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第一章 祖母の織物への想い①
真央の幼少期の思い出
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真央が物心ついた頃から、祖母の佐藤つね子は常に織物に携わっていた。
古い機織り機の前に座るつね子の姿は、真央の心に強く焼き付いている。
「おばあちゃん、どうしてそんなに織物が好きなの?」
幼い真央が不思議そうに尋ねると、つね子は優しく微笑み、真央を膝の上に乗せて語り始めた。
「真央ちゃん、織物は命を吹き込む仕事なのよ。一本一本の糸に想いを込めて、模様を織り込むたびに、そこにはかけがえのない物語が宿るの。」
真央はつね子の言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
けれど祖母の表情は、織物への深い愛情に満ちていて、その思いは真央の心にもしっかりと伝わってきた。
「つね子さん、今日もお仕事かい?」真央の母・佐藤花織がつね子の部屋をのぞきながら声をかける。
「ええ、今日は真央ちゃんにも織物の楽しさを教えようかと思ってね」
つね子が笑顔で答えると、花織も柔らかな表情を見せた。
「真央、おばあちゃんに教わるのは嬉しいでしょ。
しっかり織物のこと、学んでおいでね」そう言って
花織は二人を見守るように微笑んだ。
つね子の部屋には、色とりどりの糸が整然と並べられ、織物の工程を示す図案が壁に貼られていた。
真央は指先で糸を優しくなぞり、その手触りに織物の温もりを感じた。
「ほら真央ちゃん、この糸はね、最高級の絹糸なのよ。
触ってごらんなさい」つね子が勧めるまま、真央はおずおずと糸に触れる。
「すべすべだね、おばあちゃん」真央が感嘆の声を上げると、
つね子は嬉しそうにうなずいた。
「絹は軽くて丈夫で、肌触りも抜群なの。この良い素材があるから、
私たちは最高の織物を作れるのよ」
つね子の話を聞きながら、真央は初めて織物の奥深さを感じ取っていた。良い素材を選ぶことの大切さ、そこに込める想いの重要性を。
「おばあちゃんが織る着物、本当にきれいだもの」そう言って真央は、つね子の仕事ぶりをじっと見つめる。
「全部が全部、同じようにはできないの。その時の糸の状態や、織り手の心持ちで、微妙に仕上がりが変わってくるのよ」
つね子はそう語りながら、機織り機に向かう。規則正しく杼を動かす姿は、真央の目にはまるで魔法のようだった。
「真央ちゃんも、いつか織物の魅力にとりつかれる日が来るわよ」
つね子は意味深な笑みを浮かべると、真央に語りかけた。
「私も、おばあちゃんみたいに素敵な織物を作れるようになりたい!」真央が目を輝かせて言うと、つね子は優しく頷いた。
「そのためには、沢山の経験と知識が必要よ。
一緒にがんばりましょうね、真央ちゃん」
「うん、がんばる!」真央はつね子に抱きつき、大きな笑顔を見せた。
幼い真央にとって、祖母の仕事場は魔法の部屋のように感じられた。
色とりどりの糸、規則正しく動く機織り機。そのすべてが、真央を魅了してやまなかった。
つね子の姿を見て、真央は漠然と悟ったのだ。
自分もいつか、人の心を動かすような美しい織物を作りたいと。
それが真央の、織物への憧れの始まりだった。
その日から真央は、つね子の手伝いを買って出るようになった。
まだ何もできない小さな手だったが、つね子は真央の手を優しく導いてくれた。
糸を選ぶこと、機織り機に糸をかけること、杼を通すこと。すべてが、真央にとって学びの機会だった。
「おばあちゃん、真央、将来は織物の仕事がしたいな」
ある日、真央がふと漏らした言葉に、つね子は驚きつつも、どこか嬉しそうな表情を見せた。
「真央ちゃんなら、必ずできるわ。
おばあちゃんも、全力で応援するからね」
つね子にそう言われて、真央は胸が熱くなるのを感じた。
幼い心に、織物への思いがますます強くなっていくのを感じながら。
そうして幼少期の体験は、いつしか真央の血肉となって、彼女を織物の世界へと導いていくのだった。
祖母から受け継いだ、織物への情熱を胸に秘めながら。