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緋色の咆哮 - 響鳴Z400FX- バイクと三味線が奏でる魂の共鳴 第一章:継承の序曲
朝もやが工房を包む中、中村響は父の遺したZ400FXのキャブレターと向き合っていた。工業高校機械科で培った知識と、専門学校で得た整備士資格。そして、幼い頃から親しんだ母方の祖父の三味線工房。響の中に流れる二つの血脈が、今、一つになろうとしていた。
古びた木造二階建ての工房「響技研-音馬屋-」。一階の作業場には、歴代のバイク写真が並び、使い込まれた工具たちが物語を語るように並んでいる。壁には父の全日本選手権での表彰台写真。その横には、幼い響と一緒に整備をする笑顔の写真も飾られていた。
「この音がまだ完璧じゃない...」響は耳を澄ませる。四つの気筒から聞こえる吸気音。微妙なズレが、彼女には不協和音のように感じられた。
三週間前、父は不慮の事故でこの世を去った。工房には父の残した工具や、レース時代のトロフィーがそのままに残されている。
「響、エンジンの音を聴け。音には魂があるんだ」 父の言葉が、今も響の心に刻まれていた。
工房の扉が開き、幼なじみの勇太が入ってきた。リーゼントヘアと派手な革ジャンがトレードマーク。工業高校からの親友で、今は地元の自動車整備工場で働いている。直感とセンスの持ち主だ。
「やっぱりここにいると思ったよ。手伝わせろ」 新品の工具セットを手に、勇太は笑顔を見せる。
その時、工房の外からバイクのエンジン音が響いた。健太がZ750RSで到着する。大学の機械工学科に通う彼は、チームの理論派として響の感覚的な技術を支えていた。
「おはよう。今日のデータ、持ってきたぞ」 健太は最新のデータロガーを取り出した。
三人でZ400FXの整備に取り掛かる。響はキャブレターの同調を慎重に調整し、ピストンやバルブの状態を確認していく。その手つきは繊細で、まるで三味線の糸を調整するかのようだった。
「三味線の調弦と同じね。四つの気筒が奏でる音が、完璧なハーモニーになるまで」 響は祖父から学んだ音の理論を、自然とバイク整備に活かしていた。
夕暮れ時、母方の祖父・弦一郎が工房を訪れた。手には古びた三味線を持っている。
「響、エンジンの音が気になってな」 三味線職人である祖父は、響の整備に独特の興味を示していた。
「おじいちゃん、聴いてみて」 響がエンジンを始動させる。始動音の後、深い轟きが工房に満ちる。4000回転、5000回転、そして7500回転。エンジン音が変化していく様は、まるで三味線の音色が変化していくかのようだった。
「なるほど」祖父が頷く。「お前なりの音を見つけたようだな」
その言葉に、響は決意を固めた。 「ねぇ、みんな。私たちでチームを作りましょう」 「チーム?」勇太が興味を示す。 「ええ。名前は...紅蓮」
健太も賛同の意を示した。祖父は静かに微笑んでいる。
響は最後に、祖父からもらった小さな鈴をZ400FXに取り付けた。 「これは...」勇太が尋ねる。 「魔除けよ。それと、音のお守り」
夜が更けていく中、響は工房で一人、Z400FXのエンジン音を聴いていた。父から受け継いだ整備の技術、母方から受け継いだ音への感性。それらが少しずつ、彼女の中で融合し始めていた。
「お父さん、私なりの道を見つけたわ。チーム紅蓮で、きっと新しい伝説を作ってみせる」
月明かりの下、Z400FXのレッドが深い緋色に輝いていた。響の挑戦は、ここから始まる。
続く