小説「霧の淵、朝日館の灯」第6章: 再び霧の淵へ
翌朝、霧の淵での体験を経て目覚めた亮介は、どこか清々しい気持ちを抱いていた。
部屋の障子越しに差し込む朝日が、彼の心を穏やかに包み込んでいる。
「少しだけ変わった気がする……」
亮介は心の中でそう呟きながら身支度を整えた。
朝食の席で、静香が穏やかな表情で話しかけてきた。
「昨日の霧の淵、特別な体験になったみたいですね」
「ええ。まだ完全に整理できたわけじゃないけど、少しだけ自分を許せた気がします」
亮介の言葉に、静香は優しく頷いた。
「霧の淵は、そういう場所です。あなたが必要なものを、自分自身で見つけられる場でもあります」
亮介はその言葉に深く納得した。
その日、雄一の案内で再び村を巡ることになった。
向かったのは、川沿いにひっそりと佇む茶畑だった。
静かに風が吹き、茶葉の甘い香りが漂っている。
「ここは、村の人たちが大切に守っている場所なんです。朝日館で出してるお茶も、ここの茶葉を使ってるんですよ」
雄一の説明を聞きながら、亮介は茶畑の景色に目を奪われた。
都会の喧騒とは全く違う、時間が止まったような空間だ。
「村の人たちにとって、霧の淵やこの土地は本当に特別なんだな」
「そうですね。ここでは、自然と一緒に生きている感じがします」
雄一の言葉に、亮介は自分が今いるこの場所が、ただの観光地ではないことを改めて感じた。
午後、雄一の案内で「白矢の石碑」を再訪した。
亮介は石碑に手を触れ、刻まれた文字をじっと見つめた。
「源義経が逃亡中にここで祈りを捧げた……。彼も、自分の未来を見つめるためにここに来たのかもしれないな」
亮介の言葉に、雄一は頷いた。
「そうかもしれませんね。この村には、そういう人を受け入れる力があるのかもしれません」
その言葉が、亮介の胸に静かに響いた。
夜、亮介は静香に呼ばれ、中庭で茶会に招かれた。
静香が手ずから淹れたお茶は、ほのかな甘みと苦みが調和しており、亮介の疲れた心をさらに癒してくれるようだった。
「静香さん、この村には本当に癒されるものがたくさんありますね」
「都会の生活は何かと忙しいですから、こういう静けさは貴重かもしれませんね。でも、それだけではなくて……」
静香は少し間を置き、続けた。
「この村は、人の心を少しずつ解きほぐす力を持っているんです。それは、霧の淵がそうさせているのかもしれません」
亮介はその言葉に深く頷き、お茶を飲み干した。
夜、部屋に戻った亮介は机に座り、小さなメモ帳を取り出した。
そこには、これまで感じたことや霧の淵での体験が、簡単な言葉で書き留められていた。
「自分を許す……過去と向き合う……」
亮介はその言葉を繰り返し、ふと気づいたように微笑んだ。
「またこの村に来たい。そのときは、もっと自分を好きでいられるように」
亮介の胸には、霧の淵で得た気づきが未来への希望となって宿り始めていた。
続く