第一章 祖母の織物への想い③
祖母の着物に魅了される真央
放課後につね子の家を訪ねては、織物作りを手伝うのが日課になっていた。
「ただいま、おばあちゃん」
「お帰り、真央ちゃん。今日は学校、どうだった?」
そう言いながら織機から顔を上げるつね子に、真央は笑顔で答える。
「うん、楽しかったよ。放課後が待ち遠しくてね、早くおばあちゃんのところに来たくて」
「まあ、そんなに楽しみにしてくれていたの? 嬉しいわ」
つね子は機嫌良さそうに微笑むと、真央を自分の隣へと招き入れた。
「今日は真央ちゃんにお手伝いしてもらいながら、特別なものを織ろうと思ってね」
「特別なもの?」真央が怪訝な顔をすると、つね子は機織り機の脇に置かれた箱を指さした。
「それ、なに?」真央が訊ねる。
「真央ちゃんに見せたいものがあるの。ちょっと待ってね」
そう言ってつね子が箱を開けると、中から一枚の美しい着物を取り出した。
「わあ、綺麗…!」思わず息を呑む真央。
つね子の手にした着物は、真紅の絹地に金糸で織り出された鳳凰の意匠が目を奪う、まさに絢爛豪華な逸品だった。
「おばあちゃん、これ...」
「これはね、わたしが若い頃に織り上げた、真央ちゃんへの贈り物なの」
つね子はそう言って、丹精込めて織り上げた着物を真央の手に託した。
「本当に、私にくれるの…?」信じられないという表情で着物を受け取る真央に、つね子は優しく頷いた。
「ええ。真央ちゃんなら、この着物の価値をわかってくれると思って」
そう言いながら着物を広げ、真央にその美しさをまざまざと見せつける。
「おばあちゃん…ありがとう。本当に、すごく嬉しい…!」
真央は感激のあまり、言葉を詰まらせた。
「喜んでくれて良かったわ。でもこの着物、ただ美しいってだけじゃないのよ」
つね子の言葉に、真央は不思議そうな顔をする。
「一つ一つの文様に、わたしの思いが詰まっているの。鳳凰は不死鳥、つまり永遠に滅びない命を表しているのよ」
「永遠に滅びない命…」真央はつね子の言葉の意味を噛みしめる。
「そう。わたしたち織り手の想いは着物に乗り移って、永遠に生き続ける。だからこそ着物は特別なの」
つね子の言葉に、真央は改めて着物の持つ意味の深さを実感した。
「真央ちゃんにもいつか、自分の思いを乗せた着物を織ってほしいの」
「わたしの思いを乗せた着物…」
「ええ。真央ちゃんなら、きっと素晴らしい着物が織れるはずよ。その時が今から楽しみだわ」
つね子に励まされ、真央は胸の奥に熱いものが込み上げるのを感じた。
「がんばる。必ず、おばあちゃんが喜んでくれるような着物を織ってみせるから」
「ええ、その意気よ。さ、それじゃあ早速織物の稽古を始めましょうか」
つね子はそう言って真央を機織り機へと向かわせる。
真央もまた、新たな決意を胸に織物と向き合った。
祖母から託された思いの詰まった着物。それは真央にとって、人生の道標となる大切な宝物となるはずだった。
「いつかわたしも、おばあちゃんのような素敵な着物を…」
そんな思いを胸に、真央は糸を紡ぎ、織物の技を学んでいく。
つね子が織り成した美しい着物を、いつまでも心の拠り所としながら。
つね子の着物に魅了されたあの日。真央の人生の分岐点は、まさにそこにあった。
おぼろげながら見えた自分の未来。織物という伝統文化の担い手としての道を、真央ははっきりと自覚し始めていた。
「おばあちゃん、次は真央が祖母の着物を孫に贈れるくらい、立派な織り手になるから」
そう心に誓った真央は、熱心に機織りに打ち込んだ。
つね子の厳しくも優しい指導を受けながら、一歩一歩織物の道を進んでいく。
真央がつね子の形見の着物を身にまとう日。それは遠い未来の話ではなかった。
真央の成長ぶりを見守りながら、つね子もまた心躍らせていた。
「真央ちゃん、あなたならできる。わたしの想いを継いで、一宮の織物を守っていってね」
そうつね子に言われた時、真央の瞳は希望に満ち溢れていた。
どんな困難があろうとも、織物の灯を消してはならない。
そのためなら、どんな修行にも耐えてみせる。
祖母への想い、一宮への愛着。そのすべてを胸に秘めて、真央は織物という人生の旅路へと旅立っていった。
つね子の願いを継ぎ、新しい伝統を紡ぎ出すために。
あの日、祖母の着物に運命の導きを感じた真央。
その瞬間から、彼女の人生は大きく動き始めていたのだ。
つね子の思いを受け継ぎ、織物一筋に生きる道を選んだ真央。
その選択は、やがて一宮の人々の心をも動かしていくことになる。
つね子の着物は、そんな真央の人生の岐路に立ち会った、運命の品だったのかもしれない。
祖母から孫へ、想いは脈々と受け継がれていく。真央とつね子の絆も、その一つの表れだった。
「おばあちゃん、必ず真央の代になっても、佐藤家の織物の歴史は途絶えさせない」
そう固く心に誓った真央は、今日も織機に向かう。
つね子の厳しくも温かな眼差しに見守られながら、真央はたゆまぬ努力を積み重ねていくのだった。
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