きたくなかった。興ざめだ。
以上、あるファンの独り言です。
カーター大統領にサインを拒否られた日本人
ぼくはかつてアメリカ人に日本語を教える代わりに、大学院の学費をタダにしてやると言われて、アメリカに留学したことがあります。
その時、イヤな経験をしたんです。
この日本語と大学院の勉強を交換する面白いプログラムの関係者の一人が、ジミー・カーター元大統領だったんです。
アメリカでこの留学プログラムの記念セレモニーが開催され、カーター氏も出席しました。
僕は当時カーター氏に心酔しており、彼の著書も読んでいて、その一冊をアメリカにも持ってきていました。
カーター来たる、を聞いて、勇んでセレモニーに参加しました。もちろんその一冊を握りしめて。そう、サインをもらおうという魂胆でした。
本人を目の前にして、サインを乞うたところ、にべもなく断られたのです。
理由は何も言いませんでした。
「サインはしない主義なんだ」「悪用されるから」とでも言ってくれれば、僕も納得したかもしれません。
現役大統領から拒否されるならば、いろんなことがあるからなあ、で納得できたと思うんですが、当時のカーターはもうとっくに大統領職を離れています。
それ以来、僕はカーターが大嫌いになりました。
よく可愛さ余って憎さ百倍などといいますが、敬愛する人物から理不尽な仕打ちをされると、人間こうなるのです。
こんな話をしたのも、プロレスラーの皆さんに、ファンの思いというものを、よくよく知ってもらいたかったからです。
忘れられないレスラーのサイン
まったく逆の思い出もあります。
ふたりのプロレスラーにサインをもらったことです。
阿修羅・原と藤波辰巳(現・辰爾)です。
阿修羅のサインは彼がラガーマンから国際プロレスに入団する直前で、まだ一般人の頃です。
僕が学生の頃で、偶然泊まったスキー宿に、阿修羅・原(当時は原進はら・すすむ)がいたのです。
女性と一緒だったことは、もう時効だから明かしていいでしょう。(笑)
手帳にサインをもらいました。
藤波辰巳のサインは、例のWWWFジュニアヘビー選手権を、世界初公開のドラゴン・スープレックスで奪い取った直後に、日本に戻り、新日本プロレスのMSG(マジソン・スクエア・ガーデン)シリーズに凱旋した時のものです。
たしか、MSGシリーズの前夜祭で、ファンにはオープンにしてないイベントに潜り込んで(笑)、藤波に直接お願いして頂いたものです。
色紙などなかったので、ワイシャツの裾にサインをいれてもらいました。
阿修羅のサインがしたためられた手帳も、藤波のサインが刻まれたシャツも、どこかへ行ってしまいましたが、僕の心のなかには永遠に残っています。
ふたりとも、サインを頼んだら、本当に快く応じてくれましたよ。
あとでまた述べますが、ここがすごく大事なところなんです。
サインは生涯のファンを増やす最強のマーケティングだ
カーター大統領はともかく、もし阿修羅・原が、藤波辰巳がサインを乞うた少年(笑)にそっけない態度で断ったらどうでしょう。
少年はがっかりして、ファンをやめると思うんですよ。カーターに対しての時のように、憎むかもしれません。
サインをそれも、満面の笑顔で応えてくれたら、その選手をもっともっと応援したくなるでしょう。
つまり、サインをしたら、そのレスラーは生涯そのレスラーを変わらず愛してくれるファンがひとり増えるわけです。
マーケティング経済的に考えると、必ず試合を見に来てくれて団体の収益に貢献し、新しいグッズが出るたびに買ってくれ、レスラーの副収入も増やしてくれるのです。
いや、そんなケチな計算を超えた価値があります。
プロレス界にとって、プロレスを愛してくれるファンがひとり生まれることの長期的利益は、カネの価値などはるかに超えています。
偉大なレスラーのサインいい話
千の顔を持つ男・仮面貴族ミル・マスカラスが伝説になったのは、一葉の写真からでした。
ロサンゼルス・オーディトリアムにさっそうと登場したマスカラス。
トップロープをひらりと超えてリングに降り立つと、一斉に少年少女ファンからサイン帳が差し出されます。
それに一人ひとりサインをするマスカラス。この写真こそが、マスカラス伝説の原点なのです。
上田馬之助(うえだ・うまのすけ)。
言わずとしれた狂虎・タイガー・ジェット・シンの相棒で、”金髪狼”として新日本プロレスの黄金期の大ヒールです。
ヒールゆえ、その怖さを知らしめるためにファンにサインなどできません。
ある時、少年ファンが近づいて色紙を差し出しました。
上田はその色紙を取り上げてぶん投げ、少年ファンは若手レスラーに促されて退きました。
しかし、その後で上田は若手に命じてサインを書いた色紙を少年ファンに届けさせた、というのです。
少年が感動したことは、言うまでもありません。
天下の悪役レスラー、上田馬之助のやさしさが伝わるエピソードですね。
アントニオ猪木もサインを断らないレスラーでした。
欧州遠征の時、猪木は入場した時、ボードに猪木の名前を掲げている車椅子の若者を見つけ、ガウンのまま駆け寄り、自らサインをしたのです。
プロレスラーとサイン、というマーケティング超重要問題
資本主義の世の中で、なんでもビジネスになってしまうのは仕方ないんですが、僕はカネを払わなければサインしない、っていう今の風潮が嫌いです。
プロレス会場に行くと、グッズ売り場にレスラーが立っています、グッズを買ってくれればサイン入れますよ、というテイです。
僕はサインって金に換えちゃダメだ、と思うんです。
そしてそういう風に売るものでもないんです。
サインなんていつでも、どんなときでも喜んでしてやるよ、そういう気っぷこそがプロレスラーだと信じるからです。
さっきのマスカラス、上田、猪木を見ろよ、と。
もちろんグッズはバカにならない団体の収益源で、決して高くないレスラーの収入を補うものですから、仕方ないのです。
サービスで無料の即席サイン会を開く、プロ野球選手と比較してはならない、となります。
しかし、発想を転換して、無料サイン会を開くから、会場に来て、というのはどうでしょう。
トークショー&サイン会、です。
その方が、「グッズ買うならサインしてやる」、よりもトータルで団体も選手も潤うんじゃないでしょうか。
今日のプロレス&マーケティングを他業種に応用する
1.サインはいつ、どんなときでも断るな。
周りに迷惑だと言うならば、レスラーが「すみません、ファンの皆様に夢を与える仕事を果たすことをちょっとお許しください」と世間に頭を下げろ。
むしろ、周りに迷惑かけてもファンを優先にし、サインに応じるべきだ。その方が、周りもプロレスラーという人種に感心する。
インスタにファンを大事にする姿を載せてくれるぞ。
それより何より、生涯のファンをひとり失うことの業界の損失の大きさを、恐れろ。
急いでる?ファンを一人失っても、お前のつまらない用事のほうが大事か?
2.ファンを公平に扱う、などというロジックは間違っている。
こういう思想は資本家のちっぽけな価値観であり、そもそもプロレスと相容れない。
そもそもファンクラブに入ってるファンは、レスラーが一般のファンにサインをしても怒らないよ。
音楽もプロレスもビジネスのプロモーター/オーナーは、音楽家でありプロレスラーのほうがいいかもな。
ケチなビジネスを優先するがあまり、プロレスの破天荒が失われてるような気がするのは、俺だけかなあ。
3.サイン有料などというビジネスモデルはプロレスをダメにする
サインはファンへの最大のサービス機会だ。
ただ応じるだけではなく、いかに心を込めるか、ファンに感謝を込めるか、これが重要だ。
サイン基本有料などという考えは、サインの持つ無限のマーケティング価値を自らだいなしにする暴挙であり、近視眼的な、情けないマーケティングともいえない代物である。
では、また明日お目にかかりましょう。
野呂 一郎
清和大学教授/新潟プロレスアドバイザー