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食の神様がついているガールフレンドと山の中にある不思議な料理店にたどり着いた。十年後、そこで善知識の歌に巡り合う。
まだ繁栄の輝きが残っていた90年代の中頃に、山里にある古い街並みで行われた美術展を見て、ガールフレンドと春の日差しの中レンジローバーを走らせてドライブを楽しんだ。
いつしか道は細くなり、車が来たらすれ違えないほどの道幅になった。
おやおや、どこかで道を間違えたのかな、当てもなく走らせてので致し方ないか。
「どこかでUターンしましょうか」
とガールフレンドに言うと
「ううん、もう少し進むといいことがありそうと私の中の神様が言ってる」
「えっ、でも何もない山道ですよ、それもかなり狭い」
「あなたと二人だったら大丈夫な気がする、きっと楽しいよ」
5分も走ると小高い山の頂上らしきところに辿り着く、ポツンと一軒の日本家屋が現れた。
楽しいことなのか怪しいことなのか、ガールフレンドの神様の言う通りになった。
「すごいですね、神様の言う通り建物が現れましたね。ところで何の神様なんですか?」
「食神よ、いいでしょ」
彼女の食の神様は正しいようで、目の前の建物は料理屋のようです、〇〇温泉〇〇屋とと小さく看板が出ていました。
車を降りて玄関に入るも、誰もいない。
料理屋ではないのか、暖簾はかかっているのだが?
「こんにちはー」
と声をかけてみる。しばらくして はーい と奥から声がした。
ちょっと小太りで小さい、顔はすこし横に広い何処かスターウォーズのヨーダを思わせるオバサンが着物姿に割烹着でやってきた。
向こうもこちらも少し怪訝そうに話が始まる。
「ここは、料理屋やですか?」
「はい」
「お昼ごはんを食べたいのですが」
「はい、ここはどこでお知りになりました?」
「たまたま、走っていてたどり着きました」
「あら、そう、どうぞ案内します」
と2階の和室に通されました。
「今の季節は山菜の天ぷらと鮎の塩焼きですがいいですか」
「はい」
「飲み物は?」
「お茶で」
「はい」
12時は過ぎているがお客は私たちだけのようでした。まあこんな山の奥にわざわざ昼食をとりには来ないだろう。小さな女将も驚いたようで対応もぎこちないような気がしました。
窓からは新緑が見えて気持ちのいい風が流れてきます。微かにいい匂いもしてきます、山藤の匂いでしょうか。
ヨーダのような女将が運んできてテーブルに並べた料理は大皿に持った数々の山菜を揚げたもの、コシアブラやウド、タラノメ、フキノトウ、見たこともない山菜もありました。鮎の塩焼きや山菜の酢味噌和え、ウルカもありました、もう盛りだくさんです。
「うまいなあ」
「美味しいねえ、こんな山菜初めて」
二人でお腹いっぱい食べたころヨーダのような女将がお茶と果物を持ってきて
「これで冬眠していた身体が目を覚ましますよ」
「えっ、なんのことですか」
と聞くと女将の言うのには、
人間の身体は冬の間は春や夏に必要な器官は冬眠していて、春に食べる山菜のアクによって眠っていた身体の器官を目覚めさせる、そうすると春夏用の身体になって暑い夏も病気にならずに快適に過ごせるそうだ。
さらに山菜のアクには土中微生物から得た身体のアップデートの情報も入っていて身体機能をアップデートするらしい。
もともと人間の身体は植物と微生物でできているので季節の変わり目にはきちんとつながってアップデートをしないといけないそうだ。
そういえば節句には食べるものやすることが決まっている、それは季節ごとのアップデートに必要なものだったのです。
あんなに食べたのに胃の中はスッキリしています、春の日差しを受けて気持ちのいい眠気がきました。身体が目覚め始めているのでしょうか。
「初夏には若鮎、秋にはキノコと落ち鮎、松茸もあるよ、そして冬には猪の鍋があるからまたおいで、特に猪はその年に獲れた交尾前の雌だから絶品だよ」
だって、ちょっと残酷だけれど魅惑的だね。
さすがガールフレンドの食神、とんでもない美味しいところへ案内してくれました。
それから春には山菜を食べに、冬には猪を食べに通って10年が経ちました、一緒に来るガールフレンドは随分と変わりましたが女将たちが作る料理の美味しさは変わりませんでした。
「ねえ、あんた電話したらすぐ来れるかい」
と女将に聞かれました。
「はい、比較的自由が効く仕事だからまあ大丈夫だけど、なんで」
「ほら、うちは川魚漁師だから鮎を獲るんだけどね、たまに外道が獲れるのさ、天然ウナギだったりサクラマスだったり、たまにもずくガニなんかもね」
「えっ」
と舌なめずりをする私
「外道だから普通のお客さんや大人数には出せないけど二人ぐらいならちょうどいい、10年見てきたけどあんただったら味もわかるし、一緒に来る女性もちゃんとしてる毎回違うけど、すぐ来れるのならどうかと思ってね」
「すぐ行きます」
と即答をしました、なんとも嬉しいお誘いでした。
10年通ってやっとです、嬉しかったなあ。
そういえば、一緒に行ったガールフレンドたちも私以上に舌ができていた。
「うわー、美味しい、身体にすんなり入ってゆくね」
「美味しいと嬉し涙が出てきます、美味しいです」
「あなたはさすがね、人としてはどうかと思うけど美味しいものがわかってるわ」
「関西からこちらに来て、美味しいものがないなあと思っていました、次元が違ってましたね」
一緒に美味しい時間を過ごせるのは楽しい、美しい言葉が並んで愚痴なんて一言も出ない。
彼女たちは会社の経営者だったり、アーチストやデザイナーだったりして、みんな自立している女性でおまけに美人で生意気でズケズケと本当のことを言う。
だから彼女たちとの食事は楽しい、私が設計した建物も彼女たちの評価が反省や自信につながった。
食事が終わる頃は夜になっていて、美味しい余韻を楽しみながら月明かりの中をドライブして帰ります。
至福の時間です。
若かりしころグルメの師匠に言われたことがあります。
「いいかい、快楽ごとは1日に二つしてはいけないよ、おいしい食の快楽を堪能するか、ステキな異性との快楽を堪能するか、一つでないとどちらかが色褪せる。余韻を楽しめないつまらんグルメになってはいけないよ」
だって、さすが分かってらっしゃる。
それから何年かはガールフレンドたちと天然鰻や淡水のカニを楽しんだ。川が違うと鮎の味も違うこと、環境を作っている微生物の仕業でここの川は優しい味の鮎が獲れると教わった。
他の川と比べてここは豊かな川の恵みがあるそうで日本でも有数なのだそうだ、初めて知った。
行くたびに、ヨーダのような小さな女将は、山や川のことをたくさん教えてくれた。
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川のハゼの刺身、その後唐揚げになる。
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初めて食べた、川に住む大きなカニの蒸し料理。
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鮎の塩焼きと鮎の味噌田楽
何度目かの訪問で階段の壁に飾ってある、飾り盆に目が留まった。
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これ、もしかして隠し仏教の相伝の証かしだろうか、十数年通っていて初めて気づきました、それともこの頃飾られたのでしょうか。
女将に聞いてみると
「先代の頃からあったもので久しぶりに飾ったの、なんだろうねえ詳しくはわからん」
だそうです。
「ねえねえ、なんだか面白そうなものを見つけたね、私にもおはなしくれる?」
とガールフレンドが眼を輝かせて首を傾げて見せた。
ひかりあり ひかりもとめて
きがんせよ こころのままに
ひかり さづけん
はなに あらしのときなるぞ
われは さいたる みねのいちりん
と筆書きがしてあります。
「綺麗な字だよねえ、ぜんぶひらがなでお名前だけ漢字なのはなんで、秘法相伝 五世宏尚 ってなんのことなの」
「親鸞は知ってる?」
と聞いてみた。
「鎌倉時代に活躍した浄土真宗の開祖でしょ、悪人でも天国へ行けると言った人」
「天国ではなくて浄土だけど、その通り。その親鸞が悟ったもう一つの真宗、隠された裏の浄土真宗の相伝を受けた証がこの飾り盆だろうね」
「何それ、浄土真宗に表と裏があるの?そんなことしたらダメじゃん、嘘ついてるということでしょ」
「まあそうだねえ」
「ねえねえ、面白そうじゃん、詳しくおはなししてよ」
彼女は俄然興味が出たようで、キラキラと目を輝かせている。
「隠れ仏教と言われていて、詳しいことはほとんど知られていないんだけどね」
「うんうん、あなたの話は面白いからおはなしして」
親鸞が隠して何百年も経っているのでほとんどの人たちは知らない、はっきりした文献も無いので詳しく知ることもできないが一部の人々によって現在も受け継がれているらしい。
今では口伝えや噂話からしか実態を知ることができない、未来を見に行く冒険を始めた頃知ったことでした。今、目の前にある飾り盆に描かれた絵や文字は隠し仏教の奥義を表したような雰囲気を醸し出しています。
「ねえ、秘法相伝って何?」
「ほら、仏教では仏法僧とよく言われるでしょ、仏は今なら阿弥陀さまとしよう、南無阿弥陀仏の阿弥陀如来だね、法は法則とか真理とか極楽にゆく方法という感じ、悟りでもいいかな、僧はお坊さんや仏教を学ぶ人、教団の人々、これが仏教の三つの宝と言われている」
「ふーん、で秘法はどうゆうこと、秘密の法則ということ」
「そう、それを授かった人だけが本当に極楽に行けたり、悟りが開けたり、まだ見ぬ能力が目覚めたりするらしい」
それを授けることが出来るのは奥義を理解して、正当な儀式を行えるのが善知識と言われています。最初は9人しかいなかったので、ほぼ巡り合うことはありませんでした。
「えーっ、誰でも悪人でも極楽に行けるんじゃないの」
「うん、極楽にはジョウポン、チュウポン、ゲポンとあってね、漢字でかくと上品、中品、下品となる、普通の人はゲポンで悪人はゲポン下あたりかな、下品なやつはダメだね」
「えーっ、親鸞は詐欺師なの」
ジョウポンあたりに行くと輪廻転生をすることがなくなるそうだ、学業の卒業のようなものだろうか、肉体レベルのことは全て学んだと言うこと、如来候補生の一人になったと言うことでしょうか。
「嘘も方便とか言うしね、で秘法相伝が出てくる訳、秘密の法、本物の法を伝えられた人の証があの歌なわけだ」
ひかりあり ひかりもとめて
きがんせよ こころのままに
ひかり さづけん
はなに あらしのときなるぞ
われは さいたる みねのいちりん
「これをわかりやすくすると、こんな感じかなあ」
本物の法がある、欲しければ一心不乱に願いなさい
そしたら本物の法を授けます
今、このときしかないぞ
私は本物の法を授けられる
唯一の善知識である
「ねえねえ、善知識ってなんなのお坊さんとは違うの」
「親鸞の教えの極意を極めた、本物の法を伝え人を極楽に導く儀式ができる人という感じかな、真宗正統派からは秘事法門として敵対しているのでお坊さんとはちょっと違うみたい」
「善知識は超能力も使えるの」
「まあ、800年も前の話だし、きっと持っていたと思うよ、でも親鸞は誰でも救うよと言ってるのに、息子の善鸞が金持ちたちに本物の法を高価販売して怒られて縁切りされてる、まあ宗教界にはよくあることだね」
昔の人たちは時代的に進化ができていないので、仏に帰依した人ですら目の前の欲に踊らされる、それも親鸞の実の息子、本当だろうか?
人が進化するとはそれほどまでに難しいのだろうか。
「じゃあ、そこで終わったの」
「うん、封印という感じかな、その後中興の祖と言われる蓮如が登場する」
「中興の祖って何?」
「衰退していた浄土真宗を立て直した偉い人のこと、この蓮如が立て直したにも関わらず、お坊さんたちは金儲けのために教えを使うほど堕落していたので愛想を尽かす、蓮如は死の直前に9人の弟子に本物の法を授け、善知識として野に放った。これが真の善知識となったと言われてる」
「すごーい、ドラマチックそれで」
親鸞と蓮如の間には200年の時がある、そして蓮如から現代までは500年もある、500年前に蓮如が愛想を尽かして本物の法を野に放った、残ったご立派なお寺には本物の法は無いということになる、500年もの間何に救いを求めていたのだろう、
救われた人は果たして何人いたのだろうか。
善知識は真の法で救うべき人を探して村々を旅して法を授ける。さらに善知識は自分が死ぬ前に3人の全知識を養成して野に放つ任を持っている、その弟子たちが現在まで続いているらしい」
「じゃあ、あのヨーダのような女将も法を授けられたのかなあ」
「さあどうだろう、法を授けられても門徒以外には悟られないようにしているからわからないよね、あの飾り盆も本物である確証はないし、善知識の話も本当かどうかはわからない」
時は残酷だアップデートしない限りこの世にある全てのものを老朽化してゆく、物や思想、宗教すら古臭いものにしてゆく、アップデートされない宗教や思想が必要なのだろうか、必要ないよね。
それとも本物の法は時空を超越しているのでしょうか。
「あなたは宗教や善知識はどう思っているの」
「昔の人はまだ旧タイプの心身だったので宗教や儀式が必要だったけれど、新タイプの心身を持った人たちに必要なものはちょっと違うのではないかな」
「かっこいいこと言うね、それは何かわかったの」
「まだ、もうすぐ悟りそうだけどね」
と答えた、私の未来を見に行く冒険はそれを探すために始めたのだ。
悟りだとか、宇宙と繋がるとか色々言われているけど今だに明確に答えている人はいない。随分低いところで繋がっていたりする、肉体を持った限界がある。
「ねえ、あなたはどうして何でも知ってるの?」
「えっ、私は建築家だから正しい判断をしなきゃいけないので何でも知るようにしてる」
「そんな建築家に遭ったことないんだけど」
「目の前にいるじゃん」
店を出たのは8時過ぎだった、こんな話をしながら高速を使わずに下道を通って3時間くらいかかって帰ってきてガールフレンドの家まで送った。
「ねえ、おうち寄っていく」
「いや、快楽ごとは一日一つにしてるんだ、グルメの師匠が教えてくれたからね」
「もう30分もすれば日付が変わるわ、どうぞいらしてくださいな」
「あっ」
それから何年もしないうちにヨーダのような小さな女将から連絡が来た。
「お店を閉めるから食べにおいで」
「どうしたんだい」
「この頃は、なかなかいい山菜が取れなくなってね、お父さんはずいぶん山奥に入るようになったのさ、危なっかしくてね。猪の猟師さんも歳をとって猟を止めると言い出してね、まあ潮時さ」
「なるほどな、色々教えてくれてありがとう、おかげで美味しいものがたくさん食べれたよ」
「あんたたちはいつも本当に楽しそうにうちの料理を食べてくれた、嬉しいねえ」
「じゃ、またね」
大切にしたいものも消えてゆこうとする、巡りあえた幸運に感謝かな
美味しいものに巡り合うのも善知識に巡り合うのもスペシャルラッキーが要りますね。