TheBazaarExpress109、「新世界三大料理~和食は世界料理足りうるのか?」第三章・世界が憧れる食材大国、日本料理

1、 世界に広がる日本の食文化

・コペンハーゲンでの偶然の出会い

 その店との出会いは、本当に偶然のことでした。

 広い店内はごてごてした飾りはなくシンプルなしつらえで、大きなテーブルが整然と並び、床も壁も天井もぴかぴかに磨き上げられています。私が入ったのは午後3時ごろでしたが、それでも店内の約半分、30人ほどの家族連れやカップルたちが食事を楽しんでいました。カウンターの向こうに広がるのは、ステンレス製の調理台やマシンが並ぶ広々としたオープンキッチン。働いているのは白や黒のシェフ・コートを着た現地の北欧の人や肌の浅黒い中東の人のようですが、食材の扱い方や働きぶりはお客さんから丸見えです。つまり、さぼったり食材を非衛生的に扱ったりすることはできない設計です。

 広いフロアでサービスに当たっているのは、カタカナ縦書きで「ワガママ」と書かれた揃いのTシャツを着た若者たち。きびきびとした動きで、大勢のお客さんたちに対応しています。店内に流れていたのは、アップテンポのテクノポップスでした。

―――ずいぶん若々しくて衛生的、活気のあるレストランだな。

 私の第一印象はそれでした。けれどそれだけでは終わりませんでした。料理をオーダーして食べ終わるまでの間に、私はこの店とお客さんを通して、日本料理や日本の食文化の世界への浸透度を、さまざまな形で知ることになったのです。

 この時私は、現在の世界の料理界で3本の指に入ると言われるデンマークの首都コペンハーゲンにあるフランス料理レストラン「NOMA」で食事をするために、フランス・リヨンで行っていた食文化関連の取材を一日早く切り上げてこの街に来ていました。とはいえ、取材日程が決まったのがギリギリノタイミングだったので、「NOMA」に席が取れるかどうかは、当日にならないとわからないという強行軍でもありました。

 到着した日、駅の周辺と旧市街を一通りチェックして、駅から伸びるメイン通りの一本裏、有名な「チボリ公園」の裏側の壁沿いの道を歩いていた時のこと。突然前方に「ワガママ」というカタカナの看板をみつけて、驚いて飛び込んでみたのです。

店の外に置かれたメニューには「RAMEN」の文字が並んでいました。「chicken」「seafood」「salmon」「chilli」などの文字が添えられています。そのメニュー構成、店の規模等から見ると、明らかに外食のチェーン店です。すでに駅裏の路地には、「餃子」という暖簾が下がった小さな日本食レストランをみつけていたのですが、それはこの街に住む日本人が経営しているお店であることが一目瞭然でした。メニューには「カツカレー」や「鍋焼きうどん」等、日本人料理人でなければ不可能な料理が並んでいたからです。

対してこの「ワガママ」は、おそらく日本人ではない外国人オーナーが経営する大資本チェーンであり、昨今世界的に話題の「リアルラーメン」と呼ばれる日本式ラーメンをうりものにした店だろうと目星をつけました。

案の定、店内に入りメニューから「miso steak ramen」をオーダーした際に店員に聴くと、「イギリス人のオーナーが経営している」とのこと。あとで調べてみると、創業は1992年、「ワガママ」チェーンは日本食がはやり始めたロンドンで香港人の手によって生まれ、今では投資ファンドの資本も入っているようです。すでにイギリス国内に約100店舗、世界16カ国に出店して年間約200億円を売り上げるイギリス最大の日本食チェーン店だったのです。その店に北欧の街で出会おうとは―――、日本食の世界へ広がりに、改めて驚くばかりです。

けれど、驚くのはその「規模」や「メニュー」だけではありませんでした。

隣に座った5,6歳の男の子と若い夫婦の食事風景を見て、私は改めて日本の食文化の世界への浸透度の深さを思いました。

・日本の味に慣れる大切さ

その三人家族は、お母さんは焼きそば、お父さんはラーメン、二人とも箸を使って上手に食べていました。お母さんが具の肉を一切れつまんで、男の子の口に入れました。昨今のフランス辺りでは、箸を上手に使えることはクレバーなイメージで、そういう人を称して「タタミゼ」(畳みの形容詞)という言葉もあるそうです。たとえばイル・エ・タタミゼと言えば、彼は日本的ね(あるいは日本カブレねの含意がある場合もあるとか)と言う意味だとか。北欧にも同じ言葉があるのかはわかりませんが、日本の食文化の広がりは同じ状況のようです。

驚いたのは、少年が使っているピンセットのような道具でした。まだ箸が上手に使えないのでしょう。両親から分けてもらった麺や具を小さなボールに入れ、そのピンセットで摘んで口に運んでいます。日本ならば「躾け箸」を使うところですが、北欧では事情が違うようです。

思い出されたのは、京都・銀閣寺の近くにある懐石料理屋「なかひがし」でご主人が語った言葉でした。

「日本人は箸を使って料理の中から求める具をピンポイントに摘んで、口の中に上手に入れて食べます。どの具とどの具を口の中で混ぜてどんな味にするか、各自が好みで調節できるんです。ところがフォークやスプーンを使う文化の人にはそれが難しい。欧米の食文化では、いっぺんにいろいろな具が混ざった状態で口の中に流し込むから、味を調節することができません。欧米人がお吸い物が苦手という人が多いのは、そういう食べ方の構造からも来ています」

つまりその少年は、箸の使い方をピンセットで練習していたのではないのです。食べ物をピンポイントで摘んで口の中に入れて、自分で味を調整する(口中調理といいます)という日本式の食べ方=食文化を学んでいたのです。いや正確に言えば、両親がそういう訓練を自然に積ませていると考えた方がいいでしょう。

それに気づいた時私は、「なーるほど」と膝を打つ思いでした。

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