TheBazaarExpress92、『ペテン師と天才~佐村河内事件の全貌』11章、疑義まみれのNHKスペシャル
・家族として考えよう
2013年3月31日、夜9時から放送されたNHKスペシャル「魂の旋律~音を失った作曲家」の内容を振り返ってみよう。
まず「交響曲第一番HIROSHIMA」が東京芸術劇場で演奏された直後、満員の観客がスタンディング・オベーションを展開し、その中を杖をついた佐村河内がステージに向かうシーンから始まる。ナレーションはこう入る。
「鳴りやまないスタンディング・オベーション、迎えられたのは作曲家佐村河内守。しかしその賞賛の声は彼には届かない。両耳の聴力が全くないのだ」
画面には99年のTime誌の紙面が映し出され、「現代のベートーヴェンと呼ばれている」「最近の人気投票でもショパンやブラームスなど偉大な作曲家と並び彼の作品が選ばれた」とナレーションが入る。
発作に苦しむ佐村河内の様子、テレビのスピーカー部分に指を当てて音を「聴いて」いる姿、さらに立ち上がれずに這って部屋を出る姿などが映し出される。
ナレーションはこう続く。
「去年の暮れ、日本の音楽界に衝撃が走った。クラシックのCDが7万枚を越すという異例のセールスを記録したのだ。EXILE、ユーミン、ミスチルを抑え売上1位に輝いた曲こそ、佐村河内守作曲「交響曲第一番HIROSHIMA」だ」
ここでアマゾンのヒットチャートの画像が流れる。さらに作曲家三枝成彰の「佐村河内こそ21世紀の新しい音楽だ」というコメントと、音楽学者野本由紀夫の「一音符たりとも無駄がない。命を削って書いた音楽だ」という解説が入る。
倒れたビルや瓦礫が散在する東北の被災地の様子をバックに、ナレーションはこう続く。
「この曲は東日本震災の被災地で‘希望のシンフォニー’と呼ばれるようになった。きっかけは震災10日後福島の避難所からあるブログに届いた一通のメッセージ。その後感動の声は全国に広がった」
画面には、あるブログに書き込まれた「辰之」というハンドルネーム(投稿名)の投稿が映し出される。その最後の二行に光が当たり、こう読み取れる。
「祈りの大交響曲である佐村河内守の『交響曲第一番HIROSHIMA』こそ、被災した僕たちに今最も希望をもたらす曲であると信じています」
違うブログも2つ紹介される。
「何度聴いても鳥肌が立ち身体が震え涙が溢れてくる」
「いま、被災地に最も届けたい曲ナンバー1です」
ここまでで、番組開始からわずか6分あまり。だがこの段階で、すでにいくつか歪曲された報道がなされていることに気付く。
一つはTime誌の誌面をわざわざ写して、そこには「digital-age beethoven」と書かれているにもかかわらず「現代のベートーヴェン」とナレーションを入れていることだ。 「現代の~」と呼ばれていることを現象として紹介するならまだわかるが、「デジタル時代の~」と書かれた原本を示しながら「現代の~」と語ることは、視聴者を意図的に騙したことになる。
更にブログの紹介も不可解だ。
最初のブログの書き込みは、日付が2011年3月21日(月曜日)となっている。
あの巨大震災の10日後に、避難所からPCを使ってブログに投稿することが可能だっただろうか?
あの被災地の状況の中で、クラシックに思いを馳せる余裕はあっただろうか?
本当に福島の避難所から投稿された書き込みなのか?
「真実は細部に宿る」という。ジャーナリストだったらまずそれを疑うべきだ。
またこの書き込みの主が「福島の住人」だとは、どこにも書かれていない。ただ「避難所で悲しみと被爆の恐怖に震えています」という表記があるだけだ(その部分は画面では読み取れないのだが)。
また「希望のシンフォニー」という表記も、少なくともこの3つのブログにはない。「希望をもたらす曲」「被災地に届けたい」という表記はあるが、「希望のシンフォニー」というわかりやすいフレーズは、いったいどこから生れたのか?
一般にブログの書き込みは、システム上誰が書いたのか特定できない仕組みになっている。裏取りができないのだ。週刊文春の質問に対してNHKは、「投稿者を探したがみつかりませんでした」と答えている。
つまりこの番組は、ブログに書き込みがあるという「事実」は伝えている。だがこの書き込みが「真実」なのかどうかは検証していない。インターネットのシステム上、極端に言えば誰かが「被災地」や「被爆の恐怖」を語って、被災地ではない場所から嘘の投稿をすることも可能であるにもかかわらず。
こんな曖昧な「事実」を報道する必要があるだろうか。
この番組の企画を出したのは、NHKの契約ディレクター古賀淳也だった。この番組以前、フリーだったころに古賀は、佐村河内を主人公にする二本のドキュメンタリーを手がけている。
一本目の放送は2008年9月15日、TBS「筑紫哲也NEWS23」の中で、9月1日に広島・厚生年金会館で初めて演奏された「交響曲第一番HIROSHIMA」の模様を「音を喪した作曲家~その闇と旋律~」というタイトルで放送した。
二度目は2012年11月9日、NHK総合の「情報LIVE ただイマ!」(金曜日22時~22時48分放送)の中で「知っていますか?‘奇跡の作曲家’佐村河内守」というタイトルで放送された。
実は「EXILE、ユーミン、ミスチルを抑え売上1位に輝いた曲こそ佐村河内守作曲『交響曲第一番HIROSHIMAだ』」というナレーションの時に流れるアマゾンのヒットチャートの画像は、この年の11月と12月に放送された3本のテレビ番組のあとに撮られたものだ。そのうちの一つは、古賀が手がけた「情報LIVEただイマ!」だった。
なぜならアマゾンの画像には、5位のユーミンのアルバム「日本の恋とユーミンと」の脇には「61日間100位以内」と書かれている。4位のアルバムは「74日間100位以内」、3位は「75日間100位以内」、2位は「49日間100位以内」。いずれもヒットチャートの常連であることを示している。
ところが1位になった佐村河内の「交響曲第一番HIROSHIMA」の脇には、「4日間100位以内」と書かれている。つまりテレビ放映の後に瞬間的にチャートを駆け上がったに過ぎない。古賀は、自分がつくった番組も含めた報道のお蔭でセールスが瞬間的に伸びた証拠画面を撮影し、約3カ月後の自分の番組で流したのだ。さも普遍的な人気があるかのように装って。それは「マッチポンプ」と呼ばれる行為であるにもかかわらず。
こうして細部を重ね合わせていくと、このNHKスペシャルは佐村河内の存在価値を持ち上げるため、佐村河内の利になるための報道と言われても仕方ない内容だ。
この間古賀は、佐村河内とは昵懇の関係にあった。NHKスペシャルの製作過程を自ら詳細に綴った著書「魂の旋律~佐村河内守」(NHK出版)には、こんな記述がある。
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