TheBazaarExpress31、夢の力、桜島7万5000人コンサート、長渕剛編(2004,09,01)

 「オールナイト・ライブを発表してから二年間、いちからの整地から本番まで、長い気がしていたけれどいざその当日を迎えると、やはり短かった気もします。  オールナイトをやってみて、わいてきたのは心からの感謝の気持ちです。  はるか遠方からやってきて、朝まで拳を突き上げてぐさたファン、そしてブルドーザーで整地して汗を流してくれた人たち、桜島の皆さんの理解に本当に感謝します」

 街に秋風が立ち始めた頃、関係者を通して私の元に長渕剛からのメッセージが届いた。

 八月二一日の夜から二二日の日の出にかけて、長渕の故郷桜島で行われたオールナイト・コンサート。あのコンサートからすでに約一カ月が過ぎた。けれど私の中には、あの日「目撃」した朝焼けの桜島の深いブルーの色合いが脳裏に残っている。もちろん約九時間全四二曲を歌いきった長渕の姿は感動的だった。けれどそれだけではなく、あんなに多くの人間を見続けた一二時間もなかったと感慨深いものがある。

「いかに人間の力をもう一度信じるか」

 長渕もまた、人間にこだわった。すでにすっかり太陽が頭上に登った午前六時半。最後の曲「Captain on The Ship」のラストのリフレインが耳にこびりついている。

「生きろ! 生きろ! 生きまくれ!」

 もちろん、生きることはかっこいいことじゃない。泥にまみれ、社会という名の誤解の海を、たった一人で泳いでいくことでもある。

 コンサート会場でも、いろいろな人間模様が展開された。例えば私の目の前で、開演直前になって警備員と喧嘩を始めた若いカップルがいた。

「これじゃ客席に入れないじゃないか。通せよ」。突然係員が張り出したロープは、何故か客席へ向かう通路を塞いでいた。男の子の怒りはもっともだ。ところが係員は頑にロープを解こうとしない。男の子は怒りの余り切れて「もう帰ろう」と荷物を投げ出した。必死にその手を繋ぐ女の子はなきじゃくりながら一生懸命に取りなしている。「せっかく来たのに帰ったらもったいないじゃない」。その時だった。夜空に数十発の花火が谺し、突然巨大なエンジン音と共にハーレーにまたがった長渕が、二人の目の前を疾走して行ったのは。

「何だ特等席だったじゃん。来て良かった」

 一転して拳を夜空に突き上げ始めるカップル。いつかこのことは二人の中で、貴重な体験になっていくのだろう。七万五千人がそれぞれに驚きとトラブルを体験し、だからこそ思い出深いコンサートになっていく。

 ふと気がつくと私の隣には、二歳ぐらいの男の子をベビーカーに乗せた若いカップルがいた。六曲目に「激愛」が始まると、ベレー帽姿のお母さんがオペラグラス片手に少しでも前の客席に行こうと駆け出した。残された赤ちゃんとお父さんは、ボー然とするのみだ。

 きっとその曲は、二人の恋愛時代のシンボルだったに違いない。

「舌を噛み切ったからみあう口唇の中 二人はよじれあい激しく揺れていた」

「激愛」を聞きながら二人は愛を育んだのだろう。だからこそ、深夜のコンサートでも子どもを連れてきたかったのだ。この歌であなたは命を授かったのよ、と。長渕さん見て、と。

 全ての歌を聞かずに、この家族は日付がかわらないうちに帰って行った。長渕の歌声がその背中を優しく包む。そう、朝までここに居るだけが全てではない。自分の生き方の中で、状況の中で、長渕と思いを一つにすればいい。満足そうなカップルの表情を見ながら、私はそう納得していた。

「お元気ですか? 僕が鹿児島へ入ったのはライブ二日前の一九日でした」

 もう一人紹介したい男がいる。スコット・アルガード。カナダに生まれ、一〇代の頃ホームステイにきた北海道で長渕剛の歌と出会い、カナダ・ビクトリア大学の卒業論文を「日本のポップスター長渕剛の詩を通して見た日本社会の変化」とした男だ。

 スコットは桜島で目撃した風景を、こう綴ってくれた。

「二日前の時点ではもう、鹿児島の街が長渕ファンで溢れていました。独り者、カップル、友達同士で来た小グループなど、いろんな人間様がリュックや旅行鞄をぶら下げて、街の中を歩いていました。ライブもまだ二日後だというのに、その風景を見て、長渕の説得力に感動したのです。全国から七万五千人の旅人を集められる力強さに、僕は圧倒されたのです」

 もちろん、深い感動を味わったのはスコットだけではない。開演前に喧嘩したカップルも、赤ちゃんを連れてきたカップルも、会場に足を踏み入れる前から、鹿児島へ、桜島へと歩みを進める「自分自身の行為」に、ある種の感動を覚えていたはずだ。

 その感動は何だったのか。スコットは、七万五千人は、そして私は何故あの大地であんなにも熱くなったのか。

 このコンサートを本当に歴史的なものとするために、私はその「何故」に分け入ってみたいと思う。

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