おもしろくなかった話


#創作大賞2023   #恋愛小説部門


A雄とB子はいわゆる恋人同士である。
A雄は資産家の話好きでB子は人の話を聞くのが好きな普通のOLだった。
いつもの喫茶店でコーヒーをすすりながら、A雄が切り出した。
「ねえ、おもしろい話仕入れてきたんだけど、聞く気ある?」
また始まった。最近A雄のこの手の話は耳にタコが出来るくらい聞いている。
実にたわいのない話ばかりなのだ。
そこはもうすぐ三十路を迎えるB子のことである。嫌な素振りひとつ見せず、目は興味津々といった顔で言ったものだ。
「ねえ、何、何?」
この男は逃がしちゃならない。そう心の中で言い聞かせ、
「すみませーん。コーヒーおかわり!」
と言ってカップの残りの液体をガブリと飲み干した。新しいコーヒーが入るまで待って、A雄は切り出した。
「あのなあ、昔、昔、C国でたいそう立派な貴婦人がいたんだって。もちろん貴婦人って言うくらいだからすごいお金持ち。欲しいものは何でも手に入れていたんだって」
「フム、フム」
と言いながら、B子は私絶対楽しそうな顔してるよな、と思っていた。
「それでね、その貴婦人って言うのが大の犬好きでさあ。特にC国では犬はお金持ちの象徴と言う事もあってさあ、いっぱい飼っていたんだよねえ」
そりゃそうだ、C国ってとこは犬は食料にするくらいだから、などと思いつつ、
「いっぱいって何匹くらい飼っていたの?」
せいいっぱい、愛らしく首を少し傾けて言った。(馬鹿みたい……)
「そりゃあ、いっぱいって言うくらいだから、10匹くらいかなあ、それとももっといっぱいかなあ?」
「それじゃあ、毎日の世話が大変だね。食事とか、散歩とか」
「何言ってるの、お金持ちだからそういうのはお付の人がやるんだよ」
「貴婦人が大金もちだから、お付の人もお金持ちかなあ」
「馬鹿だなあ、お付の人は貧乏に決まっているよ。お付って言うくらいだから」
何か訳のわからないことを言ってA雄はコーヒーをすすった。
「わかった、お付きの人はやっぱり貧乏なんだ。だから、毎日みんなで犬を1匹づつ食べたんだ。でもあまりいっぱい犬がいたから貴婦人は気づかなかった。そこが何となくすごくおもしろい」
「………」
まずい、話を勝手に進めてしまった……。
「ちょっと待って、勝手に話を作らないでよ。そうじゃあないんだよ」
「ごめん。そうだったらすごくおもしろいかなあ、なんてね」
A雄はちょっと不機嫌そうな顔で、言った。
「確かにちょっとおもしろそうだけど……。おれの話を最後まで聞いてよ」
「はあい」
と言って、B子は素直に聞くことにした。
「それでね、犬はお金持ちの象徴って言っただろ。その中でも白い犬は特に珍重されていたんだって」
「もちろん、ただ白きゃ良いってもんじゃあない。頭のてっぺんから尻尾の先まで純粋に白くなくてはいけないんだ」
「体の中で一点のくもりもあっちゃあいけないんだ」
B子は得意満面に話すA雄の顔を見ながら、
そうすると、とりわけスピッツとかマルチーズなんてC国ではすごく高く売れる。
近所にシロなんて真っ白な雑種がいたけど近所の人は誰も相手にしていなかったけど、シロとしてはC国で生まれたかったろうなあ。などと、勝手に想像を巡らせながら、
「あの…、質問してもいいかしら?」
「さっきから体の全身が真っ白じゃなくてはいけないって言っていたけど、鼻と目も白くなくてはいけないの?」
B子は白目の犬を想像して、気持ち悪くなった。
―目が白いわけないか―
A雄は憐れむような顔で言った。
「目が白い犬なんているわけないじゃない。目は何色でも良いんだよ。ただし、鼻は黒が一番とされていたんだよ」
「へえ、そんなもんなんだ」
B子としてはとうてい納得出来なかったけど、話がややこしくなるのでそれ以上突っ込むのはやめることにした。
こんな話のどこがおもしろいのかしら?
A雄はB子の訝しそうな気持ちを見透かしたように、
「さあ、これからが話のクライマックス、おもしろい話のメインストーリー、しっかり聞いてくれよ」
と言いながら、カップの残りの液体を一口音をたててすすった。
「さっきも言ったように大金持ちの貴婦人、お付きの人がいっぱい。彼らとてお金は欲しい、貴婦人には気にいられたい。そこで彼らは国中の白い犬を捜し歩いたんだよ」
「何年も何年もかかって、貴婦人の前に献上された犬は何十匹、いや何百匹となった。しかしその中で一匹たりとも真っ白い犬はいなかった。ある犬は背中にちょっと灰色が混じっていたり、ある犬はお腹の上の方に少しだけ茶がまじっていたりと、遠目には白い犬に見えたんだけど、純粋に全身が白い犬は現れなかったんだ」
「貴婦人は大層がっかりして、しばらくすると病気で寝込んでしまった。
お付きの人はとても心配したがどうする事も出来なかった」
A雄は物語を読むようにたんたんとしゃべり続けた。
「ちょっと、ちょっと待ってよ」
B子はがまんできずに言った。
「この話のどこがおもしろいのよ。どっちかって言うと悲しい話じゃないの」
「あっ!そうか」
B子には人の話を先読みして、ついそれを口走ってしまう癖があった。
「きっとその貴婦人は食欲も無くなりますます病気が重くなり、ちょうど食糧難と重なり、でも集めた犬がいっぱいいたので食料には困らず生きていけた。そして病気も治り、あとでそのことを知った貴婦人が『ワ・ン・ダフル』と言って喜んだ。めでたしめでたし」
「いやあ実におもしろい話じゃない?」
B子は一人で勝手に喋り続け一人で悦に入っていた。
「ううん、ううん、そうじゃあないんだ。何を何を勝手に話を作っちゃうんだよ」
A雄は悲しそうな顔で哀願するように言った。
「これから話がクライマックスなのに話の腰を折らないでくれよ」
これから話が終わるまでは黙っていることを約束させられ、A雄はコップの水をごくっと一口飲んだ。
「貴婦人が病に倒れたところまでは、話したよね。その原因は真っ白な犬が見つからなかったからで、心の病ってやつだよね」
「ところが、隣村の若者が貴婦人の所へやって来て言ったものだ」
「貴婦人に会わせてください。探し物を見つけてまいりました」
その若者は脇に袋のような物を抱えていた。袋はガサゴソとなにやら動いていた。
それを見たお付のひとりが早速貴婦人のところへ案内した。貴婦人は豪華な部屋の豪華な椅子に座って若者に言った。
「おまえが、私の探しているものを見つけてきてくれたのかい?」
若者は恭しく頭を下げながらその袋を両手で高々と貴婦人の前に差し出した。
貴婦人は袋をまるで柳のような細い白い腕でそっと抱き寄せた。
その袋は良く見ると三つの部分に分かれていることが解った。頭の部分と、体、それと尻尾の部分だ。袋はなにやら苦しそうにもがいていた。
貴婦人が最初に頭の部分の袋をそっと外した。最初に現れたのは大きな真っ白な耳と、大きな真っ黒な目だった。鼻は黒かった。
貴婦人は耳の裏からあごの下まで丹念に調べると言った。
「頭は真っ白だわ。なんて素敵な犬かしら!」
犬は袋をかぶせられて暑かったのか長い舌を出してハア、ハア息をしていた。
貴婦人はまるで久しぶりに恋人に会う乙女のように息を弾ませていた。
そして、次に体の部分の袋をそっと外した。
体の部分が現れた。全身真っ白だった。それでも貴婦人は背中の毛を丹念にめくるようにして調べると、うん、うん、と一人頷きながらお腹の部分を確認した。
「まあ!なんてことかしら!体も真っ白だわ!」
叫ぶように言うと、震える細い指で尻尾にかぶっている袋を外しにかかった。
「ああ!神様!」って言ったかどうかは解らないが、貴婦人の気持ちは願いそのものだったに違いない。
そして、最後の袋が取り除かれた。
それを貴婦人はしげしげとながめて両手を肩幅より少し広げて大きな声で言った。
「尾も白い!」(おもしろい!)
おもしろい話はこれでおしまい。
「………………………………!!」
「は、は、は、笑うしかないよね」
B子は思った。タイトルと違うじゃん。しかも最後が駄洒落とは。
呆然自失しているB子に向かってA雄が言った。
「お・も・し・ろ・い・話だったろ?実はこの話には後日談って言うものがあってね。その若者は貴婦人に大層喜ばれて、お金と地位をもらい一生楽しく過ごしたんだって」
B子は話の間中ずっと我慢していた何かが弾けとんだ。
「ちょっと待ってよ。なにがおもしろい、なのよ。だいたいタイトルと違うし後日談なんて最低!」
そう言いながら、何やらブツブツ言っていたかと思うと、
「私が後日談を話してあげるよ」
そう言うとB子は勝手に喋りだした。
貴婦人はその犬を大層気に入って一日中片時も離さずそばに置いていた。食事も散歩も自ら行い、毛の手入れは毎日欠かさずやっていた。そうこうしているうちにあっという間に何日か経ったある日のこと、何時もの様に毛の手入れをしている時にそれを発見した。
最初に頭を何時もの様にブラシで梳きほぐしていたところ、なにやら頭のてっぺんに、そこだけが禿げかかった様に、薄茶色の体毛を見つけたのだ。驚愕のあまり手に持っていたブラシを取り落とすほどだった。そして言った。
「まあ!なんて事なの!頭は白くないじゃないの!」
何とか気を取り直して、体のほうをブラッシングし始めるとそこにも背中の一部分が禿かかった様に薄茶色の体毛を発見した。
「な、な、なんて事なの!体も白くないじゃないの!」
この時貴婦人はめまいがして倒れそうになった。すかさずお付きの一人が貴婦人の体を支え、言った。
「お気を確かに、お気を確かにお持ちください」
貴婦人はやっとの事で顔をあげると再びブラシを手に取った。顔は引きつり目は空ろだった。そして尻尾を何時もの様に梳かし始めた。そこに再び薄茶色の体毛を見つけると、貴婦人はそのままバッタリと倒れこんでしまった。
お付きの人が何人もそばに駆け寄り、
「どうなさった?どうなさった?」
と言いつつ集まってきた。一番近くにいたお付きの一人が首を横に振りながら言った。
「尾もしろくなかった。(おもしろくなかった)」
お・も・し・ろ・く・な・か・っ・た・話、おしまあい。
B子はそこまで一気に話すと、コップの水を一気に音をたてて飲み干した。
「どう?おもしろくなかった話、おもしろかったでしょ?」
A雄は何も言えずB子をじっと見つめたまま、
「おもしろくなかった話、おもしろくなかった」
と訳のわからないことを言った。明らかにおもしろくなさそうだった。
B子は一人笑いをかみ殺し楽しそうだった。
その後二人の関係はどうなったかって?
B子には、お・も・し・ろ・く・な・か・っ・た・話になってしまった。

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