特許を取得しておけばと思う発明
弁理士の坂岡範穗(さかおかのりお)です。
今回は、特許を取得しておけばと悔やまれる事例を紹介します。
但し、これは坂岡の個人的な意見です。
皆さまは、オートバイの排気管の一種である集合管というものをご存じでしょうか?
これは、例えば4気筒のエンジンに接続されている排気管を、エンジンの下あたりで集合させて、1本にまとめるというものです。
この集合管を発明されたのは、オートバイ業界では超有名なヨシムラ(株式会社ヨシムラジャパン)を創業された、ポップ吉村こと吉村秀雄氏といわれています。
写真:株式会社ヨシムラジャパンHPより引用
1971年にアメリカで行なわれた、オンタリオ250マイルレースで初披露されました。
それ以前は、いかにエンジンからの排気のヌケを良くするかだけが着目され、各気筒に1本ずつのマフラーが設けられていました。
写真:https://ja.wikipedia.org/wiki/MV%E3%82%A2%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%82%BFより引用
これを、吉村秀雄氏が、各気筒からの排気管を1本にまとめて集合させた、集合管を発明したのです。
この集合管、何が良いのかと申しますと、先ずは軽量化です。
エンジンの下までは4本の排気管が延びているので、途中までの重さは変わりません。
しかし、集合してからの後ろ側は、これまで4本あった排気管が1本で済みますので、その分軽くなります。
さらに良いことがありました。
なんと、馬力が向上するのです。
馬力が向上する理由は、排気脈動を利用して、次に排気される排気ガスを引っ張り出すことができるからです。
(但し、これは4ストロークエンジンに限られます。2ストロークエンジンはチャンバーといわれるツチノコみたいな排気管を採用し、逆に次の排気ガスを押し戻す作用を有します。)
もう少し詳しく書くと、一般的に4気筒エンジンは4気筒全部が一度に爆発するのではなく、気筒ごとに決まった爆発順序で爆発させて、その順序通りに排気ガスを出します。
このとき、先に爆発した気筒から排気された排気ガスというか排気脈動が集合部分に到達したタイミングで、次の気筒から排気ガスが排出されるようにするのです。
すると、先の排気が流れる勢いで、次の排気ガスを引っ張り出すことができるのです。
これを連続して行なうことで排気効率が向上し、馬力が上がるのです。
当然に、集合管の効果を目の当たりにした他のメーカーやチームは、こぞって真似をしてきます。
そうやって、集合管はまたたく間にオートバイのレース業界に広まりました。
その後、アフターパーツを扱うチューニングショップが、市販車向けに製作して売り出したり、車種によっては純正の状態から集合管が採用されたりしました。
これ、仮に吉村秀雄氏が特許を出願して特許権を持っていたらどうなっているでしょうか。
恐らく、高額なライセンス料を払ってでも、他社は使わせてくれと言ってくるでしょう。
レースのレギュレーションで特許権が及ばないというルールがあったとしても(あるかどうかは知りませんが)、メーカーやチューニングショップからしてみると垂涎ものです。
新たなアイテムを作って売ることができるからです。
恐らく、特許の権利収入だけでも相当な利益が出たのではと推測されます。
しかし、当時の吉村秀雄氏にとっては仕方がないことだと思います。
現在でも中小企業においては、知的財産権に対する意識が低い会社さんがたくさんあります。
ましてや、約50年前のことですので、特許まで考えが及ばなくても仕方がないかもしれません。
また、NHKのドキュメンタリー番組で吉村秀雄氏のことが放映されていましたが、当時の規模で特許費用を捻出できるのかというのもあるでしょう。
日本だけならまだ何とかなったかも知れませんが、海外にも特許を出願すると莫大な費用が必要になります。
当時、海外にも特許出願することは、大企業しかできなかったのではと思います。
吉村秀雄氏が率いるヨシムラは、その後も「サイクロン」「DUPLEXサイクロン」といった集合管に関する発明をします。
「サイクロン」は、集合管の集合部分の配列を工夫して、排気順序によって集合部から後の部分において排気が渦を巻いて回転しながら流れていくというものです。
ペットボトルに入れた水を排出させるとき、ペットボトルをそのまま逆さにするより、少し回してやって中の水に渦を作ると速く排出されるのと同じ原理です。
さすがに、これはスズキ自動車と共同で特許出願をされていました(特開昭57-186013です)。
残念ながら拒絶査定となったようです。
画像:特開昭57-186013号公報より引用
もう一方の「DUPLEXサイクロン」は、排気管のうちエンジンの排気ポートに比較的近い部分を、小さなチャンバーを用いて連結するというものです。その後、排気管がエンジンの真下あたりで集合されるという構成は同じです。
こちらは特許の公報を探したのですが、見つかりませんでした。
きちんと検索すれば見つかるかも知れませんが、今回は簡単に見ただけですので。
いずれにせよ、吉村秀雄氏が残された功績は非常に大きなものがあります。
手の感触だけでエンジンの吸排気バルブを動作させるカム山を削り出す、その腕前はゴッドハンドと呼ばれていました。
日本人の技術魂を見せられているようです。
坂岡特許事務所 弁理士 坂岡範穗(さかおかのりお)
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