経験科学の終わり
デジタル社会へのシフトが始まっています。DXとは、デジタル社会に向けて、社会システムを再構築することです。データサイエンスの出現により、人類は、経験科学に代わるデータサイエンスの論理を獲得しました。世界のトレンドは、データサイエンスの発展と、経験科学の衰退を示しています。デジタル社会に向けた社会システムの再構築は、経験科学の論理ではなく、データサイエンスの論理で検討されなければ、達成できません。しかし、巷では、経験科学の論理が蔓延しています。ここでは、データサイエンスの論理を考えてみます。
追記:12月11日に(29)を追加しました。
(1)デジタル社会とDXを正しく理解する
デジタル社会へのレジームシフトは始まっています。
レジームシフトの進め方が検討されています。
1959年、イギリスの著作家C.P.スノーは「二つの文化と科学革命」というタイトルで、講演を行い、科学革命という現実を踏まえて、文系知識人が科学技術に対する基本的な認識と理解をもつよう努力すべきではないかと主張しました。
1959年は、クーンのパラダイム論が出て来る前でしたので、スノーは、パラダイムという用語を使っていませんが、世界の理解には、文系と理系の2つのパラダイムがあると主張したかったと考えられます。
スノーは、自然科学の概念を正しく理解するためには、文系の辞書的な知識では歯が立たないので、科学教育の強化が必要であると主張しました。
筆者は、スノーは、自然科学の問題は、自然科学の論理(パラダイム)で考えなければナンセンスだと言いたかったのだと考えます。
しかし、その頃は、文系知識人が扱う課題と、科学技術が扱う課題の間の重複は少なかったので、この問題が表面化することはありませんでした。
2009年に、Microsoft Researchの故Jim Grayは、4つのパラダイムを提唱しました。
第1:empirical science(経験科学)
第2:theoretical science(理論科学)
第3:computational science(計算科学)
第4:data-intensive science(データサイエンス、データ集約型科学)
デジタル社会になって、人類は、4つのパラダイム、つまり、4つの論理を持つようになりました。
データサイエンスの登場によって、2009年頃に、文系知識人(経験科学者)が扱う問題と、データサイエンティストが扱う問題は、大きく重複するようになりました。
人類は、同じ問題を解決する経験科学とデータサイエンスという2つのパラダイムを持つようになりました。
これは、アリストテレスから数えれば、2000年に1度の、大革命です。
2つのパラダイムが選択できるデータサイエンティストには、この重複が見えますが、パラダイムが1つしかない経験科学者にはこの重複は見えません。
50年経って、スノーの不安が的中したとみることもできます。
DXは、データサイエンスの応用ですから、データサイエンスの論理(パラダイム)で考えるべきです。
しかし、日本の現状をみると、経験科学の論者が多いために、DXは経験科学の論理で、語られています。
「デジタル社会へのシフトとは何か」、「DXが成功するための条件は何か」、こういった問題は、データサイエンスの論理で考えなければ、正解に到達できません。
データサイエンスの論理を正確に理解するには、データサイエンスを学ぶ必要があります。
しかし、そのハードルは学習者にとって、低くはありません。
データサイエンスの論理の基本は、統計学の論理で、統計的な考え方が理解できれば、データサイエンスを学ばなくとも、この部分は推論が出来るようになります。
そこで、本書では、厳密性は犠牲にして、例をあげて、データサイエンスの論理を示してみたいと思います。データサイエンスの論理で見える世界と経験科学の論理で見える世界が大きく異なることを示したいと思います。
これができれば、DX問題の本質に踏み込んで検討できるようになると思います。
(2)アルファ碁の意味するもの
(アルファ碁の対戦は、経験科学とデータサイエンスの対戦と解釈できます)
1)アルファ碁
アルファ碁は、2015年10月に、人間のプロ囲碁棋士を互先(ハンディキャップなし)で初のコンピュータ囲碁プログラムとして初めて破りました。
この事件は、AIの進歩と見なされています。
また、人間対AIの比較の視点で、AIが人間をこえた例とみなされています。
しかし、AIが人間をこえたという視点には、2分法なので、バイナリーバイアスがあります。
アルファ碁の事件を、人間とAIとは別の学習の視点で考えます。
人間は、過去の対戦記録を参照し、考えながら、対戦を繰り返すことで上達します。
人間の学習は、ヒストリアンで、経験科学の方法によっています。
アルファ碁は、過去の対戦記録も参照していますが、メインは、自己対戦を使った学習です。自己対戦は、囲碁のルールとアルファ碁のアルゴリズムが演繹的に生み出します。学習はデータサイエンスによります。
つまり、アルファ碁の事件は、「ヒストリアン+経験科学」チームが、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームに負けた事件と言えます。
アルファ碁が、人間に勝った後では、対戦は繰り返されません。
それは、アルファ碁は、その後も学習し続けるので、人間には、逆転のチャンスはないからです。
「ヒストリアン+経験科学」チームが、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームに負けた後では、その差は、拡大し続けて、逆転は、不可能になります。これは、学習速度の差が原因です。
2)画像識別
AIの技術の中で、画像識別技術は、最近10年間に大きな進歩をとげました。
現在は、AIの画像識別能力は人間を超えています。
今後は、マルチセンサー、マルチカメラを使った画像識別も進むと思われます。
CNNでは、入手したスマホ画像がフェイクか否かを判定するために、画像の位置情報とGoogleMapの衛星写真画像でクロスチェックをかけています。
これも、マルチカメラによる画像識別の例です。
このようなマルチカメラによる画像識別を自動的に行うことで、AIの画像識別能力は人間をはるかに超えてくるでしょう。
2012年に、AIの画像識別は大きく進歩しました。
画像識別は、学習データ画像と検証データ画像を使って、正答率で評価します。
最初は80%だった正答率が、2012年に、デープラーニングで劇的に改善できることがわかり、現在は95%をこえています。人間の正答率は94%なので、人間をこえています。
ここで、人間をこえたか否かというバイナリーバイアスに陥らないことが大切です。
ポイントは正答率です。次の2つの視点で、正答率に注目する必要があります。
(1)正答率の毎年の改善速度
これは、技術を評価する上で、展望を考えるためです。
(2)人間とAIの正答率の差
これは、AIの導入判断に使います。
3)正答率の差
DXにおいて、正答率の差は、重要です。
アルファ碁のように、「ヒストリアン+経験科学」チームの正答率が、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームの正答率に負ける例が出てきています。
2022年時点で、逆転が起こる課題は限定的ですが、「(1)正答率の改善」が毎年されている上に、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームが扱える課題の範囲も毎年拡大しています。
ここで、単純化して、2つの経営方法があると仮定します。
(1)「ヒストリアン+経験科学」チームの経営
(2)「ビジョナリスト+データサイエンス」チームの経営
経営も、画像識別と同じように、正答率が計算できると仮定します。
(1)「ヒストリアン+経験科学」チームの経営の正答率は、経営者の能力によってばらつきますが、毎年ほぼ一定です。
(2)「ビジョナリスト+データサイエンス」チームの経営の正答率は、学習によって毎年向上します。アルファ碁のように、ある時点で、人間の判断をこえる可能性があります。
ここで、仮に、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームの経営の方が、正答率が2ポイント高いと仮定します。
この場合、「ヒストリアン+経験科学」チームの経営の企業は確実につぶれると予測できます。
なぜなら、この2%の正答率の差は、企業経営の上で、複利計算で効いてくるからです。
AIによる自動運転自動車は、生産性を向上させますが、その効果は、単利計算でしかありません。
DXにおける最重要課題は、複利計算効果が生じる企業経営に、「ビジョナリスト+データサイエンス」チームをどのように、組み込むかです。
「ビジョナリスト+データサイエンス」チームは、データドリブンです。
データがないところでは、効果がありません。
4)意思決定と正答率
経験科学で、プランAとプランBを比較した場合、優劣の比較は、定性的に止まり、決め手はありません。
典型例は、国会討議で、討議は延々と続きますが、議論が結論に収束することはありません。
データサイエンスで、プランAとプランBを比較した場合、優劣の差は、期待値の差になり、定量的に決まります。
期待値の計算の仕方は、前提の置き方で異なりますので、唯一の期待値があるわけではありませんが、議論の論点は、前提の置き方、エビデンスデータの信頼性に集中します。その結果、議論は、収束します。なお、期待値は、確率分布です。
見解の違いは、プランを実行した計測結果と期待値のずれを評価することで、事後に検証されます。最終的に議論が、期待値Xと期待値Yの2種類の間のギャップを埋められない場合、どちらかの期待値に基づいて、意思決定がなされます。事後の観測値Zにより期待値が再評価され、X、Y、Zの3つの値の間の調整方法が検討されます。その結果は、次のプランA2とプランB2の比較にフィードバックされます。
国会討議が収束しない理由は、経験科学に名を借りた利益誘導のためかもしれませんが、データサイエンスのパラダイムを使えば、そのような隠れた利益誘導を行う余地は無くなります。
5)データサイエンスの問題の例
5-1)THINK AGAIN
アダム・グラント氏のベストセラー「THINK AGAIN」(和訳も同名)は、サブタイトルが「発想を変える、思い込みを手放す」が示すように、認知バイアスを取りあつかった書籍です。
和訳の16ページで、グラント氏は、「経験から学んだことを否定するつもりは毛頭ないが、私はむしろ厳格な証拠に重きを置く」と経験科学を否定はしないが、データサイエンスをより重視すると述べています。
実際、「THINK AGAIN」では、できるだけ、エビデンスに基づく判断が尊重されています。
和訳の本には、訳者のあとがきがついていますが、その内容をみると、経験科学のパラダイムで、「THINK AGAIN」の内容を評価していることがわかります。
この本の訳者の解釈は現在の日本のデータサイエンスやDXに対する評価の典型的なものだと思います。
グラント氏の本はベストセラーなので、翻訳されました。
翻訳家や出版社の担当者は、経験科学の教育を受けていますが、データサイエンスの教育は受けていません。翻訳される書籍は、経験科学のフィルターを通して選抜されています。その結果、IT分野のデータサイエンスの本は翻訳されますが、グラント氏の「TINK AGAIN」のようなIT分野以外の隠れデータサイエンスの本はほとんど翻訳されません。カーネマン氏のベストセラーの本は、例外です。例えば、現在の生態学は、データサイエンスの一部のシステムエコロジーになっていますが、こうした情報は翻訳されず、和書では入手できないバイアスがかかっています。生態学の場合、良質の英文の公開文書が多数ありますので、それを英語で読めば問題はありませんが、和書だけ見ていると世界の動きから取り残されてしまいます。
ニューズウィークのサム・ポトリッキオ氏のインタビューに対して、グラント氏は次の様にこたえています。
<==
ポトリッキオ 誰もが今年身に付けるべきスキルを教えてほしい。
グラント 1つは統計学。もし自分が教育の世界を自由に変えられるとしたら、三角法(三角関数とその応用)を捨てて統計学に置き換える。なぜなら私たちは毎日、統計を解釈しなければならないからだ。私たちの社会は統計に対する理解がとても低い。これは大問題だと思う。
==>
いうまでもなく、統計学は、データサイエンスの基本です。
5-2)計算科学と経験科学
2013年に日銀の黒田総裁は、どのような経済モデルを使っても、金融緩和で賃金が上がらないという推定結果は出ないという発言をしています。
この場合のモデルは、第3のパラダイムの計算科学のモデルで、第4のパラダイムのデータサイエンスではありません。
計算科学は、データサイエンスに比べるとエビデンスに基づく部分は少ないです。しかし、計算科学のモデルの妥当性はエビデンスに基づきます。モデルの妥当性を評価すれば、目的に対して、最適なモデルは、自ずと決まります。また、通常の経済モデルは、市場の均衡を前提にして作られ、経済構造の変化を前提としません。
本来は、エビデンスに基づくモデルの適合性とモデルの前提の説明がなされるべきところに、「どのような経済モデルを使っても」というエビデンスと前提を無視した説明がなされています。
つまり、この発言は、計算科学を経験科学のパラダイムで評価しています。
5-3)コロナウイルス対策
コロナウイルスの専門家のアドバイスの評価の例で説明してみます。
コロナウイルスの対策で、中国のような厳しい封じ込めをしないといけないといった専門家がいます。
その後の経緯を振り返ると、厳しい封じ込めの必要があったとは思われないので、「専門家の言うことはあてにならない。話半分に聞いておくべき」といっている人がいます。
これは、経験科学のアプローチですが、エビデンスデータを無視しています。
データサイエンスでは、まず、専門家の意見が、信頼できるエビデンスデータに基づいているかを判断します。
コロナウイルス対策で、イスラエルは、カルテデータベースの構築を行っています。
日本では、カルテのデータベース化は、これからです。カルテデータベースがあれば、ワクチン接種後の副反応については、全数データが回収できます。イスラエルはこれを実施しているはずです。ワクチン接種に行くと、副反応の確率の説明をうけますが、これは、日本のコロナワクチン接種のデータではありませんが、気にする人は少ないです。
データサイエンティストは、対象(専門家のアドバイス)を、コロナ対策モデルを想定して、モデルの正答率をあげるために、利用可能なデータか判断します。正答率を少しでもあげられれば、専門家のアドバイスは使えるデータになりますが、そうでなければ、使えないデータであり、検討の対象外になります。このような、データに基づく政策判断モデルの学習の視点で対象を判断すれば、コロナ対策モデルの正答率をあげることができます。失敗の事例は、学習データに使えれば、価値がありますが、学習データに使えなければ、価値がありません。コロナウイルスについては、エビデンスデータが余りに少ないので、専門家のアドバイスはエビデンスに基づくとは言えず、学習データに使える事例にはなりません。
マスコミは、専門家の意見を求めることが好きですが、エビデンスデータがなければ、専門家が正確な判断をすることはありえません。患者をみないで、あてずっぽうで、病名をいっているだけです。クイズ番組と問題解決を混同すべきではありません。
引用文献
組織心理学の若き権威、アダム・グラントに聞く「成功」の知恵 2022/06/11 Newsweek
https://www.newsweekjapan.jp/sam/2022/06/post-89_1.php
(3)パラダイムの変化予測とレジームシフトモデル
(レジームシフトと今後の科学パラダイムのシェアの変化予測を説明します)
1)本書の立場
この本で論じたいことは、現在、既に起こっているデジタル社会へのレジームシフトの今後の展開を考え、何をすべきかという行動の優先順位の指針を得ることです。
これからの将来予測は、確定的なことは誰にもわかりませんが、多くの人の関心事であり、膨大な予測がなされています。
筆者がここで行う予測と、既存の予測の違いは次の点にあります。
(1)ヒストリアンの立場はとりません。
(2)科学パラダイムの入れ替えが、大きなドライビングフォースであると仮定します。
(3)将来への変化は、生態学のレジームシフトモデルに従うと仮定します。
(4)ドキュメンタリズムを排して、社会実装が必須との立場をとります。
2)ヒストリアンの誤謬
「(1)ヒストリアンの立場はとりません」を説明します。
ヒストリアンは、歴史は繰りかえす、あるいは、前例主義です。
この手法の欠点は以下の通りです。
(1)因果モデルを無視している
(2)レジームシフトが起こっている場合(現在です)には、全く使えません。
ヒストリアンの反対語はビジョナリストです。
過去にとらわれずに、どうあるべきかを考えます。
これが、本書の立場です。
3)科学パラダイムの入れ替え
本書は、グレイの科学の4つのパラダイムを採用しています。
第2から第4のパラダイムの科学には、方法論があります。
第1のパラダイムの経験科学にだけは方法論がありません。
2022年にマイクロソフトは、第5のパラダイムを提案しています。
これは、第3と第4のパラダイムを混合して利用した結果を第5のパラダイムと呼んで区別すべきという提案で、非常に合理的な提案です。
図1は、本書で想定している科学のパラダイムのシェアのイメージです。
人間の活動がAIに替われば、経験科学は、その分だけ、データサイエンスに置き換わったと考えられます。
そう考えると、大きくは、経験科学(P1)が、データサイエンス(P4)に置き換わるという学問のパラダイムシフトが起こると思われます。
図1 科学のパラダイムのシェア
4)生態学のレジームシフトモデル
社会経済システムの変化が、連側的に緩やかにおこるのであれば、軋轢は少ないと思われます。
しかし、現実には、変化は不連続におこります。
その原因には、次の2通りがあげられます。
(1)バイナリーバイアス
これは、物事を2分して考えたがる人間の認知バイアスを指します。人間は、連続分布を扱うのが苦手なので、分けて考えてしまいます。
(2)社会組織への順応の慣性
人間は、居住環境に順応しますが、順応の結果、変化に対して脆弱になります。
これを回避するには、常に新しい環境に接して、変化に対する能力を磨く必要があります。
データサイエンスのように知識の半減期が短い世界に接していると常に学びなおしを迫られることになりますが、そのような分野は、デジタル社会へのレジームシフトが起こるまでは、マイノリティです。過去の経験、記憶した知識に価値があると思い込みがちです。
このような思いこみをした人が集団をつくって、企業や学会を形成すると思いこみが強化されていきます。
2022年11月に、政府は厚生年金の企業数の拡大を図っています。ここには、企業は継続するという認知バイアスがあります。レジームシフトによって、企業の過半数が改廃することは十分にあり得ます。ジョブ型雇用になって、年金をもらわない代わりに、年金分を給与や持ち株でもらって、自分で試算管理をしたい人が出てくる可能性もあります。そうなれば、厚生年金に依存することはリスクになります。
過疎の村の公務員になって、人口流出が続き、20年したら村民は、公務員だけになっている可能性もあります。こうなれば、厚生年金が維持できないのは自明です。
このように変わらないと考えることは、社会の変化をレジームシフトモデルで見ていないために起こります。
そこで、本書では、レジームシフトモデルを採用します。
5)ドキュメンタリズムの課題
問題解決を論ずる場合には、検討する内容が問題であって、形式には価値はありません。
形式を優先して、内容のない議論を、筆者は、ドキュメンタリズムと呼んでいます。
本書では、ドキュメンタリズムは扱いません。
この問題は、別の本で扱うことにします。
6)人新世の補足
人新世は、本書では扱いませんので、補足しておきます。
人新世は、地質年代なので、実体は、工業社会によって引き起こされた地球環境を指しています。
本書は、工業社会の先のデジタル社会を取り扱いますので、人新世は検討しません。
温暖化、生物多様性などの環境問題に対して、デジタル社会は、既にデータサイエンスに基づく新しい問題解決のアプローチを提案しています。
この内容は、データサイエンスの言葉で書かれているため、経験科学の言葉で理解することは困難です。その結果、基本的に、英語で書かれたデータサイエンスに基づく新しい問題解決のアプローチは、日本語には翻訳されていません。
これは、重要な課題ですので、別の本が必要になるでしょう。
(4)経験科学の学問分野の崩壊条件
(データサイエンスは、経験科学の学問分野の境界を破壊しますので、エビデンスデータの収集が妨害されます)
1)危機認識の有無
筆者は、データサイエンスが、経験科学に対して破壊的な影響を与えてきていると考えますが、多くの専門家は、そのような危機意識を持っているようにはみえません。
大学や学術会議は、学問分野毎に分かれていて各学部、学科、学会は独立した価値を持つという前提で運営されています。
学問の研究手法は、分野ごとに異なり、その手法は、歴史的な経緯をもってブラッシュアップされたので、間違いないという経験科学の判定基準が用いられています。
インターネットが普及するまで、情報は貴重で、図書館にいくか、大学の専門の研究室にいかないと入手不可能なものが多くありました。
しかし、2022年現在、公開情報は、インターネット経由で、入手可能です。
企業秘密や軍事機密の情報は、もちろん手に入りませんが、全体としてみれば、図書館にいくか、大学の専門の研究室にいく以上の情報が入手可能です。
自動翻訳の精度には改善の余地がありますが、世界中の言語を少なくとも英語に自動翻訳して読むことが出来ます。
筆で書かれた手書きの古文書を読むのは、容易ではありませんが、現在、AIに学習させて、自動変換する試みがすすめられています。時間の問題で、古文書もデジタル化されると思います。
こうなると知識が多い専門家の価値は低くなります。また、統計的な推論は、分野別の専門知識を必要としません。
(1)多量の情報から、サマリーを抽出する能力において、人間は、AIに勝ち目がありません。
(2)統計学に基づく推論をする場合には、専門知識は不要です。疫学の元祖のスノーは、コレラの原因を推定するために統計学を用いましたが、その分析には、コレラ菌の感染症に関する専門的な知識は不要でした。この時には、コレラ菌は、まだ発見されていませんでした。
統計的な推論は、専門知識を必要としませんが、エビデンスデータが必須です。
2)エビデンスを巡る攻防
アルファ碁は、碁譜のデータを作成して、学習します。エビデンスデータは碁譜のデータです。
アルファ碁の成功には、エビデンスデータが容易に得られるという背景があります。
経験科学の多くは、2次情報に基づいていて、1次情報であるエビデンスデータを含んでいません。
文学はその典型で、主人公の目を通して、状況が描かれますが、1次情報を含んでいません。
推理小説では、探偵と犯人を含む容疑者の聞き取りという2次情報の集合から、犯人を割り出します。
推理小説に、監視カメラが出てきて、監視カメラに犯人が写っていたら(1次情報があれば)、犯人は直ぐに特定できてしまい、小説が破綻します。
シャーロックホームズが、推理をめぐらして、犯人はCであるといっても、監視カメラの犯人にEが写っていたら、犯人がCであるというホームズの推理を誰も信じません。
データサイエンスのエビデンスは、シャーロックホームズという権威を破壊してしまいます。シャーロックホームズが、自分の権威が失われることに危機感を抱けば、監視カメラの設置を妨害して、エビデンスが集まらないようにします。
これは、一部の経験科学の権威者が行っていることです。
エビデンスがなければ、データサイエンスが無力で、経験科学や経験科学に基礎を置く権威主義が生き延びます。
つまり、DXが進むとこまる人がいて、エビデンスデータの収集を妨害しますので、DXは進まないことになります。
エビデンスがいつまでも集まらない場合には、妨害者がいる可能性を考えるべきです。
(5)高等教育の再編
(高等教育の再編とそれに対応した初等・中等教育の再編が急務です)
1)文系の消滅
日本の中等教育には、文系・理系という世界的に例のない特異なシステムがあります。
大学の受験も文系と理系に分かれています。
「二つの文化と科学革命」でスノーが、パラダイムの分断を論じたのは、半世紀も前です。
データサイエンスの出現によって経験科学の適用範囲は、今後、日に日に狭まっていきます。
この変化は、デジタル社会へのレジームシフトに対応しています。
経験科学が消滅していくように、文系も消滅していきます。
経験科学や文系のシェアはゼロにはなりませんが、現在のマジョリティからマイナリティに変化します。
1-1)心理学の変遷
学問の変遷とは何かは、心理学の例をみれば分かり易いと思います。
心理学は、当初は文学部にありました。
20世紀に大きな影響があった心理学者のスキナーは自由意志とは幻想であり、ヒトの行動は過去の行動結果に依存すると考えていました。
スキナーの提唱した行動分析学とは人間または動物などの行動は、独立変数(環境)を操作することで従属変数(行動)がどの程度変化したかを記述することによって、行動の「原理」や「法則」を導き出すと考えます。
これは、因果モデルとしては、余りに、単純すぎます。スキナーが研究を始めた1950年代には、利用可能なコンピュータはなく、一方では、物理学が極端に単純なモデルで成功をおさめていました。このために、解析可能な単純なモデルを想定したと思われます。
簡単にいえば、バイナリーバイアスのかたまりのようなモデルです。
モデルは、時間に対して変化せず、学習のレベルによって学習方法が変化することも想定していません。
その後、人間の脳の中の変化が計測可能になり、学習による脳の変化は、スキナーの考えたような単純なモデルで説明できる世界とは、全く異なることがわかっています。
こうなると、脳科学があれば、心理学は無用になるかもしれません。
筆者は、心理学は脳科学に吸収されるのではないかと思った時期もあります。
現在の心理学は、脳科学、認知科学、経営学、データサイエンスと融合しています。
心理学という独立した学問の存続はもはやどうでもよいことになっています。
研究の成果が、脳科学であっても、利用者が経営者であれば、経営者に分かり易い形での情報提示は、有益なわけで、そこには、社会的ニーズがあります。アダム・グラント氏や、カーネマン氏はそこで、ビジネスをしています。
とはいえ、データサイエンスの視点でみれば、アダム・グラント氏や、カーネマン氏の引用している実験結果には、実験前から統計学的に答えが推測できてしまうものもあります。
いずれにしても、アメリカで起こっていることは、学問分野の融合であり、そのドライビングフォースは、データサイエンス(第4の科学、統計学)です。
1-2)経験科学学科の縮小
文部科学省が文学部不要論を主張しているという噂がながれたこともあります。
経験科学には、科学としての方法論がありませんので、その成果の科学としての客観性については、常に疑問符がつきます。
この場合、経験科学者は、歴史を経てきたものは真実であるといいますが、これは、明らかな間違いであり、科学のリテラシーの不足です。
この基準が正しければ、次のようになります。
(1)天動説は間違いである。
(2)進化は間違いである。
(3)女性に男性と同等の権利を認めるのは間違いである。
天動説は、歴史によって、地動説に入れ替わったと主張する人がいるかも知れませんが、ガリレオ裁判を思いおこせば、ヒストリアン(経験科学の手法)が間違っていることは明白です。
経験科学が有効である範囲は、検証可能なエビデンスデータが得られない場合と、複雑なモデルが脳の容量を超えているため、バーナリーバイアスのある手法によらざるを得ない場合に限られます。
コンピュータとビッグデータは、この2つの制限を急速に取り除いています。
その結果、経験科学の生息域は、データサイエンスによって侵食されています。
これは、言い方を変えれば、AIやDXが有効になってきたということです。
経験科学は、科学ではありません。
科学は、客観性を担保する手順が決められています。
心理学者のスキナーの例のように、客観性を担保する手順は常に見直しがなされて改訂されていきます。
現在の心理学の学会に、スキナーと同じような論文を提出しても、受理されません。
一方、経験科学では、スキナーの時代と同じ手順の論文が依然として受理されている学会もあります。心理学が、脳科学によって、書き直されたように、経験科学の多くは、データサイエンスによって書き直しが可能です。
ここに、深刻なギャップと問題があります。
2)大学の再編
この本では、工業社会から、デジタル社会へのレジームシフトを論じています。
工業社会になる前は、農業社会でした。
表1は、産業区分別就業者数割合です。
1950年には、50%を超えていましたので、農業者社会でした。
表2は、産業区分別GDP割合です。
とはいえ、GDP比率でみると、データのある1955年でも、第1次産業は19.2%にすぎません。この値は、2017年に1.2%まで下がっています。
第2次産業の就業人口比率のピークは1975年です。そのあと、第2次産業の人口比率は下がっていますが、1990年でも、33.6%ありましたが、その後、急速に低下しています。
Cは、産業区分別GDP割合を産業区分別就業者数割合でわっています。兼業もあるので、正確ではありませんが、概ね相対的な労働生産性を示しています。
3次産業の2017年のCは、1955年のCより下がっています。
このことから、3次産業の労働生産性が、大きな問題であることがわかります。
2-1)1次産業の衰退
1次産業の労働人口の減少は、農業社会から、工業社会へのレジームシフトによって起こりました。
高等教育で言えば、農業社会に対応する学部は、農学部です。
大学の定員も、社会のレジームシフトに対応するのであれば、農学部の定員は多すぎ、減らすべきということになります。
日本以外の先進国では、既に、農学部の定員は減っています。
この点は、既に、多くの人が指摘しています。
2-2)経験科学の衰退
現在進行しているレジームシフトは、工業社会からデジタル社会へのレジームシフトです。
今回論じたいのはこの影響です。
農業社会の技術の受け皿が農学部であるとすれば、工業社会の受け皿は工学部となります。
しかし、このロジックは、科学のパラダイムシフトとは対応していません。
本書で論じている科学のパラダイムシフトでは、データサイエンスが、経験科学にとって変わることで、劇的な労働生産性の高い第3次産業の雇用が創出されるだろうと予測されます。
データサイエンスを担当する学科は、理学部、工学部、経済学部などに分散しています。
つまり、全ての学部において、経験科学が中心の学科は、その内容が、データサイエンスに置き換え可能であるかというテストをうけることになると思われます。
このテストでは、データサイエンスでは、手に負えない場合には、特例として存続するが、それ以外は、組み換えになると思われます。
仮に、特例として、存続しても、データサイエンスを学べなければ、卒業生の所得は極めて低くなるはずですから、学生の募集に苦慮することになります。
現在は、年功型雇用の新卒一括採用で、学習内容を問わない、成績を問わない採用が行われていますが、外資系のジョブ型雇用が拡大した結果、この方法では、優秀な人材を採用することは、ほぼ、不可能になっています。
日本の大学生は、出席すれば卒業できるので、大学では、勉強しないことについて、国際比較では定評があります。
最近の「全国学生調査」(文部科学省、国立教育政策研究所)によれば、文系では、大多数の学生が、授業出席と卒業論文・研究に、1週間で10時間以下しか使っていません。
文系の経験科学には、科学としては、問題が多いのですが、それに輪をかけて、最近は勉強しなくなっています。
現在、高度人材には、国際労働市場ができています。
日本の年功型雇用はこの市場の外にありますが、その結果、低賃金になっています。これは、維持不可能です。
高度人材がいない国は、昔の植民地のような状態になります。こうなると、大学に行く価値はなくなります。
授業出席と卒業論文・研究に、1週間で10時間以下しか使わない学生を大学卒として、採用してくれる国は、日本だけです。
この状態を収拾するためには、大量のアカデミック難民が発生すると思われます。
アカデミック難民とは何かについては、別途、論じることにします。
(6)経験科学.vs.データサイエンス
(経験科学とデータサイエンスは対立する場合が多くあります)
1)経験科学と第1のパラダイム
本書のタイトル、「経験科学の終わり」は、経験科学とデータサイエンスがコンフリクトし、経験科学は、データサイエンスに次第に押されて、生息域が次第に狭くなっていくという世界観を表しています。
マイクロソフトの故グレイは、4つのパラダイムの第1パラダイムの科学として、経験科学を取り上げました。
グレイは、4つのパラダイムの第1パラダイムの科学として、経験科学を取り上げましたが、そこでは、経験科学が科学であるか、否かという問題には触れていません。グレイは、社会的に用いられているという実績に基づいて考えています。
グレイの第2から第4のパラダイムは科学的方法論で分類されていますが、第1のパラダイムは、miscであって、そこには方法論がありません。
2)帰納法と演繹法
経験科学には、帰納法という方法論があると反論されるかも知れませんが、この反論には、疑問があります。
日本では、帰納法は演繹法に対峙する科学的な推論方法で、演繹法は、数学の証明のような極めて限定的な場合にしか用いられない特殊な方法であると解釈されることが多いです。しかし、英語の文献では、そのような世界観は見られません。
日本のように、帰納法が演繹法と独立して存在していると考えると、演繹法の活躍できる分野は非常に限定的です。
帰納法で検証すべき命題は演繹法で作成されます。帰納法が、演繹法と独立して存在しているという論拠はありません。帰納法で検証すべき命題は演繹法なしには作成することができません。
日本では、過去の実績を並べて記載する方法が帰納法であると考える人が多いですが、これは、欧米の演繹法とセットになった帰納法とまったく別の方法です。混乱を避けるために、筆者は、この特殊な帰納法を、日本的帰納法と呼んで、本来の帰納法とは区別しています。
科学の基本は仮説と検証ですが、ここで仮説は演繹法、検証は帰納法に対応します。
科学とは、演繹法ドリブンな考え方です。
データを並べて、回帰直線を求めることはできますが、その場合には、説明変数以外のパラメータは全て、ホワイトノイズと見なせると仮定していることになります。この部分は、演繹にすぎませんので、帰納法が、演繹法より、確かであるという保証はありません。通常は、無視したパラメータについて帰納的にチェックできるだけのデータの量が揃っていることはありません。仮説が帰納的に決められる部分もありますが、それは例外で、オッカムの剃刀で、単純化して作ることが一般的です。
経験科学は統計的検証によって、正しいとは確認されていませんが、そのルールを守ることで、社会的なコンフリクトを避けることができます。逆にいえば、自然科学とは対立する権威主義になりがちです。
信号機を守って、自動車を運転すれば、交通事故は避けられますが、交差車線に、自動車がなくとも、一旦停止することは、非効率で、ガソリンの無駄遣いになります。技術的には、直交車線の交通を見ながら、信号のタイミングや時間を変化させることで、エネルギーロスと渋滞を最少化する信号機制御が可能ですが、実装されている例は少ないです。さらに、現在、実装されている信号機制御は、信号待ちの自動車の長さで、信号機の時間を制御するローテクです。各々の自動車からの運転制御信号を受信して、信号機の制御をすることで、渋滞の緩和は可能で、これは、用地取得が難しい都市部では、パイパス建設より、コストと時間が節約できると思われますが、今のところ実装されていません。この方法では個人情報が筒抜けになりますが、公共の福祉とのバランスになります。この方法は、中国のような社会主義社会で、先行する可能性があります。
この例示は、象徴的です。
経験科学は、非効率で改善の余地が多くありますが、当面のコンフリクトを避ける効果があります。
戦争のようなコンフリクト、信号機を守らないことによる交通事故は、経済的に大きなダメージを生じますので、コンフリクト回避には、経済的なメリットがあります。
データサイエンスは、同じ課題に対して、経験科学より、より効率的で、効果の高い解決方法を提示します。
その結果、経験科学とデータサイエンスが対峙すれば、経験科学は、データサイエンスに次第に押されて、生息域が次第に狭くなっていくというのが、本書の世界観です。
これは、多くの先進国で採用されている世界観です。
もちろん、2022年の日本社会は、そのようにはなっていません。
経験科学が、データサイエンスを抑え込んでいます。
世界は、経験科学を捨てて、データサイエンスに乗り換えています。
そのことによって、労働生産性をあげて、経済的な成長をとげています。
筆者には、日本だけが取り残されているように見えます。
(7)円安と経験科学の終わり
(経験科学の因果モデルは、1原因に偏重する傾向があり、因果の相互依存性を無視します)
1)因果モデルとバイナリー・バイアス
1ー1)因果モデルとは
科学の基本は、因果モデルです。
ヒストリアンは、根拠なしに、歴史は繰り返すと考えますが、歴史には、繰り返す部分と繰り返さない部分があります。
それを分離する方法が課題になります。
この点でみれば、物理学は、物理現象について、歴史の繰り返し部分を抽出して、法則化したものと考えることができます。
物理学は、「歴史の繰り返し部分の抽出」にもっとも成功した例ですが、他の学問は、物理学程には分離に成功していません。
さて、因果モデルは、原因Aがあって、結果Bが起こると考えます。
一般には、( IF A THEN B )の形式で表現できます。
1-2)バイナリー・バイアス
バイナリーバイアスとは、情報を限られた数のカテゴリ (通常は 2 つ) に絞り込むことです。
統計学では、変数(パラメータ)は、分布をもつと考えます。よく使われる正規分布でも分布は、平均値と分散の2つのパラメータで表される分布を持ちます。
平均値を問題にする場合には、次の2つの点で、バイナリーバイアスのリスクがあります。
(1)分散を無視していないか
(2)そもそも、正規分布を当てはめるべきではない可能性があるか
1-3)因果モデルのバイアス
以上のように、バイナリー・バイアスは、変数の分布を無視するバイアスですが、因果モデルと組み合わさると、原因または結果が1つというバイアスに変化します。
この場合をここでは、因果モデルのバイナリー・バイアスと呼ぶことにします。
一般には、( IF A THEN B )の形式で表現した場合に、各段の前提が置けなければ、Aには、複数の要因(A1、A2、A3,...)が含まれると考えられます。
原因Aを考える場合に、A1だけを取り上げて、A2、A3を考えないことは、バイナリー・バイアスになります。
この問題を統計学の問題であると見なせば、寄与度の大きなパラメータは、A2、A3、と順番にチェックすべきで、変数をいくつ取り上げるべきかは、計算してみないとわかりません。
この問題を、心理学のバイアスの問題であると考えれば、心理バイアスを回避するには、A2を考えれば十分です。
なお、以上は、原因Aのバイナリー・バイアスですが、結果Bについても、結果B1だけしか論じない因果モデルのバイナリー・バイアスが成立します。
1-4)経験科学の因果モデル
経験科学も、単純に歴史は繰り返すというアプローチをとり、過去に起こったことは、正しい(変更がきかない)として、歴史的記述にこだわる学会もあります。
時系列解析で、トレンド予測をする手法もあります。
これらは、ヒストリアンの手法です。
しかし、このアプローチでは、状況が変化した場合の将来予測はできませんので、経験科学でも、因果モデルを採用することが多いです。
この場合には、原因を変数A1に限定する必要はありませんが、実際には、A1だけに限定したデータ処理が多発しています。
結果Bについても同様です。
つまり、経験科学の多くの分野で、因果モデルのバイナリー・バイアスが、発生しています。
2)円安と生活
2-1)円安効果の因果モデル
この記事を書いている2022年10月28日の円ドルレートは146円です。
日本銀行は2022年10月28日まで開いた金融政策決定会合で、金融政策の現状維持を決定し、短期金利をマイナスにし、長期金利はゼロ%程度に抑える大規模な金融緩和策を維持すると決めています。
日本円の価値が下がると、輸入品の価格が高くなります。為替相場とエネルギー価格の上昇が相まって、2022年9月の日本の石油・ガスの輸入総額は前年同月比で46%急増しています。
日本では、輸出が経済活動の15%を占めています。円安で、日本の輸出業者が国外で得る金額が、日本円ではふくらみます。この効果は、大企業では大きいですが、中小企業では小さいと言われています。
なお、円安で輸出企業の業績は、過去最高になりますが、基軸通貨のドルベースで評価する必要があります。
現在のインフレの原因と結果を整理すれば、次になります。
原因A1)円安
原因A2)エネルギー価格の上昇
結果B1)日本の石油・ガスの輸入総額の急増
結果B2)大企業の輸出企業の業績
結果B3)中小企業の輸出企業の業績
このように、原因が複数あり、結果も複数ある場合には、定性的な経験科学では、歯が立ちません。
近代経済学は、物理学をモデルに作られました。
経済は、物理学と同じ微分方程式で表されます。これは、第2の理論科学のパラダイムです。複雑な現象は、複数の微分方程式を連立させたモデルで表します。この場合、式の変形で解析解は求まりません。
解析解が求まらない場合には、連立微分方程式を計算科学で解いて数値解を求めます。
地球温暖化の大気循環モデルを計算科学で解いて答えを求めることと同じです。
これは、第3のパラダイムです。
円安が日本経済にプラスであるという主張は、円安で輸出大企業の業績は、過去最高になっていることを根拠としています。
これは、円安(原因A1)と輸出大企業の業績(結果B2)を比べたものにすぎません。
つまり、ここには、因果モデルのバイナリー・バイアスがあります。
2-2)結果のバイナリー・バイアスの補正
結果について評価するのであれば、最低限、B1、B2、B3の3つを総合評価する必要があります。
これは、計算科学による経済モデルの結果を使えば、評価可能です。
ところが、総合評価の話は全く出てきません。
繰り返される説明は、輸出大企業の業績(結果B2)だけです。
このことから、政府には、第3のパラダイムである計算科学のロジックを理解できる人がいないことがわかります。
2-3)円安の原因のバイナリー・バイアスの補正
円安の第1の原因は、日米金利差です。ここで、原因を1つしか、考えられない場合、因果モデルのバイナリー・バイアスに捕らわれている可能性があります。
藤巻 健史氏は、第2の原因に「日本の経常収支動向」があるといいます。
経常収支は、貿易収支と所得収支(海外からの投資収益)の2つで構成されます。
2022年7月の国際収支統計よると、経常収支は2290億円の黒字(前年同月比約9割のマイナス、7月の黒字額としては、過去最小)でした。季節調整済みでは6290億円の赤字でした。
2022年10月20日発表の2022年度上半期(4から9月)の貿易統計(速報)の貿易収支は、11兆75億円の赤字で、半期として過去最大を更新しました。
円安によって、円安で輸出大企業の業績は、見かけ上、過去最高になっていますが、トータルでは、プラスか不明です。もちろん、エネルギー価格の上昇の影響もあります。
この原因と結果の各要素の影響の分析は、計算科学のモデルなしには、評価できません。
とはいえ、藤巻 健史氏は、日米金利差と日本の経常収支動向の2大要因が、同時に円安方向なのはディーラー生活でも初めてだといっています。
つまり、円安の影響を除いてみれば、ネットで、輸出競争力のある企業が激減していると思われます。
ジム・ロジャーズ氏は、「自国通貨の価値を下げて、中長期的に経済成長を遂げた国は存在しない」といいます。円安や非正規雇用にたよった経営をすれば、DXなどの問題を先送りして、労働生産性が上がらず、中長期的には経済成長が停滞します。日本の「稼ぐ力」が大幅に削がれてしまいます。
2021年度の所得収支は19兆円の黒字でした。2022年の所得収支も、19兆円の黒字と仮定し、2022年の貿易収支が上半期の2倍の22兆円の赤字と仮定すれば、差し引き3兆円経常赤字に転落します。
この場合、日本は、エネルギー、食料を輸入するためのドルが不足する事態になり、エネルギー危機、食料危機になります。もちろん、ドルのストックがある間は、時間稼ぎができますが、その時間は短いと思われます。
こうした状況が明らかになれば、富裕層は、日本の将来に不安を持って、円を売って、ドルに変えるなどの個人の資金逃避がおきます。資産逃避は、円安をさらに加速します。
藤巻 健史氏は、通貨危機になるガイドラインを1ドル180円と予測しています。
ジム・ロジャーズ氏は、「歴史的にみて、財政に問題を抱えた国の自国通貨はすべて値下がりしてきた」といいます。つまり、中期的にみれば、円安の第3の原因に、「財政問題」があるといえます。
野口 悠紀雄氏は、為替レートは、人為的な介入をしなければ、購買力平価に収束するとして、参考値に、OECDの購買力平価(2021年、1ドル=100.4円)をあげています。
つまり政策的な介入は、中期的には、持続可能ではないと考えています。
2022年10月の円安は、日銀の人的な金融政策によるバイアスを持っているので、バイアスがなくなれば、購買力平価に収束します。これは、日銀が利上げをした場合です。どこまで、金利をあげても、日銀が国債の利払いができるかわかりませんが、日銀が国債の利払いのために金利の調整ができないのは、中央銀行の本務を逸脱していますので、かならず、平常に戻ると考えます。
加谷 珪一氏は、為替レートの目安として、「ユニット・レーバー・コスト(ULC)」があるといいます。ULCは、生産を1単位増加させるために必要な追加労働コストを指します。仮に1ドル=150円程度まで円安が進むと、中国のULCは日本の1.2倍となります。過去の経験則から、ULCの差が1.2倍以上に拡大すると、企業の生産が国内に戻り、輸出が増加し、実需での円買いも復活するので、円安が止まると考えています。
つまり、1ドル=150円が目安です。
一方、次に述べるような人材や産業構造の劣化を止められない場合には、中期的には購買力平価は下がり続け、ULCは上がり続けるでしょう。
日本の高度人材の海外流出が加速しています。NTTでは、若手の技術者が、海外IT大手企業に転職していく「GAFA予備校」化が進んでいます。
2022年10月26日の決算会見でキヤノンの御手洗冨士夫会長兼CEOは、「生産の合理化やロボット化でコストを下げた上で、主要工場を国内回帰させる方針」を明らかにしています。
しかし、工場を国内回帰させても、利益が国内で出る訳ではありません。
コマツは、komtraxをAWS(アマゾンのクラウドサービス)の上に移しました。その方が、コストが下がるからです。このことは、komtraxが売上を増やせば、その利益の一部が、AWSに(米国に)移転されることを示しています。
以前のように、工場の国内回帰が、貿易収支の改善に寄与する部分は減っています。
2022年10月29日に、岸田首相は、記者会見で、物価高に対応するため28日にとりまとめた経済対策の説明をしましたが、説明は、個々の政策の相互依存性には全く触れず、科学的にみれば、全く意味不明なものでした。経済学の原則では、現金を配ることは禁じ手です。減税または、円安の補正が優先事項です。金利をあげずに、為替介入することも意味不明です。
3)バーバリ・モデル
三陽商会というアパレル大手は、2015年の6月まで英国バーバリーとのライセンス契約で、バーバリー製品を販売していました。ライセンス契約時の売り上げは1000億円を越えていましたが、ライセンス契約が切れて、バーバリーが売れなくなった2021年度の売り上げは、半分程度に留まっています。
富裕層が、円を売って、ドルに変える場合、2022年10月の時点では、日本の証券会社を通じています。モルガンスタンレーも日本の銀行系の会社になっていて、ビジネスモデルとしては、英国バーバリーとライセンス契約をしていたころの三陽商会に似ています。
日本の証券会社は、海外の証券会社が開発した金融商品を紹介して販売して手数料をとっています。つまり、バーバリーモデルでビジネスをしています。
しかし、日本の証券会社を通さずに直接購入すれば、手数料分だけ、利率のよい商品購入ができます。
もちろん、シンガポールなどにいって、自分で口座を開けば、それは可能ですが、ハードルが低いとは言えません。
2022年10月に、米Apple(アップル)は、クレジットカード「Apple Card」の利用で貯まる「Daily Cash」の特典を、ゴールドマン・サックスが新たに提供する預金口座に自動的に入金できるサービスを近日中に提供する計画です。
なお、現時点で日本向けにはApple Cardは提供されていません。
このあたりがどうなるかは不明点が多いです。筆者は、今後、ネットを通じて、ドル口座を簡単に開けるようになると考えます。
藤巻 健史氏は、通貨危機を予想しますが、そのような状況では、日本の銀行や証券会社はあてになりません。
ドル口座が簡単に開設できるようになれば、資産逃避が容易に、拡大すると思われます。
引用文献
Fisher, M., & Keil, F. C. (2018). The binary bias: A systematic distortion in the integration of information. Psychological Science, 29, 1846-1858.
日本人は「みんなで貧乏」になるしかない…金融のプロが「1ドル=500円の大暴落が起きる」と断言する理由 2022/10/22 President online 藤巻 健史
https://president.jp/articles/-/62826
日本円に何が起きている? 止まらない円安とその影響 2022/10/28 BBC ニュース 大井真理子
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-63422147
戦後初めて、日本の「経常収支悪化」が数字以上に深刻な事態である理由 JB Press 2022/09/19 加谷 珪一
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/71854
「円安は進む。政府・日銀はとんでもない過ちを…」投資家ジム・ロジャーズが予言する“50年後の日本” 2022/09/10 文春 ジム・ロジャーズ
https://bunshun.jp/articles/-/57242
外貨預金に走る人への警告・将来円高になって元本を失う危険がある 2022/10/30 現代ビジネス 野口 悠紀雄 https://gendai.media/articles/-/101444?imp=0
前代未聞の急激な円安は日本に何をもたらすのか インフレに円安が加わり、しかも低賃金 2022/10/17 東洋経済 加谷 珪一
https://toyokeizai.net/articles/-/621600
(8)認知の壁
(データサイエンスのメガネを持っていると経営判断が変わります)
1)情報のインプット
前章では、同じ本を読んでも、データサイエンスのメガネの有無によって、本の内容の読み方が変化することを指摘しました。
情報のインプットは、データサイエンスのメガネの有無によって変化します。その情報は、本に限らず、全ての情報に及びます。
つまり、ここには、認知バイアスが生じます。
2)情報のアウトプット
まず、 インプットした情報は、他の情報と併せて、アウトプットして活用します。
どのような形で、情報をアウトプットするかは人によって違いますが、企業の経営者の場合を考えています。
企業経営の基本は、資金、人材などのリソースの配分です。あるいは、プランAとプランBなど複数ある経営上の問題に、優先順位をつけることかもしれません。
どのような配分が望ましいか判断する場合にも、データサイエンスのメガネの有無によって答えが変わります。
過去の成功例を引用する前例主義をとるのか、データサイエンスの評価指標をつかうかで、選択されるプランは変わります。
この本の冒頭で述べましたように、DXのために、何をすべきかという企業戦略も、データサイエンスのメガネの有無によって変化します。
3)増幅効果とレジームシフト
前章では、翻訳者や出版社が、経験科学のメガネで、読者に受け入れられる書籍を選択して出版していると申し上げました。
次に、読者の立場に立ってみると、多くの読者は、経験科学のメガネで書籍を読みます。ベストセラーになる書籍は、経験科学のメガネで評価されます。
ベストセラーになる本には、優れた点があるだろうと考える人が増えれば、経験科学のメガネが増幅されていきます。
この現象は、生態学で言えばレジームシフトの問題に相当します。
今まで、経験科学というレジームの中で、人々は生活してきました。レジームは、外乱に対して、復元力があります。これは、レジリエンスと呼ばれます。
図1は、レジームシフトの概念図です。
経験科学のレジームから、データサイエンスのレジームにシフトするためには、越えなければならないエネルギーの山があり、それを乗り越えなければ、レジームシフトは起こりません。一旦、レジームシフトが起こると、元のレジームに戻ることは非常に困難になります。
先進国の中で、日本だけが、ITスキルが異常に低くなっています。
これが、スキルの問題だけであれば、追いつくことはさほど難しくありませんが、レジームシフトの問題であれば、追いつくことは非常に困難です。
図1では、「経験科学のレジーム=工業社会のレジーム」、「データサイエンスのレジーム=デジタル社会のレジーム」と読み替えれば、問題の深刻さが理解できます。
デジタル社会へのレジームシフトは、社会システムの再構築なので、補助金を投入する、ITエンジニアの数を増やすという工業社会のレジームでは解決できません。
(9)レジームシフトの認知バイアス
(レジームシフトのビジョンが、デジタル社会への対応の鍵です)
1)科学と社会の対応
20世紀は、科学の世紀でした。科学によって工業が発達して、工業が富を生産するようになりました。モノづくり社会の到来です。
統計を見ると、工業化のプロセスは、1945年以降の石油を使った工業化によって加速し、世界経済の中心は、英国(英連邦)からアメリカに移りました。
1959年、イギリスの著作家C.P.スノーは「二つの文化と科学革命」というタイトルで、講演を行い、科学革命という現実を踏まえて、文系知識人が科学技術に対する基本的な認識と理解をもつよう努力すべきではないかと主張しました。
これは、1959年において、高等教育が今だ、科学に基づく工業化社会に対応していないという批判です。
スノーは、第1のパラダイムの経験科学と第2のパラダイムの理論科学のギャップを問題にしています。
1992年の「国連環境開発会議(地球サミット)」において、地球温暖化問題が世界的な問題になりました。
地球温暖化問題は、第3のパラダイムの計算科学の成果に、国際社会が対応すべきであるというメッセージです。しかし、30年経っても、計算科学の成果に、社会システムがうまく対応できているとはいえません。
2009年に第4のパラダイムであるデータサイエンスが、実用化のレベルに到達しました。
計算科学は、理論科学が工業化による経済的な利益をもたらしたような大きな影響を社会経済に与えることはありませんでした。
しかし、データサイエンスは、劇的な労働生産性の向上を生み出し、工業社会から、デジタル社会への急速なレジームシフトを生じさせています。
DXに対応できた企業は、労働生産性が1桁あがり、給与は10倍になります。
逆に言えば、労働生産性を計測することで、企業がDXに対応できたかを判断することが可能です。これは、論理的には、DX以外の原因を無視していますが、DX以外の原因で、労働生産性が劇的に上がるとは思えませんので、実用上は問題のない判定基準です。
DXは、過去に例がありません。この点で、DXはビジョンドリブンです。ビジョンがあれば、DXは進められます。ビジョンがあっても失敗することはあります。しかし、ビジョンなしに、DXのブループリントをつくることはできません。
いうまでもなく、ブループリントの作成には、第4のパラダイムのデータサイエンスの知識が必要です。
いったい誰が、DXのビジョンとブループリントをつくることができるかが、根源的な課題です。
ここをクリアしないと、デジタル社会へのレジームシフトはスタートしません。
2)DXの認知バイアス
2022年10月29日に、岸田首相は、28日にとりまとめた経済対策の説明をしました。その中で、リスキリングとDXによる産業構造の変革をすすめることを述べています。
岸田首相は10月4日、政権発足時から政務秘書官に付いていた山本高義氏に代わり長男の翔太郎氏(31)を登用する人事を公表しました。
この人事について、隣の中国では、封建制度であると批判しています。
岸田氏の頭の中に、デジタル社会へのレジームシフトのビジョンがあれば、ご子息を政務秘書官にすることは考えられません。なぜなら、デジタル社会の政治家の姿は、工業社会とは大きく異なっているからです。今のように、政務秘書官になることが政治家の登竜門である時代が今後も続くことはありません。
2022年10月に、英国の新しい首相にスナク氏が就任しました。スナク氏は、政治家になって7年で首相になっています。リスキリングを受け入れる社会では、日本の政治家もいつまでも、年功序列が続くことはあり得ませんので、英国のようになると思われます。
一方、岸田氏の頭の中には、年功型雇用が継続し、政務秘書官になることが政治家の登竜門である時代が今後も続くというビジョンがあると思われます。
ここでは、岸田氏の政策や政務秘書官の任命を批判している訳ではありません。
岸田氏には、経験科学のパラダイムの中でしか問題を考えられない認知バイアスがある可能性を否定できないという点を指摘しています。
文部科学省はデジタル教科書の導入を進めていますが、基本は紙の代替で、紙との併存です。文部科学省は、教科書関連の会社や組織に天下りポストを持っていて、利権の維持に熱心なのかも知れません。
このような天下り利権は、どの省庁も持っています。
筆者の個人的な意見は、シンガポールのように、優秀な人には、億単位の給与を払う代わりに、天下りをやめることです。シェルのように、企業が、天下りの受け入れを拒否している例もあります。
しかし、ここでは、筆者は、天下りを批判するつもりはありません。
デジタル社会にレジームシフトするためには、利権をデジタル社会に合うように再構築する必要があります。
これができないと、日本は、DXに取り残されて、後進国になってしまいます。
利権の分母の企業の利益が減ってしまえば、取り分は減ってしまいます。
官僚も、問題は、利権の再構築だと理解しているはずです。
しかし、どの省庁も、ビジョンを描けていません。
年功型人事で、情報が、組織内の情報に偏っていること、経験科学のパラダイムでしかモノを考えられないことが原因で、認知バイアスがあり、官僚は、DXに対応したビジョンを描けなくなっている可能性があります。
認知バイアスがある場合には、議論はできませんし、説得も不可能です。
(10)もうひとつのバイアス
(カーネマン氏のバイアスについて補足します)
1)ファスト回路のバイアス
認知バイアスは、日常扱っている情報に偏りがあり、思考回路が経験科学の第1のパラダイムに偏っているために起こります。
科学パラダイムの違いによって起こるバイアスは、本書のメインテーマです。
メインテーマとは異なりますが、もうひとつのバイアスがありますので、ここで、補足しておきます。
カーネマン氏は、脳の回路に、ファスト回路(システム1)とスロー回路(システム2)があると説明しました。
カーネマン氏の説明のポイントは、システム2は、意図して使わないと利用できないという点です。
問題解決を惰性に任せて進めるとシステム1ばかりが活躍して、システム2が使われることはありません。
2022年10月28日の経済対策は、30兆円近い予算を投入しながら、その場凌ぎの対策であって、問題の原因解決を先送りしていると批判されています。
批判する人は、批判すれば、問題の原因解決を検討してもらえるだろうと期待しています。
日銀の金融緩和政策は、10年続きました。金融緩和政策は、始めた頃から、出口戦略が描けないという批判を受けています。
ここでも、批判する人は、批判すれば、日銀は出口戦略を考えてくれるだろうという期待を持っているわけです。
この2つの例では、システム1で検討した内容(短期対応)には問題があるから、中長期対応をシステム2で検討すべきだと言っています。
しかし、カーネマン氏の説明では、システム1を封印(一旦休止)しなければ、システム2は稼働しません。
カーネマンモデルは次のように考えます。短期対策と中長期対策がセットで発表されている場合には、2つのシステムが稼働しています。短期対策だけの場合には、システム1しか稼働していません。つまり、中長期対策は考えられていないはずです。
恐らく、政策担当者は、「自分には政策立案を考える能力がある。とりあえず、短期対策を考えておいて、その後で、中長期対策を考えれば良い」と思っているでしょう。
カーネマン氏は、システム2で先に中長期対策を考えて、次に、システム1で短期対策を考えることはできるが、逆順では、システム2が働かないので、中長期対策は考えられないといいます。
つまり、ここには、政策担当者が、ファスト回路と同じ頭の使い方で、中長期問題も考えることができると自信を持っているもうひとつのバイアスがあります。
政府の経済対策も、日銀の出口戦略も、短期的な検討を繰り返しています。
これは、ファスト回路しか使われていないことを示しています。
カーネマンモデルによれば、システム2を停止しているので、政府も、日銀も、出口戦略を考えることはできないといえます。
解決方法はあるでしょうか?
欧米では、政府と関係のない独立系のシンクタンクが、政策提言レポートを出しています。レポートの内容には、批判があるかもしれませんが、政府に、システム2を使うように促す効果は大きいと考えます。
2)ドキュメンタリズムのバイアス
補足の第2は、ドキュメンタリズムのバイアスです。
これは、意思決定過程において、文書のタイトル(形式)が内容を優先するためにおこるバイアスです。
新しい資本主義は、まず、タイトルがあって、次に専門家を集めて内容を入れこみます。
首相は、最大の権力者です。人事権をもっていますから、反対する人はまずいません。首相が号令をだすと見かけ上は、号令どおりに世の中が動いているようにみえます。
これは、首相に限らず、組織の権力者は、人事権を持っていますから、権力者の号令は基本的に通ります。そうすると、号令で組織が動いて世の中が変わるという認知バイアスが生じます。
この状態になるとドキュメンタリズムが止まらなくなります。
ドキュメンタリズムは科学的には、不合理で、エビデンスがあれば、崩壊します。
エビデンスをとらない、あるいは、エビデンスを尊重せずに、過去の経験という2次データに依存した経験科学の意思決定をするとドキュメンタリズムが崩壊しません。
日銀は、債券市場と株式市場に過度に介入して、2つの市場のエビデンスの指示機能を破壊しています。介入の是非はともかく、これは、ドキュメンタリズムの温存政策になっています。この2つがエビデンスとして機能していた場合の金融政策は、現在とは大きく異なります。
スティーブ・ジョブズ氏は、最初、iPhoneの開発には反対でした。しかし、幹部とのディスカッションで、意見をかえます。もちろん、ジョブズ氏は、無条件で意見を変えた訳ではありません。最初の1歩を踏み出して、エビデンスを見て軌道修正する条件付きで、合意しています。
次章では、組織が合理的な意思決定ができる条件を考えます。
(11)企業経営とDX
(データドリブンな組織の説明をします)
1)企業経営の正答率
企業経営の正答率を上げることが、DXのポイントです。
過去には、正答率の高い経営者は、経営の神様と呼ばれてきました。
ヒストリアンは、過去の成功に、解決策を求めようとします。
しかし、技術進歩がある場合には、そのアプローチは、有害なだけです。
企業経営の意思決定にデータサイエンスを導入することで、正答率をあげることができます。
これは、正しいか、違っているかではなく、統計確率の問題です。
ファンドの資産運用は、アルゴリズムに基づくボット(自動実行プログラム)が行います。これは、アルファ碁と同じように、人間の山カンで投資するよりも、ボットの方が運用成績が良いからです。
ファンドでは、大きな投資の方針はデータを元に、人間が決めていると思いますが、日常の売り買いはボットに任せています。
このボットは、アルファ碁と同じように常に学習しています。
つまり、少しずつですが、正答率は上がっていくはずです。
これが意味することは、次の2つです。
(1)企業経営でも、ボットに任せられるものは、ボットに任せた方がよい。
(2)人間による意思決定も、データ分析に基づくべきである。
ファンドでは、大きな投資の方針はデータを元に、人間が決めていますが、これは、山カンではなく、データの分析結果に基づいています。
ボットに任せない意思決定も、データに基づいて科学的に行うべきです。
これをサポートするポストが、最高データ責任者(CDO:Chief Data Officer)です。
CDOは、2002年に、米Capital Oneが初めて任命したのが始まりです。米NewVantage Partnersの調査「Big Data Executive Survey 2020」によると、現在では、Fortune 1000企業の57%がCDOを既に任命しています。
2)望ましい組織
CDOを置いただけで、企業が、データサイエンスに基づいた意思決定ができる訳ではありません。
組織がデータドリブンになる必要があります。
2018年のMckinseyのレポート「Breaking away: The secrets to scaling analytics」によれば、 様々な組織がデータドリブンに多額の投資をしていますが、データから価値を引き出せている組織は 8% しかありません。
データに基づく意思決定の価値を理解しながら、多くの企業では、実践できていません。
トーマス H. ダベンポート氏とニティン・ミッタル氏は、「データに基づく意思決定を阻んでいる要因は技術力ではなく、組織文化である」と主張しています。データドリブンの組織文化の構築には次の条件が必要であるといいます。
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(1)経営トップがみずからの姿勢を改めること。
(2)3つの変革プログラムを実行すること。
(2-1)教育プログラム:教育プログラムを、組織のあらゆるレベルで推進すべき。
(2-2)模範を示す:アナリティクスとAIを目に見える形で活用するリーダーに光を当て、アプローチの有効性を組織全体に広める。
(2-3)昇進と報酬:データとアナリティクスを巧みに活用した人が、より早い昇進と昇給を享受する。
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(2-3)の意味することは重要です。アメリカでは既に、ジョブ型雇用になっていますが、ダベンポート氏はそれだけでは不十分で、データとアナリティクスの活用を昇進と昇給に反映すべきだといっています。
データドリブンな企業組織になれば、経営の正答率が確実にあがり、しかも、正答率は、毎年向上していきます。
アルファ碁が経営している企業と、へぼ碁の打ち手が経営している企業が競争すれば、どちらに勝ち目があるか、言うまでもありません。
つまり、ジョブ型雇用だけではだめで、データドリブンな企業組織にならないと生き残れません。
年功型雇用で、DXに成功したという事例はありません。ダベンポート氏の言うことに真実が含まれているとしたら、年功型雇用や春闘を問題にしている企業が淘汰されるのは、時間の問題です。
3)円安の意味するもの
この原稿を書いている2022年10月20日現在、1990年8月以来、およそ32年ぶりの円安水準である1ドル=150円台まで円は値下がりしています。
日銀は、10年間金融緩和政策を進め、円安を進めてきました。
投資ファンドは、今回の円安ほど美味しいデールは近年ないといっています。
10年前には、画像識別の精度は80%でした。それが、現在は、95%を超えています。
この10年の間に、画像識別の精度は10ポイント以上向上しています。
10ポイント以上とはいかないと思いますが、データサイエンスによって、この10年で、投資ファンドの投資判断の成績(成功確率)も改善しているはずです。
一方、筆者には、日銀の発言は、10年前と少しも変わっていないように見えます。発言には、根拠となるエビデンス(データ)は示されません。円安政策や金融緩和政策はまちがっていないというだけで、エビデンスがありません。
ヒストリアンは、ソロス氏が英国に空売りを仕掛けた時や、前回の日銀の円安政策の話を取り出して説明します。しかし、10年以上前のその時代には、データサイエンスやAIの実力は現在ほど高くはありませんでした。
現在は、アルファ碁が人間に勝つ時代です。
データサイエンスの力は破壊的です。
投資ファンドは、強力なデータドリブンな組織です。
日銀は、年功型のデータサイエンスに基づかない意思決定をする組織です。
投資ファンドの意思決定が、アルファ碁のレベルであって、日銀の意思決定が、人間の有段者のレベルであれば、勝負は、最初からついています。
日銀は、投資ファンドの手玉にとられてしまいます。
投資ファンドの意思決定が、アルファ碁のレベルというのは、評価が高すぎるかも知れません。しかし、データドリブンな組織であれば、アルファ碁と同じように、時間が立つと、次第に強くなります。
企業組織をデータドリブンにするのは、しない場合に比べて、経営の正答率があがるからです。そう考えると、投資ファンドの意思決定は、アルファ碁のレベルではないにしても、日銀の意思決定より、正答率が高いはずです。10年前とは状況が違います。
投資ファンドの、「今回の円安ほど美味しいデールは近年ない」という発言が、正答率の差を意味している可能性は否定できません。
繰り返しますが、これは、サイエンスの問題です。政策担当者のポストが高くても、あるいは、アドバイザーの経済学者の過去の研究成果が立派でも、意思決定がデータサイエンスではなく、経験科学に基づいている限り、勝負の結果は、最初からわかっています。
引用文献
最高データ責任者が担う責務とは(上)2020/10/19 日経ビジネス
https://project.nikkeibp.co.jp/idg/atcl/19/00137/100900001/
データドリブンの組織文化をどうすれば構築できるのか 2020/12/10 ハーバード・ビジネス・レビュー トーマス H. ダベンポート ニティン・ミッタル
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/7285
How CEOs Can Lead a Data-Driven Culture, March 23, 2020.
Breaking away: The secrets to scaling analytics 2018/05/22 Mckinsey
https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/breaking-away-the-secrets-to-scaling-analytics
(12)ジョブ型組織への移行の課題
(データドリブンな組織をつくる最大の課題はジョブディスクリプションです)
1)春闘の終わり
デジタル社会型組織に移行するには、データドリブンな組織に再構築する必要があります。
これは、ジョブ型雇用の一部です。ジョブ型雇用だけでは不十分で、その先に進む必要があります。
日本の企業は、年功型雇用を継続して、春闘をおこなっています。2022年11月7日に経団連は正副会長会議を開き、2023年春闘に向けた経営側の基本姿勢として、物価高を特に重視し、賃上げに前向きな対応を会員企業に求める方針案を大筋で了承しています。
しかし、この対応には、ヒストリアンのエラーがあると思います。数年前から、年功型雇用以外の就職機会が発生しています。その結果、春闘を続けることは、企業は、優秀な人材に対して、能力相応の給与を支払うつもりはないというメッセージを発信していることになります。経団連はそのことに気づいているのでしょうか。
既に、GAFA予備校と呼ばれるように、一部のITベンダーでは、人材流出が止まりません。
企業が春闘を続ければ、優秀な人材の流出を促進することになります。
ITエンジニアを引き止めるために、エンジニアの一部については、年功型でないジョブ型雇用を始めた企業もあります。一方では、若いエンジニアの給与はいくら優秀でも、管理職の給与を超えることはないというガラスの天井があると言われます。
年功型雇用に、ジョブ型雇用を導入することで、労働生産性を上げることができると考えている企業も多くあります。
ジョブ型雇用にして、出来高払いにすれば、労働生産性が上がると考えている人が多くいます。
年功型雇用の組織で、新規採用にジョブ型雇用を採用している場合は、採用企業は、おそらく、そのように考えているでしょう。
2)ジョブディスクリプションの課題
データドリブンな組織の視点で考えれば、DXに対応できるジョブ型雇用とは、上司がジョブディスクリプションを書ける企業です。ジョブ型雇用で、業績を出来高評価するためには、部下が何をすべきかを明確に定義することが必須になります。企業組織がジョブ型雇用でジョブディスクリプションがあれば、その内容をシステムに移行することで、DXが進められます。
逆にいえば、ジョブディスクリプションのない企業のDX投資は、必ず失敗します。
次の3つには対応関係があります。
ジョブ型雇用<=>ジョブディスクリプション<=>DX
データドリブンな組織は、これに加えて、経営の意思決定に、データサイエンスが使える組織になります。
大前研一氏は「日本企業が競争力を回復して長期低迷から脱するためにはメンバーシップ型からジョブ型に転換するしかない。しかし、それは至難の業だ、実際、日立製作所、ソニーグループ、富士通、資生堂、NTTなどがジョブ型を導入しているが、欧米企業並みに成功している企業は見たことがない」といいます。
大前研一氏は、日本企業のジョブ型組織の失敗の原因は、「社員1人1人の仕事を的確に評価する具体的かつ詳細な資料」ができないためとしています。
大前研一氏の説明は、評価にウェイトをおいていますが、DXを考えると、同じ内容を、評価の課題よりは、ジョブディスクリプションの課題と考えた方が体系的になります。
ジョブ型で、給与の水準は、ジョブディスクリプションに書かれた内容の難易度で決まります。これが明確でないと社内で、やっかみや足の引っ張り合いが蔓延してしまいます。
霞が関で、深夜まで残業している官僚がいます。
年功型雇用の視点でみれば、「深夜まで働くのは大変だろう。この人は、苦労すれば、将来偉くなるだろう」という解釈になります。
ジョブ型雇用の視点でみれば、「深夜まで残業するのは、上司がまともにジョブディスクリプションを書く能力がないからだ。早晩、この組織はつぶれるので、この人は機会を見て出来るだけはやく転職した方がよい」という解釈になります。
ジョブ型組織では、上司は常に部下の評価を受けています。評価の低い上司からは、部下が逃げ出してしまいます。これは正常な労働市場があるサインでもあります。
3)ヒストリアンの認知バイス
以上は、欧米の企業や組織であれば、当たり前のことです。
筆者が、それをあえてここに書いている理由は、日本の組織には、ヒストリアンの認知バイアスがあると考えているからです。
新聞をみても、「霞が関の若い官僚でやめる人が増えている」と転職が異常であるような扱いをしています。
ここには、今までの雇用形態が正常であるというヒストリアンの認知バイアスがあります。
資本主義では、正常な労働市場があれば、転職は、全く問題ではありません。
問題は、正規社員と非正規社員のように、同一労働同一賃金ではない(=労働市場が機能していない)ことにあります。
しかし、欧米ではこの当たり前のことが、日本に来ると当たり前でなくなっています。
引用文献
「働かないおじさん」問題の解決へ 日本企業は「ジョブ型雇用」に転換できるか 2022/10/08 週刊ポスト 大前研一
https://www.moneypost.jp/955477
(13)デジタル社会化インデックス
(企業の将来性を評価するデジタル社会化インデックスを考えます)
1)基本的なアイデア
ここでは、デジタル社会への移行度を表わすインデックスを考えてみます。
この本では、経験科学とデータサイエンスを対比しています。
対比は、バイナリーバイアスをうみますが、人間には分かり易いです。
また、スコアリングすることで、バイナリーバイアスを弱めることができます。
ここでは、企業組織を工業組織型とデジタル社会型に2分してみます。
そして、どの組織も、この2つの要素を持っているが、次のように組織によってこの2つの要素の強さが違うと考えます。
工業組織型の組織強度=Id
デジタル社会型の組織強度=Dd
この定義から、デジタル社会化インデックス(DSoI)を次に定義します。
DSoI= Id / (Id+Dd) x 100
IdとDdは次のような要素を考えて、スコアをつけます。
表1 デジタル社会化インデックスのスコア
表1は、拡張や改訂の余地が多くあります。
表1は、具体例をあげれば、イメージできると思います。
証券会社を例にとります。
欧米の証券会社は、金融工学を使って、独自商品を開発しています。
データサイエンスを活用したデジタル社会型企業です。
日本の証券会社は、銀行のもとに系列化されています。銀行は、財務省の天下りを受け入れることによって、シェアを担保しています。
日本の証券会社は、工業社会型の企業で、所得移転によって経営しています。
これは、横並びの商品を販売して、手数料で稼ぐモデルです。
オリジナリティのある商品はありません。
工業社会型の組織が、デジタル社会型の組織に変わることには、「認知の壁」の章で述べたレジームシフトモデルが当てはまります。
つまり、証券会社のデジタル社会化インデックスを試算すれば、その分布は、低スコアグループと高スコアグループに2分され、中間値の会社は少ないと思われます。
これは、バイナリーバイアスではなく、レジームシフトのために起こる現象です。
組織が、工業社会型であると、組織運営の主な関心は、利益誘導になります。
2)標準デジタル社会化インデックス
世界中の証券会社をランダムサンプリングして、デジタル社会化インデックスを求めます。
この平均値は、毎年、上がっていくはずです。
デジタル社会化インデックス(DSoI)を平均値でわった値を標準デジタル社会化インデックス(SDSoI=略SDI)と呼ぶことにします。
SDoIを使えば、企業のデジタル社会へのDXの割合を評価できます。
3)応用
以上のインデックスは、レジームシフトモデルによっています。
化学は、原子モデルによって、化学反応を統一的に説明できるようになり、錬金術から脱却しました。
同様に、標準デジタル社会化インデックス(SDI)を使うと、SDIが低いことから、現状が簡単に説明できます。
(1)DXが進まない理由
(2)労働生産性が上がらない理由
(3)DX人材が流出する理由
(4)少子化問題が解決しない理由
(5)産業構造に手を付けず、所得移転政策だけが突出して行われる理由
SDIは、企業の将来性を示す指標ですから、SDIが試算され、公開されることで、株価に反映されれば、企業経営が変化すると考えます。
その結果、デジタル社会型企業へのレジームシフトが促進される。これが、日本が、経済停滞から抜け出す方法であると考えます。
SDIを正確に計算するには、手間がかかりますが、表1のモデルが成立していると仮定すれば、表1のどれか1つか2つの項目でも、だいたいのSDIは推測できます。
例えば、「CEOの年齢が高い」、「DX投資が少ない」場合には、SDIは低いと予想されますので、企業の将来性は悪くなります。
東京証券取引所(東証)は、市場区分見直しをしていますが、是非、SDIのような有効な指標を作成して、公開して欲しいです。
財政負担を増やす所得移転政策よりも、情報公開の方が、よほど、日本経済の活性化につながると思います。
(14)「#自民党に殺される」
(利権のトライアングルが課題です)
1)ハッシュタグ
2022年10月に入ってから、Twitterでは「#自民党に投票するからこうなる」というハッシュタグが複数回、トレンド入りしました。そして、11月に入ってからは、「#自民党に殺される」というハッシュタグがトレンド入りしています。
このハッシュタグは、「自民党」=「岸田政権」を対象にしています。
批判の対象は、「年金支給料金引き下げ、年金65歳まで支払い、国民健康保険2万円増額 、道路使用税の新設、消費税増税の検討」のようです。
ここでは、前章の「デジタル社会化インデックス」の視点から、このハッシュタグを考えてみます。
2)IMF(国際通貨基金)の世界経済見通し
2022年10月に世界経済見通し (WEO) が出て、その時点のデータで、日本の1人当たりGDPは、台湾に抜かれています。
表1の2022年11月6日 のデータでは、台湾、日本、韓国の1人当たりGDPは団子状態ですが、経済成長率が違いますので、韓国が日本を超えるのは時間の問題です。
表1 IMFの1人あたりGDPデータ(2022年11月6日版)
国・エリア GDPPC Ranking
シンガポール 79426ドル (6位)
香港 49700ドル (22位)
台湾 35513ドル (37位)
日本 343358ドル (38位)
韓国 33592ドル (41位)
「デジタル社会化インデックス」で考えれば、工業社会学型企業を改廃して、デジタル社会型企業に組み替えなければ、経済成長はしません。
台湾のTSMCや韓国のサムスンなどのデジタル社会型企業は経済成長を牽引しています。
教科書会社「大日本図書」(東京都文京区)の幹部社員らが2022年7月に、茨城県五霞町の教育長らと料亭で会食し、会社側が代金を全額負担したことが2022年9月30日に分かっています。教科書協会の自主ルールでは、自治体の教科書採択関係者への接待などを禁じています。教育長は10月7日に辞職しています。
紙の教科書を使い続けることは、工業社会学型企業を温存することですが、教育長のような官僚と教科書会社の民間が利権で結びつきます。場合によれば、これに政治家が入って、現状維持の利権のトライアングルで出来上がります。
もちろん、どの国でも、政治に利権は付き物です。アメリカの場合には、回転ドアとよばれるように、政権が交替すると官僚のトップが入れ替わり、民間人が就任します。
日本では、電子教科書の普及が遅れているので、文部科学省にも、教科書利権のトライアングルがあると疑う人も出てきています。この場合には、トライアングルの有無を論じても、水掛け論にしかなりませんので、出来るだけ透明性をあげる工夫が必要です。
教科書会社は株式会社ですから、経営の決定権は株主が持っています。経営陣は、「利権にたよって紙の教科書を売り続けるか、電子教科書に切り替えるか」の選択をすることができます。切り替えに失敗すれば、企業は倒産してしまいます。
典型的な例は、コダックとフジフィルムです。コダックは、フィルムの特許によって優良企業になりましたが、デジタルカメラへの切り替えに失敗して倒産してなくなりました。一方のフジフィルムは、フィルムから他産業への切り替えを行って、生き延びています。
工業社会学型企業の利権(コダックの場合には特許)にこだわって、デジタル社会型企業に組み替えられずに、企業が倒産することをここでは、コダック病と呼ぶことにします。
株主は、「利権は直ぐになくならないにしても、経営陣は、コダック病になるほど馬鹿ではないだろう」と思っているでしょう。もしも、経営陣がそこまで馬鹿なことが分かれば、株主は株を売って、企業を乗り換えますので、企業はつぶれてしまいます。
これは、日本政府についても同じで、国民は、政府のDXが遅れているのは、事実であるとしても、DXが遅れて日本が先進国から脱落するような政策をとるほど、官僚と政治家は馬鹿ではないだろうと思っているはずです。もしも、官僚と政治家がそこまで馬鹿だと分かれば、ロシアと同じように、富裕層や優秀な人材は、国外に流出してしまいます。
これは、アルバート・O・ハーシュマンが、1975年に「組織社会の論理構造ー退出・告発・ロイヤルティ」で論じている古典的な問題です。
台湾では、オードリー・タン氏のようなIT人材が活躍していますが、日本では、IT人材は能力に見合って働く場がないので、アメリカに流出しています。
ハーシュマンの区分で言えば、かなり末期的なステージに到達しています。
日本企業と日本政府がコダック病になっていないという信念は揺らぎだしています。
3)日銀の異次元緩和
2022年11月3日のダイヤモンドオンラインで、野口悠紀雄氏は、「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」ではないかと論じています。
3-1)日銀の総裁
現在の日銀の総裁は、財務省の天下りです。
日本銀行は、日本国政府から独立した法人とされ、資本金は1億円(100万口)で、そのうち日本政府が55%の約5500万円を出資し、残り45%にあたる約4500万円を日本政府以外の者が出資しています。株式会社における株主総会にあたる、出資者で構成される機関は存在せず、出資者は経営に関与することはできず、役員選任権等の共益権は存在しません。
総裁、副総裁、審議委員は、衆参両議院の同意を得て内閣が任命します(いわゆる国会同意人事)。
ですから、総裁は天下りですが、これは、与党の承認の上です。2022年の現総裁は、旧安倍政権の肝いりと言われています。
アメリカの企業では、ビジネススクール出身のCEOが高給をとっています。
これに対して、強欲資本主義キャンペーンを張っているマスコミもありますが、株式会社は、株主の利益を最大化します。日本の株式会社も株主の利益を最大化するのであれば、アメリカのビジネススクール出身者をCEOに任命すべきです。それができておらず、企業経営者の能力の低い年功順の日本人の年寄をCEOに任命していることは、株主利益を無視していることになります。強欲資本主義キャンペーンは、株主利益の無視をカモフラージュするためと思われます。
ビジネススクール出身のCEOは高給をとっていますが、それに見合うだけの成果をあげています。
日銀の総裁は当初2年で2%のインフレにするといいましたが、9年たっても達成できていません。最近は2%のインフレになりそうですが、この原因は、資源高で、話がちがうと思われます。アメリカの企業のCEOは高給取りですが、目標を達成できなければ、即座に株主総会で首になります。
日銀の総裁は国会で与党が指名しますが、与党は選挙で国民に選ばれていますので、この人事は間接的には、国民が信任していることになります。これは、アメリカ人にとっては、信じがたい状況と思われます。
3-2)FRBの議長
比較のために、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会は連邦議会)の制度をみます。
FRB議長は、大統領に対して、政府機関中最も強い独立性を有する一方で、世界経済に対する影響力は絶大であるため、「アメリカ合衆国において大統領に次ぐ権力者」と多くの人々に考えられています。
FRBは政府機関ですが、政権から予算の割り当てや人事の干渉を受けません。
14年任期の理事7人によって構成され、理事の中から議長・副議長が4年の任期で任命されます。議長・副議長・理事は大統領が上院の助言と同意に基づいて任命します。理事には、共和党、民主党の支持者が混ざっています。
金融政策の独立性については発足当時政府の影響を強く受けたとされます。戦後、ブレトンウッズ体制がスタートした時に、FRBと財務省が協定を締結し、金融政策の独自性を持つようになっています。
つまり、財務省のOBが、FRBの理事や議長になることはありえません。
3-3)天下りの問題点
天下りは、旧体制である工業社会学型を温存することで成立します。デジタル社会型企業になってしまうと、企業には天下りを受け入れるメリットはなくなりますので、天下りポストはなくなります。
天下りを成立させるもうひとつの条件は、年功型雇用で、給与は、実績に関係なくポストで支払われるルールです。このルールがないと、官僚は天下っても、給与が安くてうまみが減ります。
さて、ここからが本題です。
前述のように、野口悠紀雄氏は、「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」ではないかと論じています。
野口悠紀雄氏の表現は控え目です。以下は、筆者の解釈で、野口悠紀雄氏は書いていません。
「低金利と円安」は、いうまでもなく、工業社会学型企業を温存して、天下り先を確保する政策です。
実際に大企業は空前の黒字をあげています。
しかし、これを続ければ、デジタル社会型企業は育たず、日本は、DXが進まず、労働生産性が上がらず、発展途上国に後戻りします。
過去に、日本の労働生産性が上がった時期は、1ドルが360円から120円まで、円高になった時期です。
「低金利と円安」で、工業社会学型企業を温存すれば、コダック病にかかってしまいます。
資本主義では、こうなる前に株主がものをいいます。
過去に外資が、日本企業を買収しようとした時に、強欲資本主義キャンペーンをはって、外資による買収を阻止した官庁もありました。これは、コダック病を推進します。
強欲資本主義の外資が撤退した後、日本の株主はコダック病に対してものをいっているでしょうか。
2022年10月5日の ニューズウィークに、加谷珪一氏は、「上場企業の多くが日銀や公的年金が筆頭株主という株式市場の異常事態が続いている。(中略)債券市場では日銀が一定以上に金利が上がらないよう無制限に国債を買い取る指し値オペを実施しているため、本当の金利が何%なのか誰にも分からない」といっています。
つまり、日銀がものをいう株主を封印して自ら筆頭株主になり、コダック病を蔓延させている図式になります。
加谷珪一氏は、株式と債券の2つの市場が機能しないことは、「異次元緩和の副作用」といっています。
つまり、加谷珪一氏は、日銀が、コダック病を目指すはずがないという立場をとっています。
しかし、野口悠紀雄氏の「日銀の異次元緩和の本当の目的は低金利と円安 」という解釈を拡張すれば、日銀は、日本の経済成長を犠牲にして、コダック病を温存させ、天下り先を確保する政策を選択していることになります。
株式と債券の2つの市場が機能しないことは、「異次元緩和の副作用」ではなく、日銀の本来の目的とする政策と解釈できるわけです。
つまり、日銀の活動の目的が中央銀行の役割とは別のところにあったと仮定すれば、過去9年の日銀の活動には、ほぼ満点の成績をつけることができます。
4)政府の政策選択
英国では、3つの市場が機能していますので、トラス政権は、市場によって退陣に追い込まれました。
トラス政権は、政権につく前に経済政策を発表して、党内の支持のもとに首相になっています。首相になってから経済政策を決めた訳ではありませんので、政策のタイトルが中身より優先するドキュメンタリズムにはなっていません。
一方、岸田首相は多くの諸問題について「検討する」や「ていねいに説明を尽くす」と答弁して、ネット上では「検討しかしない検討使」と揶揄されているようです。
これは、タイトルが先で、内容が後にくるドキュメンタリズムの例です。英国では、タイトルだけで、政策を明示せずに、首相に選ばれることはありません。
つまり、岸田氏の個人の資質問題ではなく、タイトルだけで、政策の中身が決まっていないのに首相が選出されるというルールに問題があると思われます。
もっといえば、政策を提示しないで、議会選挙に当選できること自体が異常と考えられます。
財政政策で、金融緩和し、補助金を動かせば、利権が生じます。補助金の配分のための費用は利権になります。問題解決より利権を優先すれば、財政赤字は増え、年金が切り下げられるだけです。
予算が、利権がらみでないかは、データサイエンスで、判別可能です。予算の効果を図るエビデンスの計測とデータベース化、情報公開が予算本体に組み込まれていれば、利権化するリスクは低いです。逆に、エビデンスの計測が組み込まれていない場合には、予算の実体がわかるとまずい構図になっていると考えられます。
政策のタイトルは、問題解決のために必要なのでなく、利権を生む補助金を動かすために必要なのです。
現状は、産業構造政策にはまったく手がついていませんので、コダック病に突き進んでいることになります。
2022年10月05日のニューズウィークで、加谷珪一氏は、「財政政策に日本を成長させる力など最初からない。やはり、我々はみな死んでしまう 」といっています。これは、「#自民党に殺される」に、似た表現です。
以上のように、「#自民党に殺される」は、岸田首相個人にフォーカスしすぎている傾向がありますが、コダック病を考えると、大きく本質を外してはいないと考えられます。
ただし、問題は、首相が交代すれば解決する訳ではありません。
コダック病がなおらないかぎり、誰が首相になっても、日本が、発展途上国に転落することは必須です。
引用文献
GDP per capita, current prices 2022年11月6日https://www.imf.org/external/datamapper/NGDPDPC@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD
日銀の異次元緩和「本当の目的」は物価でなく低金利と円安 2022/11/03 ダイヤモンドオンライン 野口悠紀雄
https://diamond.jp/articles/-/312287
トリプル安の英経済より危険...「危機的状況」すら反映できない日本市場のマヒ状態 2022/10/05 ニューズウィーク 加谷珪一
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/10/post-204_1.php
やはり「我々はみな死んでしまう」...財政政策に日本を成長させる力など最初からない 2022/10/05 ニューズウィーク 加谷珪一
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/09/post-201.php
(15)経済と利権の政治勢力
(経済と利権の政治勢力の枠組みで考えることが有効な場合もあります)
1)検討の枠組み
前回、工業社会学型企業の利権(コダックの場合には特許)にこだわって、デジタル社会型企業に組み替えられずに、企業が倒産することをコダック病と呼びました。
筆者は、株主主権であれば、株主の利益を確保するデジタル社会型企業への組み替えが起こるはずであるが、既得利権が優先して、経済発展より利権維持が優先される場合には、コダック病が蔓延するといいました。
今回は、経済と利権の政治勢力の枠組みで、課題を整理してみます。
2)中国の例
2022/11/09のNewsweekで、練乙錚氏は、中国の政治勢力は、3つに分けられると言っています。要約すれば以下になります。
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中国では四半世紀前から、政権の中枢を占める時の権力者(「太子党」と呼ばれる革命第1世代の党指導者たちの子弟)と、それ以外の機関の多くを牛耳る共青団派、国有企業以外の経済部門で影響力を持つ江沢民派の異質な3つの政治勢力が共存している。
最近では、習近平ら「一強」体制が強まりつつあるが、他の2つの勢力も温存されている。文化大革命を経た「太子党」には、基礎的な学力の欠如という致命的な弱点があり、今後も引き続き安泰とはいえない。
==>
筆者は、四半世紀前の1995年頃に、ある中国人から2つの政治勢力の説明をうけたことがあります。上海を中心とした江沢民派が経済力をつけ始めたころです。中国には、上海を中心とした経済中心のグループと北京を中心とした軍隊中心のグループがある。経済中心のグループの子弟は、辺境で兵役につくことはない。経済発展をすれば、江沢民派が力をつけるが、軍隊を押さえていないので、その後では、北京を中心とした軍隊中心のグループの反撃が起こる。その場合、国内対立が強まり、場合によっては、中国は分裂の可能性がある。
毛沢東は、大躍進と文化大革命の2度にわたり、ジェノサイドを引き起こしました。大躍進では、2000万人が文化大革命では、700万人が犠牲になったと推測されています。
このような無茶が出来たのは、毛沢東が、軍隊を抑えていたからです。
現在も、中国外の外国に居住している中国人がいなくなっている、ウイグルでジェイサイドが起こっていると主張する人もいます。真偽は不明ですが、大躍進と文化大革命の例を参考にすれば、真偽がわかるには、10年以上の時間が必要になると思われます。
現在は、北京を中心とした軍隊中心のグループが実権を握っているように見えます。
そうなると、2022/11/02のニューズウィークで、加谷珪一氏が主張しているように、今後の中国経済は、成長が急速に鈍化するはずです。
中国の事例をまとめると、利権維持に動く軍事中心のグループと、経済活動をする経済中心グループの2つの政治勢力が発生しやすいです。2つのグループのどちらかが、第3のグループを巻き込むことが出来れば、パワーバランスが変わる可能性があります。
3)日本の場合
1990年頃まで、日本は、経済は1流だが、政治は2流と言われていました。
現在は、経済も、政治も2流になったと思われます。
この変化をどのように解釈するか、視点は複数あります。
1990年頃までの日本には、現在の中国と同じように、経済中心の政治グループと利権中心の政治グループがあったと考えることもできます。
このモデルでは、2022年には、経済中心の政治グループが消滅してしまったように見えます。
言うまでもなく、イノベーションは、経済中心の政治グループが起こします。
利権中心の政治グループは、イノベーションを封印します。
利権中心の政治グループは、最終的には、軍隊を押さえて実権をゆるぎないものにしたいわけです。
そして、ここに着くと、ジェノサイドが起こります。
大躍進では、2000万人が、餓死しました。人を殺すためには、ガス室が必須ではありません。
最近の日本では、防衛費の上限がなくなりました。
さらに、大規模災害など、緊急事態での国会議員の任期延長について、衆議院憲法審査会で、自民党は最優先で取り組むべきだとして論点の集約を求めています。
2022年11月10日のダイヤモンドオンラインで、野口悠紀雄氏は、次の点を指摘しています(要約)。
政府は10月28日、「物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策」を閣議決定しました。 ガソリン・電気・ガスの価格統制によって、「消費者物価(総合)上昇率を1.2ポイント程度抑制する」としています。
この1.2ポイントが経済指標に反映されないと、実際のインフレが小さく見積もられ、消費者物価上昇率が1.9%程度を超えると年金のインフレ補正がなされる「マクロ経済スライド」が発動しなくなります。
つまり、ガソリン・電気・ガスの価格統制は、インフレにもかかわらず、経済指標を操作することで、年金の支給額を増やさないためのトリックに使われる可能性があります。
政府は、パートの企業年金加入を促進しています。年金を企業に押しつけることは、政府が貧困対策を企業に丸投げして放棄することになります。
デジタル社会のレジームシフトを考えれば、今後20年の間に企業の半数以上が入れ替わると考えられます。つまり、年金を企業に押し付けると倒産による社会的な混乱を増幅してしまいます。
利権中心の政治になると、イノベーションしても所得が増えません。イノベーションよりも、忖度して利権に関わる方が所得が増える状況になります。
この状態では、補助金をばら撒いても、効果はゼロです。
これが現状に思われます。
引用文献
文革で学習能力が欠如する習近平ら「一強」体制が、うかうかできない理由とは? 2022/11/09 Newsweek 練乙錚(リアン・イーゼン、経済学者、香港出身のコラムニスト)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2022/11/post-100064.php
習近平「独裁」で、中国経済「成長の時代」は終焉へ...経済より重視するものとは? 2022/11/02 ニューズウィーク 加谷珪一
https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/11/post-209.php
政府の物価高対策で年金増額が抑制?消費者物価指数の「ウソ」が起こす大問題 2022/11/10 ダイヤモンドオンライン 野口悠紀雄
https://diamond.jp/articles/-/312590
衆院憲法審査会 緊急事態での国会議員の任期延長めぐり議論 2022/11/10 NHK
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221110/k10013886881000.html
(16)超過利潤の課題
(経済発展の基本は、超過利潤への課税と健全な市場の回復です)
1)独占禁止法
今回は、データサイエンスではなく、データサイエンスが活用される社会システムの構築方法を話題にします。
市場が少数の企業によって独占または寡占されると、一部の独占企業が価格を吊り上げることで、利潤を増やすことが可能になります。企業は、価格操作によって、居ながらにして利益(超過利潤)をあげることができるようになります。
このようになると市場原理が働かなくなります。
資本主義の基本は、市場原理であって、努力して、良い製品やサービスを供給した人は、それに見合う所得を得ることができるというルールです。これは、アメリカであればアメリカンドリームを担保するシステムになります。
セオドア=ローズヴェルト大統領(共和党)は議会の要請を受けて裁判を行った結果、1911年にはシャーマン反トラスト法を適用してロックフェラーのスタンダード石油の独占を有罪として33社に分割する命令を出しています。また、アメリカン・タバコ社も4社に分割されています。
独占禁止法では、このような企業分割に注目しますが、目的は超過利潤を解消し健全な市場を回復することです。
現在の検討の中心は、GAFAMです。
GAFAMは、近年は、競合しそうなベンチャー企業を次々と買収しています。
この方法は、スタンダード石油が独占企業になった過程と同じです。
そこで、GAFAMの料金設定には、超過利潤が含まれてるのではないかと疑われています。
ここで、注意しなければならない点は、超過利潤の解消には、次の2つの方法があるということです。
(1)企業分割
(2)超過利潤に対する課税
GAFAMの一部のサービスは、世界中で利用できるユニバーサルサービスになっています。
利用料金は、料金を振り込む国の通貨と料金体系になっていますが、利用自体は世界中どこでも可能です。
これは、クレジットカードの決済と現金の決済の違いのようなものです。
現金を抱えて海外を移動していくと、国境を超える毎に、現地通貨に変えていくと、現金は目減りしてしまいます。
ユニバーサルサービスにメリットがある場合には、企業分割は難しくなります。
アマゾンの場合には、企業は国別になっていて、日本のアマゾンで、アメリカのアマゾンの製品を注文することはできません。円建てで、ドルの商品の購入はできません。
しかし、ネット販売のシステムは各国共通になっています。
このようにIT系企業では、現状でも企業分割されている部分もありますので、独占禁止法による企業分割の適用は現実的には難しくなっています。
そこで、超過利潤に対する課税が、議論の中心になっています・
2)超過利潤に対する課税
2022年11月8日の日経新聞の7面のオピニオン欄に西村博之氏は、欧米では、石油などの燃料に超過利潤課税(windfall profits tax)を課しているが、日本では話題にもなっていないといっています。
超過利潤とは、企業の営業努力にかかわらず得られる利潤です。
働かざるもの食うべからずにしないと人間は努力しなくなるので、社会の進歩(労働生産性の向上)がとまってしまいます。中国が、市場経済を受け入れてから経済発展したのは、「働かざるもの食うべからず」にしたからです。
もちろん、憲法の定めるように、人権問題からみれば、働かなくとも(失業しても)、健康で文化的な最低限の生活が保証される必要があります。
しかし、憲法のいう働かないことと、超過利潤は、別ものです。
株主は、直接労働しませんが、資金を労働者のいる企業に預けます。株主の利益は、労働者の労働が経済的利益を得て始めて還元されるものであって、そこには、労働が介在していますから超過利潤ではありません。株主は、資金の管理を、企業に任せているわけで、資金のリスクを企業と共有しています。超過利潤には、労働が関与しないため、このようなリスクがありません。
日本経済にとって、超過利潤に対する課税は根深い課題ですが、取り上げられることは少ないです。
2-1)バブルの歴史の再構築
1990年代に土地バブルがはじけて、日本経済は、失われた30年に入ります。
歴史を再構築しないヒストリアンは、1990年代までの日本経済はよかったと言いますが、これは現実の因果を見ていません。
異常な土地バブルが生じた原因は、地価の超過利潤に対する課税を行わなかったためです。
道路が近くを通ると地価が上昇します。この地価上昇は、土地の所有者の経営努力によって生じたものではありませんので、超過利潤です。
欧米では、地価の超過利潤によって生じた利益は、売買時に、課税の対象になります。
このため日本以外では土地バブルにならなかったのです。
バブルの前に、土地の超過利潤に対する課税を強化しておけば、あそこまで、ひどいバブルにはなっていません。
当時は、土地の価格上昇の超過利潤を主な所得源にしていた政治家が多かったため、課税は実現しませんでした。
2-2)円安の超過利潤
2022年11月10日の日経新聞の7面のオピニオン欄に梶原誠氏は、円安で5兆円の差益が生じているとしています。
円安による企業利益は、企業の労働者の労働によって生み出されていませんので、筆者は、超過利潤と考えます。
円安は、労働者にとっては、基軸通貨のドルに対する実質的な賃下げであり、労働者から企業への所得移転になります。
円安によって、輸出を抱えている企業は空前の利益を上げていて、法人税も空前の金額になっています。
それでも、政府は増税を考えています。
何が起こっているかは、超過利潤を考えれば、わかります。
円安によって、労働者や消費者から輸出大企業への所得移転がおこっています。
これは、超過利潤ですが、現在の税制では、超過利潤の全てが課税される訳ではありません。
円安による超過利潤の全額が課税によって没収されれば、円安が企業に対するメリットはないので、円のレートにかかわらず、企業は労働生産性を上げる努力を継続します。
ところが、現実は、円安による超過利潤の全額には課税されません。企業に膨大な超過利潤が残ります。こうなると独占と同じで、企業は経営努力をしなくなります。
つまり、超過利潤の回収の視点でみれば、空前の金額になった法人税は、税率が低すぎることになります。
2-3)同一労働同一賃金
政府は、同一労働同一賃金といっていっていますが、正規と非正規の差、男性と女性の差が依然としてあります。
ここでは、正規労働者の賃金あるいは男性の賃金が、正常な賃金であると仮定します。
この仮定に立てば、同一労働に対して、非正規の賃金を下げている、あるいは、女性の賃金を下げていることは、労働市場が機能していないことを悪用して、超過利潤を上げているとみなせます。
市場原理の原則は、超過利潤は、不当な利益の上げ方であり、課税して没収すべきであるというものです。
非正規社員を雇っている企業に対して、正規と非正規の賃金格差に課税して超過利潤を没収する、あるいは男性社員と女性社員の賃金格差に課税して超過利潤を没収する法律が通れば、短い時間で、同一労働同一賃金になるはずです。
3)まとめ
以上のように、超過利潤への課税は、市場経済を原則とする資本主義にとって、重要な課題です。
超過利潤の線引きには、技術的な困難はありますが、欧米では、GAFAMに対して、超過利潤への課税が検討されています。これは、資本主義と民主主義にとって、本質的な課題です。
超過利潤がはびこって、健全な市場が破壊されてしまうと技術進歩(イノベーション)がなくなり、経済発展が破壊されてしまいます。
日本では、円安の利益は企業が得て当然であるという議論が先行して、超過利潤の検討が話題に全く上がっていません。
これは、かなり異常な状況です。
超過利潤の考え方は重要なので、次回にも取り上げます。
(17)技術進歩と超過利潤
(技術進歩と超過利潤の関係を論じます)
1)強欲資本主義と超過利潤
超過利潤の考え方は重要なので、技術進歩の関係を補足しておきます。
アメリカの税制改正は、GAFAMの超過利潤を念頭に置いていますが、納税額が最大になるのは、バフェット氏が運営するファンドのバークシャー・ハサウェイになると推定されています。バフェット氏は、過去に自身の納税額が不当に低いと言っています。株式の運用利益そのものは、超過利潤には当たりませんが、株式運用に対する納税額が制度のトリック(節税)によって想定より低く抑えられれば、そこには、超過利潤が発生します。ファンドは、株主の利益を優先しますので、超過利潤であっても、利益が出れば、節税します。この場合には、節税に問題があるのではなく、節税できるような税制を作っている国に問題があるので、税制を正常化すべきということになります。
超過利潤は正常な市場を破壊しますので、これを放置すると努力して稼ぐより、超過利潤を得る方がお得である社会になり、人々は努力しなくなります。
経済学の考える資本主義は、市場経済です。超過利潤が放置されれば、市場が機能しなくなり、本来の資本主義のメカニズムが失われます。これは、本来の資本主義ではありませんが、強欲資本主義と呼ぶことができるかも知れません。
ただし、強欲資本主義を主張する人の多くは、自身が超過利潤を得ていて、その超過利潤を失わないために、強欲資本主義という印象操作をしているように思われます。
バフェット氏の例であげたように、超過利潤の発生は、企業に問題があって生じる訳ではありません。国の制度に問題(抜け穴)があることが問題です。
つまり強欲資本主義の推進者は、国であって企業ではありません。
株式会社で、経営者が、株主の利益を確保しないことは、背任になります。
これは違法行為なので、期待してはいけません。
スタンダード石油の会社分割の時代であれば、強欲な企業はあったと思いますが、現在の企業は、制度の穴による超過利潤は一時的なもので、時間がたてば、制度改正によってなくなるという前提で経営していると思われます。
2)超過利潤に両得なし
政治には利権がつきものです。利権とは、超過利潤を財源にして機能します。組み合わせで言えば、「(1)超過利潤、(2)イノベーション、(3)超過利潤+イノベーション、(4)超過利潤もイノベーションもなし」の4つがありますが、過去の実績から見れば、(3)は、ほぼあり得ないと思います。
ここでは、これに、「超過利潤に両得なし」と名前をつけます。
これは、筆者の好まないヒストリアンの経験則ですが、今のところ、これを否定するエビデンスは少ないです。
「超過利潤に両得なし」の例をあげてみます。
(1)バブル対策
1990年代にバブルがはじけて、土地を担保にしていた銀行は大きな負債を抱えます。
それまで、日本の銀行は、護送船団方式と呼ばれる財務省の天下りを受け入れ、財務省の指示で経営する方針でした。1989年(平成元年)の世界の企業の時価総額ランキングは次のようになっています。
表1 1989年(平成元年)の世界時価総額ランキング
1:NTT
2:日本興業銀行
3:住友銀行
4:富士銀行
5:第一勧業銀行
6:IBM
7:三菱銀行
8:エクソン
9:東京電力
10:ロイヤルダッチシェル
ベスト10には、銀行が、5行入っていますが、1989年は、バブルがはじける前ですから、時価総額の多くの部分は、土地が担保でした。
ヒストリアンは、この表を見て日本経済が強かった時代があると判断しますが、この時価総額は、土地バブルの超過利潤が含まれていて、それは、直後に爆発しますので、「日本経済が強かった」と単純に考えることはできません。バブルがはじけて、この超過利潤は、銀行の負債に転嫁します。そのまま放置すれば、銀行は倒産します。この時に、財務省、あるいは、政府のとった対策は次の通りです。
(a)資金の投入(無利子の貸付か、贈与と思います)
(b)預金の低金利政策(預金金利を低く抑えることで、本来は預金者に払うべき利子を負債の返済に当てる)
この2つのルートを通じて、実質的に投入された金額は、正確には分析されていないようです。この2つのルートを通じて、投入された金額は、銀行の経営努力によって得られたものではないので、超過利潤です。
バブルの負債の償還は、小泉・竹中改革までかかっていますので、15年くらいかかっています。
小泉・竹中改革が完了した2005年には、(a)はありませんが、(b)は、2022年の現在も続いています。
アメリカのリーマンショックも不動産バブルでした。アメリカ政府も、リーマン以外の金融機関を破綻させないために、膨大な貸付を行いますが、それらは、およそ3年で、清算されています。つまり、超過利潤による金融機関の救済が、市場経済に与える影響を最小限にする努力が払われています。
日本経済は、30年間の停滞に入っていますが、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、いまだに、預金金利を低いままにして、超過利潤を温存すれば、イノベーションがとまり、経済停滞するのは当然と思われます。それは、2020年現在の日本の主要銀行の世界時価総額ランキングに現れています。
ポイントは、1989年と2020年現在の日本の主要銀行の世界時価総額ランキングの変化というエビデンスを何で説明するかというエビデンスベースの思考法です。
(2)法人税の減税
安倍政権下で法人税の減税が行われました。
法人税の減税の理論は、日本の企業の法人税が高いと、技術開発投資が減って、国際競争力が保てなくなる、あるいは、企業の海外移転がとまらないというものであったと思います。
後者については、円安で、工場が回帰していますので、円ドルレートにくらべれば、法人税の影響は、無視できるほど小さいことがわかります。
前者については、法人税の減税によって得られた利益は、超過利潤ですから、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、新規投資やイノベーションは起こらないことになります。
実際に企業は、内部留保を増やしただけです。これは、「超過利潤に両得なし」の法則からすれば、予想通りの結果にすぎません。
(3)その他
例をあげるとキリがないので、キーワードだけあげておきます。
ふるさと減税、GoToイートなどの超過利潤を生み出す政策は、新規投資やイノベーションを阻害して、市場経済を破壊してしまいます。
3)技術進歩と超過利潤
技術進歩によっても超過利潤が生じます。
3−1)建設積算の例
公共事業の建設工事は、積算単価に基づいて、費用が算出されます。
そこには、技術進歩によるコストダウンがあります。
ブロックの例で説明します。
レンガを積む場合には、レンガとレンガの間に漆喰のような接着剤を並べる必要があります。ピースが小さければ、手間は多くなり、ピースが大きければ、手間は少なくなります。
このためレンガより、ピースの大きなブロックの方が面積あたりの工事単価は安くなります。
最近では、ブロックを3つ繋いだ連結ブロックを使います。
この場合は、面積当たりの工事費はブロックの3分の1になります。
工事積算が、こうした技術進歩を反映していないと、そこには、超過利潤が生じます。
レンガの積算で工事費を受け取って、実際には、連結ブロックを使えば、超過利潤が生じます。
これを避けるために、積算単価は、見直しがなされます。
技術進歩があれば、超過利潤が生じますが、それは、見直しがなされるまでの間であって、見直しによって、超過利潤はなくなります。
ここでのポイントは、積算単価が、技術進歩を反映したものになると、従来のレンガ積み工法を採用していた企業は赤字になるため、イノベーションをするか、退出するかの選択を迫られることです。
これは、「超過利潤に両得なし」の法則の補助定理と考えられます。
超過利潤の補助定理:「技術進歩で超過利潤がマイナスになれば、イノベーションが必ず起こります」
マイナスの超過利潤は経済学にはない概念ですが、導入すると説明が簡単になります。
3−2)特許の例
アメリカの特許法は、最初は期限のないものでした。この方式では、独占的な利益が継続して、技術開発の障害になりました。現在の特許法は期限付きです。
これは、期限を過ぎた特許による利潤は、超過利潤であって認めないという解釈に対応しています。
3-3)DXの例
少し前までは、事務処理は、手書きの書類を封筒で郵送するしか方法がありませんでした。
現在は、ネットワークを使えば、劇的なコストダウンが可能です。
ネットワークが利用可能な時代に、書きの書類を封筒で郵送することは、技術進歩に対する超過利潤を得ていることになります。
ここで、超過利潤の補助定理を使えば、DXを進めるためには、超過利潤を回収して、事務経費を圧縮すればよいことになります。
これは、DXが遅れている企業は、技術進歩に対する超過利潤を不当に受け取り続けていることに対応します。
この場合、超過利潤を回収することで、健全な市場経済を実現できます。
そのためには、DXが遅れている企業には、超過利潤を回収するために課税をすればよいことになります。
超過利潤の補助定理が正しければ、これが、合理的で、効果のある政策であり、現在のDXのための補助金をばら撒く政策は、超過利潤を増幅させ、市場経済を破壊し、イノベーションを阻止する政策になります。
「超過利潤に両得なし」の法則からみれば、マイナンバーカードが普及しない理由も説明できます。
3-4)ファーウェイ
2019年12月のウォール・ストリート・ジャーナル紙の推計は以下です。
<==
2008年から 2018年の間に、中国政府は最大750億ドルの補助金、信用枠、減税などの資金援助をファーウェイに提供しました。その結果同社は、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています。
支援の最大の部分である約460億ドル(*1)は、州の貸し手からの融資、与信枠、およびその他の支援によるものです。同社は、2008年から 2018年の間に、テクノロジー セクターを促進する州のインセンティブにより、250億ドルもの税金を節約しました。他の支援の中でも、16 億ドル(*2)の助成金と20億ドルの土地割引を享受しました。
*1 中国の政策銀行からの信用供与:306億ドル、中国政府の融資、輸出信用、その他の金融形態:157億ドル
*2 ファーウェイへの政府補助金が平均1億5000万ドル(0.7から2.4億ドル)/年、合計16億ドル、1998年から2018年までの期間、 無条件および研究条件付きの助成金を含む
==>
つまり、日本の法人税減税は、日本の通信機器企業の新規投資を呼び起こさなかった一方で、中国のファーウェイは、補助金と減税によって、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています。
この補助金は、WTOに抵触する可能性があります。
しかし、それはさておいて、日本の法人税減税は、内部留保を増やしただけで、投資をしなかったことに比べれば、中国の産業育成政策は、大きな成功を得ています。
中国では、「超過利潤に両得なし」の法則がなりたたないのでしょうか。
十分なデータがありませんが、現時点では次の違いがあったと推測しています。
(1)減税は、投資が始まった後で開始された。
(2)政府補助金のように毎年投入される資金は、途中経過をチェックして、フィードバックをしている。
(3)政府の意向に反して、投資しない場合には、罰則がある。
3-5)天下り
天下りの課題も、超過利潤で説明できます。天下りで受け入れる人件費分を、受注額に上乗せするのは超過利潤になります。その分、受注額が余分にかかる税金の無駄遣いが生じます。
無駄遣いをしておいて、財政赤字が増え、年金にあてる税金が不足するので、増税したいと言われても、有権者は納得できないことになります。
この問題は、ジョブ型雇用で、ポストに給与が関連づけられなくなれば、解消されます。
天下りしても実質働いている場合には、受注額に人件費を上乗せする必要はなく、超過利潤はなくなります。
この場合には、天下りと転職の違いはなくなります。
そこまで、禁止すべきではありません。
超過利潤に注目すれば、この違いを整理できます。
4)まとめ
筆者は、提案がすべて正しいという気持ちはありません。
ここでは、政府の政策決定の手順を検討しているのであって、内容を検討している訳ではありません。
筆者の主張は、もっと、データサイエンスを使うべきだ、エビデンスに基づく、プロトコルと効果の検証と政策の修正のフィードバックループを構成すべきだという点にあります。
検討の内容は、プロセス(アーキテクチャ)を説明するサンプルだと、理解してください。
この本は、データサイエンスのメガネでみえる世界の説明です。
デジタル社会へのレジームシフトには、イノベーション、それも、不連続なイノベーションが必要です。
それには、超過利潤の解消問題は避けて通れないと思います。
(18)超過利潤と個人の所得
(超過利潤は、個人の所得にも拡張可能です)
1)個人の所得への拡張
超過利潤は、企業の経済活動にかかわる概念ですが、考え方は個人の所得にも当てはめることができます。
贈収賄は、働かないで得た利益ですから超過利潤の一種と見なすことができます。
2005年11月17日に国土交通省が千葉県にある建築設計事務所の姉歯秀次一級建築士の構造計算書を、偽造していたことを公表したこと姉歯事件は、文書の偽造ですが、その背景には、建築士の名貸しがあります。名貸しとは資格をもっていない人が設計した図面を、資格を持っている人が名前を貸して設計したことにして、手数料を受け取る方法です。
姉歯事件では、強度不足の設計があったので問題になりましたが、チームで設計している場合には、手数料が表面化しない(給与の一部になっている)ので、名貸しの線引きは難しくなります。
医療の場合にも、治療は医師と看護師がチームで行います。医師が不在で、看護師が、医師を装って、治療した場合には、違法で摘発されます。
一方、チームに医師がいる場合には、摘発されることはありませんが、業務の分担には、グレーゾーンが生じます。看護師が行った治療を医師が行ったとして、医療費請求すれば、違法で、超過利潤が生じます。違法行為を行っている医師は少ないと思いますが、システムとしては、違法行為を排除できないグレーゾーンがあります。
これらの問題では、厳密な線引きは不可能です。また、摘発によって排除できる超過利潤も、限定されます。
なので、超過利潤は、不正行為であるというモラルを徹底することが望ましい対策になります。
2022年現在、遠隔医療の治療報酬は、対面医療より、安く設定されています。
これは、技術進歩に対する超過利潤を温存するので、好ましくありません。
技術進歩に対する超過利潤の考え方で言えば、次になります。
(1)新遠隔医療の治療報酬は、旧対面医療の治療報酬と同じにする。
(2)新対面医療の治療報酬は、旧対面医療の治療報酬を技術進歩分だけ引き下げる。
(3)つまり、「新遠隔医療の治療報酬>新対面医療の治療報酬」にすべきです。
こうすれば、遠隔医療が拡大し、移動に伴うCO2が減り、医療費も節約できます。
アップルウォッチなどの健康端末が普及していますので、今後の技術進歩に伴う超過利潤の解消問題は、問題が発生する前に、事前に検討すべきです。
技術進歩に伴う医療費の単価の改訂にビジョン(ロードマップ)があれば、医師も、中期的な対応が可能になります。
2)年金問題
財政が悪化していて、中期的には年金支給額が減少する傾向にあります。
2022年11月現在では、増税の議論が出ています。
現在の年金制度は、世代間の所得移転システムになっていて、年功型賃金で給与の少ない若年層がさらに負担する構造になっています。
このような場合には、従来のように、政治的な力関係で、税率を弄り回すことは混乱のもとになります。
現在の高齢者が、受け取っている年金額を、現在の若年層が高齢者になった場合には、受け取れなくなり、減額される可能性が高いです。
これは社会的公正(平等性)を欠いています。公平な年金額の議論が、年金額や税率の改訂の前に行われるべきです。
現在の若年層が高齢者になった場合には、受け取れる年金金額を基準にすれば、現在の高齢者は、超過利潤を得ている可能性があります。
なお、この超過利潤の計算は、将来の経済成長の前提で大きく変わります。
今後、労働生産性が上がり続ければ、想定される超過利潤はなくなるはずです。
3)年功型賃金
年功型賃金は、技術進歩がない前提で成立する賃金制度で、デジタル社会では、破綻します。既に、その兆候はみえています。
若年層が技術進歩に対応し、高齢者が技術進歩に対応できないと仮定します。
この場合、両者に同じ賃金を支払うと、技術進歩に対する超過利潤を温存して、技術進歩を止めてしまいます。
超過利潤から考えれば、技術進歩に対応した若年層の賃金を、技術進歩に対応できない高齢者よりあげる必要があります。
これは、欧米のジョブ型雇用で起こっている実態です。
技術進歩に対応できない高齢者と中年層は賃金が減っては困りますので、リスキリングをしているわけです。
日本は、年功型賃金になっていますので、技術進歩に対する超過利潤を温存しているだけでなく、加齢に伴う超過利潤を加算しています。
この状態では、リスキリングの効果が出ないことは明白です。
高齢者は、若年時には、安い給与だったので、高齢になってからその分を受け取るべきかもしれません。しかし、技術進歩がなく、企業が永遠に存続するという前提でなければ、受け取り分の推定はできません。これはかなり無理な仮定です。
高齢者には、歴史的な経緯を考慮して、超過利潤を残す必要があるかも知れません。
その場合でも、給与の超過利潤分がわかるように、明細を作るべきだと考えます。
5)まとめ
年功型賃金が成功したようにみえた時代には、次の条件がありました。
(1)人口が増加した。
(2)大量画一生産の工業社会だった(レジームの固定)。
(3)中国などの競争ポテンシャルのある国が鎖国していた。
(4)基本的な技術は輸入して、国内では主に部分改良をすればよかった。
(5)市場経済と多様性が経済発展にマイナスに働いた。
現在は、デジタル社会へのレジームシフトが進行中です。
生態学は、レジームシフトがおこるとメジャーな種が入れ替わります。
どの種がメジャーになるかは、事前に予測はできないので、多様性を確保しないと、レジームシフトに失敗して絶滅してしまいます。
また、資本主義では、どの種が生き残るかは、市場が決めます。
健全な市場がなければ、レジームシフトに失敗して絶滅してしまいます。
個人の所得に対して、超過利潤の考え方を適用して、健全な市場を作るべきです。
(19)超過利潤と目的税・補助金
(目的税と補助金は、制御可能なシステムとして設計すべきです)
1)日本の法人税減税とファーウェイ
既に書きましたように、2019年12月のウォール・ストリート・ジャーナル紙は以下の推計をしています。
「2008年から 2018年の間に、中国政府は最大750億ドルの補助金、信用枠、減税などの資金援助をファーウェイに提供しました。その結果同社は、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています」
同じ時期に、日本の安倍政権は、3度にわたり、法人税減税をしていますが、減税分は投資に回らずに、内部留保が増えています。
つまり、日本の法人税減税は、日本の通信機器企業の新規投資を呼び起こさなかった一方で、中国のファーウェイは、補助金と減税によって、ライバルより30%安い価格を武器に世界最大の通信機器企業にのし上がっています。
ファーウェイの売り上げが増えれば、日本企業の売り上げが減る可能性があります。
実際に、2008年から、最近のスマホの世界シェアは以下の通りです。
<==
2008年の全世界の携帯端末出荷台数
1 ノキア フィンランド 38.6%
2 サムスン 韓国 16.2%
3 LG 韓国 8.3%
4 ソニー・エリクソン (日、ス) 8.0%
5 モトローラ アメリカ 8.3%
6 リサーチ・イン・モーション カナダ 1.9%
7 京セラ 日本 1.4%
8 Apple iPhone アメリカ 1.1%
9 HTC 台湾 1.1%
10 シャープ 日本 1.0%
- その他 - 14.1%
2013年の世界スマホ出荷
1 サムスン 韓国 31.3%
2 Apple iPhone アメリカ 15.1%
3 ファーウェイ 中国 4.9%
4 LG 韓国 4.8%
5 レノボ 中国 4.5%
2018年の世界スマホ出荷
1 サムスン 韓国 20.80%
2 Apple iPhone アメリカ 14.9%
4 ファーウェイ 中国 14.7%
3 シャオミ 中国 8.7%
3 DPPO 中国 8.1%
2022年5月の世界スマホ出荷
1 サムスン 韓国 28.0%
2 Apple iPhone アメリカ 27.6%
3 シャオミ 中国 13%
4 ファーウェイ 中国 7%
==>
ウォール・ストリート・ジャーナル紙が分析した2018年頃に比べると、最近のファーウェイのシェアは落ちていますが、2008年にはランクに入っていませんでしたので、中国のファーウェイの振興政策は成功したと言えます。
日本の法人税減税は、日本の電機メーカーが、世界のスマホ市場でシェアを広げる効果は全くなかったことがわかります。
2)色のつかない課税
税制の基本は、色のつかない税であると言われます。
この反対は、目的税です。税毎に使用目的が決められてしまうと、政府には、予算の調整権がなくなってしまうので、目的税を避けるべきであるといいます。
今まで、政府は、消費税の増税の度に、年金・医療などの社会保障の安定財源に使うと説明してきました。
消費税を増税する一方で、法人税の減税を3回繰り返してきました。
そこで、消費税の増税分は、法人税に転用されたのではないかという議論が出てきます。
これに対する反論は、社会保障費の増大分は、消費税の増税分を超えているので、消費税が、社会保障以外には使われていないという説明です。
しかし、この説明は、全ての税は、目的税であるという前提を受け入れないと成り立ちません。
法人税が減税されなければ、税収が減らなかった分は、赤字財政の補填に使われ、長期的には、社会保障の安定財源に寄与します。
企業が内部留保を増やせば、経済(お金)は回らなくなるので、経済成長が、落ち込みます。
2022年11月には、防衛費を捻出するために、法人税を増税する案が出てきています。その検討は、有識者会議が行うようですが、3回の法人税の減税が、投資を誘導しなかったわけですから、エビデンスからみれば、有識者会議には、次の2つの疑惑があります。
(1)有識者会議は政策立案能力が(少なくとも中国と比べて)不足している
(2)有識者会議が利害関係者会議になっている
これは、有識者会議のメンバーを批判しているのではありません。
エビデンスに基づけば、有識者会議というシステムに問題があるので、パーツを交換すべきだというだけです。
筆者は、中国のファーウェイ補助金システムは、李克強グループが作成したと推定しています。
日本の「政府+有識者」グループは、経済政策で、李克強グループの後塵を拝したことになります。
最近、テスラの自動運転自動車が中国で事故を起こしました。
自動車のトラブルがあれば、部品を入れ替えます。現在の部品の性能が十分でなければ、改善した部品に入れ替えます。
こうしたメンテナンスをしない自動車は、恐ろしくて、誰も乗らないでしょう。
日本経済は30年間故障し続けています。事故は多発して、労働生産性はあがらず、税金はあがり、年金は減額しています。
日本経済は、30年間悪い所を取り替えず、変わらない日本を続けてきました。
李克強グループに対して、競争優位になるためには、何が必要かという検討や議論は封印されています。
日本経済という自動車は半ば壊れたまま走り続けています。
この先何が起こるかは、火を見るよりも明らかです。
3)法人税と補助金
現状では、色のつかない税が組める可能性は低いです。予算編成も前年をベースに修正するだけですから、付いている色は、ほんの少ししか変わりません。
そうなると目的税を如何に合理的に組み立てるかを考えるべきです。
2008年から 2018年の間に、中国政府は最大750億ドルの補助金、信用枠、減税などの資金援助をファーウェイに提供しました。
このことから、「減税、補助金、信用枠」は連動して、企業経営に影響を与えることがわかります。
例えば、政府は、台湾積体電路製造(TSMC)とソニーの子会社が熊本県で建設する工場に最大4760億円の補助を、半導体大手キオクシア(旧東芝メモリ)などによる国内半導体工場の建設に最大929億円の補助金を出しています。
補助金と現在は、企業経営上は、どちらも超過利潤になります。
「超過利潤に両得なし」の法則が成り立てば、イノベーションは起こらないことになります。実際に、TSMCの工場は、1世代前の規格のICを製造するもので、イノベーションにはならないことが、最初からわかっています。
現状では、減税した金額が、投資に使われず、内部留保になっているケースが多いことがわかっています。
その点では、補助金の方がまだましと思われます。
中国では、「減税、補助金、信用枠」を連動して、効果を上げるように設計されています。
ということは、減税や補助金を単独で検討することは不合理です。
補助金よりも、信用枠や低利の貸付の方が、超過利潤の弊害を産みにくいと思われます。
低金利政策は長く、続けられていますので、今更、信用枠や低利の貸付は不要です。
企業の内部留保が増えると、それを吐き出せという議論や、内部留保は目的あって積んでいるので、余剰金ではないという反論が出たりします。
これは、どちらも典型的なバイナリ-バイアスです。
ここで問題になっているのは、3回の減税によって増えた内部留保(超過利潤)です。
この部分が、投資に回らなければ、減税は当初計画した効果をあげていないことになります。
減税時の時と話が違う訳ですから、3回の減税によって増えた内部留保(超過利潤)は吐き出せという論理が成り立ちます。
しかし、フィードバック・システムの基本的な考え方は、目的量が目的値に近づかなければ、制御量を変化させるだけです。
このシステムは、制御系の安定性の条件を求める難しさはありますが、概ね有効に機能します。
目的税はフィードバック・システムであるべきです。
法人税減税をフィードバック・システムにあてはめれば、目的量は「減税によって増えた内部留保による新規投資」で、制御量は税率になります。
簡単な制御システムは次のようなものです。
(1)ステップ1:減税によって内部留保を増やします
(2)ステップ2:投資されない「減税によって増えた内部留保」に課税することで、投資を促します。
つまり、最初から、2つのステップを税制に組み込んでおけば問題は起こらなかったはずです。
これは、大学の学部レベルの制御工学なら、数式が出てくる部分の前、最初の方で扱う内容です。
日経新聞は、TSMCの補助金についても、「政府、補助金最大4760億円、国内産業へ効果 検証必要」と書いています。
自動車で言えば、フィードバックシステムが機能していない自動車は、暴走状態です。自動車を作る時に、とりあえず走らせておいて、ブレーキは走りながら製作する企業はありません。
政府の補助金政策と法人税の減税政策は、自動車を先に走らせておいて、ブレーキを後で作る方法です。
これで経済が制御できるとはとても思えません。
筆者は、減税や補助金をやめろといっている訳ではありません。
現在の減税や補助金システムの作り方があまりに稚拙で、それが、日本経済の停滞を生み出している可能性を指摘したいのです。
引用文献
携帯端末(携帯電話・スマートフォン)世界シェア2008年 - ノキア、サムスン(韓国)、シャープ(日本)2009/02/10 MEMORVA
https://memorva.jp/ranking/sales/mobile_share_2008.php
2013年の世界スマホ出荷、10億台突破!アップルは輝きを取り戻せるか?2014/01/09 iPhonemedia
https://iphone-mania.jp/news-19511/
2018年の全世界スマホ出荷台数シェア、2位のアップルにファーウェイが肉薄 2019/01/31 BCN+R
https://www.bcnretail.com/market/detail/20190131_103280.html
世界40カ国、主要OS・機種シェア状況 【2022年5月】
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000093.000034654.html
TSMC熊本工場を認定 政府、補助金最大4760億円、国内産業へ効果 検証必要2022/06/18 日経新聞
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61834950X10C22A6EA5000/
(20)問い(とい)を発すること
(適切な問いを発することが、問題解決の近道です)
1)アベノミクスと法人税減税
以前、筆者は、次のように指摘しました。
「ウォール・ストリート・ジャーナル紙が分析した2018年頃に比べると、最近のファーウェイのシェアは落ちていますが、2008年にはランクに入っていませんでしたので、中国のファーウェイの振興政策は成功したと言えます。
日本の法人税減税は、日本の電機メーカーが、世界のスマホ市場でシェアを広げる効果は全くなかったことがわかります」
2022年11月13日の東洋経済で、野口 悠紀雄氏は、「2004年から2021年の間の鉱物性燃料を除く貿易収支は、2065億ドルの黒字から、1309億ドルの黒字へと、756億ドル縮小していている。電気機械の黒字の減少は、756億ドルのうち、64%を占めている」と指摘しています。
日本の法人税減税は、電気機械の国際競争力の改善には結びつかず、アベノミクスは失敗したことがわかります。
アベノミクスの間に、雇用者数が、増えたので、アベノミクスは成功であったという論客もいます。しかし、非正規労働者の増加で、平均賃金は下がっています。
経済統計の中では、GDP、1人あたリGDPに比べれば、雇用者数は経済の実態を表わす指標としては、代表性の低い指標です。1人あたリGDPの変化を無視して、雇用者数の増加をもって、アベノミクスが効果があったというのは、詭弁で、フェイク情報です。
トランプ前大統領の発言には、フェイクが多いことが知られています。
しかし、日本のマスコミは、フェイク情報を垂れ流しにして、フェイク情報が蔓延しています。
筆者は、フェイク情報には、注釈をつけるべきだと思いますが、そのような事例は稀です。
2)問いの重要性
経済政策は、国会でも議論されますが、科学的な議論ではなく、時間のむだ使いと思われます。
前述のように、アベノミクスは雇用を拡大させ、株価を上昇させて、成功だったという論客がいます。
こうした論客は、アベノミクスの間に、賃金(1人当たりGDP)が増えなかったこと、技術進歩がなく、論文数のランキング、企業の国際競争力が低下したことは論じません。
こうした問題点を一つずつあげて反論することは可能ですが、手間と時間がかかります。
論客は、自説は反論可能であるが、それには、手間と時間がかかるので、完全に論破されることはないだろうと想定して発言している可能性があります。
そこで、次の問い(とい)Qを考えてみます。
Q:「アベノミクスが成功であったのであれば、次の10年も、アベノミクスを継続しますか?」
これに対する答えは次の2つのいずれかです。
A1:「アベノミクスは成功であったので、次の10年も、アベノミクスを継続します」
A2:「アベノミクスは失敗であったので、次の10年ば、プランBを行います」
読者の答えは、どちらでしょうか。
安倍政権と、菅政権は、A1だったと思われます。
岸田政権は、当初、新しい資本主義といっていましたので、A2のように見えます。
しかし、プランBが何かは不明で、迷走を繰り返しています。
迷走を繰り返せば、アベノミクス賛成派とアベノミクス反対派のどちらからも支持を受けなくなりますので、内閣の支持率は下がります。
野党は、アベノミクスに反対ですから、答えはA2のはずですが、与党を非難するだけで、プランBを提示していません。それでは、A2を想定している有権者の支持を得ることはできません。
官僚の無謬主義は、上を例にすれば次のC1の形式をとります。
C1:「プランA(政策A)は成功であったので、次の10年も、プランAを継続します」
C2:「プランAは失敗であったので、次の10年は、プランBを行います」
C1を採択すれば、変わらない日本が出来上がります。
デジタル社会へのレジームシフトを前提に考えれば、ほぼすべての政策は、時間の問題で、C2のパターンになります。
つまり、C1を続ければ、先進国から、開発途上国に逆戻りします。
ヒストリアンの大好きなC1は、環境が変化しない場合にしか成立しません。
環境は急変していますから、C1は破綻します。
3)まとめ
上司ににらまれないように、無謬主義を続ければ、誰も、プランBを検討しなくなります。
岸田氏は、政権をとってから、プランBを考えればよいと考えていたフシがありますが、プランBを考えることは容易ではありません。場合によっては、不足しているデータを集めるための時間が必要になります。
2022年11月17日の日経新聞(26面)に、ロシアでの継続事業の割合が出ています。
世界全体40%、米国20%、英国30%、日本50%になっています。
COP27に関連して、木村正人氏は、新気候研究所のニコラス・ホーナー教授の「日本は国民1人当たりの排出量は多く、削減計画がテーブルの上にあるのは良いことだが、明確な実施政策を欠いている。日本は段階的に石炭を廃止しなければならないが、そのための計画がない」という発言を紹介しています。
ロシアの継続事業も、二酸化炭素の削減でも、日本の問題は、課題の内容に対する対応ではなく、プランBをつくる能力がないことが大きな原因と思われます。
Q:「アベノミクスが成功であったのであれば、次の10年も、アベノミクスを継続しますか?」という問いは、アンケート調査で、聞くことも可能です。
適切な問いをたてて、無謬主義を捨てて、プランBの検討を始めることが急務と思われます。
なお、プランBの検討は、正解が、A1かA2かに関係ありません。一般に、正解が出るまでには時間がかかります。その前に、プランBを検討しておくことが原則です。
ロシアの継続事業については、シェルやAppleは開戦後1週間以内に対応を決めています。
これは、予めプランBを検討していたことを示しています。
引用文献
日本人は今の貿易赤字がいかに深刻かを知らない 2022/11/13 東洋経済 野口 悠紀雄
https://toyokeizai.net/articles/-/629864
環境対策で中国に並ぶ「悪役」だったインド、なぜ一躍ヒーローに? 日本とここが違う 2022/11/19 Newsweek 木村正人
(21)レジームシフトと評価の課題
(レジームシフトを進めるには、評価が出来る必要があります)
1)レジームシフトモデル
デジタル社会化インデックスは、DXを考えるときに、企業が経営方針の決定に依存する科学パラダイムには、経験科学とデータサイエンスの2つがあり、その比率で、企業のデジタル社会への移行度と将来性を評価するというアイデアでした。
このインデックスは、科学パラダイムを基準に考えています。
つまり、経営方針を決める主体である経営陣や、年功型、ジョブ型といった企業組織と科学パラダイムは独立していると考えています。
言い換えれば、同じ企業組織の中に、年功型組織とジョブ型組織が混在する、あるいは人に着目すれば、年功型ルールで働いている人とジョブ型ルールで働いている人が混在する前提のインデックスです。
欧米の企業や、アメリカの公務員のように、雇用が全てジョブ型で、幹部が回転ドアのように、組織を渡り歩く場合には、出世競争のための社内政治が企業経営に影響力を持つことはありません。
しかし、日本の年功型組織では、回転ドアによって幹部が組織外からパラシュートで降り立つことはないので、組織内の政治グループのどこに属しているかで、出世が決まってしまいます。
その典型は、自民党の派閥に見ることができます。
ヒストリアンの政治の専門家は、これが、日本の政治ルールであり、自分が政治ルールを誰よりも熟知している専門家であると言います。
テレビや新聞に出てくる専門家とはこうした人たちです。
しかし、派閥政治の年功型組織ルールは、科学法則ではないのでルールの変更は可能です。
台湾では、政治経験のないオードリー・タン氏が、大臣を務めています。
日本では、新しい閣僚が決まると経歴が紹介され、そこには、過去に経験したポストが書かれています。過去のポスト経験と閣僚の能力には関係がありません。過去についていたポストで、悪い業績しかあげられなかった人はいくらでもいます。国際比較では、過去30年の間、日本の企業組織の世界ランキングは下がり続けていますから、大企業の幹部であったという経歴は、実体としては、国際的な優良企業の平均以下の業績しか上げられなかったことを示している確率が高いと言えます。
学問の世界では、東京大学の教授は権威があるのかも知れません。しかし、世界の大学のランキングで、東京大学のランキングは、毎年低下しています。
2022年11月8日に英国の大学評価機関クアクアレリ・シモンズ(QS)が発表した2023年版「アジア大学ランキング」では、東京大学は11位で、中国、香港、シンガポールの大学に抜かれているだけではなく、韓国のKAIST (韓国科学技術院)とマレーシアのマラヤ大学 (UM) にも抜かれています。
前年と比べると日本の全大学のうち、83%の順位が下がり、 7% が改善、10%が現状維持です。
一方、ベトナム は、大学全体の55%が順位を上げ、アジアで最も改善が見られています。
10校以上ランクインしている国の中で、マレーシアはトップクラスの教育機関が最も集中しており、全体の22%が上位100位内に、17%が上位50位内にいます。
日本の人口は、韓国の2倍、マレーシアの3倍あります。中国は、日本より人口が多いですが、シンガポールと香港の人口は日本より少ないです。
こう考えると、東京大学の教授の実力は、国際的にはあまり高くありません。
つまり、東京大学というラベルをはずして、教授の実力を判断することが必要です。
すくなくとも、大学ランキングはそうした試みの一つです。
2)評価の課題
政治経験がなかったオードリー・タン氏は、大臣になり、業績を上げています。つまり、優秀な閣僚になるためには、政治経験が必要ではありません。
むしろ、価値のない政治経験(経歴)を持っている人を排除して、オードリー・タン氏のような政治経験はないが実力のある人を任用しないと国が潰れてしまいます。
年功型組織で、オードリー・タン氏のような経験はないが実力のある人を任用すると、その結果、順番待ちで大臣になり損ねた人がでます。この人は、経験はないが実力のある人の任用に反対します。自分が大臣になると言います。
つまり、年功型組織ルールに基づく派閥政治のルールの切り替えには反対する人がでます。
だから、経験則は正しいという解釈もできますが、生態学では、この現象は、現状環境維持のレジリエンスと解釈します。
デジタル社会になるとレジームシフトが起こります。工業社会に適合していた人は、失業して、居場所がなくなります。
生態学のレジームシフトを取り上げるのは、比喩(アナロジー)ではありません。
10年くらい前から起こった現在の生態学は、自然生態系と人間社会生態系の2つをセットで考えます。
自然保護を行い、温暖化ガスの排出を減らすことは生態学の課題の一つです。経済社会が、こうした努力をすすめられないのであれば、それは、人間社会生態系の課題であって、人間社会生態系も改善しないと問題解決はできないと考えます。
生物の生息地を保全することと、人間社会生態系を改善することは、どちらも生態学の課題であるとみなします。
口が悪い人の言い方では、生態学では、人間社会生態系も猿山のサルとおなじレベルでモデル化して、グループ活動のルールをかえないと、自然生態系の劣化はとまらないと考えます。
どのようにルールをつくると自然生態系の劣化が止まるかは、生態学の課題です。
さて、話をオードリー・タン氏の事例に戻します。オードリー・タン氏は、閣僚になるまで、政治経験は、ありませんでしたが、優秀な方です。
どうして、台湾の総統は、オードリー・タン氏が優秀だとわかったのでしょうか。
ここで、注意したい点は、優秀というのは、ITエンジニアとして優秀ということではなく、閣僚(大臣)として優秀であることを指していることです。
オードリー・タン氏は閣僚になる前には、政治経験がありませんでした。
しかし、蔡英文氏は、オードリー・タン氏は、政治家としても優秀であると判断して、閣僚に抜擢しています。
「ジョブ型組織への移行の課題」で、大前研一氏の「日本では、ジョブ型雇用が成功しない原因は、評価ができていないためである」という見解を紹介しました。
この場合の評価とは、仕事をやった結果の評価です。
大臣であれば、大臣を数か月以上勤めたあとの評価です。
しかし、蔡英文氏は、オードリー・タン氏が大臣になる前に、オードリー・タン氏が政治家としても優秀であると判断しています。これは政治家としての能力評価です。
この評価は、大前研一氏のジョブ型雇用におけるジョブを実施した後の出来高評価とは違う能力評価です。
オードリー・タン氏のような若く優秀な人を、組織の重要なポストにつけるには、実力を反映していない経験による評価を捨てて、能力評価が出来なければなりません。
それでは、どうしたら、能力評価ができるのでしょうか。
ジョブ型雇用で、新人を採用する場合を考えます。
ドイツのように、インターンで実績をあげないと、新規採用されない国もあります。
日本も、インターンを就職に活用することが解禁になりましたので、やっと、ドイツ並みの評価のスタート地点についています。
しかし、インターンの出来ない場合には、どうして能力を評価すべきでしょうか。
次に、この点を考えます。
引用文献
QS Asia University Rankings 2023
https://www.topuniversities.com/university-rankings/asia-university-rankings/2023
QS アジア大学ランキング2023発表 上毛新聞
https://www.jomo-news.co.jp/articles/-/200570
(22)能力評価と香港の高度人材獲得戦略
(高度人材に関する世界と日本の認識ギャップを説明します)
1)能力評価
能力評価の方法について書く計画ですが、ちょっと寄り道になりますが、認知バイアスを指摘することは重要なので、高度人材獲得戦略について考えてみます。
2)本国の施政方針演説
香港の高度人材獲得戦略をみると、人材評価に関する世界と日本の現状認識にはギャップが大きいです。
新しい香港政府トップのジョン・リー(李家超)行政長官は10月19日、就任後初の施政方針演説を行い、香港に世界中から優秀な人材を呼び込みたいと述べています。
香港では、頭脳流出が深刻化しています。この問題に対処するため、リーは年収250万香港ドル(318,475ドル、約4800万円)以上の人物や、世界トップ100の大学を卒業後に少なくとも3年の実務経験を持つ人を対象に2年間の新たなビザを支給すると発表しました。
リーは、他にも人工知能(AI)やフィンテック、新エネルギーなど戦略的に重要な産業で事業を行う中国本土や海外の企業を誘致するため、特別オフィスの開設や、優秀な人材を採用する専門チームの設置などの施策を発表しました。彼はまた、香港で事業を行う企業を誘致するため、300億香港ドルの投資ファンドを設立する方針も示しました。
シンガポールが月収 3 万 SGD(21,000ドル、年収252,000ドル、約3800万円)以上の人材にビザを発給することを発表しているための対抗措置ともいえます。
本国には投資推進局があり、2021年から、優秀人材入境計画(QMAS)をすすめています。
資料を添付しておきますが、日本政府が、人に投資するといっている内容と比較すれば、「日本政府の人に投資」は、グローバルスタンダードでは、スタート地点にも、達していないことがわかります。
香港政府は、少なくとも、次の形で、政策を提示しています。
問題=>問題解決のプロセス
また、現在の日本政府のように、矛盾した政策を同時に提示していることは少ないです。
人権と経済のバランスには、クレームをつける人がいるでしょう。
3)日本の現状
2022年11月12日のニュースで、葉梨康弘法相は「死刑のはんこを押す時だけがトップニュースの地味な役職」などと発言して更迭されています。
その少し前には、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)側との関係が問題視された山際大志郎氏が、10月24日に経済再生担当相を辞任しています。
経済問題は、マスコミの視野からは消えています。
「問題=>問題解決のプロセス」は完全にどこかにいってしまいました。
日本にも、外国人の在留資格の高度人材制度があります。
これは、複雑なポイント制になっています。
最低年収基準があり、高度専門・技術分野及び高度経営・管理分野においては、年収300万円以上であることが必要です。
なお、このポイントの計算は、年収と年齢のクロスの表になっています。
年収の上限は、1000万円です。
つまり、1000万円を超える年収の外国人は想定していないことがわかります。
年収1000万円は、シンガポールと香港の基準では、優秀人材に該当しません。
つまり、日本政府は、外国人の高度人材(優秀人材)を呼び込むつもりはないことがわかります。
年収1000万円は、シンガポールと香港の基準では、中程度の人材と思われます。
年収300万円では、中程度の人材にもならないと思われます。
ここのところの円安で外国人研修生(実体は労働者)の帰国が進んでいます。
年収レベルは、300万未満で、人材としてのスキルは期待していないと思われます。
筆者は、年収3000万円以上の外国人人材が日本にこない理由は、日本企業が、高度人材の能力評価ができないためと考えます。
外国人人材が初めて来日する場合には、日本国内では就業の経験がありませんので、日本国内の就業の経験によらない能力評価が必要です。
シンガポールと香港の企業は、高度人材の能力評価ができるので、年収3000万円以上をはらって外国の人材をスカウトします。
経団連は、この期に及んで、まだ、春闘のベースアップをするつもりです。
春闘のベースアップは、個人の能力評価をせずに、経験の多い高齢者に、高い給与を重点的に支払うシステムです。
このシステムを採用する限り、個人の能力評価は不要です。
日本の企業は、春闘のベースアップを続けた結果、個人の能力評価が全くできなくなっています。
現代の科学技術は高度化していますので、科学技術立国をめざすのであれば、能力を評価して、世界中から高度人材を呼び戻す必要があります。
最近の中国の科学技術レベルは、論文の評価では、米国に並んでいます。
中国は、そのために、過去10年以上、高給を払って、世界中に流出した高度人材を呼び戻しています。
「春闘のベースアップをする」ということは、高度人材の獲得競争には関心がない、科学技術には関心がないということです。
関心があるのは、既得利権の温存ということだと思われます。
オープンワークによる2023年の東京大学の卒業生の就職人気ランキングでは、ベスト20の3分の1は、ジョブ型雇用の外資系コンサルタントです。
第6位にNTTデータがはいっていますが、NTTデータは実質は、GAFA予備校化しています。
能力を評価できない無能な上司の元にいたら、努力は報われません。ジョブ型雇用の外資系コンサルタントに人気があるのは、このためと思われます。
高度人材の獲得競争には関心がなく、春闘のベースアップを当然のように繰り返している企業は、デジタル社会型の企業にはなれませんので、先行きは、みえています。
2022年11月11日に、若手・中堅職員の離職が相次ぐ厚生労働省は、独自に総合職(キャリア)相当の職員の中途採用に乗り出すと発表しています。これは、問題の先送りにすぎません。
年功型雇用は、既に破綻していて、日本の企業の多く、日本の官庁は、人材獲得競争にとり残されています。
中心となる課題は、「個人の能力評価を評価して能力に見合う給与を設定する」ことです。
日本以外では、ジョブ型雇用ですから、「個人の能力評価を評価して能力に見合う給与を設定する」はできて当たりまえです。
問題は、日本だけが、「個人の能力評価を評価して能力に見合う給与を設定する」ことができないことです。
資料 QMASの概要
<==
優秀人材入境計画(Quality Migrant Admission Scheme)
優秀人材入境計画(QMAS)は、香港に定住を希望する高度な技術や才能を持つ人材を対象とした制度です。QMASには産業部門・分野の制限はなく、入境前に就職先からの内定を得る必要もありません。QMASには、年齢、学歴、職歴等を点数化し評価する総合得点評価法(General Points Test)と、ノーベル賞受賞やオリンピックのメダル取得等のように活動してきた分野において国際的に認められた特筆すべき実績を点数化し評価する実績得点評価法(Achievement-based Points Test) の2種類の審査方法があります。
香港の優秀人材リスト(Talent List of Hong Kong)
同リストは、香港で需要のある、優先度の高い特定の職種に焦点を当てています。11 の職種が対象として定められており、廃棄物処理専門家、資産管理専門家、海上保険専門家、保険数理士、フィンテック専門家、データサイエンティストおよびサイバーセキュリティ専門家、技術革新・科学技術の専門家、造船技師、船舶技術者および船舶管理・監督者、クリエイティブ産業の専門家、紛争解決専門家および商事法務専門弁護士が該当します。優秀人材リストの要件を満たした場合、QMAS では、General Point Test で 30 ポイントが付加されます。
科学技術優秀人材入境計画(Technology Talent Admission Scheme (TechTAS))
同入境計画は、一定の条件を満たすテクノロジー企業が、香港で研究開発に従事する人材を香港域外から迅速に採用するための優遇施策です。対象企業は、まず割当枠を取得するための申請をする必要があります。創新科技署(ITC)から割当枠を取得後、対象企業はその枠に応じて、割当枠の有効期間である 12 か月以内に、研究開発人材の就労ビザ/入境許可を申請する際のスポンサーとなることができます。
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引用文献
香港が世界の優れた人材を歓迎 2021年7月 Invest HK
https://www.investhk.gov.hk/sites/default/files/IHK_Newsletter_Jul2021_Jp.pdf
中国・香港 ニュースフォーカス 2022/10/21 三菱 UFJ 銀行
https://www.bk.mufg.jp/report/chi200402/NF2022-12JP.pdf
香港行政長官が施政方針演説、海外人材確保と安全保障を重視 2022/10/19 ロイター
https://jp.reuters.com/article/hongkong-politics-idJPKBN2RE07J
人材流出に危機感の香港政府、「優遇プログラム」立ち上げへ 2022/10/28 Forbs Japan
https://forbesjapan.com/articles/detail/51445
外国人材の活躍推進 首相官邸
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/portal/foreign_talent/index.html
外国人の在留資格「高度人材」とは?複雑な「ポイント制」についてもわかりやすく解説!2022/08/23 みんなの採用部
https://www.neo-career.co.jp/humanresource/knowhow/b-contents-koudozinzai_190828/
「仕事が回らない」 厚労省が「キャリア官僚」募集 若手らの離職で 2022/11/11 朝日新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/dd0484c177dbe073d047f0ba80ad2a4f99b4068f
(23)能力評価とケースメソッド
(データサイエンスへのレジームシフトは、能力の定義と計測法を変えました)
1)データサイエンス時代の能力評価
以下の仮説は、筆者のオリジナルです。
文献検索は行っていませんが、日本人の認知バイアスから考えて、日本語で、この問題を過去に指摘した人はいないと考えています。
2)スポーツ選手の能力評価
まず、能力評価のシステムをスポーツ選手の例で考えます。
(1)記録型
陸上競技では、時間や距離で記録が計測され、順位がつけられます。
ビジネスの世界では、セールスマンの売り上げに連動した給与が、これに対応します。
(2)対戦型
格闘技と球技の多くは、対戦成績で順位がつけられます。
サッカーなどの集団で行う球技は、軍隊のチームプレーの練習のために、普及したとも言われていて、拡張された格闘技の側面があります。
対戦型では、野球、サッカー、ラグビーのように、対戦相手に合わせたチーム構成がとられることもあります。
企業であれば、競合企業との差別化戦略に相当すると思われます。
集団競技での個人評価もなされていて、野球やサッカーでは、個人単位で、巨額の金額が動いています。
(3)ポイント型
5種競技、体操、フィギュアスケートなどは、ポイントを採点する競技です。歴代最高得点が得られれば、レコードにはなりますが、記録型競技ほどの客観性はありません。
3種類の能力評価でも明らかなことは、評価の対象は、実績であって経験ではない点です。
柔道の段位のように、ランクが下がらない規定では、経験を積むと、段位が増えますが、段位は実力は表わしません。
以上、まとめれば、タイプは分かれますが、実力を計測する方法があれば、経験に価値はないことがわかります。
3)ケースメソッドとケーススタディ
経営学の学習においては、かつては、ケーススタディが重視されていましたが、世界的にみれば、一流大学の教育は、ケースメソッドにシフトしています。
ケーススタディは教員が過去の事例を教材として準備して学ぶヒストリアンの学習手法です。
ケースメソッドの起源は、1920年代にハーバード大学のロー・スクール(HLS)で始まった判例研究授業にさかのぼります。ここでいう「ケース」とは、判例・事案・事象を指し、それを集めた物がケースブック (casebook) です。 しかし、この事例では、ケースメソッドとケーススタディの違いは明確ではありません。
故瀧本哲史氏の解釈では、ケースメソッドとは、学生が、検討したい案件を持ち込んで、検討する手法と言われます。故瀧本哲史氏は、ケースメソッドは、ヒストリーを学ぶケーススタディとは違う正解のない手法であると、2つを区別しています。
ヒストリーという正解のない手法で、複数の問題解決提案の間に、どのようにして優劣をつけるのでしょうか。
故瀧本哲史氏は、ディベートのプロでしたから、ディベートで決まると考えていたと思われます。
伊賀泰代氏は、マッキンゼーでの経験を元にした著書「採用基準(2012)」の中で、「将来のリーダーを採用するという戦略のために問題解決に不可欠なリーダーシップ」の有無が採用基準であるといいます。伊賀泰代氏は、「今日本に求められているのはリーダーシップ、リーダーがなすべきことは、目標を掲げる、先頭を走る、決める、伝えるの四つ。どの人にもリーダーシップは求められ、これはごく一部のカリスマが持てる力ではなく、誰もが訓練で鍛えられるもの」といいます。
言い換えれば、ジョブ型雇用では、社員全員が、CEOになったつもりで、問題の解決方法を考えるべきであるという主張です。
しかし、伊賀泰代氏の著書には、「複数の問題解決提案の間に、優劣をつける方法」は書かれていません。
「複数の問題解決提案の間に、優劣をつける方法」は、スポーツ選手の能力評価の例で考えれば、能力の採点基準に相当します。
経営学は、企業経営の上では、非常に重要な問題を扱っています。その点では、経営学という学問の重要性は誰もが認めるものです。
経済学は、企業経営の上では、経営学より少し距離があります。
近代経済学は、微分方程式で、記述され、理論体系は、数学的に整理されています。
実際の経済変動は、コンピュータ上の経済モデルで、検討することができます。
科学の4つのパラダイムでいえば経済学は、第2の理論科学と、第3の計算科学に基礎をおいています。
経済学に比べれば、経営学のケーススタディは経験科学であって、理論的な根拠が弱い状態が続いてきました。
ここで、ダベンポート氏のデータドリブンな組織論を思い出してください。
データドリブンな組織では、経営の意思決定は、データに基づいて、データサイエンスの手法で行われます。
つまり、データドリブンな組織の経営能力は、データサイエンスの応用能力で測ることができます。
その場合には、スポーツ選手の能力評価と同じように、経営者の能力評価を行うことができます。
難易度の高いビジネススクールを卒業している人は、ケースメソッドを通じて、データサイエンスの高い応用能力を獲得しているはずです。
その能力を評価するには、エビデンスデータを含めたデータセットに対して、問題解決の提案書を作成してもらえば評価できます。
ケースメソッドで、十人十色の提案書が出てきても、データサイエンスの基準でみれば、スポーツ選手と同じように各人の能力評価ができます。
この基準を満たした人が、CEOにつかなければ、データドリブンな組織になって、DXを進めることができません。
グレイが第4のパラダイムとしてデータサイエンスを提案したのは2009年です。
伊賀泰代氏の「採用基準」は、2012年の出版ですから経営におけるデータサイエンスのウェイトは現在程大きくはなかった時代の経験をまとめています。
前にも書きましたが、アダム・グラント氏のベストセラー「THINK AGAIN」(和訳も同名)は、サブタイトルが「発想を変える、思い込みを手放す」が示すように、認知バイアスを取りあつかった書籍です。
和訳の16ページで、グラント氏は、「経験から学んだことを否定するつもりは毛頭ないが、私はむしろ厳格な証拠に重きを置く」と経験科学を否定はしないが、データサイエンスをより重視すると述べています。
つまり経営学は、経験科学から、データサイエンスに急速に軸足を移しています。
ビジネススクールの歴史は古いですが、難易度があがって、卒業生の給与が高いことが注目されるようになったのは、比較的最近のことです。
最近10年では、データサイエンスシフトが明確になり、それにしたがって、経験よりも能力のウェイトがあがっています。
海外IT企業で人員整理が進んでいますが、この状況を、今までのような経験のない人材が高給をとるという異常事態が収束しつつあると評価している人もいます。
ここには、給与は経験で決まって当然であるという日本人に多い非科学的な認知バイアスがあると思われます。
まずは、認知バイアスの排除が必要です。
ジョブ型雇用では、給与は能力で決まります。経験科学がデータサイエンスにレジームシフトしたことによって、経営能力の計測は、スポーツ選手の能力評価と同じように客観的にできるようになりました。
一方では、データサイエンスにレジームシフトしていない経験科学のカリキュラムで高等教育を受けた人は、高い給与を得られるチャンスがなくなってきています。
今、何を学んでいるかが、5年後の給与に大きく反映する時代になっています。
引用文献
データドリブンの組織文化をどうすれば構築できるのか 2020/12/10 ハーバード・ビジネス・レビュー トーマス H. ダベンポート ニティン・ミッタル
https://dhbr.diamond.jp/articles/-/7285
(24)経験科学の再構築
(経験科学をデータサイエンスから眺めます)
1)経験科学の見え方
今まで、同じ問題の解決について、経験科学とデータサイエンスの2つのアプローチの比較をしてきました。
ここでは、経験科学の問題解決方法が、データサイエンスから、どのように見えるかを考えます。
2)ノイズモデル
データサイエンスでは、実現した(観測された)値は、真の値に、ノイズが乗ったものであると考えます。
実測値=真の値+ノイズ
一番簡単なノイズはホワイトノイズです。
2-1)GoToトラベルのノイズ
GoToトラベルのような旅行補助金がつくと需要が一時的に増加します。
しかし、この需要増は、需要の先食いをしている可能性があります。
旅行代金の売り上げが伸びますが、これが、ネットの実需だとは誰も考えません。
補助金がなくなれば、需要が減少することは目に見えています。
したがって、旅行代金の売り上げが伸びたからといって、旅館を建て増す経営者はいません。
経営者の頭の中には、旅行補助金の影響を取り除いたネットの旅行需要があります。
旅行補助金の影響は、経営者にとっては、ノイズ(系統的なノイズ)で、これを取り除いて経営戦略をたてなければ、失敗します。
つまり、経営には、実測値ではなく、真の値を用いるべきだと考えます。
2-2)金融緩和のノイズ
日銀は、10年間金融緩和を続けました。
金融緩和をすれば、資金調達は容易になります。
日本国内は、少子化、高齢化で、今後の需要増が見込めないので、国内市場向けに、新たに設備投資はしません。
海外市場で、日本で作った製品は、現地生産に比べコスト高になるので、工場の海外移転を進めてきました。したがって、海外市場向けに、国内に設備投資をする理由もありません。
日本に、無人のロボット工場をつくることで、現地生産に比べコスト安にできるというシナリオもありましたが、実現できている企業はわずかで例外です。
そもそもロボット工場でよければ、地代とエネルギーコストの安く、治安のよい場所であれば、立地を日本国内に限る必要はありません。
2022年には、極端な円安になり、日本の製品の製造コストが、現地生産に比べコスト安になっていますが、これが定着するかは不明です。
すくなくとも、2021年までは、国内に設備投資をする積極的な理由はありませんでした。
物流センターは設備投資の数少ない例外ですが、これば、実店舗とのトレードオフになっています。
2022年は、極端な円安になり、史上空前の黒字を出している企業もあります。
しかし、この黒字も、旅行補助金と同じように、円安がなくなると消えてしまいます。
つまり、企業経営にとっては、取り除いて考えるべきノイズと思われます。
実は、金融緩和政策自体が、ノイズを生み出している可能性があります。
企業経営にとって、永久に続くわけではない金融緩和や円安の影響(ノイズ)を取り除いたネットの利益をださないと経営判断ができません。
しかし、ノイズを取り除いても、金融緩和の効果があったのか、検討されているように思えません。
2-3)朝鮮戦争
1990年まで、日本経済は、世界貿易で大きな黒字を出し、経済成長を続けてきました。
こうした場合、経験科学では、1990年までの成功事例を調べて、真似をします。
前例主義は、その典型です。
加谷珪一氏は、朝鮮特需によって1951年の名目GDPの成長率は前年比プラス38%であったことを例にあげ、日本経済の成功は、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策の影響が大きかったと分析しています。
つまり、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策は、日本経済に対する系統的なノイズであって、日本経済の実力は、その系統ノイズの影響を取り除いてみなければ、わからないと分析しています。
加谷珪一氏の主張は、ノイズを分離した真の値を問題にするデータサイエンティストのアプローチです。
ノイズを分離すると、1990年までの日本経済の実力は、決して高いとは言えないだろうというのが、加谷珪一氏の見立てです。
一方、ノイズを分離しない経験科学のパラダイムの典型は、浜田宏一氏の記事に見ることができます。
実は、ノイズを取り除いたネットの経済指標の推定は、データサイエンスのスタートです。
しかし、現状は、金融政策だけでなく、財政赤字など多くの指標に問題があることが知られています。
例えば、東洋経済に投稿しているリチャード・カッツ氏は、日本の経済指標はバイアスが大きいと主張しています。
筆者には、カッツ氏の主張の是非を判断するだけの力はありませんが、ノイズを取り除いたネットの経済指標の推定がなされていませんので、現在の政府の経済政策は、経験科学に基づくものであって、データサイエンスに基づくものではないと判断しています。
3)歴史の再構築
写真1は、茨城県阿見町の予科練平和記念館に展示されている実寸大模型の回天(かいてん)です。回天は、太平洋戦争で大日本帝国海軍が開発した人間魚雷で、日本軍初の特攻兵器です。
特攻は人道的に問題のあった作戦です。
回天の展示には、特攻を繰り返さないようにという願いが込められています。
ここで問題にするのは、人道主義ではなく、特攻作戦の評価です。
回天は、作戦海域まで、母艦の伊号潜水艦で運ばれました。潜水艦は潜れば潜るほど爆雷に対して強くなりますが、回天の最大耐圧深度が80メートルであったため、母艦の伊号潜水艦も80メートル以深には、潜れず、敵に発見された場合に、脆弱になりました。
その結果、出撃した潜水艦16隻(のべ32回)のうち8隻が撃沈されました。
つまり、人道主義を別にしても、回天作戦は、母艦の伊号潜水艦のリスクを考えれば、割に合わない不合理な作戦でした。
経験科学者やヒストリアンは、回天と母艦の伊号潜水艦を含む回天作戦が行われたという過去の事実に注目します。
しかし、それだけでは、人道主義に反する不合理な作戦の再発を防ぐことはできません。
母艦の伊号潜水艦のリスクという資材の合理的な投入という評価で、回天作戦は、中止できたことがわかります。
もちろん、作戦を開始するまでは、伊号潜水艦のリスクといったデータは、シミュレーションによってしか得られません。しかし、作戦開始後、エビデンスとしての伊号潜水艦の撃沈のデータがリアルタイムで評価されていれば、恐らく、伊号潜水艦が、2隻撃沈された時点で、回天作戦は中止になっていたはずです。
回天作戦は、被害に見合うだけの効果がないにもかかわらず、終戦まで続けられました。
エビデンスに基づく、作戦(政策)決定がなされないと、これからも、第2、第3の回天作戦が繰り返されます。
回天のもうひとつの教訓は、歴史や経験は、間違いを繰り返さないためには、どこかに、「作戦中断のメカニズムを入れる」というように再構築される必要があるということです。
加谷珪一氏の言うように、日本の高度成長が、朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策はというノイズに支えられたものであったとすれば、ノイズを取り除くと、企業経営や経済政策は、かなり危ういものであった可能性が高くなります。
その場合には、過去の企業経営や経済政策は、多くの間違いを含んでいますので、歴史の再構築をしないと、間違いを繰り返すことになります。1990年以降には、系統ノイズであった朝鮮戦争と中国の閉鎖(鎖国)政策はなくなっていますので、企業経営や経済政策の間違いは、ノイズに消されることなく、直ぐに表面化してきます。これが、現状であると考えると、納得のいくケースも多くあります。
4)補足:カーネマン氏のノイズ
ノイズと書くと、カーネマン氏のベストセラー「ノイズ」を連想する人も多いと思われます。カーネマン氏は、「実測値=真の値+バイアス+ノイズ」にわけていますので、本書での取り扱いとは異なります。本書では、バイアスは、系統的なノイズとして扱っています。
引用文献
高度経済成長は「日本人の努力の賜物」ではなく「幸運な偶然」だったと認めよう 2022/09/06 Newsweek 加谷珪一https://www.newsweekjapan.jp/kaya/2022/09/post-200.php
円安の今こそ日本経済は成長できる...円高はデフレと失業をもたらす(浜田宏一元内閣官房参与)2022/1026 Newsweek 浜田宏一(元内閣官房参与、エール大学名誉教授)
https://www.newsweekjapan.jp/stories/business/2022/10/post-99954_2.php
(25)少数の法則
(経験科学には、少数の法則を無視するバイアスがあります)
1)ノイズの扱い
2022年9月21日の東洋経済に、リチャード・カッツ氏は、次の様に書いています。
「2012年第4四半期から2014年第1四半期までGDPが年率3.2%のペースで上昇し、アベノミクスが機能しているように見え、これによってアベノミクスは不当に信頼されることになった。実際には、GDPは一時的に急伸したが、それは単に長い不況の後を受けた経済現象に過ぎなかった」
これは、統計学で言えば、GDPが年率3.2%は、データのばらつき(ノイズ)であって、実体ではなかったことをいっています。カーネマン氏の「ファスト&スロー」では、データのばらつきは少数の法則として述べられています。
価格の変化率の分布が正規分布に従うという仮定を置いて、少数の法則を適用すれば、ブラック–ショールズ方程式になります。
簡単に言えば、ノイズが正規分布になるのであれば、年率3.2%といった上振れが続くことはなく、上振れと下振れが同じ確率で発生すると考えます。
年率3.2%といった上振れが起こった後では、必ず下振れが起こります。
それが何時、どの大きさで起こるかを推定する確率が、ブラック–ショールズ方程式で求まります。
もちろん、価格の変化率の分布が正規分布に従うという前提は、完全に満足される訳ではありませんが、各段の情報がない場合には、自然な仮定になります。
経済の実体が変化しなくとも、GDPはバラツキます。リチャード・カッツ氏は、年率3.2%はバラツキの範囲内であったと推測しています。
これは、確率現象なので、バラツキが、範囲内・範囲外に分けられるのではなく、ブレの大きさによって、範囲外(あるいは範囲内)になる確率が変化します。
2)バイナリーバイアス
経験科学には、バイナリーバイアスがつきものです。
データサイエンスは、統計学を使いますので、全ては予想確率で表現されます。このため、バイナリーバイアスは起こりません。
2013年から日銀は、リフレ政策を続けています。リフレ派を主張していますので、経験科学のフレームで、政策を考えていると思われます。
円安にもかかわらず、政策を変えないという説明は、エビデンスベースには聞こえません。
エビデンスベースの説明であれば、円ドルレート、経済成長率、インフレ率、賃金上昇率などのエビデンスを列挙して、どのエビデンスが、政策継続を支持しているかという説明になります。
リフレ派という表現には、バイナリーバイアスがあります。
データドリブンな組織では、意思決定は、「〇〇派」というように、主義で決まるわけではありません。統計モデルの期待値を最大化する政策が採択されます。
経営のトップ集団に、データサイエンティストがおらず、経験科学のフレームで経営判断が行われるリスクがあります。
日銀の政策は、総裁1人で決めている訳ではなく、複数の委員が協議しています。そこで、気になるのは、統計的な表現があるとは感じられない点です。
同じような傾向は、政府の政策決定でも感じます。
これは、推測なので、本当のところはわかりませんが、高齢者の経験科学の思考パターンにどっぶり使った人が集まって、協議しても、データサイエンスで状況を見ることができないので、出口がみえていない可能性があります。
引用文献
今こそ冷静に考えたい「アベノミクス」失敗の理由 2022/09/21 東洋経済 リチャード・カッツ
https://toyokeizai.net/articles/-/620385
(26)ベイズ更新の考え方
(情報の時間価値を考えると、データサイエンスの特徴が理解できます)
1)意思決定の2つの方法
これらの経営方針を考えるような意思決定の問題を考えます。
次の2つのアプローチが考えられます。
(1)帰納的方法
過去の経験または、データに基づいたヒストリアンの意思決定手法です。
(2)演繹的方法
今後の予測に基づいたビジョナリストの意思決定です。
今まで市場にないような新しい製品やサービスを提供するベンチャー企業の場合には、「(2)演繹的方法」が主体になります。
過去の経験を微調整しながら、経営を進める場合は、「(1)帰納的方法」になります。
今まで、経営の正答率といっていた課題は、「(1)帰納的方法」に対応します。
「(2)演繹的方法」の経営問題の例をあげます。将来の問題解決に複数の方法があった場合、コストなどの評価指標を導入すれば、指標が最小になる方法が採用される可能性が高いと考えます。占いのような将来予測はできませんが、競合する企業が合理的な経営判断をすると考えれば、手筋は予測できます。
以下では、「(1)帰納的方法」を取り上げて考えます。
2)軌道の修正
過去の経験または、データに基づいた意思決定手法の例としてカーナビを例に考えます。
カーナビの軌道修正は、カルマンフィルターに基づいていますが、カルマンフィルターは、ベイズ更新と解釈することもできます。
カーナビは一定時間間隔で、位置情報を衛星から取得しています。この位置情報の時系列データから、進むべき方向を導きだします。
基本ルールは次の2つです。
(1)最新のデータに重みをかける
(2)ズレの大きさに対応した軌道修正をかける
新しいデータが手に入った場合に、その情報と過去の情報をブレンドして、進むべき方向を導きだします。このブレンドの比率のとり方が数学で解くべき課題になります。
しかし、数学の理論が分らなくても、カーナビが何をしているか大まかに理解することはできます。
3)情報の時間価値のモデル
道を間違えた時に、重要な位置情報データは、最新のものです。
より古いデータは、重要ではありません。
図1に、経過時間と情報の価値のイメージを描いています。
カーナビでは、古いデータの価値は急速に下がりますので、紺色の線のように価値が変化します。
人文科学が専門の方は、古典は時代を経て生き残ってきたので、永遠の価値があると主張します。
その場合の価値モデルは、図1では緑色の線です。
一般に、情報科学の知識の半減期は、7年とも言われます。これは、図1で言えば、紺色の線で、横軸が7年たったところの高さが0.5になることに対応します。
AIの場合には、1年で半分になるとも言われています。
データサイエンスのように情報科学を扱っている人は、「時代を経て生き残ってきた知識には、永遠の価値がある」という知識モデルを採用していません。
年功型雇用は、言うまでもなく、緑色の知識モデルによっています。
つまり、年功型雇用の知識モデルとDXを進める紺色の線も知識モデルは相いれません。
紺色の線の知識モデルを採用すると、問題を解く答えは、最新のデータを中心に考えねばならないことになります。
なお、情報の価値の減衰の割合は、データの特性に依存します。
ロシアがウクライナに戦争を仕掛けた時に、戦争は起こらないと予測した専門家が多くいました。これは、最近のロシアの外交データにウェイトをかけすぎたためと思われます。戦争は頻繁には起こらないので、200年くらいのタイムスケールで考えないと、予測ができません。
情報の価値の減衰の割合は、データの特性に依存しますので、それを、成分分離するフィルターの設計が必要になります。
今回の検討事項は、デジタル社会へのレジームシフトですので、それに関係するデータの情報の価値の減衰は強いと言えます。
(27)アンシャンレジーム
(アンシャンレジームに注意が必要です)
1)アングルの時代
フランス絵画の巨匠にアングルという人がいます。
この人の世代は、写真が発明されて、画家が初めて、写真と対峙した時代です。
画家は、写真という画家以上に対象を精密に表現するテクノロジーと競合するようになりました。
写真があれば、画家が失業する可能性が出てきました。
アングルは、人物をデフォルメし、その頃の写真では不可能であった大画面の絵画に活路を探します。
後の世代の画家、例えば、印象派の画家や、アンディ・ウォルホールは、写真を絵画の下絵に使っています。印象派画家の写真の使用は控えめですが、ウォルホールにとって、写真は、絵の具と同じレベルのツールの一つに過ぎません。
新しい技術が出てきた時に、古い技術で食べている人の中には、新しい技術より、古い技術が良いというアンシャンレジームの主張をする人が出てきます。
ウォルホールのように、技術をツールの一つとして使いこなすことができる人が出るまでには、時間がかかります。
2)アンシャンレジームの例
2022年現在の日本はアンシャンレジームに満ちています。
例をあげてみましょう。
(1)紙の教科書がデジタル教科書より優れている
(2)スマホを使うと脳がダメになる
(3)年功型雇用は、強欲資本主義のジョブ型雇用より優れている
(4)デジタル教育よりリベラルアーツが優れている
(5)新しい技術より伝統的な技術が優れている
(6)(新しい技術より)匠の技は優れている
アメリカで、ITエンジニアになれば、高い給与を得ることができますが、リベラルアーツを学習しても、高い給与を得ることはできません。
リベラルアーツは、4つの科学パラダイムの中で、一番古い経験科学で、他のパラダイムが使えない場合以外には、経験科学を使うメリットはありません。
リベラルアーツが、デジタル教育より優れているのであれば、人間が、アルファ碁に負けることはありません。
アンシャンレジームの目的は、ともかく新しい技術に悪い印象を与えて、古い技術で食べている人を温存することにあり、エビデンスを問題にすることはありません。
アンシャンレジームの目的は、フェイク情報(注1)を流して情報操作をすることにありますので、反論は受け付けません。
注意が必要な点に、(6)のように、競合する新しい技術を表に出さないパターンがあります。
一見すると、「匠の技は優れている」という主張は、客観的な命題のように見えますが、プロパガンダの目的は、新しい技術を否定する点にあります。
これを更に一般化したプロパガンダに次があります。
(7)(新しい技術を使った海外製品より)、日本製が優れている。
製品が優れているか否かは、性能テストの結果の問題であって、製造場所とは関係がありません。
実際には、同じ価格帯であれば、日本製品より、中国製品の方が優れていますので、日本製品は、中国製品に駆逐されました。
また、(7)のプロパガンダによる情報操作が成功した結果、アサリの産地偽装がおこります。
「日本製が優れている」という主張は、「日本製」というラベルを問題にして、内容を問題にしない主義です。
筆者は、「ラベルを問題にして、内容を問題にしない」主義をドキュメンタリズムと呼んでいます。この問題は、別途論じますので、ここでは、深入りしません。
ドキュメンタリズムは、人材募集でも蔓延していて、「新卒の大学生」というラベルで企業は人材募集をかけます(新卒一括採用)。大学での成績や出身大学のレベルが初任給に反映されることは稀です。
新卒一括採用は、大学の4年間に勉強しない学生を生み出していて、それが、OJTや、(世界的にみても投入金額の少ない)企業内研修でカバーできるはずはありませんが、この問題は放置されています。
新卒一括採用は、ドキュメンタリズムの問題ですが、アンシャンレジームでもあります。人材採用は企業のコストの大きな部分を占めますので、経営上は、不合理な新卒一括採用を行う理由はありません。新卒一括採用のアンシャンレジームは、それによって利益を得る高齢の企業幹部によって維持されています。
高齢の企業幹部が高給を得る根拠は経験には価値があるという経験科学の論理です。日本企業が、欧米の企業と同じようにデータサイエンスの論理で経営されれば、高齢の企業幹部の半数は、給与に見合うだけ働かないおじさんとして首になるでしょう。働かないおじさんが首にならないのは、高齢の企業幹部が人事権を持っているためです。
つまり、DXが進まない原因、あるいは、日本企業の国際競争力が衰退している原因には、高齢の企業幹部が、エビデンスのない経験科学による経営の正当性を主張するアンシャンレジームがあります。
注1:
フェイク情報の意味を補足しておきます。
紙の教科書も、電子教科書も脳の中に情報としてインプットされれば、その経路の違いはなくなります。ディスプレイを長時間見ると目に悪いかも知れませんが、直射日光の下で、紙の本を読めば、それも目にはよくありません。つまり、内容と形式の入れ替えが起こっています。これは、典型的なドキュメンタリズムなので、投稿予定の別の本で、論じています。
(28)アーキテクチャの整理
(ここまでのアーキテクチャを整理します)
まとめとして、ここまでの検討を一旦、整理しておきます。
データからモノを考えることがデータサイエンスのスタートです。図1では、データから、経営を整理しています。
図1のように、経営判断の根拠は、過去の経験、歴史などの2次データ、1次データに基づきます。ベンチャー等が、新製品を開発する場合には、過去のデータは使えませんので、開発目標(目標値)がデータの代わりになります。
1次データをとらずに、経験を重視した年功型組織を維持して、経験科学に基づく意思決定をする、これが、現在の日本企業の多くの姿であると思います。
このアーキテクチャの中で、DXの機材を投入しても、DXに成功することはありません。
DXの遅れの問題は、既に多くの経済学者が分析していますので、経済分析で、筆者が付けくわえることはありません。
筆者は、経験科学のパラダイムから抜けられないという認知バイアスが、DXの大きな障害になっていると考えています。
ダベンポート氏は、データドリブンな企業文化が、DXには必須であるといいました。
図1は、ベンチャーについては、データドリブンな意思決定も万能ではないことを示しています。
新製品の開発と販売が、軌道にのれば、データドリブンな企業文化で対応可能になりますので、ビジョンドリブンのシェアは高くないと思われます。
図1 企業経営と科学パラダイム
(29)教程の循環論理
1)出発点
この本のテーマは、最初に書いた次の点にあります。
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DXは、データサイエンスの応用ですから、データサイエンスの論理(パラダイム)で考えるべきです。
しかし、日本の現状をみると、経験科学の論者が多いために、DXは経験科学の論理で、語られています。
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この現状認識は間違っていないと思いますが、循環論理の問題があることを補足で指摘しておきます。
2)仮説(知識)の定式化
問題を、整理します。
マイクロソフトの4つの科学パラダイムは、次から構成されています。
(1)経験科学
(2)理論科学
(3)計算科学
(4)データサイエンス
ここでは、(1)は従来の科学史では、自然科学とは見なされません。
(2)(3)(4)に共通する自然科学は、エビデンスに基づき仮説が検証され、更新されるという手続きにあります。
(1)経験科学には、検証手続きがありません。検証手続きとは、間違った仮説を廃棄して、新しいより効果的な仮説に入れ替える手続きを指します。
「仮説で構成される知識には、間違いがあり、それは、検証され、更新されるべきである」という信念です。
仮説は、一般には、「If A then B」(*1) の形式で表現されますが、この表現には問題があります。
仮説は、もっとも単純な形式でも次と考えるべきです。
「If (A1 and A2) then B」(*2)
ここで、A2は、暗黙の前提条件です。
A2を無視すると(*2)は次の形になります。
「If A1 then B」(*3)
(*1)と(*3)は同じ形をしています。
しかし、隠れたA2の効果は大きいです。
データから、(*1)または(*3)の仮説を作成したと仮定します。
ある時点で、この仮説が有効でなくなることがあります。
その場合、(*3)式は、(*2)式の省略形ですから、A2が変化したと考えれば、仮説が成り立たなくなった理由を説明できます。
仮説が、(*2)の形をしていると考えれば、全ての知識には有効期限や適用可能範囲があると言えます。
以上は、説明上、仮説として取り扱いましたが、知識一般で成り立つツールです。
150年前であれば、「通信したければ、手紙を書く」というのが有効な知識でした。
このルールは、電報、電話、Eメール、LINEといった形で、科学技術の世代が変わっていき、「有効な知識」の内容が変化していきます。
細かくみれば、4Gと5Gの間だけでも変化があります。
情報科学では、知識の半減期は7年と言われています。最近のAIでは、知識の半減期は1年という人もいます。
まとめれば、(2)(3)(4)に共通する科学的世界観は以下です。
「知識(仮説)は、常に、科学技術の進歩やエビデンス(A2)の変化によって書き換えられるものであり、知識(仮説)を覚えることには価値はない」
3)何を教えるか(教程)
人材育成で、「何を教えるか(教程)」は、極めて重要です。
特に初等教育と中等教育の場合には、タイムラグは10年以上ありますので、10年後に求められるような人材を育てる教程を組む必要があります。
簡単にいえば、教程は、未来の人材に対応している必要があります。
現在は、科学技術の時代ですから、国力や国の経済力は、科学技術の高度人材が左右すると言えます。
そこでは、上記のような科学的世界観に基づいた教育が求められ、それに対応した教程が組まれる必要があります。
IT人材が不足してから、教科に情報を追加するといった対応では、10年のタイムラグを考えると、教程の戦略上の失敗になってしまいます。
教科をつくったが教える人材がいないという現実は、教程が戦略的に組まれていなかった事実をしめしています。
一方、海外では、スイスの国際バカロレアには、次の教程があります。(ウィキペディア)
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Primary Years Programmeの略。3歳から12歳までを対象とした教程。探究する人としての基礎教育、そのために必要な知力、体力、精神力のバランスが取れた人間になることを目指す教程。
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探究する人と言うのは、簡単に言えば、仮説を作って検証していくことですから、科学技術人材の育成を目指していることになります。
ここでいう科学とはデータサイエンスも含みますので、検証のない経験科学から、検証可能な科学のできる人材の育成と転換を目指していることがわかります。
一方、文部科学省の「新しい学習指導要領等が目指す姿」は次になっています。
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学習指導要領等の構造化の在り方
次期学習指導要領等については、資質・能力の三つの柱全体を捉え、教育課程を通じてそれらをいかに育成していくかという観点から、構造的な見直しを行うことが必要である。これはすなわち、教育課程について、「何を知っているか」という知識の内容を体系的に示した計画に留(とど)まらず、「それを使ってどのように社会・世界と関わり、よりよい人生を送るか」までを視野に入れたものとして議論するということである。
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ここでは、「何を知っているか」に価値がある、「何を知っているか」は変化しない(知識に半減期はない)というモデルが採用されていることがわかります。
これは、科学的世界観とは、あいいれません。
つまり、科学技術人材の教程としては、問題があることになります。
4)出発点に戻る
繰り返しますが、この本のテーマは、最初に書いた次の点にあります。
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DXは、データサイエンスの応用ですから、データサイエンスの論理(パラダイム)で考えるべきです。
しかし、日本の現状をみると、経験科学の論者が多いために、DXは経験科学の論理で、語られています。
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「DXは経験科学の論理で、語られています」と書いたのですが、同じことは、教程についても言えます。
「学習指導要領等」を作成している専門家は経験科学の専門家です。
その結果、「学習指導要領等」は、データサイエンスの論理で作られていません。
どのように「学習指導要領等」を改訂しても、それが、データサイエンスの論理ではなく、経験科学の論理で作られる限り、科学技術人材の教程ができることは、期待できません。
これが、本章の頭で述べた循環論理の問題です。
ここには、議論して理解しあうことの出来ないリテラシーのギャップがあります。
引用文献
新しい学習指導要領等が目指す姿 文部科学省 平成27年11月
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364316.htm