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赤白の軌跡 禁断のCBX-三ない時代を駆けぬけた青春の記録 バイク小説 エピローグ『永遠の赤白』
工房の朝は、いつもと変わらない時間に始まる。 1990年の春、バブル経済の終焉が近づく中、全日本選手権の開幕戦を控えた鈴鹿サーキット。
母校での講演原稿が、作業着のポケットに入っている。 「技術と安全の両立について」 かつての三ない運動推進委員長から、若手技術者育成へ。 その変化が、今では新たな誇りとなっていた。
「城山、このデータ解析を頼む」 村上が最新のデータロガーを手渡す。 「高回転域でのトルク低下が気になるんだ」
僕はグラフを見つめながら、手元のレンチを握り直す。 NC07E型エンジンでの経験が、今、ここで活きている。 「点火時期を0.5度進めよう。それと、メインジェットも一段上げる必要がある」
「さすが」 神谷が、チーム監督として満足げに頷く。 「お前たちの判断は、いつも的確だ。瀬川さんの教えが生きているな」
ピットでは若いライダーが、自身初のレースに向けて準備をしている。 その目の輝きに、あの日の自分を重ねた。 赤白のCBXに魅せられ、同時に責任の重さに悩んでいたあの頃。
「城山さん、準備できました」 ライダーの声に、僕は黙って親指を立てる。 このマシンには、僕と村上の全ての技術が注ぎ込まれている。 そして何より、安全への深い理解が込められている。
レースは最終ラップまでもつれ込んだ。 ピットの緊張が最高潮に達する中、チェッカーフラッグが振られる。 そして、勝利。
表彰台の上で、若きライダーが歓喜の笑顔を見せる。 その傍らには、藤堂教頭の姿もあった。 「君たちの選んだ道は、正しかった」 その言葉に、胸が熱くなる。
夕暮れ時、瀬川モータースに戻ると、赤白のCBXが静かに佇んでいた。 工房には、整備専門学校の実習生たちが集まっている。 かつての三ない運動の時代とは違う形で、若者たちがバイクと向き合っていた。
「ただいま」 エンジンに手を触れる。 冷たい金属の感触が、懐かしい。
「よく頑張ったな」 瀬川さんが、いつものようにコーヒーを差し出す。 右足を引きずる彼の姿は、今では誇らしく見える。 「お前たちは、本物のプロフェッショナルになった。技術だけでなく、その先にあるものも見つけた」
工房の窓から差し込む夕陽が、CBXの赤白のカラーリングを優しく照らしていく。
あの日、ショーウィンドウ越しに見た光景から始まった物語。 プロレーサーの夢は形を変えたけれど、僕たちは確かな未来を掴んでいた。
技術は、夢を繋ぐ架け橋。 安全への意識は、その道を照らす灯台。 その想いと共に、新たな世代へとバトンを繋いでいく。 永遠に続く、赤白の軌跡として—。
[完]
これにて、『赤白の軌跡 -禁断のCBX-』は完結となります。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!