第一章 祖母の織物への想い②
祖母から聞いた織物の神にまつわる伝承
真央が少し大きくなった頃、つね子は真央を神社に連れて行った。
境内に鎮座する真清田神社は、織物の神様・萬幡豊秋津師比売命を祀る由緒ある神社だ。
「真央ちゃん、今日は一宮のお話をしてあげるわね」
二人が参道を歩きながら、つね子が語り始める。
「この辺りは、むかしから織物が盛んだったのよ。
それもそのはず、一宮のお守り神様は織物の神様なのだから」
「織物の神様?」真央が目を丸くしてつね子を見上げた。
「そうよ。萬幡豊秋津師比売命っていう長い名前の女神様なの。
その神様が、一宮に織物の技術を伝えてくださったんだって」
つね子の話に、真央の興味はますます高まっていく。
「昔々、天から美しい女神様が舞い降りてきたの。
麻や苧麻を引き延ばして糸にする技術や、機織りの技を、一宮の人々に教えてくださったそう」
「へえ、神様が直接教えてくれたんだ」真央が感嘆の声を上げる。
「でも、ただ技術を教えるだけじゃなかったの。心のあり方も、一緒に伝えてくださったんだって」
「心のあり方?」真央が首を傾げると、つね子は優しく微笑んだ。
「織物は、人の心が形になったものだから。どれだけ良い技術があっても、心がこもってなければ良いものはできない。織物に対する感謝の気持ちや、誠実な心を持つことの大切さを説いたそうよ」
「なるほど。織物は体だけじゃなくて、心も大事なんだね」
「その通りよ。神様は一宮の人々に、織物を通して心の豊かさも教えてくれたの。それが一宮の織物を特別なものにしているのよ」
つね子の言葉を聞きながら、真央は織物への敬意の念を新たにしていく。
「一宮に伝わるこの話は、私たち織物に携わる者の心の拠りどころにもなっているのよ。お守り神様への感謝を忘れずに、誠実に織物と向き合う。それが私たちの務めなの」
神社の境内に佇みながら、つね子は真央の手をそっと握った。
「真央ちゃん、神様から授かったこの織物の技を、守り伝えていくのが私たちの使命なのよ。いつかあなたにもその責任が託されるわ」
「真央、その重責をちゃんと受け止められるかな」つね子の言葉に、真央は深く頷いた。
「がんばる。萬幡豊秋津師比売命様に感謝の気持ちを忘れないように、一生懸命お仕事するよ」
そう答える真央を見つめながら、つね子は安堵の表情を浮かべた。
「あら、やっぱり真央ちゃんは私の孫だわ。その意気込み、とっても頼もしいわよ」
つね子に頭を撫でられ、真央は照れくさそうに微笑む。
神社を後にした二人は、夕日に照らされる一宮の町並みを眺めながら歩いた。
「この美しい景色も、みんな神様が守ってくださっているおかげなのね」真央がつぶやくと、つね子は優しく頷いた。
「そうよ。だから私たちも、神様への感謝を形にしないと。織物を通して、一宮に恩返しするの」
「うん、わかった。真央、精一杯がんばるよ」真央は空を見上げ、心の中で織物の神様に誓いを立てた。
一宮に伝わる神様の物語は、真央の心に深く刻み込まれた。
織物という文化を通して、神様と人々を結ぶ絆。
真央もいつかその絆の一端を担う存在になりたいと、強く思うのだった。
神社からの帰り道、真央の頭の中は神様の物語でいっぱいだった。
「おばあちゃん、萬幡豊秋津師比売命様のお話、もっと聞かせて」
「ええ、喜んで。真央ちゃんが織物の神様に興味を持ってくれるなんて、この上ない喜びだわ」
つね子はそう言いながら、神様にまつわる様々な伝承を真央に語って聞かせた。
真央はその一つ一つに、真剣に耳を傾けた。
織物の技術だけでなく、人の心までも豊かにしてくださる神様。
その存在を真央は、心の奥底に刻み続ける。
いつの日か、つね子のように一宮の織物を背負っていけるように。
そんな思いを胸に、真央は織物への思いを日々募らせていくのだった。
つね子から教わった伝承は、真央の人生の羅針盤となるはずだ。
時代が移り変わっても、神様への感謝の気持ちを忘れず、織物と真摯に向き合う。
それが真央の生きる指針になると、つね子は信じて疑わなかった。
「さあ真央ちゃん、神様の教えを胸に、明日からも織物修行の日々よ」
「はい、おばあちゃん。真央、がんばるから」
二人は力強く握手を交わし、織物の未来への意気込みを新たにしたのだった。
神様の御加護を信じ、歩んでいく道のりは果てしない。
けれど真央にはそれが、喜びに満ちた道のりに感じられた。
祖母の背中を見つめながら、真央もまた一歩一歩、織物の道を歩み始めるのだった。
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