タスマニアを歩く4:オーバーランドトラック
世界中のハイカーを魅了するオーバーランドトラック。鬱蒼とした原生林、青々とした湖、ゴツゴツとした岩山がハイカーを楽しませてくれる。そんなオーバーランドトラックを歩く4泊5日の旅。
ハイカー憧れのオーバーランドトラック
オーバーランドトラックはタスマニアのクレイドルマウンテンからセイントクレア湖まで続く65kmのトレッキングコースだ。世界遺産区域にすっぽり入っている。所々にサイドトリップがあって、タスマニア最高峰のオッサ山(1617m)にも登ることができる。
通常は6日間で歩くようだが、僕は5日で歩いた(正確には6日歩くセクションを僕は4日で歩き、ボートを使うセクションを1日かけて歩いた。つまり通常7日かけて歩くルートを5日で歩いたということだ)。シーズン中は1日当たりの人数が制限されており予約が必要で、山小屋やキャンプサイトの使用料込みで200AUSドル(約15000円:2019年2月)の入場料が必要だ。
安くはない入場料だが、年間9000人がオーバーランドトラックを歩くらしい。ロンリープラネットで世界のベストトレッキングコースの1つに選ばれたこともあるらしく、世界中からハイカー達が訪れるようだ。
しかし僕はわざわざオーバーランドトラックを歩くためにタスマニアに来たわけではない。タスマニアを歩きたいとは思っていたが、その時はオバーランドトラックの存在も知らなかった。オーストラリアに住んでいて、タスマニアに行くチャンスがあったので、ハイキングコースを探していた時に見つけたという感じだ。実際わざわざ遠くから仕事を休んで来ている人もいたので、どことなく彼らとの温度差を感じることもあった。
僕はタスマニアに行くことを決めた時に、オーバーランドトラックのほぼ埋まりかけた予約から空きを探し出して予定を組んだ。歩き始める前の日にクレイドルマウンテンのビジターセンターでチェックインをした(当日でもできる)。オーバーランドを歩く準備が整ったわけだ。
DAY1:Ronny Creek to Lake Windermere + Barn Bluff
オーバーランドトラックのスタート地点は前日に行ったドーブ湖より手前のロニークリーク(Ronny Creek)からスタートする。朝一番のバスに乗り、スタート地点で降りて歩き始める。
この日はコースタイムでは2日かけて歩くコースだ。しかしながら2日目の行程が短く、基本的に歩くのが早い僕はこのコースを1日で歩くことにした。しかもサイドトリップであるクレイドルマウンテンは前日に登ってある。
最初は木製の歩道になっていて歩きやすかったが、次第に登りになっていく。この登りがこの日のコースで一番高低差がある。湖を望めるビューポイントまで一気に登りきり、そこからは割とゆるやかなトラックがクレイドルマウンテンまで続いていた。ちらほらと人がいたがデイハイクのようだった。
やがてクレイドルマウンテンへの分岐に差しかかった。目の前にはクレイドルマウンテンがそびえ立っている。僕はオーバーランドトラックの方へ進んでいく。一気に人影が減った。次第にクレイドルマウンテンから遠ざかっていく。
すると今度はポッコリと突き出したまさに「げんこつ山」と呼べるバーンブラフ(Barn Bluff)が近づいてくる。前の日にクレイドルマウンテンの頂上から見た山だ。この山もサイドトリップの1つだ。僕は思わず「あれ登れるのかよ」と苦笑してしまった。本当に登れるか不安だったが、時間もあったので行けるとこまで行ってみることにした。分岐点にバックパックを置き、携帯ザックに必要なものを持って山へ向かった。
最後の急登は前日のクレイドルマウンテンとほぼ似たような感じだった。むしろクレイドルマウンテンの方がきつかったかもしれない。下から見ると登れそうに思えないが、登ってみると登れるものである。
頂上には頂上とわかるものはなく、「だいたいここだろ」というところに立って満足し、あとは適当に眺めのいいところで昼食を食べつつ景色を堪能した。昨日とは違い快晴だった。眼下には真っ青な湖が見下ろせた。遠くには山々が見え、地図でこれから歩くルートと照らし合わせた。
十分に景色を堪能した後下山する。途中男の子とお父さんとすれ違った。男の子はお父さんを後にして軽快に駆け上がっている。ふもとまで降りると、今度は女の子とお母さんが岩に座って山を見上げていた。僕が挨拶するとお母さんが「上きれいだった?私たちはもう無理。ここで待ってるわ」と言い、女の子も「私も無理」と言っていた。そうか、さっきの2人を待ってるのか。なんだか微笑ましかった。子どもを持つなら男の子と女の子が欲しいものだと思った。お父さん1人で山を登ってくるなんて寂しいではないか。
分岐に戻って再び重いバックパックを担ぎ先へ向かう。途中の山小屋に寄って、さらに先を進んだ。道は緩やかで、所々で原生林の樹海を見渡せた。途中湖を眺めたりして、時間をかけてウィンダミア湖(Lake Windermere)のキャンプ場へ到着。残念ながらテントスペースはいっぱいだったので山小屋に泊まることにした。どうやらテントで寝る人が多いようだった。やはり個人のスペースを確保したいということだろうか。
山小屋にはある程度人がいた。年配の人が割と多かった。山小屋よりはテントで寝たかったが、テントをたてる手間も省け、それに暖かかった。
DAY2:Lake Windermere to Pelion + Mt. Oakleigh
この日は割と早めに出発したが、周りはガスに覆われて何も見えなかった。僕は黙々と歩くことに集中した。しばらくすると晴れてきた。
特にこれといった眺めもなく、ペリン(Pelion)小屋に着いた。もうすっかり晴れていた。割と早く着いたようで、小屋には人がいなかった。大きな山小屋だったので、この日もテントではなく山小屋に泊まることにした。まだ時間があったので、小屋から見えるオークリー山(Mt. Oakleigh)まで行ってみることにした。
しばらくは開けた平地を歩いていたが、やがて森の中へ入っていった。あまり人が通らないのか、整備されておらず道がわかりにくかった。注意深くルートを示すサインを見逃さず先へと進んでいく。次第に登りが急になり、ゴツゴツした岩場へ出ると道はゆるやかになった。
もはやどこが山頂かわからなかったので眺めが良さそうなところで休んでいると、ふとハイカーがやってきた。ペリン小屋に泊まっているらしく、1日かけて周辺を散策しているらしい。どうやらまだ先にルートがあるようで、眺めがいい場所を教えてくれた。しばらく話したあと僕はその先に行ってみることにした。
教えてもらったとこまで行くと、崖のヘリまで出た。眼下には岩がオベリスクのように突き出した岩があり、なかなか圧巻だった。
しばらく景色を堪能し小屋へと戻った。途中汗を流すために川に入ったが、水がとても冷たかったので数秒しか耐えられなかった。
小屋へと戻ってもまだ日が暮れるまで時間があったので、近くの古い小屋まで散歩に行った。途中年配のハイカーとすれ違い、「いい小屋よ。気にいるわよ」と言われた。「気にいるわよ(You'll like it)」とはなかなかいい表現だなと思った。確かにこじんまりとした小屋はなかなかいい場所だった。
DAY3:Pelion to Kia Ora + Mt. Ossa
この日も割と早く出発した。この日はサイドトリップとしてタスマニア最高峰オッサ山(Mt. Ossa)に登る。小屋からのトラックは森の中を歩く緩やかな登りだった。やがて峠にさしかかり、左右には山がそびえていた。1つがオッサ山だった。バックパックを分岐に置いて、最小限の荷物だけ持ってオッサ山へと向かった。
オッサ山も他の山と同じように最後の登りが岩をよじ登るような山だった。こういった山が多いのがタスマニアの特徴かもしれない。案の定頂上を示す看板はなく、「ここが一番高いであろう」岩の上に登り、頂上を制したことにした。オッサ山はタスマニア最高峰とは言え1617mしかない。しかし、タスマニアの最高峰を制したことは感慨深い。頂上からは遠くまで見渡せた。もうクレイドルマウンテンがどれかよくわからないほど遠い。随分と歩いたものだと我ながら感心した。そのあとも結構時間をかけて山頂付近を散策した。
分岐へ戻り、今日のキャンプ場へと行く。割と早い時間につき、テントを張る場所を確保できた。近くの川で身を浸し汗を流す。
DAY4:Kia Ora to Narcissus
この日のサイドトリップは「滝」だった。たいして滝には興味がなかったが、せっかくだから見ておくことにした。トラック自体はほぼ森の中だった。途中には3つの滝があった。
「たかが滝」となめていたが、意外にも見応えがある迫力のある滝だった。メイントラックへの戻り際、すれ違ったハイカーに「滝はどうだった?」と聞かれたので「見る価値あるよ」と言っておいた。まあ、価値は自分で決めるものだからいいだろう。
この日のコースも2日分を1日で行く行程で、途中の小屋でちょうどお昼だったので景色を見ながら昼食を食べた。
次第にトラックは緩やかになっていった。湖が近いのだろう。その分もう山の景色が見えないと思うとさみしくもあった。
この日の小屋へ着いた。小屋の混み具合を見てテント泊か小屋泊かを考えたが、結局その日は僕1人が小屋に泊まった。他に3組くらいテントを張っていた。途中の小屋は混んでいたのに、他のハイカーはどこへ行ったのだろう。
そのうちの1人はオージーのおばあちゃんだった。最初は英語で話していたが、突然片言の日本語で話かけてきた。どうやら最近日本語を勉強し始めたらしい。この歳で日本語を習い始め、一人でハイキングをし、しかもテントで寝ている。なんとタフなおばあちゃんだろう。でも彼女は華奢で、笑顔は少女のようにキラキラしていた。
もう1人テント泊のオージーのおじちゃんが小屋でご飯を食べていた。どうやら休みをとってクイーンズランド州からわざわざオーバーランドトラックを歩きにきたという。短パンがよく似合っていた。少年がそのまま大きくなったようなおじちゃんだった。
オーストラリアやニュージーランドを旅していると、彼らのようないくつになっても新しいことにチャレンジしている人たちに会うことが多い。その度に「自分もいくつになってもいろんなことにチャレンジしよう」と刺激を、そして勇気をもらう。
小屋から湖まで近かったので、夕暮れ時に湖まで歩いてみた。湖は穏やかで静かだった。夕暮れに照らされる山や湖がうつくしかった。
その日の夜、小屋の近くから星を眺めた。南十字星、マゼラン雲、天の川がくっきりと見える晴れた夜だった。いつまでも眺めていたかったが、寒かったので小屋に戻り寝袋に潜り込んだ。
DAY5:Narcissus to Cynthia Bay
通常はここからボートでセイントクレア湖のビジターセンターまで行くらしい。だがあまり安い値段ではなかったし歩けないわけではないので、僕にはボートを使うという選択肢はなかった。
この日のコースは湖沿いを歩く特に起伏のないコースだった。空は曇ってた上に森の中だったので、歩きながらそこまで湖が見えるわけでもなかった。次第に近づいてくるゴールを前に「もう終わってしまうのか」とそんな気持ちだった。まだ何日も歩いていたい気分だった。
ゴールであるセイントクレア湖のビジターセンターに近づくにつれ晴れてきた。湖は透き通っていてきれいだった。ビジターセンターまであと少しというところで、湖を眺めながら昼食を食べた。
ビジターセンターは多くの人で賑わっていた。途中で会った見知った顔もちらほらいた。皆歩き終えた喜びを分かち合っているようだった。僕も久々のシャワーを浴びて、観光地プライスの炭酸ジュースを飲んで完歩を祝った。
予約していたシャトルバスも時間通り出発し、その日のうちにロンセストンへと戻った。大して大きな街ではないが、騒がしく思えた。6日も自然の中にいて、夢から覚めた気持ちだった。
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これでタスマニアでのハイキングトリップが終わった。どこかでニュージーランドと比べてしまうこともあったが、タスマニアはタスマニアで見応えのある自然が広がっていた。特にオーバーランドトラックはどことなく足早に歩いたので、もっとサイドトリップしてもよかったなと思う(早く歩いても、日数かけても入場料は変わらないし)。まだまだ歩きたいところはあるので、またタスマニアには来たい。
僕はロンセストンで数日過ごした後、フェリーでタスマニアを後にした。
(タスマニア旅行:2019年2月)
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