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ヤバい団体に勧誘された話


この話は100%ノンフィクションだ。

前日

22歳の夏、僕は日常に退屈していた。
高校卒業後に就職した地元の会社の仕事にもある程度余裕が出てきた僕は、心機一転して実家を出て一人暮らしを始めた。

駅から近い新築のアパートだった。念願の自分だけの城にひとしきり新品の家具家電を買い揃え、初めこそ1人の生活は新鮮なことばかりだったが、1ヶ月もすればそれにも慣れてしまった。

仲の良かった友人達も地元を離れ、休日は1人で過ごすことが多くなった。目的もなく天神駅周辺に買い物に出かけたり、居酒屋で1人飲みをしていた。

母子家庭かつ兄弟もいなかった僕は一人に慣れていた。
しかし寂しさを一切感じていなかったかと言えば嘘になるかもしれない。

そんな退屈と少しの寂しさを解消するべく、僕は苦肉の策で「ローカル掲示板アプリ」を使って遊び相手を探すことにした。

そのアプリでは様々な投稿があり、合コンの数合わせ、バンドメンバーの募集、中には少し怪しげなバイトの募集まであった。

その中で一つ、目に留まった投稿があった。

カラオケ大会の参加者募集!どなたでもどうぞ!

カラオケで歌うことは好きだったし、これなら仮に話が合わなくても困ることもなさそうだと思い、投稿主にメッセージを送った。

「参加したいのですが」と送るとすぐに「参加ありがとうございます!やり取りはラインでも構いませんか?」と返信が来た。

初めて利用する掲示板アプリだったのですぐにラインに移行を促されることに僕はなんの躊躇いもなかったが、後から聞いた話では実際に会うまでは掲示板上でやり取りは完結することが殆どらしい。

募集主のラインアイコンは少し風変わりだった。

魚だった。それも水族館で撮るような生きた魚ではなく、スーパーに陳列されている目の死んだ食用の魚という印象だ。

その魚を部屋の一室に合成したような奇妙な画像だった。

その時はまだそのシュールな画像に嫌悪感ではなく、むしろユーモアを感じ相手に少しの好感を持った。

彼のことは魚男と呼ぶことにした。

魚男とのラインのやり取りは概ねこのような流れだった。

魚男「開始時間は23時で少し遅いですが大丈夫ですか?天神駅付近で開催予定です😅」

僕「明日は仕事が休みなのでいいですよ!他にどのような方が来ますか?」

魚男「僕たちの同年代の人が5.6人来ます!😅」


同年代ということは魚男の年齢設定が23歳だったので20代前半くらいであろう。
それならあわよくば新しい友達でもできるかもしれないと少し期待をした。

そして魚男はラインの語尾には必ず😅とつけられていた。


当日

カラオケ大会当日、シラフで初対面の人達と会うことに躊躇した僕は、少し早く天神駅に着き、近場の立ち飲み屋で軽くお酒を飲んでからカラオケ大会に行くことにした。

軽く酔い周り始めた頃、約束の23時頃になると指定されたカラオケ店の近くに行った。
近くについたことを魚男に伝えるとカラオケ店から魚男は出てきた。

身長は180前後、体格のいい短髪のツーブロックでやり手の営業マンといった印象だった。
実際聞いてみると彼は不動産の営業マンだった。

魚男は僕を見つけると笑顔で「お疲れ様です!」と眩しいほどに爽やかな挨拶をして、立て続けに「今来たんですか?」と質問をした。

僕はあまりの勢いに少し動揺しながら「いえ!さっきまで近くで1人で飲んでました!」と答えると魚男は芸人さながらの驚きのリアクションを見せた。

「ええ!1人飲みとか、俺したことないですよ!凄いですね!んじゃ立ち話もあれなんで中に入りましょう!もうみんな集まってますよ!」

そう言うと魚男はスタスタとカラオケ店に入って行った。

自然な笑顔と初対面でもハキハキと喋る彼は僕より遥かに社交的な人間に見え、羨ましさすら感じた。
彼からしたら居酒屋で一人で飲むことなど考えられないのだろう。

彼の後ろを歩き、カラオケ店に入ると僕と同年代の男性が魚男を入れて6人、眼鏡をかけた大人しそうな女性が1人(彼女も恐らく同年代)。そして明らかに30代半ばから40代くらいの色黒で筋肉質な男が1人の合計8人いた。

同年代だけと聞いていたが、まあ募集の段階でやり取りの後で参加したのだろう。その時はそのくらいにしか思わなかった。

彼らと軽く挨拶を交わし店内の個室に入った。

僕を入れて9人というだけのこともあり、普段入らないようなかなり広めの個室に案内された。
ちょっとしたステージやスタンドマイクも設置してあり、こんなふうになっているんだなと感心していると、颯爽と魚男がステージに上がり、スタンドマイクの電源をONにした。

「今日はみんなカラオケ大会に参加してくれてありがとう!今日はオールで楽しもうぜ!」

魚男がそう宣言すると全員が拍手をした。

僕にはこんな立ち回りはできないな。などと考えて改めて彼の社交性を羨ましく感じた。

魚男は僕の隣に座ると、少し緊張気味の僕によく話しかけてくれた。
ノリがよく、大袈裟と言っていいほどにリアクションを取ってくれる彼に対して僕はすぐに打ち解けた。

そして主に隣に座っていた魚男と話しながら全員が交代で歌った。
魚男はというと自分の番になると必ずステージに上がり、周りを煽り盛り上げていた。

間違いなくその時は楽しい時間であった。世代が上の男性も自然に溶け込んでいて、特に彼の存在に疑問も抱かなくなっていた。

しかし、しばらく時間が経つと不可解なことが2つ起きた。

1つはいつの間にか参加していたはずの男性がいなくなったことだ。特に理由も告げずいつの間にかいなくなったので僕は不思議に思い魚男に尋ねるも「さあ?」と言って流された。

2つ目は時間も午前3時頃を回り、盛り上がりも少しずつ収まり始めた頃、参加者の眼鏡をかけた女性が座ったまま居眠りをした。
その時、僕たちより明らかに上の世代であった男性がその女性をスマホで写真を撮ったのだ。
寝ている人間の写真を撮るというイタズラは仲間内ではそこまで珍しくないかもしれない。しかし僕達は仮に知り合いがこの中にいたとしても大多数が初対面のはず、しかもそれに続き他の参加者達も無言で写真を撮り始めたのだ。そして何事もなかったかのように会話や歌を再開した。

隣の魚男はそれに参加してなかったのでそれには少し安心したが、僕はこの時から少しずつ違和感を覚え始めた。

何かがおかしい。

考えてみれば初対面特有の会話や雰囲気があまりにも感じられない。本当に今更そのことに気づいた。

もしかすると初対面の人間は自分だけなのではないか?そんなふうに思った。


カラオケ大会は午前6時頃無事に終わり、僕はそのまま電車で帰宅した。

どこか腑に落ちない違和感がいくつもあったが、今後は会うこともないだろうし正直この時点ではあまり深刻に考えていなかった。

何より違和感があったものの魚男とは打ち解け、彼とならまた遊ぶのも悪くないかもしれない。そういう安易な考えだった。

僕は家に帰り風呂にも入らずそのまま泥のように眠った。


後日

そして昼過ぎに起床し、スマホを見ると魚男から何件か着信が入っていることに気づいた。

僕は折返し電話をかけると、待っていたかのようにほぼワンコールで魚男は電話に出た。昨日と同じ元気すぎるほどの「おはよう!」と挨拶が聞こえたので、僕も寝起きの声を誤魔化すようにから元気で「おはようございます!昨日は楽しかったです!ありがとうございました!」と返した。

魚男は「あ、もう流石に敬語じゃなくていいよ」と言い、続けて「昨日はマジで楽しかった、また集まれるといいね」と言った。

「そうやねえ、また機会があればね」と答えると「あの、その、もしよかったなんだけどさ」と魚男には珍しくどこか歯切れが悪い申し訳なさそうな声が聞こえてきた。

「えっと、よかったら今日も今から遊ばない?」

そう聞こえてきてほんの数秒沈黙が訪れたので僕は咄嗟に「いや!今日は疲れてるしさ、誘いは嬉しいけどまた今度にしようよ」と誘いを断った。

当然だ。流石にオールでカラオケをしたにも関わらず起きてすぐに街に行って遊びに行く気にはなれない。いや、魚男くらいのバイタリティならそんなこと気にしないかもしれないが、僕にはそんな元気はなかった。

しかし、様々な理由をつけて断る僕に全く引き下がらない魚男に根負けして、その日は渋々了承して再び天神駅に向かった。

時間的に着くのは夕方、時間的にも夜ご飯がてら居酒屋にでも行くだろうが、今日は早めに切り上げて帰ろうと思っていた。

だが予想とは裏腹に天神駅について魚男と会うと、決めていたかのように某ファミレスチェーン店に案内された。

そしてこれもまた決めていたかのように端っこの人目につかないような席に誘導され、ドリンクバーを二人分頼んだ。

まさか大人の男二人がここで長時間ドリンクバーだけで居座るとは思えなかったので「ところでこれからどうするん?軽く飲みにでもいく?」と聞くと魚男は「いや、もうすぐで〇〇さんもくるから待ってよう!」と提案された。
その人誰だっけ?と尋ねると昨日のカラオケ大会に参加していた世代が上の色黒の男性のことだった。

やはり知り合いがいたのだ。それがあの中に何人居たかは分からないが、魚男とあの色黒の男性の二人だけではないことはすぐに察した。

そしてその男は昨日のカジュアルな服装と違って、スーツとビジネスバックを持って現れた。

その色黒男が現れると魚男は僕の隣に移動し、色黒男は正面に座った。いわゆるネズミ講などの勧誘で使われる逃げ場をなくす配置である。

僕は幸いネズミ講など存在は最低限知っていたので。これは昨日のカラオケ大会も含めて集客の一貫だったのか、と確信した。

こういう経験は初めてだったが、打ち解けたと思っていた魚男に騙されたような気がして悲しみと恐怖の感情が湧き出てきた。

体格は僕が一番小さかったし、席の配置的にも咄嗟に逃げることはできなかった。

色黒男は軽く挨拶をするや否やビジネスバックから某有名駄菓子のイラストがプリントされたファイルから何枚か資料を取り出した。

「私たち実はこういう集まりでして」と色黒男は昨日とは打って変わって丁寧な言葉遣いで話し始めた。それがかえって不気味に感じられた。

渡された資料には横文字の団体名だったことは覚えているが、正しい名前は覚えていない。

そして資料にはバーベキュー場やボウリング場にいる団体の写真がプリントされていた。
ざっと見ただけでも50人は居るだろうか、こんなに大きな団体だと思わなかった。そしてその写真の真正面には必ず色黒男が写っていた。

彼が恐らくリーダー格、もしくは主催者なのだろう。

僕は昨日の集まりには何人メンバーが居たのか尋ねた。色黒は一人ひとり名前を言いながら思い出すと「9人中、6人かな?途中で一人帰ったから僕君と逆側の一番奥に座ってた男の子が初参加だね」と平然と答えた。

このとき僕は初めてあのカラオケ大会の参加者のほとんどがこの団体のメンバーだったことを知り、驚きを隠せなかった。

色黒男はそんなことお構いなしに「僕たちは色々やってる団体なんですが、まあ、とにかくメインは遊びですね」とニヤニヤしながら話すとそれに対し「そうそう、俺ら遊んでばっかっすよね」と魚男も続いた。

楽しそうに自分たちの集まりのことを話す二人に僕はとりあえず「そうなんですね」と相槌をうつしかなかった。

そして机に広げられた資料の写真に目を落とすと明らかに不可解なものが一枚あった。

昨日参加していた眼鏡をかけた大人しそうな女性だ。その女性を中心に20人程度人が並んで、その全員がその女性の顔がプリントされた仮面のようなものを被っていたのだ。

僕は思わず、これはなんですか?と尋ねた。

色黒男は「ああ、これはちょっとふざけただけだよ」と答えたが、あまりにもそれは不気味で、こんなことをする意図が全くわからなかった。

その後はこの団体が普段やっている彼らが言う"遊び"の説明を延々とされた。
内容は平凡なものでよくある大学のサークルの延長といったものだった。

しかし聞き進めていくと、いかにもな怪しいビジネス、星占い、恋愛講座、さらには明らかに胡散臭い死者と対話する方法などを当然のように語り始めた。

怪しいビジネスはある程度予想はついていたが、大人がなんの躊躇いもなくほぼ初対面の人間にスピリチュアな話をする二人に言いようのない気持ち悪さを覚えた。

ただのネズミ講だと思っていた。しかしそれ以上に何か不気味なものを感じた。

僕は今すぐこの場を去りたかったが、抵抗する間もなく30分ほど説明を聞かされた。

ひとしきり説明を聞くと色黒は「では金額の話なんですけどね、一括50万、無理なら俺が建て替えて毎月返済という形になりますね」と話し始めた。

さらには「まあ50万と聞くとみんな驚くんだけど、実際私達とビジネスを学べば50万はすぐに稼げるから実質プラスですよ」と言い出した。

僕はなるべくこいつらを刺激しないように丁寧に断った。
しかしここからがしつこかった。

「俺たちは人生の手伝いをしたい」
「仲間になれば人生を変えられる」
「一人で飲みに行く寂しい日常は嫌だろう?」

ああ、なるほどと思った。一人であんな見ず知らずのカラオケ大会に参加する、ましてや一人で飲みに行くような僕みたいな人間は絶好のカモだと考えているのだろう。

逆に言えばこの団体はそういう"寂しい人間"の集まりなのだろう。隣の魚男を含めて。

でも、だとしても、大金を払ってこんな不気味な集まりに参加したいとは思えない。
ましてや最初から素性を明かさず、このような勧誘をしているのは少しでも後ろめたさがある証拠ではないのか。

僕はこの時点から沸々と怒りの感情が湧いてきていた。

「いや、僕には必要ないです。申し訳ないですが、入ることは絶対にないです」

そういうと色黒男は少しムッとした表情になった。

「俺はさ、君の人生の手伝いをしたいんだ。君は自分の人生の点数に100点をつけられるか?」

「いや、完璧で100点をつけられる人生の人間なんて一人もいないですよ」

「俺の人生は100点だよ」

男はなんの躊躇いもなくそう言った。
その瞬間、こいつらとは会話にならないと悟った。
100点をつけられる人生なんてあるはずない。どんな完璧な人間でも、少しでも自分のことを客観視したことのある人間であればそんなこと言えるはずがないのだ。

僕は半ば強引に話を切り上げて席を立った。
魚男は僕と一緒に席を立ったが、色黒男は僕が絶対に勧誘を受け入れないことを悟ると資料をしまい、その場に留まった。

恐らくもう一人の初参加であった男性を待ち、再び勧誘するのであろう。

こういう勧誘では断った場合、こちらの料金は払ってくれないと聞いていたが、まさにそのとおりで僕は2人分のドリンクバー料金をはらうはめになった。

魚男はダメ押しとばかりに駅に向かう僕に勧誘を続けたが、僕は断って電車のホームに向かった。

改札口を通ろうとすると魚男は少し落ち込んだ様子で「まあ、また今度遊ぼうよ。それまで考え直しといて」と言ったので「うん、考えとく」と適当に返答した。

しかしもうこの時点でやることは自分の中で決まっていた。車両内ですぐにラインをブロックして削除することにした。

もう二度とその顔を見ることはないだろう。彼はもしかすると善意で勧誘している可能性も0ではないが、一般的に見ればやっていることは異常そのものだ。一生その不気味な団体と楽しくやっていればいい。

ラインをブロックしようと、魚男のトーク画面を開くと魚男からラインが2件入っていた。


「先に帰っちゃったあいつは駄目だったからさ、お前には入ってほしかったんだけど😅」

「まあ、また遊ぼう😅」


僕は既読無視してブロックする為に魚男のラインアイコンをタップした。

そのとき大きく表示されたラインアイコンを見て気づいた。

魚男の写真、ああ、この魚はそういえばホッケだな。

少し笑えた。あんな団体に入ってなければいい友達になれたかもしれないな。とも思った。

でも、いや、違う。この写真。部屋の一室に魚を合成したものと思っていた。違うのだ。

部屋だけではない。小さいトーク画面のアイコンでは合成された魚の"後ろ"の存在に気づかなかったのだ。
それは本当は部屋にいる"誰か"の顔に魚を合成した写真だった。

恐らくそれはあのカラオケ大会にも参加していた眼鏡をかけた女性だった。

居眠りをしていた様子を写真に撮られていたあの女性。

顔をプリントされた仮面を被る集団の中心にいたあの女性。

確証はなかった。しかし僅かに魚の合成部分から見える部位の雰囲気で間違いない気がした。

僕は全身の身の毛がよだち、直ぐにアカウントをブロックして削除した。


現在


そして数年後、そんな話も忘れかけていた頃、僕は結婚した。

僕は今、記憶を掘り起こしながらこの話を妻にしている。
妻は時折笑いながら聞いていた。確かに、冷静に考えると笑える話かもしれないし、大した出来事でもないかもしれない。ネズミ講の勧誘されただけのよくある話だ。

「見たかったな〜、その魚のアイコン」と妻は言った。

僕は正直あまり見たくないが、妻はどんな写真だったのかかなり気になっている様子だったので、僕はふざけ半分でその魚男のアイコンを妻で再現することにした。

最後に、この記事の見出し画像にも使用したその再現写真を改めて掲載してこの話は終わりたいと思う。







ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました😅


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