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小説「霧の淵、朝日館の灯」その後の物語: 再び霧の淵へ


**1年後――**

東京の喧騒は変わらない。しかし、亮介の中には確かな変化があった。

霧の淵での体験を胸に、自分を見つめ直した彼は、仕事においてもプライベートにおいても、以前よりも穏やかな心持ちで物事に向き合えるようになっていた。

ある日、亮介はデスクの上に置かれた一枚の絵葉書を見つけた。それは、旅館「朝日館」から届いたものだった。

「今年も霧祭りが近づいてきました。村は変わらず、霧の淵も穏やかにあなたを待っています。またお越しください。――藤本静香」

亮介はその葉書を手に取り、微笑んだ。忙しい日々の中で、またあの静けさを味わいたいという思いが湧き上がってきた。

再訪: 朝日館の変化


再び川上村を訪れた亮介は、「朝日館」の変わらぬ姿に胸を打たれた。玄関先で静香が変わらない微笑みを浮かべて迎えてくれる。

「おかえりなさい。待っていましたよ」

静香のその一言に、亮介は言葉にならない感情が込み上げた。

「ただいま戻りました」

旅館にはいくつかの変化も見られた。新しい客室が増え、村の伝統文化を体験できるプログラムが追加されていた。

地元の茶葉を使った茶道体験や、霧の淵の伝承を語る夕べが行われるようになり、村の魅力を発信する場として活気づいていた。

「静香さん、ずいぶん旅館が賑やかになりましたね」

亮介が感心して言うと、静香は静かに頷いた。

「若い人たちが協力してくれるおかげで、少しずつ新しい風が吹き込んできました。雄一君もその一人ですよ」

雄一の挑戦

雄一は旅館の若手スタッフとして、村の魅力を外に発信する役割を担っていた。

彼は映像を使い、霧の淵や村の伝承を伝える活動に熱心に取り組んでいた。

「佐倉さん、また来てくれて嬉しいです! 今回は、もっと深い霧の淵の秘密も案内しますよ」

雄一の明るい笑顔は変わらないが、その姿には以前よりも頼もしさが加わっていた。

亮介の心の変化

霧の淵を再訪した亮介は、その場に立つと不思議な感覚に包まれた。

初めてここを訪れたときとは異なり、胸にあるのは恐れではなく静かな安らぎだった。

「母さん……僕は、もう大丈夫だよ」

谷の霧は穏やかに揺れ、まるで彼の言葉に応えるように包み込む。

その霧の向こうに見える景色は、心の中の晴れ間そのものだった。

旅館と亮介の未来

村での再訪を終えた亮介は、静香や雄一、美智子と語り合いながら時間を過ごした。

旅館は単なる宿泊地ではなく、人々の心を癒し、変化を促す場所としての役割を果たし続けている。

亮介は再び東京に戻るが、彼の心には村と霧の淵が常にあった。
そして数年後、亮介は再び旅館を訪れることを決める。今度は、自分の家族を連れて。
「ここは、人が自分を見つめ直す場所だ」

霧の淵と朝日館――それは、亮介にとって永遠の帰る場所となった。

(終)


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